FILE154:新幹部!?
その頃、悪の本拠地・ヘリックスシティ内部のアンティークな雰囲気の洋室に、組織の大幹部である長髪の男・兜円次が足を踏み入れていた。薄暗い中、窓から差し込むわずかな光に赤黒いゴシック・ロリータ風の衣装をまとう少女の姿が照らし出されている。
「よお、肉体のほうは馴染んだか?」
その言葉に頷いた少女は兜円次よりも小柄で、せいぜい140cm台しかない。その素顔はベールに覆われておりうかがい知ることは出来ないが、その瞳は暗い赤色と紫色が混じった妖しい光を放っている。
「よかったじゃないか、俺もいいデータが取れたよ。灼熱地獄作戦はまだ終わってない。このバーナーのスフィアにお前の闇のエネルギーを注ぎこめば……」
バーナーの力を宿すマテリアルスフィアを手の中で転がし、皮肉な笑みを浮かべる円次に、ゴスロリ衣装の少女もせせら笑って返す。
「より恐ろしくて強いバーナーガイストに生まれ変わる。そうでしょう?」
「ふふふふ――。お前も後から来い」
少女は洋室を出て行く円次を、冷笑しながら見送った。彼女の傍らではハート型の宝石がはめ込まれ、黒と白に染まった杯が置かれている――。
それから、円次が玉座の間へと移動したときのことだ。部屋の脇の扉から入った彼は他の幹部たちと並ぶと、大扉をくぐり、直属の部下をゾロゾロと引き連れてやって来る男性の姿を目撃する。その男は髪型はオールバックで、目はサングラスで隠して口ヒゲを生やし、アウターを肩掛けしており、その下にカーキ色のミリタリーコートを着ていた。
「く、久慈川さん、なんであんたが……!?」
余裕がありそうなほかの幹部メンバーとは違い、降格させられてから日も浅いドリューには余裕がなく、既にひどく憔悴した様子で男の名を呼んだ。そんな無様をさらしたものだから、元同僚たちからは鼻で笑われてしまう。
「君たちがあまりにも情けないのでな。総裁ギルモアから勅命を受けて呼ばれた私、久慈川東郎が前線に赴こうというわけだ」
久慈川東郎――そう名乗った彼の衣服には、組織内で数々の功績を立てた証である勲章が飾られている。彼の後ろをついて来た部下たちも誇らしげに笑っており、ドリュー・デリンジャーはそれが鼻持ちならない。
「それに……これ以上身内から犠牲を出すわけにも行くまい」
「頼もしい限りだわね。では、あたくしたちは楽しくやらせていただくわ」
早くもキュイジーネらと談笑を始め出した久慈川を見て、輪に入らせてもらおうとするデリンジャーだが、円次に肩をつかまれた。振り向けば、円次は眉をひそめてにらみを利かせている。そのまま雑に除け者にされてしまった。
「久しぶりだなあ、東郎。大したもてなしは出来ないが、まずはゆっくりして行ってほしい」
「うむ。その前にご挨拶をせねばな」
腕を組んだまま人差し指を立てた円次や話し相手になってくれたキュイジーネたちからの厚意を、まだ受けられない東郎は階段の上の玉座にふんぞり返っている、この組織のトップであるギルモアの御前に向かって堂々と歩く。よほどの自信があるのか、畏怖の感情や媚びを売る素振りなどはまったく見られない。
「総裁、アジア支部司令官・久慈川東郎、ただいま到着致しました。早速ですが私めに――」
「今は何もせずともよい。1つ試したいものがあるのでな」
「ほほう。そうでございましたな」
膝を突いたままギルモアを見上げ、彼から待機命令を下された東郎は「何か企んでますよ」とも言いたそうにニヤリと笑う。その時、黒ずんだ赤色と紫の毒々しく、禍々しい炎とともに、先ほど兜とハナシていたゴスロリ少女が唐突に姿を現した。ほとんどのメンバーが彼女のことは既に把握していたため、そこまで驚かれはしなかった。ただ1人を除いては――。
「ひえッ!? あああああああああああ……!?」
久慈川東郎とゴシック・ロリータ風な少女の存在は、ドリュー・デリンジャーが九州へ赴く前後の時期に精神を病み、焦燥に駆られていた原因である。なので、こうも過剰なまでにおびえていたのだ。
「驚いた?」
顔をベールで隠したまま、彼女は周囲の者たちをからかうような口ぶりで問いかける。それでいて心情は一切見えないし、見せようともしない。幹部の対応も三者三様であり、禍津は苦い顔で鼻を鳴らして見下していたし、雲脚は「子どもはメチャクチャするからキライだ」と突っぱねたし、キュイジーネは彼らと違い、愛おしそうに見つめていた。東郎はというと、しゃがんでからアゴに指を当てて興味深そうにのぞき込んでいる。
「実体を得て、ついに完成したのだな。なかなかどうして、かわいらしいではないか。一度でいいから素顔を拝見したいねぇ、『闇のリトル・レディ』?」
「ヤダなー。あたしはそんな名前ではなくて…………」
リトル・レディが東郎が見ている前で名乗りを上げようとした刹那、キュイジーネが目線を合わせて「しーっ」と静かにさせる。まだ伏せておいた方が楽しみが増えるだろうと、そう判断したからだ。ベールの下で少し不満そうにしたが、リトル・レディはすぐに微笑みをたたえた。
「なんだか面白くなりそうね?」
「我々はさんざん、No.0と蜂須賀に計画を台無しにされてきたがね。これでもう怖いものなしさ」
妖艶に笑うキュイジーネに対し、慢心した様子を見せる兜。しかし彼はドリューと違ってここからそう簡単にしくじがわるような、浅はかな男ではない。
「なァ、『闇のリトル・レディ』よ。これだけでは遊び足りないだろう」
「ほかにプレゼントでも用意してくれるの?」
「お前にちょうど良さそうなオモチャを探して来てやる」
兜円次は、古びた洋室で見せたものと同一の、オレンジ色をしたバーナーのマテリアルスフィアをリトル・レディへと見せびらかす。ベールで目を隠しながら興味津々になっていた彼女ではあったが、しかし、その次には一転、円次に軽蔑の眼差しとともに悪意のこもった笑顔を向けて彼を凍り付かせた。
「それで恩を売ったつもり? 覚えてるんだからね」
「チィッ」
彼女から浴びせられた罵倒が何を示しているのかは、当人たちのみが知っている。




