FILE162:灼熱地獄作戦の終焉
「人形ごときが図に乗るな! 気持ち悪いんだよッ!!」
縛り付けられてもなお、厚かましく罵声を浴びせるタランチュラをコマでも回すように投げ飛ばし、コンクリートの壁に叩きつける。その上でアデリーンはそのムチで滅多打ちにした。
「お前が言うな! このタランチュラ野郎!!」
「そうよ。アメリカの親愛なる隣人に謝ってちょうだい!」
「黙れ黙れ黙らんか!」
唸り声を上げて起き上がったタランチュラガイストが、6つの目から赤青に激しく点滅するレーザーを放って周囲を爆撃。直後、2人に向かってダッシュして両手の爪で切り裂こうとする。だが紙一重で避けてから相手にカウンター攻撃を叩き込み、のけぞらせた。
「くっ」
しばらく回避と反撃を繰り返したアデリーンと蜜月だったが、一瞬の隙を突いたタランチュラガイストが肩や背中に生えているクモの爪の突起を伸ばしてアデリーンを突き刺す! 彼女を助けようと蜜月がタランチュラを攻撃して妨害を試みるが、あと一歩のところでシリコニアンたちに不意打ちされ羽交い絞めされてしまう。
「シェーッ! グフヘヘヘヘッヒャハハハハハハハ! 不死身のNo.ゼーロにも効く毒だ、お前の体を腐乱死体のようにグズグズにしてやるぅ……」
「グルッ! グルッ!」
スーツの装甲を貫かれ毒で苦しんでいる彼女に追い打ちをかけるため、2体の戦闘員・シリコニアンが毒を塗った槍をアデリーンへと突き立て――ようとした寸前、穂先から凍り付き砕け散った。持ち主のほうも……。
「ば、バカな。ゴールドハネムーンの毒よりも強いのに……」
「ドラァ!」
自分の能力に自信があったのに、それが破られてしまい呆気に取られているタランチュラに蜜月が蹴りを入れ、追撃で喉元にもキックをぶちかました。こちらも毒のある攻撃をしたが、タランチュラガイストは免疫を持つため通用しない――が、攻撃のダメージ自体は通っており喉を押さえて苦痛にあえいだ。
「死なない私がこの程度の毒で死んでいたら、地上はとっくにあなたたちのモノになっているわ。はい、そういうことです」
アデリーン本人の強い自己再生力と、メタル・コンバットスーツに備わった自己修復機能により、タランチュラガイストが彼女に与えたダメージは毒も含めてきれいさっぱりなくなった。回復したついでに戦闘員たちを片付けた刹那、アデリーンはタランチュラの顔面にパンチを入れた後左肩から右脇腹にかけてフロストサーペントをしならせ会心の一撃を浴びせた。緑色の血しぶきをまき散らしながら、タランチュラガイストは大きくノックバックして、歯を食い縛って小刻みに震え出す。
「一気に決めましょう。スパークル……ネクサぁ――――ス!!」
錯乱している敵を前にしても、容赦しないことに変わりは無し。アデリーンがネクサスフレームに宿りし力を解放し、【スパークルネクサス】への強化変身を決めた時、氷の翼を広げたと同時に余剰エネルギーが辺り一面に氷のフィールドを作り出して、赤々と燃える炎を消し去った。
「例の強化形態だとぉ……。姿が変わったから、なんだと言うのだ!」
スパークルネクサスになって間もなく飛翔するアデリーンは、打ち落とさんとするタランチュラガイストの電撃やクモの糸をすべて回避。6つの目を持つ彼でも追いきれないほどの速さで、すれ違いざまに1発、また1発とムチを叩きつけた。
「な、なにい――――!!」
「タランチュラの相手をお願い!」
「よ~し、任せろ!」
新体操の要領でムチをしならせて、狂えるタランチュラガイストとあたふたしているバーナーガイスト2世を圧倒! バーナーガイスト2世に変身させられた男性を元に戻したいアデリーンは、空を飛んだまま急接近して、相手を縛ってからヨーヨーでも回すように地面や壁に叩きつけた。
「元に戻れ!」
拘束から抜け出た直後、自分の遺志に関係なくどす黒い炎を撃ち出したバーナーガイスト2世、アデリーンはその攻撃をかいくぐってフロストサーペントを自在に操り、滅多打ちにする。そう、冬の嵐のように激しく! ――彼女や蜜月の戦いぶりに、隠れて見ていたロバーツは寒さに震えながらも魅了された。
「あ、があああ……うう」
(そうだ、さっきもオレのことをああして助けてくれて――)
爆発四散と同時にスフィアがしめやかに砕け散り、変身させられていた男は冷たい地面にあおむけで倒れ込む。アデリーンがロバーツがいることに気付いたのはそのあとだ。
「ロバーツさん……? もう、逃げてって言ったじゃない」
マスクの下で「やれやれ……」と、言いたそうに微笑んだ瞬間。蜜月がタランチュラガイストの爪に切り裂かれ、強引に払い除けられた。
「安心してんじゃないぞ! こっちを向けええええぇ~~~~! このマヌケがああああああああ――――ッ!!」
汚らしく舌を出しながら猛スピードで近付いた彼は、アデリーンが振り向いた瞬間を狙って右手からびっしり生えたクモの爪で切り裂こうとする。しかし、起き上がった蜜月が振るったスレイヤーブレードにより切り落とされ、彼は激しく動揺した。
「シェ~~~~!?」
「あんたの相手はワタシだ。ロバーツさんにも、バーナーにされてた人にも手は出させないわよ」
身勝手な怒りと強欲さ、ヒステリーから凶行に及ばんとするタランチュラガイストの前に立ちふさがる蜜月、彼女の後ろには実験体にされていた男とロバーツがいた。軽い口調ではあったが、その言葉からは強い覚悟と責任を背負っていることがうかがえる。
「ちぃっ。役立たずばっかりじゃん!」
「待ちなさいダークロザリア!」
「【天焼】っ……!」
妹の闇の化身に息を吐かせる暇も与えず一撃浴びせる、しかし相手は身を守るため両腕にのみ、メタリックな質感の赤と黒の装甲を出現させた。
「いったいじゃない……! お姉様とはまた今度遊んであげる! じゃあね!!」
顔では悔しがったが腹では余裕――という高度なものではなく、目をつむり本気で痛がっている様子を見せてからダークロザリアは逃亡する。もし相手がその気になっていたら、こちらこそ真に危なかった、と、アデリーンは痛感する。
「く、くそ。僕を捨て石にでも使ったというのか、あやつはっ! ごほっ」
ダメージが蓄積して危険状態に陥っていた雲脚は近くの柵にもたれて、その事実を前に余裕をなくす。「しょせんは子ども」――などと下に見ていた少女にいいように使われ、もてあそばれた挙句に何のフォローも入れてもらえなかったのでは、こうもなろう。
「さあね。帰ってご本人に直接真意を聞いてみたら?」
「アデリーンがワタシと戦ってまでそうしたようにね」
「言わせておけばっ。人間に成り損ねたバケモノと暗殺者崩れが、調子に乗るなよ!」
完璧に怒り狂った雲脚は、背中から後光のように生えたクモの巣型の器官・『ウェブサーキュラー』から電撃を放出し2人へと直撃させる! 更に奇声を上げると同時に電気を帯びたクモの糸を飛ばして拘束を試みた。
「しょせんお前は浦和などになつき、我らに仇をなした時点で人形としても兵器としても失敗作だったのだ! 自分でもそうは思わんのか、No.ゼえええ―――ロおおおお――――ッ」
「それ以上アデリーンを侮辱するんじゃねえ!!」
「ほざけ! ほざけ! ほざけッ!! どう言い繕ってもその事実は覆せない!! お前もぉ、蜂須賀もぉ、この世に生まれてきたこと自体が失敗だったんだよお!!」
「……うおおおおおおおお」
その時、アデリーンは激昂しマスクの下で両目からまばゆいほどの蒼い輝きを放つ! 彼女と蜜月を拘束していたクモの糸は一瞬で凍てつき、役目を終えた。心配そうだったロバーツにも希望がわき上がり、笑顔が戻る。
「シェーッ!? ウギャアアアアアアアアアア」
一段と激しさを増した煌めきとともに、雲脚へ急接近した彼女は顔面を片手でつかんで飛行し、そのまま地面をえぐるほどの力で引きずり回す。その痛みが筆舌しがたいほどのものであったことは、言うまでもない。
「ハァッ! 消え去れ!! アークティックブレード!」
「シェ~~~~~~~~~ッ!?」
オーロラのような虹色に光る衝撃波が地と空を走り、タランチュラガイストを真正面から切り裂く! 彼はまず爆発四散し、無惨にも地べたへと転がった。毒グモの改造人間となった影響を受けてか、どぎつい緑色に染まった血を流してうめき声を上げている。
「う、美しくない……ハーッハーッ、こ、こんな、こんな醜い姿、よくも……ゲホッ! さらさせてくれたな……!!」
「あれだけ他人を侮辱しておきながら、見てくれだけの美しさにこだわるのね。元芸術家が聞いてあきれるわ」
この悪党に罪を償わせたいアデリーンは、腰を抜かしている彼に手を差し伸べて立たせようとしたが彼はその手を払い除けて拒絶。
「貴様らごときが僕の何を知るッ! 次こそは、そのまやかしの美貌をズタズタのグチャグチャに引き裂いてやるゥ……!!」
「逃がすか!」
「ウガアアアアアアッ!!」
重傷を負っていた雲脚は表情をこれまた醜く歪め、残った力を振り絞り取り出したサブマシンガンを乱射して2人を牽制し、その隙に逃げてしまった。
「相変わらず、正真正銘クズが腐りきったようなヤツだ……」
「とはいえ、ロバーツさんやバーナーガイスト2世にされた人も元に戻せたから良しとしましょう。敵の作戦も中止に追い込めたし……」
「あ、あの! 確か……」
「アデリーン・クラリティアナですよ」
帰ろうとした2人の前にロバーツが飛び出す。緊張を解いてリラックスし始めた彼女たちはあたたかな眼差しを向けた。万が一のこともある――と思って、アデリーンはネクサスフレームに秘められた治癒能力を行使して彼と実験体にされた男の傷を癒して、激しい運動以外は出来る程度にまで回復させてやった。
「今のは……いったい……」
「手品みたいなものです」
「アデリーンさん、病院を……紹介して、いただけませんか……」
「いいですよ! そちらの方も」
「一本橋、です……」
一本橋と名乗った男とロバーツを保護すると、2人は救急車を呼んで病院に搬送してもらった。ひとまずはこれで安心である。




