FILE125:突撃訪問!?
聖花の口から住所や電話番号を教えてもらえた蜜月は、就寝準備をする前に彼女の両親へ連絡し、事情もしっかりと説明する。相手は最初は喜びながらも困惑していたものの、話を続けているうちに納得したようで、「今日はもう遅いから明日改めてウチへ連れて来てほしい」と、蜜月や娘へ確かにそう伝えたのだった。
◆その翌日……◆
聖花の住所は、都内の虫風露市というところに点在しており、蜜月は伊達メガネに加えてキャスケット帽に薄手のカーディガンに、グレースケールと紫色を組み合わせたクモの巣柄のシャツやチェック柄のカーゴパンツという記者らしいコーデに着替えて、聖花もちゃんと着替えさせ、荷物も忘れず全部持たせた上で専用マシンのイエローホーネットを駆り、意気揚々とそこまで移動していた。
早朝に連絡したアデリーンとは現地集合する約束を交わしていたためか、彼女は虫風露市内の駅前で、白い帽子にさわやかな青と白のワンピース、その下にジーンズという清楚かつアクティブな格好をして待っていた。蜜月からは無茶ぶりをされたが、その件で怒ってはいない。恐らくだが――。
「よっ、アデリーン。今日もなかなかイカしてるねえ。ところでこの子が聖花だ。生の聖花ちゃんだあ」
「まあ、あなたがセイカさんね。かわいらしい子……。それに、とってもいい街に住んでいるみたいね?」
芝居がかった動きでぬるりと表情を細かく変えて、蜜月は聖花のことを紹介し、すぐに彼女の隣のポジションを確保する。聖花はというと、どこか様子がおかしい。彼女と会ったアデリーン本人は普通にしていた、そのつもりだったのに、事もあろうか、聖花は目を潤わせてまでそのアデリーンに見とれていたのだ。
「……ステキ……」
「うーん? どうしたのかな」
「お姉様っ!!」
「えっ」
やがて聖花はツインテールを振り乱してアデリーンに抱きつく! 実に激しいスキンシップであり、唐突すぎる出来事を前に蜜月の目が点となっていた。
「わ、ワタシのことはオバサン扱いしときながら、アデリーンにはそれかい。あんたねぇ~……」
「だってアデリーンさんがきれいすぎるんだもん」
「……その気持ちは嬉しいわ! でも、今はお家に帰ることを考えましょう」
抱き着いてきた聖花を下ろし、今度はアデリーンが彼女を後部座席に乗せて、全員ツーリングに行くノリで聖花の家まで移動することとする。住宅街の一帯の中に点在していた。
「住宅街の中でもとびきり大きくて立派な家……ここで合ってたわね?」
洋風の大きな一軒家の前で、アデリーンは聖花と一緒に降り、蜜月は1人で降りる。彼女から確認を取られて、家出してきた聖花は尊敬のまなざしを向けて頷く。目を輝かせてまでそうしている姿はさながら駄犬のようだが、蜜月に対して素直にならない点は変わらず。
「このおうちのこともムーニャンから聞いたん?」
「半分ね。もう半分は自分の足で探し回ったの。あんまり情報屋さん頼りでもカッコつかないし」
「自力でここ虫風露まで? すごーい!」
「では早速……と、言いたいところだけど」
話の途中で聖花と視線を合わせて、微笑んで彼女の頭をなででから蜜月に催促する。蜜月とて何の考えも無しに、宝木家に上がらせてもらおうなどとは思ってはいない。行動を起こそうとしたその前に、彼女がかけていた伊達メガネはアデリーンにとられ、装着されてしまう。アデリーンが元来持ち合わせている知性と理性が際立ち、その天性の美貌もより一層引き立つ。思わず見とれた蜜月と聖花の目がハートとなってしまうのも無理はない。しかし蜜月は誘惑をどうにか振り払い、懐から子バチ型のドローンを1機取り出す。
「使い方は……ヨシッ! これで絶対間違えないぞぉ」
右腕にブレッシングヴァイザーを取り付けた蜜月は、付属のボタンを左手の小指で押して電子説明書を閲覧する。こんなこともあろうかと自動でアップデートされ、あらかじめインプットされていたのである。
「聖花ちゃんよ、ワタシは実はただのジャーナリストではなーい。こういうスパイ的なアイテムだって使いこなすことができるのだ。見てな……」
「ミヅキはああ見えて、ホントはあなたのことを大切に想ってくれてるのよ。あなたももうわかっているとは思うけど」
「……おほん! Hey,ワーカー。このおうちの様子を探って来て」
『YES,Mom.お安いご用です』
アデリーンと聖花に見守られ、電子音声でしゃべるワーカーこと、『ワーカービー』とやり取りを交わした蜜月は、そのワーカーを飛ばして送り出す。羽ばたくワーカーは、その洋風の家の窓から中をのぞき込む。父親と思われる渋みのある中年男性と、母親と思われる色っぽく若々しい女性が見えた。それだけでなく、赤いガマガエルのような不気味なサイボーグも紛れ込んでおり、明らかに異常な光景が広がっていた。
「お帰りワーカー」
間違いなく敵だ。見つからないように、ワーカーは速やかに『Mom』と呼んだ蜜月の手元に戻った。
「どうだった?」
そう確認を取ったアデリーンは、どこからともなく取り出したパック牛乳をストローで飲んでおり、もう片方の手にはアンパンを持ってドヤ顔をしている。どちらも合流する前に駅前のコンビニで買ったもので、現場に張り込み中の刑事のようだった。時代錯誤な彼女の姿を見て蜜月は一瞬懐かしさを感じ、聖花はただただ驚かされてばかりいる。
『申し上げます。聖花さんのおうちにはご両親だけでなく、カエルの怪獣ロボットの姿もありました』
「え!? まさかア〇地雷ガマ……」
「ガ〇ボイラーじゃない? それかガマ〇エモン」
「ってちがわい。ディスガイスト怪人だよう」
「うふふ、失礼。そうと決まったら、やることはひとつ。囚われのご両親を救い出して、セイカさんを守りながら敵を討つ」
報告を聞き届け、しばしボケ倒したところで右手の人差し指を立てて、アデリーンは良い笑顔でウインクして状況を打破するためのプランを提案する。
「しかしそのカエルのディスガイストは何をしてくるかわからないぞ。ねぇ」
困った表情でそう言い終えてから、聖花に顔を向けた蜜月はぴったり息を合わせてまで首をかしげて、肩をすくめる。「ちっちっちっ」と、アデリーンが生徒に指導する教師の要領で指を振った。ここでようやく、蜜月から借りた伊達メガネを返却する。もちろんケースの中に収納された。
「しっかり守って、しっかり戦って、しっかり救出すれば問題ないわ。私たちが油断しないように気を付けたらいいの」
「そ、そうね~。ちゅーか今日のあんた、やけにトレンディじゃね? そういうのは、あんたが生まれる前の刑事ドラマのネタだろう」
「父がトレンディドラマ好きなものでね。私も気が付いたら夢中になっていたの」
「あ~~~~なるほどな、正義感がお強いわけだわ」
「ヤダもー!!」
緊張感もなく勝手に盛り上がったので、聖花は2人に置き去りにされた気分になっていた。不満げに頬を膨らませて、抱きつきマスコットのごとくアデリーンの足にしがみついて駄々をこねだす。
「ごめんね。でも大丈夫よ、セイカさんのパパとママは絶対助けるからね」
「約束……してくれる?」
「うん」
聖花と指きりの約束を交わしてほどなく、彼女たちは宝木家の玄関へと乗り込む。
「ごめんくださーい。お子さんを預かっていた蜂須賀なんですけど~」
「ゲロッパァ――――!」
インターホンを鳴らして少しの間待つと、顔を見せに来たのは聖花の両親、ではなく――この家を占拠した、赤黒いボディの醜いカエルのサイボーグだ。3人とも一瞬ビビったが、アデリーンは眉を吊り上げいつでも戦えるように構える。
(コゲくさい……。火薬のニオイね)
「ゲロゲーロ! 驚いたくわッ。オイラはヘリックスの幹部の座を狙う、その名も『フロッグガイスト』様よ。ヘリックスに生まれし者は、ヘリックスに還るのだ!」
「断る! セイカさんのご家族を解放しなさい!」
アデリーンがフロッグガイストの特性を疑いながら取っ組み合っている背後で、蜜月は聖花にぴたりとくっついて守っている。
「イヤーッ!」
「ひゃっこい!? う……ゲェーロォー」
「えぇぇぇ!? 今のは!? どうやったの!?」
「話はあとよ! 急いで!」
そのうち、隙を突いて超絶強力な冷凍エネルギーを放出し、フロッグガイストを凍結させた。元が変温動物である以上仕方のないことなのだ、これは。そうやって敵がまた動き出す前に家の中へと駆け込み、リビングの中で縛り付けられていた聖花の両親を解放する。
「聖花っ!?」
「会いたかったよう! 勝手に飛び出してごめんね」
「娘を守ってくださってありがとうございます! なんとお礼を言ったら……」
何度も何度もケンカしてきたという両親を前に号泣し、勢いよく抱き着いたのを見て、「うんうん」、と、頷くが、まだまだ気は抜けない。敵はまだ完全に倒せてはいないからだ。ちょっと顔をそらして片手を後頭部に回し、口笛を吹いていた蜜月へ、聖花の母が視線を向けた。
「蜂須賀さんに、それから……」
「アデリーン・クラリティアナです。敵はまだ皆さんを狙っています。まずはこのおうちから出ましょう。私とミヅキから決して離れないでください」
宝木ファミリーはアデリーンからの呼びかけに応じ、家から脱出する。あらかじめ凍結して動きを封じていたフロッグガイストをどかして道路に駆け出し、ほかに敵がいないことも確認して、宝木一家を守った上で慎重かつ冷静に歩を進める。
「そうそう、あの気持ち悪いやつだったんだよー、アタシが見たやつ。血相変えて本当に怖かった……」
「とか言ってるけどセイカさん、怖いもの知らずなんじゃないの? 見たところミヅキにも相当生意気言ってたみたいだし」
「それもこれも、オバ……蜜月お姉さんを信頼しているからこそだよ!」
「くぬやろ……あんたの親御さんが見てるんだぞ親御さんが!」
「そうだぞ、聖花。助けてくれた上にお前を守ってくれた人に、なんてことを言うんだ」
「だいじょーぶだもーん。これくらい言ったって?」
「ふふふ♪ なんだかんだ仲がよろしいようで」
緊張も少し和らいで、移動しながら話し合っていたところにそれは飛来した。全体的に黒っぽく、コウモリ傘の意匠を持つ機械仕掛けのコウモリの怪人だ。彼は着地した途端にその両腕を広げ、一同をおどろかせる。が、アデリーンだけは呆れている程度でとくに動じてはいなかった。しかしそれはそれとして怒りを示している。
「ケケーッ! そうはさせんぞ虫ケラども!」
「うわッ! またお前かよ!」
「懲りないヤツ! いい加減、ヘリックスから足を洗ったらどうなの」
イキって飛び出してきたまではよかったが、こうも言いたい放題抗議されたのでは大きな両耳も痛いというもので、彼は表情を屈辱で歪ませながら両手で耳を塞ぐ。
「きも―い! アデリーンさん、あの変なコウモリおじさん誰? 知り合い?」
「そうね、とにかく卑怯で悪いヤツよ。悪さばっかりしているけれど、いつも詰めが甘いの」
変身した状態のドリュー・デリンジャーの事は知らない聖花へと説明を行なう。彼女から聞いて聖花もまた思い出し、目の前のコウモリ怪人を指差した。
「あっ!!」
「なんだガキンチョ! 人に指を差すんじゃあない!」
「もしかして、あの時のニセ神主さん?」
「その通りだこのガキィイイイイイ!!」
自身よりはるかに年下の聖花からおちょくられると地団駄を踏んで、デリンジャーは怒り出す。今どき珍しく頭から湯気を出してだ。
「しゃべんなよ、ばーか! バカがうつっちゃう!」
「なんだとぉ!」
「言われてんぞ~、デリンジャー君。いつまでもバカなことやってないでここらで悪さはやめて、降伏しなって」
「それはできーん! ぼくにはヘリックスで生きる以外に道はない!」
「……大ボスにアゴで使われてるのに? あんな環境でこき使われ続けるより、罪を償ったほうが気も晴れるって私は思うんだけど」
「な……うぐ……、く、クソ! それっぽい言葉でぼくを惑わしやがって!」
しきりに煽られ続けて怒りのボルテージが上がりきったデリンジャーは、コウモリ傘型の剣を持ち出して全身に力を溜め始める。
「これ以上は危険だわ。行くわよ!」
「オッケー、や~ってやるぜ!」
2人そろってポーズをとってから、変身――! ここに青と白の強化スーツのヒーローと、金色と黒の強化スーツのヒーローが並び立つ。いったい、何が何やら理解が追いつかなかったものの、これには聖花も思わず感激せざるを得なかった。




