FILE134:静まれドラゴンフライ
「あ、アブソリュートゼロ、なのか……。ヤンマアアアアアアア!!」
ヒーローとしてのアデリーンの名を口にした怪人・『ドラゴンフライガイスト』は、おびえから後ずさりする。かと思えば、今度はいきり立って付近にある掲示物を左手に持ったノコギリで切断した。
「やめなさい」
それを良しとしなかった彼女は、ハイキックを顔面にかました後に手刀やエルボーなどですばやく攻撃し、敵の出方を潰さんとする。だが、猛り狂っているドラゴンフライはなおも暴れてアデリーンへと襲いかかる。
「やめなさいと言っているのに! 【氷晶】!」
話が通じない、と、見なしたわけではないが、「やるしかない!」と己に言い聞かせ、ついにアデリーンはかけ声とともに青色のメタル・コンバットスーツをその身にまとい、アブソリュートゼロの姿へと変身する。首に巻いたマフラーや腰部のスカートを翻して、周りにビームをまき散らして火花を上げているドラゴンフライガイストに立ち向かうのだ。
「ムワアアアア!? ……ウソだ! アブソリュートゼロに化けたニセモノだッ! お前までおれを殺しに来たのか!? あいつらの仲間で、おれをキャナルシティまで追って来てたんだろ!? そうだッ、そうだろ……!? そうに決まっているッ!!」
「何のことかしら?」
一方的に決めつけてから、三度アデリーンに対して理不尽な暴力を振るう。ノコギリ、パンチ、キック、いずれの攻撃もことごとく弾き返すと、彼女はカウンターとして右ストレートを叩き込み、一時的にドラゴンフライガイストをひるませる。
「ち、違うのか……? あいつらとは!?」
彼女から受けた攻撃の威力が思っていたよりも大きかったために、彼の動きには少しガタが来ていた。思い込みによるわけのわからないことを口走ると、自身の身の安全を確保するために背中の翅で羽ばたいてロビーから逃げ出す。
「だから何の話? 待ちなさい!」
アデリーンは彼を見逃さず、エメラルドグリーンに輝く拡張パーツをウォッチングトランサーへと装着。それを使い、いわゆる強化形態である【スパークルネクサス】への変身を遂げた。これにより、彼女の背中からは氷の結晶で作られた翼が生えて、飛行することが可能となるのだ!
「なにいイイイイ!?」
両者ともに、水路の上に通路が作られたホールを抜けて、外まで飛び出していた。まだ逃げようとするドラゴンフライガイストに対し、アデリーンがビームシールド・『ブリザウォール』を取り出すと、冷凍エネルギーを増幅させた上で解き放つ。これにより凍てついたドラゴンフライは、付近の道路へと落下。更に彼女は、カカト落としをかけて一切の容赦なく追撃する。
「話を聞くから元の姿に戻りなさい!」
氷が砕けて動けるようになった敵を地面にできた窪みから拾い上げ、起こして翅を手刀で裂いてから、抵抗しようとした彼に掴みかかって説得しにかかる。
「そうしたいが、それではおれの気が晴れな、うがっ!?」
「マイナスフォーティーブロウ……!」
言い訳して、アデリーンからの要求に対して躊躇するドラゴンフライ。やむを得ないと判断した彼女は、右手を青く光り輝かせてからの必殺パンチを炸裂させた。軽く3段ほどバウンドしてから、ドラゴンフライは爆発四散。残り火の中から彼をその姿に変身させていた藤色のジーンスフィアが飛び出す。表面には『上から見たトンボの紋章』が記されており、アデリーンはすかさずキャッチする。
「急所は外してあります。あなたがこれ以上暴れられないように」
変身も解除して、トンボの怪人に変身していた男のもとにゆっくりと寄り添い、少し警戒した口調で告げる。根っからの悪ではないことは察したうえで、あえて厳しく接するのだ。
「ま、待ってくれ。そのカプセルは、おれが身を守るために必要な力なんだ、あいつらから……」
傷だらけで、服も破けて爛れていた男はそう訴えたが、アデリーンは眉を吊り上げた厳しい表情とともに、その手の中に持つジーンスフィアを握りつぶす。柔和な顔になったのは直後のことだ。
「……こんな危険なものに頼らなくたって、あなたの身はあなたご自身で守れます。私もお守りしますから」
上体だけ起こしておびえていた男は、ヒーローとして自信を罰して責め立てた彼女の中に優しさがあったことを感じ取ったか、納得した様子で彼女が差し伸べた手を取る。
◆◆
ディスガイストが出現したことによる騒ぎが起きたことでキャナルシティの施設内には警官が立ち入っていて人々をざわつかせていたが、事態が収束したので彼らも落ち着きを見せていた。施設外に避難していた蜜月らの前に、件の怪人に変身していた男性を連れてアデリーンがやって来る。
「見た感じだと終わったみたいねえ。しっかし、いったい何がどうなってるんでい?」
「それを、今からこの方に聞こうと思っていたの」
姿勢を正し腰に手を当てて胸を張る蜜月の背後には、このツアーの主催者と参加者たちが身を寄せあっている。アデリーンが戦っている間にしっかりと守り切ったのだ。
「お名前を……」
「と、徳山駿……です」
そう名乗った彼は今は心身ともに傷付いており、格好も見すぼらしいが――本来はそれなりに精悍で男くさい人物であることは、誰もが察していた。彼絡みで何か大変なことが起きていることに感付いた虎姫は、蜜月を下がらせ、秘書の磯村環を伴い代表者として前に出る。アデリーンはそれを見て「ニコッ」と口元を緩め、首を縦に振った。
「徳山さん、我々は博多まで旅行に来たばかりの身です。その……良ければご一緒にどうですか?」
「おれにそんな資格は!?」
「お話もごゆっくりお伺いいたします。あなたの身の安全も保証しますから……」
うら若きテイラーグループの社長とその秘書から切り出された話を前に、彼は困惑していたが、アデリーンからの後押しを受けたこともあり、唾を呑んで緊張を抑えてから手を取り合って承諾する。これにて、一応はめでたしめでたし――とは、行かない。
「なんで、なんでなんで、どうしてなんだよオオオオオ……どうして、あいつらが博多まで遊びに来てるんだよう!!」
その一部始終を周辺のビルの上から、双眼鏡で見ていた者がいたからである。とても都合の悪そうな困り顔をしていた彼は、ヘリックスの幹部メンバーの1人。そして今ここに――その背後から男女2人組が姿を現す。どちらも、近未来的なコスチュームの上にマントを羽織っていた。
「お困りのようだな。ドリュー・デリンジャー」
「メッセンジャーボーイなら必要……な゛ッ!?」
先に声をかけたのは、男性のほうだ。金髪で衣服も同様に落ち着いた金色を基調としている。その鋭い目つきや表情には過剰なまでの自信とプライドがよく表れていた。
「げえっ!? ムササビ兄妹……!? 最高幹部のあんたらが直々に、ぼくを笑いに来たのかっ!?」
ビビって双眼鏡を手元から離してしまったデリンジャーは、尻もちをついてフェンスのほうへと後退する。滑稽な彼の姿を見て、2人組――もとい、ムササビ兄妹の妹のほうが笑う。
「別に? わたしたちは視察に来ただけだが?」
彼女――その名も『桃井武佐那』は質感の鋭い白髪に、赤が混じった切れ長の紫色の瞳を持っていた。衣装は男性のほうと対になる銀色をベースとしており、光沢も申し分ない。
「そんなことは、どうだっていい。今回の作戦は総裁もいたく気に入っておられる。失敗は許されない、分かっているな?」
2人とも足並みをそろえて獲物を追い詰めるノリでじりじりと詰め寄り、彼女はデリンジャーに催促する。自身に満ちた相手を見下す笑みを添えて。
「謹慎期間中にあーだこーだとわめいてから、必死で頭を下げ続けたんだ。成功させねば立場が無いよなあ? ……フフフフフ」
「それともまたやらかして……お前に助け舟を出してくれた、『グルマン』にまで迷惑をかけるつもりかい?」
煽るための大げさな動作の後、腕を組んで笑う兄・『桃井錆亮』。セクシーな女性がよくやる前かがみなポーズで挑発する妹、桃井武佐那。全身震えながら、逆に発奮すると、ドリュー・デリンジャーは起き上がってから怒鳴った。
「下に見やがって! ぼくをコケにし続けたことを後悔させてやる! 総裁の金魚のフンめ、おめーらを引きずりおろしてやるからな!? うえッ!?」
イキった顔をして煽ったまでは良かったが、錆亮から一笑に付されると顔面にパンチを叩き込まれ、更に踏みつけにされてしまう。兄に蹂躙されうめき声を上げているデリンジャーを見て、武佐那は口元を手で覆ってから笑った。
「フハハハハハハハ! 面白い、やってみろ。能無しで役立たずで三下のお前ごときにできるものならな!」
――ドリュー・デリンジャー、彼の屈辱と受難は続く。




