FILE145:鉄鍋山のアジト
福岡市の街外れに点在する『鉄鍋山』は、ふもとが海や川に面した山地である。知る人ぞ知る、いわゆる穴場でひそかに人気を集めていたが、彼女らは観光のために訪れたのではない。
「ここが鉄鍋山……。いい眺め」
「デリンジャーさんちのドリューくんがゲロったことがウソでなければ、ここに九州ヘリックスのアジトが……!」
山中の採石場の跡地らしき開けた場所に出た2人は確認を取った後、子バチ型の探査機・『ワーカービー』を伴って辺りを探し始める。
「ミヅキは行ったことあるんじゃなくて?」
「いや、今回が初めてだ。九州ヘリックスとは縁が無くってさ。ジャン・ピエールと何度か会ったくらい」
「彼、抜け目のない男よ。気を付けて」
「そのくらい知ってる……」
比較的軽い言動をとって平静を保っていた蜜月が眉を吊り上げ、目を細めたそのタイミングで、アデリーンが丘の上を指差す。そこに敵のアジトらしき建物があったためだ。重要施設――の、はずなのに。周りには人っ子1人いない。とくに罠もしかけられてはいないらしいので、正面から堂々と進入を果たす。
「おかしい。何かがおかしい。こんな、すんなり通れるはずないのに」
警備があまりにもザルであることに違和感を覚え、恐る恐る基地の奥へと進む2人。やがて、悪の組織の秘密基地に似つかわしくないほど、ゆったりとした雰囲気の部屋を発見する。扉も窓枠とガラスが使われていて、中は洋風の休憩室となっていた。
「むむ!? この匂いは……?」
「……大盛りの……カレーライス?」
しかも2人分だ! 「さすがに毒が盛られているのではないか?」と疑問に思うが、少しの間見つめてからアデリーンが首を横に振る。すなわち、「毒は入っていない」と見抜いたことを意味する。人造人間ならではの優れた感覚をもってのこと。そして、誰かが作り置きしていたそれを、近くにあったレンジでチン。
「おいしーっ!」
緊張が走る中、お互いに一度目を合わせて覚悟を決めてからラップを外してスプーンを手に取り、手も合わせて――食べ始めた。旨味と辛味が2人の舌先で絶妙に交じり合い、高揚感と幸福感をもたらす。
「ええ、ほっぺが落ちちゃいそう」
「お口に合ったようで、ワタクシも嬉しいよ……!」
「その声は!?」
完食して「ごちそうさま!」と満足しきったところで、異変は起きた。2人が振り向けば、そこには食器をモチーフとした銀色に光るボディを持つ怪人がいたのだ!
「クククク……クック、クックックックッ。ショッキーング!」
いつの間にか後ろから入って来ていたカトラリーガイストは、変身を解いて元の姿を露わにする。金髪で同色のヒゲを生やした、黒いコックコート姿の外国人男性だ。
「鉄鍋山のハイドアウトによおおおお――――こそ」
「やはりあなただったのね。ジャン・ピエール・グルマン……」
「竜平っちたちをどこにさらった? 答えろ!」
「浦和ファミリーなら、この場所だ」
立ち上がって噛みついて来た2人に対してほくそ笑んで、地図を渡してやるグルマン。そこに記されていたのは――。
「福岡ドームの裏のファクトリーに来たまえ。いいか? 浦和ファミリーを返してほしくば、徳山の身柄とエクスチェンジだ。どんな手段を使ってでも、ビッグガイスターのブループリントはいただく。できないなら、ブループリントのありかを聞き出した上で彼らを殺す」
「っ! あんただけは、ヘリックスの幹部にしてはジェントルマンだって信じてたのに」
紙の地図を握ったまま、蜜月は悪魔のごとき所業に怒りを露わにする。彼女は彼女なりにグルマンの事を尊敬していたのに、裏切られた気分になったからだ。
「君こそ、もう少しレディーらしいと思っていたのだがね……。マドモアゼル蜂須賀」
グルマンは、蜜月に対し呆れたような笑みを返す。ため息を吐いてからアデリーンにも指を差した。当然のように彼女からもにらまれるが、グルマンは動じない。
「とにかく、そちらが約束を破る気なら、ワタクシも約束を破らせてもらうぞ」
笑っていたかと思えば、今度はいかめしい顔をしてアデリーンと蜜月へ宣言する。――彼は本気だ。
「どっちにしたって、小百合さんたちを殺すつもりなんだろ。えぇっ!?」
「ミヅキ、あまり刺激しないほうが……」
「君たちのアンサーを待っているぞ。オ・ルヴォワール!」
食ってかかる蜜月に払い除けるジェスチャーを取った後、グルマンはテレポートで逃げる! 血気に逸った行動を取りそうになった彼女を落ち着かせたアデリーンもまた、意気込んだ。
「……こうしちゃいられないわ!」
「ああ!」
こうして、アデリーンたちはもぬけの殻となった九州ヘリックスのアジトから脱出したのである。
◆◆◆◆◆◆
「あたくしも、福岡ドーム裏まで来させていただいた方がよかったかしら?」
『ノンノン。キュイジーネさんのお手を、わずらわせるわけにはいかない。ガヴァナーにもワタクシからお伝えしておくよ』
「ありがとう」
「本当にいいのか? ジャン・ピエールに任せきりで」
その頃、博多区内にある怪しい雰囲気のクラブ・『馬裏馬裏庵』にて。グルマンとの通信を終えたキュイジーネに声をかけたのは、桃井兄妹の兄・錆亮である。彼らは、九州ヘリックスへの監査の合間にポーカーやビリヤードなどに興じていた。ピンクの照明に照らされ、バーカウンターも完備しているこのいかがわしい店の中で。
「いくら彼ほどの『鉄人』と言っても、例の裏切り者2名が相手では心細い。やはり行ってやるべきだよ、わたしからも頼む」
白髪で赤い瞳をしたこの女性は桃井兄妹の妹・武佐那だ。グルマンのことが気がかりだったらしい。
「彼ね、あなたたちが思っているよりもやるわよ。うふふふ……」
キュイジーネは、たわわに実った胸を揺らしながら妖艶に微笑む。何も心配することは無いと桃井兄妹をなだめると、テーブルの上に胸を乗せる。やはり豊満だった。
『わしだ。ギルモアだ……』
「これは総裁!」
兄妹と話す中でキュイジーネが余裕から再び戯れようとしたところ、ヘリックスの本部より通信が入る。電子映像には、長身でコワモテ、不気味な雰囲気の老人が映されていた。
『先刻、ジャン・ピエール・グルマンからの伝言を受け取っておる。お前たちは、あやつの意志を尊重しヘリックスシティへ戻れ』
「御意……」
一転して真剣な表情をした彼らは、総裁ギルモアに忠誠を示して帰投することに決めた。――なお、ドリューはというと、福岡のどこかで「肩身が狭いよ、帰りたくないよお……! 殺されるううう……」と、ひもじい思いをしながら、ヘリックスシティへの帰還を拒否していた。




