FILE111:ロザリア・スカーレット・ラ・フィーネの帰還
東京都内某所の街外れにある、クラリティアナ邸へと帰ってきたアデリーンは、蜜月とロザリアを連れて家の中に入る。
「ただいまーっ!」
「ロザリア! お帰り……。お姉ちゃんこの日をどんなに待ったか」
ここまで導いてきたアデリーンは、やりきった笑顔をしてロザリアを先に行かせる。彼女なりのささやかな気遣いだ。それでも、ロザリアにとっては最高だったことはかたくない。彼女の声を聞きつけて、ナイスミドルな父・アロンソと、その若々しく美しい妻・マーサ、そして、アデリーンの妹にしてロザリアの姉にあたる、落ち着いた色合いの金髪にライトブルーの瞳のエリスが出迎えた。
「やっと会えましたね……。ダディ、マミー、エリス姉様っ」
「おお、ロザリアなのかい……。僕たちもずっと、お前に会いたかったんだよ」
「ずっとヘリックスに捕まっていてつらくなかった?」
「あたしなら平気だよ! 平気だから! この通り……」
「ホント? あなた、ヘリックスの奴らからいじめられたりしてなかった?」
今にも涙があふれそうなクラリティアナ一家は、それぞれ再会を祝してロザリアと抱き合う。少しだけ強がってみせたロザリアだが、そのうち我慢できなくなって泣き出す。
「……えーん。さびしかったよぉ……」
「よしよし、もう大丈夫だからな。僕たちがついてるから、それにアデリーンやエリスだっていてくれる。お前はこの家で暮らしていいんだよ。ほら、いつまでもビースカ泣かない」
「もう誰にもおびえなくていいのよ。ゆっくりして疲れを癒していきなさい」
「パパの言う通り。私もアデリーン姉さんもいるからね、心配はいらないよ」
まだ幼さも残ってはいたが、年相応なところを見せて両親に慰められたロザリアはそのまま父・アロンソに連れられてリビングへ行く。「お風呂入る?」と聞かれたなら、彼女は「せっかくだし、姉様たちと一緒に……」と意思を示したという。
「さあ、上がって上がって。ロザリアがこの家に帰って来てくれたんですもの。今夜はお祝いしましょ」
「うん。今夜は張りきっちゃうわよ~!」
「え、もしかしてごはん作っちゃう!?」
「いやいや。さすがにそこは、店屋物を頼んじゃってもいいわね……とは思ってるの」
とうとう涙がほろりと流れ出たマーサは、気を遣って暖かく見守っていたアデリーンと蜜月に靴を脱がせ家の中に上がらせる。腕にふるいをかけて母を手伝い、とびきりうまいごちそうを振る舞おうと考えていた彼女だったが、仮にロザリアの喉を通らなかったらどうしようかと思い、手堅そうな方向に舵を取った。
「お背中お流ししますよ……」
「わわわ、自分でできるってば! あたしはそこまで子どもじゃないもん!」
「えー? お姉ちゃんがせっかく気を利かせてあげてるのに。つれないヤツめ」
食事の前にまずは、入浴してさっぱりすると彼女たちは決めたのだ。クラリティアナ邸の風呂場はホテルの大浴場――ほどはいかないが、それなりに大きくて広いのである。アデリーンとエリスとロザリアと、そして蜜月の4名が入るにはちょうどよかった。蜜月とエリスは先に体を洗い終え、まったり浸かっていたところだ。
「仲よろしおすな」
「だ、ダメですよ、鼻の下伸ばしちゃ」
姉妹の楽しいやり取りを眺めていた蜜月は少しいやらしく笑っていたが、注意を受けてすぐさまシャキッとした顔になり、エリスと距離を縮めて肩を組む。元気がなく、言葉遣いもどこかよそよそしかったロザリアがすっかり明るくなったのを見て、どちらも喜んでいた。
――そのあと、アロンソがピザとフライドチキンのセットを出前で頼んでいたので、夕飯は全員でそれを味わった。一番腹を空かせていたであろうロザリアが遠慮せずに食べていたのを見て嬉しく思った一家と蜜月は、それはもう大いに盛り上がったという。
「部屋はどうする? 私とエリスと一緒になってもいいなら……」
宴の後、蜜月が自宅マンションに帰った後のこと。洗面所にて、エリスやロザリアと3人でパジャマ姿になって歯磨きをしながら、アデリーンがロザリアにそのように訊ねた。迷ったのか、彼女は少し目を泳がせていたが――。答えは割とすぐに出された。
「だ、ダディとマミーと一緒に寝る! 明日になってから決めるから……」
「私は姉さんと一緒だけど使ってない部屋もあるし、よかったら使ってほしいな」
エリスが助言をしたことでこの問題は解決された。空腹も満たせて体も洗えて、疲れ果てていたからかすぐ両親の部屋まで上がって行ってしまったロザリアを見た後、アデリーンも適当に夜を過ごしてから就寝――したかったが、彼女にはやりたいことがあり、自分の部屋の2段ベッドでエリスが寝息を立て始めた時、アデリーンはスマートフォンの電話帳アプリを開いていたのだ。
◆◆
「アンニュイでセクシーな女子高生……えへへへ、お色気キャラを演じることになったからには、かつて超高校級のコメディエンヌと謳われた私が一肌脱ぐしかない!」
その頃、竜平たちが暮らしている浦和家。その長女である赤髪の――浦和綾女は、自室で今度の舞台の台本を読みふけり、頭の中にしっかりとインプットしている最中だ。実際に台本にはいくつも付箋を貼っていてその役を演じるにあたってのメモ書きもしており、演劇サークルの一員として役作りにも余念がないことがうかがえる。何より、小中高とずっと芝居をすることに楽しさとやりがいを見出してきており、とくに高校時代では、「この演劇部がスゴイ!」と、ついにテレビで取材まで受けてしまったほど。その時は匿名かつ、顔出しもNGという条件付きで出演をOKしたという、複雑な事情はあったが――。
「ん? こんな時間に誰かなー? アデリンさんか!」
少しテンションが上がった状態で、綾女は電話に出ることとする。
『アヤメ姉さん!』
「どしたのー? 興奮して眠れないとか?」
『違うの。頃合を見て、大事な話がしたいなー、と思って。明日すぐに――とは言いませんが、予定の空いてる日があったら教えてください。ウラワ家と、クラリティアナ家の過去に関することなんです』
アデリーンから用件を聞き届けると、ウキウキしていた綾女は酔いから醒めたような顔をして、余計な心配はかけさせまいといったん息を吸い込む。
「――わかりました。竜平にも母さんにもそう伝えておくね」
そして、綾女は真剣かつ、落ち着いたトーンでそう返事をしたのだった。




