FILE121:こどものおもり
蜜月が家出少女のセイカを連れて行き着いた先は老舗のゲームセンター。といっても、内装はしっかりと現代に合わせてあったが、一方でレトロな意匠もチラホラと見え隠れしている。ゲームの筐体については、対戦格闘ゲームから音ゲー、モグラ叩き、メダルがジャンジャン稼げる系のものまでバラエティ豊かだ。もちろんにぎやかだったが、誰もがゲームを遊ぶ事に夢中で蜜月とセイカには目を向けられない。
「かーっ! セイカちゃん、お強いのね〜ん」
「ウソつき。オバサンちょっとはハンデちょうだいよ!『デジファイ』でも『太鼓の巨匠』でも、『ヒゲカー』でも手加減なしだったじゃん」
「だーかーらー、オバサンじゃなくて、蜜月な。「みつげつ」って書いて「ミヅキ」だぞ。セイカちゃんだって、いつまでもあんたとか、お嬢ちゃんとかって呼ばれたら気持ち悪いっしょ?」
ゲーセンに来て一通り遊んだ後、彼女たちはゲーセン内の休憩スペースに入ってテーブル席に座る。このあとボクシングゲームやクレーンゲーム、プリクラなどをやる予定は立てていた。
「えー……ヤダめんどっちいの」
「めんどい? じゃあ、お守りをしてあげられるのはここまでね~ッ。もうやーんぴ、1人で帰んな。しッしッ」
肩をすくめて、少し意地の悪い笑みを浮かべて追い払う仕草も見せて、蜜月はセイカをからかう。言われっぱなしは好きではない。
「そ、そんな、ひどいよー蜜月お姉さん!」
「やっと呼んでくれたか。素直じゃない子」
「……蜜月オバサン、喉乾いたー!」
「こいつめ、言ったそばから~! ジュースくらい自分で買いに行きな」
それでもセイカは、人をおちょくることをやめない。彼女を咎めた蜜月だが、すると次の瞬間、セイカは顔を引きつらせる。
「ごっごめん! お願いします」
「よおーし」
意地悪なしたり顔を見せてから、蜜月は休憩スペースから階段前の自販機まで向かい、適当に自分が飲む分とセイカの分の缶ジュースを買う。コーラとレモンサイダーだ。2本それぞれ両手に持って、蜜月はセイカのもとに戻る。
「はいよ。これでいいか?」
待ってましたと手を合わせたセイカにレモンサイダーのほうを渡そうとしたが、当のセイカの興味を惹いたのはコーラのほうであり、蜜月は一瞬だけ考えてからコーラを譲った。2人はフタを開けてジュースを飲み始める。炭酸が弾けておいしいし、喉を潤すにはちょうど良かった。
「さっきはすまない。ワタシも正直言いすぎた」
「いーよ、もう。オバ……お姉さんに言いすぎたのはアタシもだし」
一口飲んだ後、お互い申し訳なさそうに笑って謝罪する。ひねくれ者とじゃじゃ馬が一緒にいるからああなっていただけで、なんだかんだ言って、仲良くなってはいたのだ。セイカとは距離を置いていたところのあった蜜月も、少しずつ近付いてきている。
「でもよぉ~、あんた意外と正直じゃない。お姉さんそういう子好きだよ?」
「そ、そう?」
蜜月がセイカの本質を見抜いた時、セイカの腹の虫が鳴った。それを気にして目と目が合った2人は思わず、笑みをこぼす。
「先にメシにすっか! 近くのコンビニでいい?」
「えー、レストランがいい!」
「遊べるだけのお金持ってたんなら、自分の食事代くらい出せるだろ。おごらせようたってそううまくはいきません」
「……ケチ!」
そんなことを言われるのは心外だ。しかし幸いにも、蜜月の懐は温かいので――特別にサービスしてやることに決めた。
「しゃあねーなー。今回だけだぞ?」
「やったー!」
セイカがコーラの缶を握ったままガッツポーズをとる。中身が飛び出しそうだったので、彼女は慌てて飲み干し、その結果ゲップが出た。蜜月もそれに合わせてかレモンサイダーを一気飲みし、「ぷはーっ」と上品に一息ついてから、2人で思い切り笑った。
「……ただし、服とかゲームとかオモチャとか買ってーとか言ったら怒るよ! いいね?」
「そんなんじゃないんだよーッ!」
「マジだぜ!!」
甘やかしてやっているのではない、あくまで親元に帰すまで預かって面倒を見てやるだけなのである。彼女の将来を思ってあえて釘を刺してから、蜜月はゲーセンでセイカと遊んでやる予定を変更し、適当なレストランへと移動することに決めた。もちろんファミレスだ。
◆◆
「いらっしゃいませー。2名様ですね?」
「はい」
「はいはーい!」
「では空いている席へおかけになってお待ちください」
そしてここが、問題のファミレス――。『トワイライト』というレストランのチェーン店の1つ、粗忽谷区支店である。外観は至ってポピュラーな洋風のファミレスといった感じであり、内装もそれに合わせておしゃれな雰囲気であり、入店時には蜜月が美人だったこともあってか、受付の女性は蜜月たちを快く受け入れて接客する。この受付嬢は若かったが、これまでにも様々な事情を抱える客たちを見てきたからか、彼女らの事情にとやかく言うことはしなかった。
「注文の前に1つ、2つ聞いていいか~? あんたのお父ちゃんとお母ちゃんは~、どんな人?」
ゆったりくつろぎ出すと、蜜月はテーブルに置いてあったメニュー表を手に取り、頬杖を突いてページをめくりながら向かいの席に座っていたセイカに、気だるそうな口調で訊ねる。眠そうにあくびまでしていた。
「んとねー、パパは会社の管理職でエライ人だから、きびしーの。ママはスーパー主婦で自慢のママなんだ。でも特別スゴイおうちってわけじゃないんだよ」
「さ、サラッととんでもねーこと言いやがる。んで、歳はおいくつ?」
「13歳!」
「は~。そんでか。そんでワタシのことやたらにオバサン扱いしてきたわけだ。ワタシは28だ」
「オバ……お姉さん、アタシの倍生きてるじゃん! やっぱりオバサンだったんだ!」
「ガキが……。ナメてると潰すぞ」
かったるい雰囲気から一転。眼光を鋭くして突然、蜜月は殺し屋時代に戻ったかのようなドスの利いた声を出す。一瞬ビビったセイカだったが、しかし、気を取り直してか、強がってかこう言い返した。
「へっ、へーんだ。今年でJCだからもうガキじゃないもん。大人の仲間入りだもん」
親睦を深めたと思った矢先にこれである。むすっとした顔の蜜月だったが、彼女も彼女ですぐ憎たらしく笑い、勝手にオーダーを出そうとする。
「じゃ、お子様ランチセット1つな。それでいい?」
「やぁーだぁー!」
「なんつってなーっ! 冗談を真に受けるでねえべ! おっぺけぺー!」
今度はおどけてみせた蜜月がセイカの前で変な顔とポーズをとって煽り返す。この2人の道中が、前途多難であることは想像にかたくなかった。




