FILE110:震える獄門山・後編
「姉様、ミヅキお姉さん、あたしのことはいいですから……」
「ダメよ……、ロザリア。何があっても私はあなたを救う」
葛藤を続ける中で、呼吸を乱しているロザリアにアデリーンはそれでも優しく微笑んで励ます。かつてなく動揺してはいたが、それでも芯がぶれたわけではない。
「さあ、どうする。もはやそれほど待ってはいられんぞ。答えを出せなければ、No.13が苦痛に悶える時間が延びるだけだ。妹を助けたくないのか? 元気にしたいならおとなしく我らに差し出すんだ。我々の誘いを断ったところで、その娘がまともに生きられる保証はないのだぞ」
「その手には乗らない。何度も言わせないで」
アデリーンはタキプレウスガイストから顔を背け、その上でロザリアに自身の今の表情を見せないように配慮している。――親の仇でも見るような凍てつく目をしていたからだ。蜜月は険しい顔で目の前の敵に銃を向けたまま、一歩も動かない。
「意地っ張りめ。お前たちのその優柔不断さが――」
カブトガニ怪人・タキプレウスガイストの悪辣さにとうとう堪忍袋の緒が切れた蜜月が引き金を引こうとした刹那、真っ先にアデリーンが振り向かず敵の額の大きなグリーンの眼を撃ち抜く。火花や青い血が飛び散って、撃たれた箇所からは血が蒸発したか白い煙を上げており、当然タキプレウスガイスト/兜円次は額を押さえて苦しみ出す。
「黙れ」
あたふたしながらショベルガイストとモスガイストがタキプレウスの肩を持ち上げて支える直前に、アデリーンはドスの利いた声でそう告げる。すわった目をしていて瞳孔は閉じており、何より――殺気立っていたのだ。
「次は脳天と心臓を撃つわ」
「うっ、ぐっ……ハッタリを。できもしないくせに口だけは……」
額を押さえながらうそぶくタキプレウスとは取り合おうともせず、ようやく敵のいる方向に顔を向けた彼女はタキプレウスと、その配下の2体を急所はわざと外した上で次々に撃つ。その冷静ながらも迷いのない、冷徹な判断と行動に蜜月もロザリアも息を呑むが、アデリーンの根底にある意図は2人にも伝わっていた。
「ガハッ、ウッ!? グゴオオオオオオ……!?」
「これが脅しに見えるの?」
今のアデリーンの目に激しい怒りや闘志だけでなく、哀しみも含まれていることを察していた蜜月は、このようにも気付いていた。
「そっか、あと一歩というところまで来て踏みとどまってるんだ……」
「え……? ミヅキお姉さん、それは、どういう……」
「ようやく考えがまとまりそうだけど、でも軽率に決めてはいけないって、アデレードは――あんたのお姉ちゃんは今、そういうところにいるんだ。きっと信頼できる誰かに背中を押してほしいんだよ……!」
蜜月がこみ上げてきたものをこらえながらその考えを述べた時、ロザリアが咳き込む。これまでよりもきつく、見ているだけでも心が痛むほどで、蜜月は時間がないことを痛感する。
「おのれェ!!」
「まずいわッ」
その刹那、部下たちを乱暴に振り払ったタキプレウスガイストが起き上がって右手に持ったその剣・キングクラブテールを赤と緑に光らせるとなりふり構わず振り回して衝撃波を何発も飛ばす。周囲で爆発が繰り返され、水柱も上がっている中でアデリーンと蜜月は吹っ飛ばされ、ロザリアから引き離されてしまう。そのロザリアに、タキプレウスガイストが唸り声を上げながらゆっくり近寄らんとしている。
「アデレードっ!?」
「少し私情を……挟みすぎたのかしら。世界もロザリアも守りたいって欲張ったから――」
互いにずぶ濡れになって乱れた髪をして、蜜月は片目が隠れながらもアデリーンを抱えて彼女の言葉を聞く。
「エンジに指摘された通りだって思ったわけじゃないの。でも、何か成し遂げたつもりになっていたけれど……間違いだった」
上半身を起こし、顔を上げて蜜月の顔をのぞき込んでアデリーンは語る。その途中で蜜月の前髪を梳かして、前が見えやすいようにした。直後、蜜月の肩を持って共に立ち上がる。
「やっと会えたからってぬか喜びして、ちゃんと守れないで――。私、ヒーロー以前に姉として失格だわ」
「何言ってんだよ、アデレード。……うおおああああああああああ!!」
穏やかだが憂いを帯びた笑みを浮かべているアデリーンを見て、彼女を鼓舞しなければと思ったところで――蜜月は雄叫びとともに、視線の先で狂乱しかけたような笑い声を上げているタキプレウスを後ろから何発も銃撃してその歩みを止めてみせる。怒った彼は額の目を左手で押さえ込んだまま振り向いて、怒号を上げたが、目と眉を吊り上げ、歯も食い縛って本気の怒りを露わにした蜜月を前に足がすくんでしまう。
「何も成し遂げられていないだって? そんなわけないだろう……!!」
蜜月は、アデリーンの肩を持って彼女と真正面から向き合う。今度はその顔に怒りではなく、彼女のためを想う気持ちをすべて表していた。
「ワタシはあんたのおかげで、冷酷非情なだけの殺し屋から生まれ変わることができた。あんたがいたからワタシは人間らしさを取り戻せた。あんたがいたからみんなと知り合って、繋がることができたんだ! ワタシをここまで変えてくれたのは他でもない、あんたの言葉と行動なんだよ。DNA改造実験体No.0でも、アブソリュートゼロでもない。浦和博士やクラリティアナさんたちに愛されて育った、……アデリーン・クラリティアナなんだッ!」
彼女がつむいだ言葉はすべて、アデリーンの心の中にしっかりと届き――俯いていたアデリーン自身もようやく、再び前を向かんとしている。
「竜平っちや綾さん、小百合さんに葵たんとママさんだって、江村さん一家だって、熱海の温泉街のみなさんだって、ワタシだって……そのアデリーンに助けてもらったうちの1人だ! もうすぐ妹のロザリアが助けられるかもしれないって言うのに、なんであきらめちゃうのよ!? あの子やエリスの【お姉ちゃん】なんでしょ? みんなが……ましてやメロちゃんたちだって、あんたのことを支えてくれてる! エリスやロザリアのことも、世界の自由と平和のことも、全部守ってみせてよ! それがアデリーン・クラリティアナって言う人間だったはずだよ! 簡単にあきらめないでよッ!!」
もう既に深い信頼関係を築き合っていた蜜月のその叫びは、アデリーンだけでなく、ロザリアにも届いており――蜜月が吐露した想いをすべて受け止めたアデリーンは、蜜月の肩に手を置いて――心からの笑みを見せた。
「――やっと吹っ切れたわ。ありがとうね、あなたが猛プッシュしてくれたおかげよ」
「いいよ、お礼なんて」
「姉様……」
間近で見た蜜月は照れ笑いして、姉の晴れ渡るような笑顔を感じ取った妹・ロザリアもまた笑顔になれた。――その時、タキプレウスが身勝手な憤りとともにまたもや怒号を上げて、右手に持ったギザギザの両刃剣を水面に叩きつける。
「貴様も弱くなったものだ……それが、我らヘリックスの最強にして究極の兵器となるはずだった女の姿か!?」
「……アデレードの事を、なぁ~~~~んにもわかっちゃいないなあ! え? 兜おじさんよおぉ~~~~!! ワタシは悩まないほうが好きだけど……悩むことができるってことは、人間らしさの証明さ。それに、上っ面だけ強くなって何の意味がある」
身の丈を打ち明けることが出来て彼女も心が晴れたか、蜜月は腰に手を当て、くねらせながらしたり顔とともに兜円次を煽り倒す。
「そうよ、造られた命であろうと私はれっきとした人間。世界の自由と平和を守り、ロザリアだって、誰だって必ず救ってみせる。あなたたちには負けない!」
立ち直り、心にかかっていた霧を晴らして迷いのなくなった力強い声と凛とした笑顔で、アデリーンは啖呵を切る。蜜月を連れて大ジャンプし、ロザリアのすぐそばまで移動。川の中を走って追って来たショベルガイストとモスガイストには、容赦のない射撃をお見舞いして牽制だ。2人のヒーローは後ろにいるロザリアと笑顔のアイコンタクトを交わして、また敵のいる前方を向く。実に勇ましい佇まいだ。
「【氷晶】!」
「【新生減殺】!」
≪ホーネット! ニューボーン!≫
アデリーンはエメラルドグリーンに光るリング状の強化パーツを取り出して右腕の腕時計型デバイスに装着、蜜月は右腕のブレスレット型デバイスをスマートにタッチして起動! その時、アデリーンたちの胸が光り、アデリーンには青い雪の結晶のエンブレムが、蜜月には金色のハチのエンブレム、そして、ロザリアの胸にも――ハートと天使の翼をかたどった赤い光のエンブレムが浮かんでいた。彼女たちを中心に淡いエメラルドグリーンと青色が合わさった色の光の環も発生し、更には川を凍らせていく。おまけにタキプレウスガイストの攻撃の余波で発生し、森の中に燃え広がっていた炎も一瞬で鎮火され、焼けた木々も元通りになった。
「これは――」
「姉様、あたし元気が湧いてきました!」
それだけではなく――その時、不思議なことが起こった。エメラルドグリーンの光がロザリアを包み込んで暖かい輝きを放つと、彼女は息を吹き返したように飛びあがり、無垢な笑顔をしてアデリーンと蜜月のほうに寄り添う。弱っていたところ、全快したのだ。
「ガガガガガ……い、息ができない! 冷たい! 凍ってしまううううううううううううううううううううう!!」
「も、モスガイストが……!? そんなバカな!?」
川が凍てつき、冷たく輝くほどの冷気が広がったことにより、白い毒蛾の怪人は破滅に向かって一直線だ。哀れにも、モスガイストは全身が見る見るうちに凍結し、そのまま砕け散ってあっけなくこの世を去った。タキプレウスガイストとショベルガイストは得体の知れぬ恐怖を感じて後ずさるが、既に遅く彼らも徐々に凍り始める。
「零華の戦姫、アブソリュートゼロ……スパークル、ネクサぁぁぁぁぁス!」
「月夜に舞う黄金の影、【ゴールドハネムーン】!」
こうして息もそろえ、アデリーンは強化形態である【スパークルネクサス】への変身も果たした。青と白とエメラルドグリーンに輝く強化スーツのヒーローと、金と黒を基調とするスズメバチの要素をもった強化スーツのヒーローがこうしてそろい踏みだ。アブソリュートゼロのほうは氷の翼を広げ、ゴールドハネムーンのほうは複眼やボディの一部と同じく赤紫に光る翅をはためかせている。その傍らでは活力を取り戻したロザリアがにっこり笑っている。
「な、なにいいいいいいい~~~~!? まだそのような力が残されていたというのかッ!?」
「こうなったからにはもう手加減はしないわ! 超全力全開ッ!」
「グバアアアアアアアアアア」
氷の翼で羽ばたくアデリーンは、右手に超絶強力なビームソード・ブリザードエッジを召喚して握る。青い光の刀身を伸ばすとバイザー越しにカメラアイを青く発光させ、もっと羽ばたいてからタキプレウスガイストへとまっすぐに突進する。凍っていたタキプレウスガイストは氷を割られると同時に吹っ飛ばされ、そのまま爆発に巻き込まれる。
「すごいぞ! 暖かい力がみなぎってきたッ! ドララララ! ドラアアアアアアアアァァァ――ッ!!」
「ホリイイイイイイイイイ」
高揚感とともに希望を見出した蜜月は、勝機と判断して一気に畳みかける。重装甲を誇るショベルガイストにパンチとキックの連打の後、右手に十字架状の剣であるスレイヤーブレードを持って一気に切り裂く! 相手はスパークしながら吹っ飛んだ。それも、タキプレウスガイストと同じ地点にだ。
「こ、このままでは俺たちも負ける……死んでしまう……! 退くぞ! 退くのだ!」
「ハッ! ただちに……!? ま、間に合わん!!」
――悪の組織・ヘリックスが誇る大幹部とその部下が判断を下したときには、もう遅かった。目にも留まらぬスピードでアデリーンと蜜月がすぐそこまで来ていたのだ。
「ふぇ~へへへへ……。よくも散々いじめてくれたねえ……? 覚悟しろよッ!」
「このアデリーン容赦せん! お覚悟はよろしくて?」
彼女たちはどちらも、得物を持って笑っているが――心では憤怒の炎が燃えたぎっていた。アデリーンのほうは表向きは落ち着いているため、なおさら敵にとっては恐怖と絶望以外の何物でもない。
「姉様、ミヅキお姉さん……頑張れーっ!」
見守るロザリアからのエールが贈られた! これの恩恵はすさまじく、スパークルネクサスの不思議な【絆】の力によって飛躍的にパワーアップを果たしていた2人に、ゲームで言うところのバフが更にかかったのだ。焦りを覚えたタキプレウスガイストは、先ほども使ったある力を使おうとするが――。
「テンセコンドキル……しまった、目がつぶれたせいでパワーが足りない!?」
「なんだとて!? ま、まずい……!」
これでは発動できない!
「よっしゃあ! やる気満々だぜーッ! スティンガーアナイアレート!!」
「受けてみなさい! グレイシャルストラッシュ!!」
「カッシ~~~~~~スッ」
「ホリイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!?」
まったくの想定外だったようでうろたえていたタキプレウスガイストと、もう望みも何もないショベルガイストめがけ、2人の必殺剣がほぼ同時に炸裂。金色と紫や、青とエメラルドグリーンの軌跡を描いてタキプレウスガイストとショベルガイストを大きく切り裂き、宙へとぶっ飛ばして大爆発させた。そして、ショベルガイストは塵芥となって死んだ。――死んだのだ!
「グバァ!?」
後頭部から落下して地面に叩きつけられて、タキプレウスガイストから兜円次に戻った彼は吐血。本物のカブトガニのように青い血を流すと目を見開いて歯も食い縛り、凍ったフィールドのあまりの冷たさにうめき声を上げて胸を押さえながら起き上がる。いつもの白いジャケットは焼けただれていて、見るからに痛々しい。そのうち、アデリーンも蜜月も変身を解除しており、蜜月のほうはというと濡れた上着を脱いで紺青色のワイシャツと黒いズボン姿となっている。
「あなたこそ、もうあきらめたら? プライドの高いあなたのそんな姿は、それ以上は見たくないの」
「一仕事やり終えた」という感じの顔をしていて、達成感も覚えているようだった。その後ろにはぴったりとロザリアがついて来ていて、外見はハイティーンと言えどまだまだ小さな彼女は、自分が去れた仕打ちを思い出して軽蔑するわけでもなく、悲しい目をして兜を見つめた。
「お、おのれ……。あともう少しですべて手に入ったというのに! 意地でもヤな感じだとか、ばいばいきんだとかは言わんぞぉ! 覚えていろッ!!」
呼吸は荒く、生まれたての小鹿を思わせるたどたどしい立ち方をした後、兜円次は激しい憎悪と負け惜しみたっぷりに捨て台詞を吐いてから足を引きずり、時空間を歪ませてワープする。元・同僚のそうした姿を目の当たりにした蜜月はあきれた目をして笑うと肩をすくめ、アデリーンは「よしよし」とロザリアをなでてから彼女に目線を合わせて抱き合う。
「お帰り――って言うにはまだ早いわね。おうちに帰りましょう」
「ワタシもついてくよ。今度は絶対離さないかんね」
「……はい!」
「まだ泣かないの。父さんと母さんに会ってから、ね?」
嬉しさから泣き出したロザリアの涙を蜜月が愛用のミツバチ柄のハンカチで優しく拭き取って、傷だらけでも笑い合った後――アデリーンと蜜月はロザリアを連れて専用マシン・ブリザーディアやイエローホーネットに乗って、ワープドライブシステムを使って獄門山を後にしたのであった。心の聖杯の件が心残りではあったが、今はロザリアを無事にクラリティアナ邸まで送り届けることが最優先。




