FILE150:炎炎のレスキュー魂
彼女たちが伊勢志摩や鳥羽でツーリングしている最中に入ったその報せは、あまりにも突然だった――。
『緊急連絡! 三重県S市で都市火災発生! 大至急向かってくれ!』
「せっかく、熊野古道やスパーランドでリラックスしようって思ってたのに!」
「それでも行くしかない!」
海沿いの道路をバイクで駆け抜け、ライダースーツ姿のアデリーンは同スーツ姿の蜜月を連れて現場へと急行する。S市は三重県の海岸沿いに建つ、景観が美しいことで知られる港湾都市――だった。
「なんてことだ……。街が本当に火の海になってる」
S市の玄関口に辿り着いた2人の目に飛び込んだのは、逃げ惑い、または警察や消防局に保護されている人々でごった返している惨状。今なお火の手が燃え広がる中、バリケードが建てられて立ち入りが禁止されている。そのバリケード越しからでも見えるほど街は崩壊していて、空を覆い尽くさんほどに黒煙がモクモクと立ち込めている。
「ミヅキ、ガスマスク持ってる? ないなら変身しっぱなしのほうがいい」
「……そうか、一酸化炭素中毒と二酸化炭素中毒! まずい……」
これほどの規模で火災が起きているとなれば、当然ガスによる被害も無視できない。これから救助に向かう自分たちも倒れてしまわないように、2人はあらかじめ変身してメタル・コンバットスーツを装着しておくことを選ぶ。その状態なら毒ガスなどが発生しても完全にシャットアウトできるし、活動するために必要な酸素も十分すぎるほど確保できる。――そうして、次に消火活動を行なっている現地の消防隊のもとに向かった。
「テイラーグループより救援依頼を受けて来ました」
「アブソリュートゼロにゴールドハネムーン!? 本物なのかい!?」
消防隊の中で最も背の高い男性が彼女らの来訪に驚き、敬礼までする。その間も部下たちはリアクションを示しながらも、放水する手を止めない。すべては市民の命と安全を守るため。
「失礼! オレは、消防隊長の巽龍一朗だ。あんたたちが助けてくれるなら百人力だな」
消防服のマスク越しに、隊長を務める男性はそう名乗った。
「状況は見ての通りだが、まだ取り残された人たちが大勢いる。可能ならみんな助けたい」
「ですが、私の能力で一気に火消しをしてしまうと、かえって危険です。反動で建物が崩落して、最悪死んでしまう恐れがあります」
それでも、アデリーンが持つ氷を操る能力が消火活動における大きなアドバンテージとなることに変わりはない。使いどころと加減を間違えなければ大丈夫なのだ――。
「仮にそうなったとしたら、それはあんたたちの責任ではなく、安易に頼ろうとしたオレの責任だ。……すべての責任はオレがとる、構わずにやってくれ」
「隊長さん」
消防隊長の龍一朗が拳を握りしめる。まるで己の無力さを嘆き、悔しさをにじませているようにも見えた。
「……オレな、見たんだよ。偶然火事が起きたんじゃない、面白がって火の手を広げてるやつがいた。止めに入ったはいいが、部下を目の前で殺されて、結局取り逃がした……。あんたたちには、消火活動と同時にそいつらを退治してほしいんだ」
「となると、単なる火災じゃなくてテロか……。悪者退治は、ワタシにやらせてくれ。アブソリュートゼロには、隊長さんと一緒に救助を優先してほしい」
「ハネムーン……」
消防隊長と話す傍ら、アデリーンと蜜月はヒーロー/ヒロインとしての名で呼び合う。テイラーグループと面識があるということは、彼女らの本名や素顔のことは知っていたかもしれないが、これで良い。彼もその辺は把握しているだろう。
「わかったわ。人の命は地球の未来だもの」
「ゼロさん! ……頼む。この街を救ってくれ」
断る理由などない。2人とも首を縦に振った。彼女たちを助っ人に加え、消防隊が残る生存者の捜索のために動き出したのはその直後のことだ。まだ動ける隊員と、まだ動かせる消防車や消防防災ヘリを動員しながらバリケードの奥へと進む。バリケード付近の炎は、突入前にアデリーンが冷気をほとばしらせてあらかじめ消火済みだ。これで少しでも救助活動がしやすくなれば、と、彼女が配慮したのである。
「私たちをレーダー代わりにしてください。生存者はこの付近のビルに……」
消防隊を護衛しながら、アデリーンが自身のバイザーのレーダー機能をフル活用して捜索を円滑に進めていた時、敵は唐突に姿を現した。
「ハハハー! 燃えろ、燃えちまえ!」
「シリコニアンが実行犯、ということは……? ヘリックスめッ」
そこにあったのは、炎上し崩壊した街の中で火炎放射器を背負い、火を放っている戦闘員たちの姿――。もしかして、とは思ってはいたが、予感は的中してしまった。蜜月だけでなく、全員が怒りに打ち震える。
「あいつらだ……! うちの隊員たちも何人かやられた……!」
「消防隊だ! どけッ! シリコニアンども!」
「グル……グエーッ」
目の前で行なわれるえげつない非道に耐えきれなくなった蜜月が、即座に発砲してシリコニアンのグループを撃破する。感情的になっての行動ではあったものの、打算的に考えられるだけの落ち着きは残っており、これは進路を確保することも兼ねていた。
「ザコどもはやっつけとくから、先に行け!」
アデリーンや消防隊に見送られ、蜜月は市内に残っている敵を掃討すべく走り出す。直接、消火活動を行なう上で自分ではあまり役に立てないと思った彼女はそうすることを選んだ。ただ、飛行機能があるため、街を燃やす敵を片付けることさえ終わったら彼女もレスキューに専念できるというもの。そうしてみせるだけの自信は持っていた。
◆
「みなさん大丈夫ですか!」
「アブソリュートゼロなの……?」
炎上している最中のビルの火を消し止め、消防車から伸ばされたクレーンを登ったアデリーンは、外壁の一部を破壊して突入し、生存者たちを確保する。消防隊員らも一緒だ。
「ああ、ご本人だ! それより今は早く避難を!」
彼ら消防隊の指示に従って、ビルに取り残されていた人々は脱出する。――こうして、アデリーンたちは1人も見捨てる事なく人々を救うことに全力で取り組んで行った。
「おおー、よかった! どうだい……」
彼女と彼らの尽力で街を覆うように赤々と燃え上がっていた炎もだいぶ消し止められ、静まって来た頃の一幕。アデリーンはその手に幼い子どもを抱きかかえ、子どもの母親と巽隊長の前に見せていた。仮面の下では彼女も笑っていたし、母親と隊長についてももちろん、笑みをこぼしている。子どもを親元に帰して、アデリーンは崩れた街並みを見渡すと、目を細めて決意を固める。
「まだ逃げ遅れた人たちがいます。行きましょう」
ビルが崩れ、道もデコボコだらけになって荒れ果てた街の中を率先して行こうとするアデリーンの前に、蜜月が生存者の少年を抱えてやってくる。次から次に驚くべきことが起きすぎて、その少年はどう反応したらいいのかわからなくなり戸惑っていたようで、キョロキョロしてばかりいた。
「こっちは火遊びしてた連中をだいたい片付けたぜ! だが、リーダー格がいるっぽい……」
こんな時だからこそとひょうきんに振る舞う蜜月は少年の肩をポンと叩いて、逃げるように促す。このあとも張り切って全員救い出すために笑い合い、士気を高め合った次の瞬間だった。
「メラボーボー! メラボォーボオオオーッ!!」
「伏せてっ!?」
突然激しい炎が横切ったのである! 危機を察知したアデリーンがビームシールドを持ち出してドーム状のバリアを展開したため、その場はなんとかしのぐことが出来た。
「よくねえなあ。人のお楽しみを邪魔しやがって……! これは有意義なことで、必要な犠牲だと言うのに」
溶けた鉄が冷えて固まったような黒いボディと、炎そのもののような赤橙色の装甲。緑色のカメラアイと凶悪な顔つき。いかにも火が吹き出しそうな形状の両手。頭頂部や両肩からは猛烈に火が噴き出ており、『バーナー』のようなその怪人の全身からは異常な攻撃性と凶暴性も感じられた。
「間違いない、あいつだ。あいつがあちこち燃やして、いたずらに人を焼き殺してるところを見たんだ! 殺人鬼め……!」
唸り声を上げる敵を前に、最大限警戒している巽が語る。敵に対する怒りと、犠牲者を救えなかった無念が込められていた。彼らを守っているアデリーンと蜜月もまた、街に火を放っていた元締めに対して、「絶対に許さない」という闘志を向ける。
「消防隊があ、まぁだ生きてたのかぁ? 二度と火消しなんぞできねえようにしてやらんとなあぁぁ」
身勝手な放火魔の怪人は、全身から炎を吹き出してまた街全体を焼き尽くそうとする。しかしアデリーンがすかさず、ビームシールドから強力な吹雪を発して相殺した。水分もほとんど無いこの環境下だろうと、彼女には関係ない。そう、たやすいこと!
「まあよい! 邪魔なヒーローもろとも、この『バーナーガイスト』様が消し炭にしてくれるわっ! メラボーボーッ!!」
バーナーガイストが雄叫びを上げると同時に、火炎放射器を装備したシリコニアンたちが一斉に飛び出した!




