FILE129:ドリュー・デリンジャー!破滅へのカウントダウン開始?
ドリュー・デリンジャーが呪いの雨作戦に失敗して、暗雲立ち込める秘密犯罪結社の本部・ヘリックスシティへと帰還した直後の出来事である――。
「たわけめ! デリンジャァァァァ!!!!」
長身痩躯で白いヒゲを生やし、マントを羽織った老人・総裁ギルモアが玉座に座したまま怒号とともに杖から電撃光線を何発も放射、ドリュー・デリンジャーを折檻する。
「みじめなものだ……」
「すべて彼の自業自得ですよ。兄上」
総裁の両脇に立つ、金色の戦闘用スーツを着た金髪の青年と、銀の戦闘用スーツを着た白髪に紫の瞳の女性が笑う。この男女は、ムササビ兄妹と呼ばれ、実際にムササビのディスガイストに変身する組織の最高幹部である。
「またはじまったよ……。やれやれ、休暇をいただいて、やっとゆっくりできると思った矢先にこれだ」
ようやく松葉杖がいらなくなった赤黒いレザーファッションの男・禍津が、両手を広げてくつくつと皮肉った笑い声を出す。彼の近くに集まっていたキュイジーネら他の幹部たちも静かに笑っていた。
「謹慎を破っておきながら、また我の顔に泥を塗りおって。この愚か者めが!!」
「アヒエエエエッ!? も、申し訳ございません! 次こそ必ず……必ず成功させてご覧に入れますので」
ギルモアに見下ろされ、同僚たちからも軽蔑され嘲笑される中で、デリンジャーは跪き顔をぐしゃぐしゃにして土下座する。
「貴様はいつもそうだ。「成功させる」、「今回は自信がある」……などとのたまっておきながら、フタを開けてみれば、過去の功績の上に胡座をかいたような浅はかな作戦ばかりではないか?」
今にも首を切り落としそうな冷たい声色で、ギルモアは鋭く容赦のない指摘を行なう。そうされたわけでもないのに心臓に鋭い刃を突きつけられ、ギロチンにもかけられた気分になってデリンジャーはおびえた。
「ハッハハハハハ! みんな見たか? ドリュー・デリンジャーのヤツ、また総裁の前で恥をさらしたぜ。何をやってもずっとビリケツなんだから、世話ないよなあ! ファーハハハハハ!!」
「禍津っ!!」
今度はいきり立ち、嘲笑う禍津蠍典へ勢いよくつかみかかったが、相手はまるで動じておらず、歪んだ笑みを浮かべて煽って来るばかりだ。デリンジャーは神経質なまでに苛立ち、「これ以上バカにされたくない、毎日毎日見下されるのは嫌だ」という焦燥と不安にも駆られた。
「怒るなよォー。事実を言ったまでだろう」
「処刑されないだけ、ありがたいと思うのだな。ギルモア様は、お前にそれだけ温情をかけてくださっているんだ」
禍津の胸倉をつかんでいたところに、赤いラインの入った白のジャケットを着た男性・兜円次が割り入ると、不敵に笑ってそう告げる。ただ注意しただけでなく、その冷え切った目でデリンジャーを侮蔑していた。
「もっとも、それもいつまで続くかわからんがね。今のうちに臓器を売って金にする準備でもしておくといい、お許しをいただけるかもな……。ンフフフフ……!」
クセ毛に黒スーツの男性・雲脚昌之までもデリンジャーにネチネチと嫌味を浴びせた。心臓を握りつぶすさまを連想させる仕草も加えて、彼を威圧する。
「ちょっと~。蠍典さんも、昌之さんも、円次さんも、言いすぎなんじゃない?」
見かねたのか、それとも気まぐれか。ウェーブのかかった茶髪のロングヘアーで、豊満な胸を大きくはだけた服装をしている女性幹部・キュイジーネが腰をくねらせながら、男たちを注意する。仕方なく禍津から手を放したデリンジャーだが、やはりギルモアからはあまりいい顔をされない。
「悔しいか、ドリュー? 悔しかろう。失態を取り返したかろう。しかし我としてもこれ以上、何の貢献も出来ておらんお前に情けをかけるわけにはいかぬ」
「いいい、嫌です! 死にたくありませんッ! わたくしは、わたくしめは! 今度こそ本当に……命を削ってでも、成功をこの手に!」
それは総裁からの死刑宣告か? 身の毛もよだつほど彼に畏怖して、デリンジャーは手をすり合わせてから、再び頭を下げて許しを請う。キュイジーネを除く幹部たちはそんなデリンジャーを鼻で笑った。
「愚か者め。これが最後のチャンスだ、勝手にするがよい」
呆れ気味にギルモアはそう言い放つ。ドリュー・デリンジャーは、力のこもっていない声で感謝の意を述べたが、急に恐怖した様子で走り出し、大扉から外に出る。
「それよりもギルモア様。例の件ですが……」
デリンジャーなどどうでも良かった兜円次が、ギルモアに何か訊ねようとする前、彼は逃げて行く役立たずに一瞬だけ視線をやって嘲笑う。
「闇バイヤーだった頃の小ずるさはどこへやら。根性なしもいたものだ」
「ほら。あなたたちがいじめすぎるから……」
肩をすくめて陰口を言っている禍津蠍典にキュイジーネが近寄り、その豊満すぎる胸を押し付ける。いつもは苛烈で残忍冷酷な禍津も思わず肩が引きつって、危うくその気になりかけた。
「なんだ、キュイジーネ。デリンジャーごときに同情でもしたのか?」
禍津に嫉妬したか、唇を噛みしめた顔で雲脚が問う。それを否定するように彼女は微笑んだ。
「別に? 彼には自分自身の手で立ち直ってもらわないと」
その瞳孔が縦に鋭い真紅の眼は、笑ってはいない。
◆
「は、早く、これまでの汚名を返上しなくては。でないと、今度こそぼくは終わりだ……!!」
居辛くなって玉座の間を飛び出したドリュー・デリンジャーは、一心不乱に廊下を走って、呼吸を乱しながら螺旋階段の踊り場の手前で立ち止まる。薄闇の中、窓の外からの稲光が彼を乱暴に照らす。
≪ヲヲヲヲヲオオオオ……! 実体がほしい……! 己の足で歩いて、走り回るための器がほしい……! 仮初でも体がほしい……! ヲヲオオ……、ヲヲヲヲ…………!!≫
「す、捨てられる! ぼくの居場所も無くなる! あいつが、あいつが肉体を得てしまったら……。あいつだけじゃない、ヤツが、か、彼が招聘されて、ヘリックスシティに合流してしまったらぁ……!!」
実験体No.13の悪の心を器いっぱいに取り込んだ、『心の聖杯』から聴こえて来た怨霊めいた絞り出すような声を思い出して、彼はしゃがみ込むと頭を抱え震え出す。自分よりもはるかに格上の存在のことも――。嗚咽してヨダレまで流してしまうのは、彼の置かれた状況を考慮すれば仕方のないこと、だったのだ。




