FILE153:お宝映像のヒミツ
それから数日後の昼下がり。アデリーンは自宅の中庭にあるビニールハウスで父が育てている観葉植物に水やりをした後、妹たちと1時間ほど勉強会を行なう。それから、ゲームで対戦して盛り上がったのだ。
「あちゃー。負けちゃった」
「ふっふっふっ。お姉ちゃんは強いんだぞぉー」
まずはレースゲームの家庭用バージョン、その次が格闘ゲーム、3本目はアクションゲームのマルチプレイである。エリスともロザリアとも接戦になったが、いずれも最後に勝ったのはアデリーンである。姉に負けて悔しくなかったと言えばウソになるが、それでも妹たちは惜しみない拍手を送った。勝負の後に休憩をはさんで、勉強会を再開しようと決めたその矢先の事だった――。
「ミヅキからだわ。もしもし……」
勝利をつかんでにっこりしていたところ、アデリーンが持つスマートフォンに電話がかかった。今の時間帯は編集部で作業中なのか、はたまた取材のためにドサ回りみたいなことをしている最中なのか。家族の誰もが気になって見守っている中で出てみた彼女だが――。
『ウチだよウチ、ムーニャンだよ。あなたと大事な話がしたい』
「ムーニャンさん。じゃあ、いつもみたいに『サファリ』に集合かしら?」
ところが声の主は蜜月ではなく、その友人で情報屋をやっているムーニャンだった。自分のを持っているにもかかわらず、蜜月のスマホから電話をかけたと思われる。ちょっとだけ驚いて「ややこしい事はしないでいただきたい」と、抗議でもしたくなったアデリーンだったが、ここは抑えていつも通り冷静に対処する。
『違うにょ。今日はー、ミヅキんちに来てほしいの。なんでか知らんけど、綾女さんや葵さんたちも来てっから、じゃーヨロシクね』
「はーい」
両親と妹たちが戸惑ってキョロキョロしていた中、アデリーンはごく普通に電話を切って支度をはじめる。まずはエリスとロザリアにウインクを送って、かわいらしい部屋着からユニオンジャック柄の普段着に着替えてからだ。
「ムーニャンさんって?」
「ミヅキのお友達よ。それじゃ行ってきます」
母・マーサに簡単な説明をした後、靴を履いて玄関から外に出ると専用の青いバイク・ブリザーディアのエンジンをかけて走り出す。行き先はもちろん蜜月が住む高級マンションがある方角だ。
◆◆
駐車場でバイクを停めて、待ち人たちを待たせている蜜月の自宅へと上がらせてもらう。インターホンを鳴らしてから少し待機していると、紅色のワイシャツにサスペンダー姿の蜜月が出迎えてくれた。
「上がりなよ☆」
「うっしっしー」と、少しだけいやらしく笑うおまけ付きだ。遠慮なく上がって、手洗いなども済ませるとアデリーンはリビングに入らせてもらう。そこには白のブラウスとチャコールのスカート姿の綾女や、チェックの上着とプリントTシャツにカーゴパンツというコーデをした葵、チャイナドレスで決めてきたムーニャンがスタンバイしており、この瞬間が訪れるのを待ちわびていたところであった。
「おー、噂をすれば。どうぞこちらへ……」
「いいおうちですよねっ」
「お茶とお菓子とジュースもあるぞぉ~」
綾女の右隣に座らせてもらったアデリーンは彼女に笑顔を返す。この高級感あふれる部屋の中でウキウキしている葵の言葉には同意しかないし、実際窓からのぞいた景色も素晴らしかった。ポテトチップスやふかし芋にビスケットなどもつまみ、コーラもいただきながら、ムーニャン以外は突然ガールズトークを始め出したが、その途中でムーニャンが咳払いをし、「ウチだけハブってんじゃねー!」とキレてまで中断に追い込んだ。収拾がつかないし脱線したためだ。
「さーて、ウチからの話ってのは他でもない。蜜月?」
露骨に嫌そうな顔をして一同を驚かせた後、蜜月はノートパソコンを持ってきてテーブルの上に置く。USBメモリも差し込んで準備万端。
「ヘリックスの諜報員をシメて手に入れたUSBに保存されてた、お宝映像ぢゃ。まずはこれを見てほしい」
蜜月が「ちょちょいのパーぢゃ」と慣れた手つきで操作を行なってすぐ画面に映し出されたのは、ありし日の九州ヘリックスのアジト、その内部にあるモニタールームでの様子だ。
『久しぶりだねぇ。君たち……、長らくワタクシと会えなくて寂しくしていたんだろう』
ジャン・ピエール・グルマンと思われる金髪でヒゲを生やした黒いコックコートの壮年男性が席に座っており、『Asia Branch』や『Australia Branch』、『Atlantic Region Branch』――と書かれた通信用モニターを眺めている。いずれも、『SOUND ONLY』と追記されていた。
『わが友ジャン・ピエール。どうだ様子は』
アジア支部と繋がっているモニターから聴こえるのは、40代ほどの男の声だ。自身でそう述べた通り、ジャン・ピエール・グルマンとは交友関係にあるのか――。アデリーンたちの映像記録を見る目が既に変わりつつあった。
『君らの手をわずらわせるほどではない。それより用心したまえ』
『それはNo.0に対してか?』
『彼女もだが、間もなく動き出す『闇のリトル・レディ』のほうも……』
「リトルレディ……?」
それを聞いたアデリーンと蜜月は、以前タキプレウスこと兜円次が『心の聖杯』なる人間の心を取り込み、増幅する古代の秘宝を持ち出して、ロザリアの中にわずかに存在した悪の心を増幅させようとしていたことを思い出す。そのことなのか、いや、そうとしか思えない。
「そっちも気になるけど――……」
その時の出来事は直接は知らずとも2人が辛い思いをしたことを察した綾女は、ほかの2つの支部とつなげられているモニターにも注目している。以前自分をさらったキュイジーネや、ジャン・ピエール・グルマンのような恐ろしい連中がもっといるかもしれないと考えたら、胸が苦しい。
『ともかくアテンションすることだ。あの小さなレディを利用するつもりが、逆に利用されないように、ね……』
『私はそうはならんよ』
友人であるジャン・ピエールが見ている前で、モニター越しにアジア支部の男は言い切った。音声だけではあるが――。
『大した自信ではないか。褒めてやりたいところだが』
そんな『アジア支部』の男を煽ったのは、『オーストラリア支部』のモニターから発せられた男性の声だ。その声質は渋く、恐らく30代~40代ほどと思われる。かつて浦和博士とともに組織に一度連れ戻された時期があるアデリーンは、彼の声を聴いて何かの目星をつけている。
『果たしてどうなるのか、見物ですねぇ。うふふふふ……』
今度は、『大西洋地域支部』のモニターから妙齢の女性の声が発せられる。艶があり色っぽいムードを漂わせていたため、その場にいた誰もがドキッとさせられた。組織にいた頃に声の主と交流があったかは定かではないが、蜜月には聞き覚えがあったようだ。
『他支部の諸君らの期待には応えてやるさ。では互いに健闘を祈る』
『Vous, les gars. Au revoir, 無理だけはするなよ』
アジア支部の男がそう言ってジャン・ピエールが不敵に笑った時、そこで映像記録は終了した。蜜月は律儀にもノートパソコンを閉じて、一息つく。彼女以外も肩の荷が下りた気分になった。
「ジャン・ピエール以外は音声だけだったが。まさか流出したときのことを想定して――?」
「だとしたら本当に抜け目ないわよね」
振り返れば、確かに彼はそういう男だった。部下のセザールとも役割分担を上手に果たしていて、世渡りも人の扱い方も本当に巧みであったし、伊達に九州ヘリックスの司令官を任されてはいなかったというわけだ。万が一に備えていたことは想像にかたくない。
「ただね、話し相手の声は3人とも聞き覚えがあるわ。私の記憶が正しければ、恐らくは……」
「恐らくは……?」
蜜月にムーニャン、葵に綾女は、次にアデリーンが推測として並べたヘリックスの幹部たちの名前や情報を忘れないように心がけた。




