FILE139:ナイトプールでドッキリ!?
「っ!? あなた、こないだの……」
「お久しぶりねぇ、浦和のお嬢さん。改めまして、あたくしはキュイジーネ・キャメロンと申します」
邂逅は突然に。以前、カメレオンの怪人によって一家全員囚われの身となった時のことを思い出し、いつもは気丈な綾女も緊迫する。彼女を守るべく、その前にアデリーンが立つ。
「用件は? アヤメ姉さんたちには触れさせないわよ」
熱海で遭遇した時はオフの日ということもあって紆余曲折の末に一緒に遊んだが、今回はそうはいかない。綾女や彩姫に葵に手を出されるわけにはいかなかったからだ。後ろで不安がっている彩姫と、その彩姫にしがみつく葵を見てアデリーンはそう思った。
「すり寄ってくんな。あんたとワタシはもう敵同士のはず」
一番前に出て、果敢に立ち向かったのは蜜月であった。そのまま距離を詰めて顔も近付ける。対するキュイジーネは、すわった目つきのまま相手を見つめていて、まったく動じていない。鋭い目でにらんでいる蜜月とは対照的だ。
「怖い顔しないの。ここは楽しいナイトプールなんだし……。ねぇ、知りたくない? この博多で、何が起きようとしているのか」
笑みを作って煽ったキュイジーネだが、その目は笑ってはおらず、妖艶さの中につかみどころのない薄気味悪さをはらんでいた。
「へぇー。ヘリックスの幹部様ともあろうお方が、敵であるワタシらに情報提供してくれるんだ? いいのかな~? 確かにあんたとは、昔ちょっと良くしてもらってたけどさあ」
煽られたら、煽り返す。そのための角度と表情で、蜜月は声にも徐々にドスを利かせた上で言葉を突きつけた。この2人の間に入れない! アデリーンらは見守る事しか出来なかった。
「なんてね。教えるわけないでしょう?」
やはり一切動揺しないキュイジーネは、胸を弾ませながら蜜月に押しつけ、さらに彼女の下アゴをつかんで微笑みかける。彼女のペースに乗せられてしまったのか、蜜月は余裕が崩れてしまう。――ある意味、キていたかもしれない瞬間。アデリーンも葵も彩姫も、舞い散る百合の花びらの幻覚を目撃した。
「それじゃあー、やっぱりぃー……ワタシたちをからかいたかっただけか!?」
「そういうこと。知りたければ自分たちの目で確かめなさい?」
蜜月を赤面させて愉悦を感じたキュイジーネは手を離してやると、踵を返して去ろうとする。
「ま、待てよ! あんたの狙いは何なのさ!?」
「そうよ。あなたほど賢い人が、何の理由もなしに私たちに会いに来るとは考えられない」
「あたくしは皆さんにちょっかいを出しに来ただけ。ではご機嫌よう……。おほほほほほ」
少し振り向いてからそれだけ言い残し、高笑いとともにキュイジーネは去った。
「怖かったぁ……」
「あれでも昔は優しかったのよ。むしろ私と仲良しでさえあった」
震える葵を背中からそっと抱きしめる。氷を操る人造人間であっても、彼女の肌は暖かい。そわそわしている蜜月には彩姫が寄り添い、なんと抱き着いた。ボディ・メンタルチェックの意味合いが強いが――。
「義理のお姉さん的な人だったんですね」
「年齢的には、継母、義理の母……そのほうが近いかな」
キュイジーネは謎多き女ではあったが、少なくともアデリーンが綾女に語ったそのことは、真実である。
◆◆◆◆◆
かくして女幹部・キュイジーネとの遭遇を果たし、1日の疲れを癒すためにナイトプールから大浴場へと移動する。もちろん着替えや貴重品は忘れてはいない。湯上りした後は、じっくりに丁寧に乾かし、スキンケアも行うという楽しみが待っている。体も洗って、時には誰かに見とれてしまうこともあったが、ついに入浴する。豪華にも壁や床、天井には大理石が使われ、サウナも完備という完璧ぶりだった。
「って……おい! なんでお風呂にまでついてくるんだ!?」
「お邪魔だったかしら――」
蜜月が驚くのも無理はない。別れたはずのあの女が同じ湯船に浸かっていたからである。豊満な肢体の持ち主である彼女が堂々と浸かっている姿は、既にキュイジーネを知る者にも、今日知ったばかりの者にも刺激が強すぎた。実際周りの客たちもざわついている。
「これから何度も会うことになるだろう綾女さんたちとは、とくに親睦を深めておきたくてね?」
「さ、さわらないで!?」
綾女と彼女をかばったアデリーンに悪魔のような笑顔とともに急接近するキュイジーネであるが、敵意は見られない。「どうしろというのだ……」、と、言いたそうな顔で困惑している葵と彩姫をよそに、蜜月が歯を食い縛ってアデリーンと綾女の前へ出た。
「やめろキュイジーネ! どうせならワタシを……、ぎょわわわ~っ!?」
「あなたはここが弱かったわねぇ」
「いー―――やぁ――――!!」
湯煙立ち込める大浴場で乙女たちの悲鳴が響く。結局、状況を打破したかった蜜月も手玉に取られてしまった。キュイジーネという女の意図だけは、誰にも読むことはできない。




