FILE126:逃げろ逃げろォォォォッ!!
「ケーッ!!」
「そんなこけおどし!」
コウモリ傘型の剣を振り回してエネルギー弾を周囲にまき散らすデリンジャー、しかし、アデリーンたちはすべて弾くか打ち消して、無効化してみせた。
「えっ!? ウギャア」
マヌケにも、デリンジャーは驚いて動きが止まっていたところをそのまま斬られる。蜜月からは助走をつけたジャンプからの斬撃、アデリーンからは青い軌跡を描いた高速移動からの刺突と袈裟斬りのコンビネーション攻撃を見舞われ、大きくよろめいた。
「か、かっこいい。まるで違う世界のお話を見てるみたい……」
「アーブラー……」
両親から離れず、それでいてアデリーンたちの戦いぶりに目を奪われる聖花――であったが、その背後に赤黒いボディの醜い怪人が、指先に備わった鋭い爪を鈍く光らせ、湿った足音を立てて忍び寄る。執念深くも追いついてきた、フロッグガイストである。
「キャーッ!?」
「聖花っ!?」
宝木夫妻への見せしめか、羽交い絞めにしてから左腕だけでいやらしく聖花を抱え、フロッグは卑しく笑う。アデリーンと蜜月に押されていたデリンジャーは、部下というか同志が活躍しているのを見て喜んだ。
「おお、でかしたぞ蒲郡君! ではこのまま、宝木氏から身代金を……」
「命令すんなぁ!!」
しかしフロッグガイストに変身していた蒲郡のほうは、デリンジャーに対する不平不満から生まれた反意を捨てておらず、トゲのついた黒い玉を口から数発吐き出す。たちまちバットガイストとなったデリンジャーのもとへ誘導されると起爆して、彼を勢いよくぶっ飛ばす。近くの地面へと落っこちた。まさかの仲間割れが起きようとは、2人のヒーローもさすがに予想外であり、どうやって聖花を助け出すかを考えながらも戸惑わずにはいられない。
「な、何しやがるこのボケカスがッ! ま、まだぼくに逆らうのかぁ!?」
「自分からは何もしなかったくせに、おいしいところだけかいつまんでんじゃねえぞバカチン野郎! だいたい、上には媚びへつらって、下にはイキリ散らす態度も気に入らねえんだよう!」
「バカチンだとォ!? お前とぼくとで協力して、バカにしたやつらを見返そうって計画だったはずだぞ。あだだだ……!?」
痛がりながらも起き上がろうとしたバットガイストを、ヒーローたちは容赦なく蹴って殴って投げ飛ばす。フィニッシュは下腹部へのパンチと鋭いキックで、そのあとすぐ、2人の視線はコウモリの怪人などではなく、囚われの聖花へと向けられた。
「やれやれ、見てらんないね……聖花ちゃんを放せッ」
「できないねェ! 赤玉機雷を食らえ!」
トゲ付きの赤い機雷が蜜月めがけて放出される。着弾する前にハニカム状のシールドを展開して軽減したが、それでもダメージは大きく、吹っ飛ばされてしまった。
「このーッ!」
「ゲロッ!?」
早急にカタを付けなくては危険だと判断したアデリーンは、蜜月がやられたのを見て同じ轍は踏むまいと、フロッグガイストが吐き出した赤色のトゲトゲ機雷を連続で撃ち落とし、最後には聖花だけを避けて敵を撃ち抜きひるませる。聖花も救い出し、宝木夫妻の前まで抱きかかえてそこで下ろした。マスク越しに微笑みかけたが彼女や両親にも伝わったようであり、それを見ていた蜜月もサムズアップを送る。
「さあ、セイカさん。危ないから下がって!」
そっか、アタシたちをかばってるから、あの人たちも戦いにくいんだ。――自分がアデリーンたちの足を引っ張っているのではないかと危惧した聖花は、一か八かの賭けに出んとする。
「聖花……?」
「お尻ぺーんぺん! コウモリおじさんも、ぶちゃいくガエルも、ここまでおいで!」
両親から離れ唐突に敵に尻を向けて挑発したかと思えば、次の瞬間、彼女は全力でダッシュして逃走を開始する。そもそも敵の一番の狙いは自分自身である。だからその自分が逃げれば敵の注意を引き付けられるはずだと、聖花はそう考えて行動を起こしたのだ。
「あ、あのガキッ! 待たんかーい!!」
「どけッ! 手柄はオイラがいただく! お前みたいなウスノロを幹部の座から引きずりおろしてやるゥ!」
「声をかけてやった恩をアダで返すつもりかっ!? ウゲーッ!」
また、小競り合いを始めた怪人たち。しかしパワーでは完全にフロッグが優勢であったため、バットガイストは簡単に押し負ける。のしかかり攻撃を運よくかわしたところで、バットことデリンジャーは空を飛んで、というより大ジャンプして聖花を追い始めた。
「聖花のやつめ、もしかしてアデリーンさんたちのために!?」
「そうよ、逃げてセイカさん! あとでちゃんと迎えに行くから……」
今度は舌まで伸ばし、ムチのようにしならせて暴れ出すフロッグガイストを相手に蜜月とともに応戦しながら、アデリーンは聖花の身を案じた。
◆
「ガキがぁ、ぼくを見くびってもらってはこま……」
住宅街から少し離れた道路で、デリンジャーは追いつくことができた。天がやっと味方してくれた。そう信じたかった矢先、彼の身に予期せぬ出来事が!
「石投げちゃお!」
「いってええええええええええええええええ!? く、クソガキ……よくも……」
ああ、顔面に、顔面に! 投石されたのである。いくら怪人に変身していてもこれは苦痛以外の何物でもなく、デリンジャーは顔を押さえてうめき声を上げた。
「ざーこ、ざーこ! あっかんべー!」
「ガキイイイイイイイイイイイイイイイイ」
当然待ってくれるわけがなく聖花が逃げ出したため、デリンジャーは引き続き彼女を追いかける。腕と一体化した翼で飛べるのに飛ばずに走って、だ。
「おわっ」
追いついたと油断した瞬間聖花に足払いをかけられ、すってん転んで溝にはまってしまう。もちろんデリンジャーは泥んこだ!
「かっこわるー! コウモリなら飛んで避ければよかったじゃん!」
「ウギギギギ! 人をおちょくってるとなあ、ブッ飛ばすぞぉ!!」
「こわーっ!」
溝から上がったところで状況は変わらず、聖花は捕まりそうなところをギリギリで逃げて行方をくらませる。ビビったように見えたのも、デリンジャーを煽るためのウソにすぎない。
「どこだ! あのクソチビどこに消えた!?」
痛い目に遭いすぎて忍耐力が尽きようとしていた彼が追いかけて行った先は、ネコ型ロボットに頼りっぱなしなどこかの少年がよく通っていそうな川が流れている道だ。川の上に架けられた橋を通って電柱と塀の近くで辺りを見回していると――次の瞬間だった。
「おらーっ!」
「プギャ!?」
いつの間にか塀の上に登っていた聖花が、デリンジャーの頭上にブロックを落とす。激痛により顔を歪め、頭を抱えてのたうち回る彼を尻目に聖花はまたまた姿をくらました。
「ぼ、ぼくは、クリスマスの日にガキ1人にしてやられるようなマヌケな強盗とは、ワケが違うんだぞおおおおおお……!」
「よっわー! よわよわよっわー! 悪の怪人なのに、ちっとも怖くなーいんだ♪」
「うるせえ~~~~!! ぼくがその気になったら、お前なんか、お前なんか一捻りだぞ! くびり殺してやるウウウウウ」
児童公園の前にて、今度こそはと聖花に追いついたものの、幾度目かもわからない罵声を浴びせられて、既に我慢の限界だったデリンジャーはコウモリ傘型の剣・『アマガサイダー』を持ち出して、それを振り下ろさんと構えた上で聖花へと近付く……が、石につまずいてコケた。しかも変身が解除されて人間の姿に戻り、もちろんここまでに受けたダメージも屈辱もきっちりとフィードバックされている。全身傷だらけだし、せっかく着こなしたスーツも煤だらけであちこち破けていて、これではカッコつかない。
「ち、ち、ちくしょおおおおおおおお」
「ふーん。思ってたよりはマシだったけどー、でーもー……パパのほうが断然カッコイイや」
泳ぎ疲れてようやく岸に上がったような見苦しい顔をして這いつくばっているデリンジャーは、生意気な口を聞いてくる聖花を血走った目でにらみつける――が、当の彼女はというと、しゃがんで目線を合わせたかと思えば、冷ややかでサドっ気のある目をしてせせら笑っていた。
「ぼ、ぼくそんなカッコ悪いのか!?」
「うん、だッッッッッッさ! 自分じゃ顔がいいって思ってそうだけど、ださいださーい☆」
「ださくな――――い!!!!」
必死に叫んで否定しても文字通り足蹴にされた上、どこからか拾って来たコンクリートブロックでまた殴られた。こうなってしまってはもはや憐れみさえ感じられるが、そもそも先に手を出して、彼女を追い詰め苦しめようとしたのはデリンジャーのほうである。
「おじちゃん、下に見られたくなくて必死だねー。いっつもイライラしてそうだし、将来ハゲちゃいそう♪ かわいそカワウソ♪」
「ギギギギギ! ま、マセガキめぇぇぇぇ~~~~~~~~~~~……大人をコケにしやがって! わからせてやる……!!」
果たして、彼女にわからせてやることなどデリンジャーにできるのだろうか?




