FILE136:ミスター・グルマン
その頃、博多市内某所のとあるレストランにて。そこは洋風の内装でジャンルは多国籍、広大な店内には様々な形のテーブルや椅子がたくさん並べられている。そのうちの1つに顔面に大きめのばんそうこうを貼った痛々しい顔をしたドリュー・デリンジャーが食事をとっており、隣には彼と同じくヘリックスの幹部である女性――キュイジーネ・キャメロンが優雅に座り、この店の味を堪能している。
「まあ、武佐那ちゃんたちから? それは災難だったわね」
出来の悪い弟もしくは息子を見守る母のような眼差しを向ける。彼を哀れんでいたのか、または、その逆で見下していたのか。その答えは発言したキュイジーネ自身だけが知る。
「でね、聞いてくださいよ。あいつら、いちばん立場が上で、総裁ギルモアのオキニだからって言いたい放題だったんですよ! ぼくが最高幹部の座に就いた暁には、まずはあいつらをこき使って、ボロ雑巾みたいになるまで、それから……」
「しーっ」
不平不満をぶちまけながら、デリンジャーは出してもらったフレンチ料理を乱雑に、ただしよだれ掛けなどは汚さない程度にとどめて食す。そんな彼を前に、キュイジーネは人差し指を立てて静まらせる。いたずらな笑みも添えてだ。
「なんです、ミセス……」
ビクついたデリンジャーには既に目もくれず、キュイジーネは通りかかったボーイに手招きし、ボーイの耳元でなにかささやく。
「かしこまりました。『ジャン・ピエール・グルマン』をお呼びいたししますので、少々お待ちくださいませ」
一流レストランで働くものとしてふさわさしい振る舞いを見せるボーイは、キュイジーネらにその名を告げてから去る。デリンジャーは神経質に不満の声を洩らし、対照的にキュイジーネが腕を組んで堂々と待っている中、しばらくすると、コックコートに身を包んだ身なりのよさげな男性が普通に歩いて――しかし、その実、やや大げさに現れる。かつて流行った料理対決番組の主宰のようだった。
「調子はどうだね。ドリュー君、キュイジーネさん」
声をかけたこのオーナーは、オペラ歌手さながら腹の底まで響き渡るほどの渋い声を持ち、金髪で同色のカールしたヒゲを生やした外国人男性である。普通にしているだけなのに、見るものすべてに謎の高貴さを感じさせ、尊敬の念まで抱かせる。
「み……ミスター・『グルマン』、非常に申し上げにくいのですが、まだ何も……」
「話の続きは、君たちが完食してからにさせていただく。当店のテイスティーとおもてなしを心行くまで――」
ジャン・ピエール・グルマン、話せば長くなるタイプの男である。
◆◆◆◆
グルマンに言われるがまま完食した2人の幹部は、レストラン【ビストロ・パルフェット】の裏へと呼び出される。当のグルマンはヒゲをさすっていた。あくまでも余裕綽々のキュイジーネとは違って、彼女やグルマンよりも立場が下のドリュー・デリンジャーは何かにおびえている。
「ワタクシの記憶が確かならば、あの方は君に闇オークションの司会進行を務めるように指示を出されていたはず」
「そ、それまでまだもう少し日にちがありましたよね? その間に、ヘンな言い方ですがパトロールに行かせていただいたじゃないですか。その、ヤツらの姿を見かけてしまって……ヘタに出歩いたら、例の競売で扱う大事な商品を落としちゃうかもしれないでしょう!?」
「そうか……。まあ、仕方あるまい。物事とは都合よくムーヴしてくれないものだ」
デリンジャーに背中を向けたまま、ジャン・ピエール・グルマンは責めるわけでもなくそう語る。
「あなたにお世話になっておきながら、彼はずっとこんな調子でして。先が思いやられますね……ジャン・ピエール」
「単なるラッキーボーイではないところを見てみたいが、今のままではメニーメニー難しいな……」
キュイジーネが腕を組んで首をかしげた姿勢で、丁寧な口調でデリンジャーの身を案じる。これも表向きに過ぎず、その裏で嘲っていたかもしれないし、本当に心配していたのかもしれない。どちらともとれない彼女とは異なり、グルマンのほうは真剣に彼の将来を考えていた。そして、次にある者の名を口にする。
「セザール」
「はっ!」
上司からのオファーに応じ、ジャン・ピエール・グルマンの傍らに、荒事に慣れていそうな目つきの悪いスーツ姿の男が突如として現れる。彼こそがグルマンから最も信頼を受けている部下の1人、『セザール』だ。
「ドリュー君のミッションを手伝って差し上げろ」
「かしこまりました」
お辞儀をしてグルマンに恭順のサインを示したセザールは、「あらぁ……♪」と、嬉しそうな声を洩らしたキュイジーネとアイコンタクトを交わして笑い合う。この様子を見て、彼女に対してはそれなりに気があるデリンジャーは嫉妬せずにはいられない。ハンカチを噛んで大いに悔しがった。
「……手伝うふりして、ぼくの手柄を横取りしようって魂胆じゃあないでしょうね!?」
「心配いらんぜ。お前がグルマンや総裁からもっとお褒めいただけるよう、俺様が取り繕ってやるからよ……」
腰に手を当てて、下から覗く形でセザールが煽る。傷だらけでコワモテな顔に刈り上げの入ったヘアースタイル、そんな見るからにワルな男から眼光鋭くにらまれたのでは、幹部以前に闇バイヤーとして経験を積んで来たはずのデリンジャーもついビビってしまうというもの。
「し、信用できないねッ。誰があんたなんかと組むものか! ぼくを蹴落として出世する気なんだろ!?」
「そこ! 店の外だろうと、レストランではお静かに。人として当たり前のルールとマナーだ」
大声を上げられ、キュイジーネとの談笑に水を差されて腹が立ったか、グルマンがデリンジャーへと注意する。火種を作ったセザールにもだ。これにはキュイジーネも呆れており、2人そろって謝罪する。――同じ幹部でも、キュイジーネやグルマンと比べてデリンジャーは格下であり、セザールはそんな彼とは同格に当たるのだ。
「ぼくたち悪モンなのに……」
苦い顔をした彼のボヤキは、キュイジーネらにもしっかり聞こえており、包み隠さず笑われた。
「あなたのもとでシゴいたほうが、彼のためにもなるかもね? あたくしはそう思っているの」
「そうだな。ウチで預かってからそこそこ経ったが、上手くやっていけるかもしれん。君の言うことも一理あるね。キュイジーネさん」
冗談交じりに微笑みながら可能性を見出すキュイジーネに、ジャン・ピエール・グルマンは同意する。彼は男として抗えず、ここで彼女の豊満すぎる乳房に手が出そうになったが、「紳士として恥ずべきことだ!」として自制した。




