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【5th anniversary!】アデリーン・ジ・アブソリュートゼロ  作者: SAI-X
【第14話】カクタスは綾女を逆恨む
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FILE104:英雄伝の結末と【お疲れ様】


 劇サーの部長・新田古太郎演じる魔王プルガサールが勇者の一太刀の前に倒され、魔力の鎖も断ち切られてアイリシアが救出された。観客が感動と興奮で大いに盛り上がったところで、かろうじて生きていた魔王はその手に込めた魔力をアイリシアへとぶつけんとする。


「し……死ねぇえええええええいッ」


「危ない、アイリシアっ!?」


 魔王プルガサールの最期のあがきは、これまでに使われた魔法と同様にプロジェクションマッピングと役者の演技と動作を組み合わせたものであり――それが命中して、勇者はその場に膝を突く。だが勇者はその前に魔王にもう一太刀、その正義の刃を浴びせていた! 怒涛の展開と高すぎる技術力・表現力に、観客は息を呑みこの後の展開を憂う。


「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァアアアアア……」


 魔王が肩を押さえてもがき苦しむ。


「我輩は1人では死なぬ! 今の魔法は短命の呪いじゃ。長くは生きられぬ! 幸福も続かぬ! いずれ我輩の遺志を継ぐ者も現れよう。その日までにお前たちは生きてはおるまい……ぐふっ!!」


 魔王プルガサールは、今ここに滅び去った。消えゆくすべての元凶を前に、自身が身を挺してかばったアイリシアによって介抱されて、立つのもやっとだった勇者は崩れ落ちる。


「気を確かにッ!」


「あ、アイリシア……みんな……すまない」


 いの一番に駆け寄り、アイリシアとともに勇者を支えたのは女僧侶だ。癒しの魔法をかけて勇者を回復させようとしたが、勇者はそれを断る。


「そうか……あんた、家に帰ってゆっくり休みたいんでしょう」


「帰りましょう。私たちの街へ」


 魔法使いとアイリシアからの心遣いを受けて、勇者は仲間たちとともに故郷へと凱旋する。応急処置は受けた上でだ。


「ダメだ。俺もうつらい……」


「泣くんじゃないの!」


 かなり感情移入していた竜平が半べそをかき、葵がそれを止めるように進言する――が、彼女も泣きかけていた。アデリーンと蜜月は、「エンディングまで泣くんじゃない」と自身に言い聞かせて踏みとどまり、小百合は複雑そうな顔をして勇者たちの行く末を見守っている。こういった反応も、一度リハーサルで見ていたからこそ。


「――しっかりして。お願い……」


 そして、この英雄伝は悲しい結末を迎える。凱旋を果たして宴を開いてもらい、歌に踊りと盛大に盛り上がって果てしない戦いの日々の傷を癒してから、数週間後のことだった。勇者の容態は急変し、ほとんど寝たきりで家の外には出られなくなってしまったのだ。それからは勇者の両親とアイリシアが医師の協力を得て看護をしており、そんな彼らの様子を旅の仲間たちがたびたび見に来ていた。


「これから、あなたなしで私たちだけで生きて行くだなんて耐えられない。私たちを置いて行ってしまうの……?」


 涙をにじませて、アイリシアが勇者へと問う。日々弱って来ている彼を現世につなぎ止めるように。前日の公開リハーサルの段階から、彼女を演じる綾女はエピローグにおいてはとくに軽々しくならないよう細心の注意を払って臨んでいた。


「違うのだ、アイリシア。呪いはどうやっても消えることは無かったが、君が短命の呪いにかかってしまうよりはこのほうがいい――」


「けれど、あなたと一緒に歳をとれないなんて嫌。呪いを解く方法だって探して、見つけてみせる。だからお願い、死なないで!」


 勇者にすがって、アイリシアは自身が抱える感情を爆発させる。彼女のそばにいた女魔法使い・ルーナも自分を抑えきれなくなって、アイリシアと勇者のそばに寄り添った。


「あんた、言ってたよね。アイリシアと一緒に幸せになるってさ。あんたの人生まだまだこれからじゃない! 勝手にあきらめないでよ! こっちが妬けちゃうくらい幸せになんなさいよ! こんなに優しい子独りぼっちにするなんて、それこそ許さないんだからッ!!」


 片手を床に叩きつけて、すべての感情があふれ出した魔法使いルーナは号泣する。彼女を演じた『月子』も、このルーナを演じるにあたっては全身全霊をぶつける覚悟をしていた。彼女は毎回全力で芝居をするタイプであるが、今回は特に力の入り方が違っており、それだけ思い入れもあったということになる。


「……こんなにいい子たちに囲まれて……」


 命の灯火が消えかかっている勇者を励ます彼女たちの、献身的な姿を見てアデリーンは一筋の涙を流して、ハンカチで丁寧に拭く。


「おーいおいおいおいおい……。アイリシア……、ルーナちゃん……! ひっく……うぅ……」


 一方で蜜月はヒロインたちの健気さを前にむせび泣いていた。オーバー気味だったのは、芝居とも他人事とも思えなかったからだろうか――。


「あんまりだよ、こんなの。アイリシアちゃんたちがかわいそうよねぇ……」


 そして小百合も限界を迎え、号泣してハンカチも持ち出していた。小百合の息子とそのガールフレンドに至っては双方ともに泣きじゃくり、結果としてこの一家と蜜月を止められる者は今はいない。浦和紅一郎も天国から娘の晴れ舞台を見て、きっと嬉し涙を流しているに違いない。


「アイリシア、俺はもう……ダメだ。君は俺の分まで、幸せになってくれ」


「あなた……!」


 勇者は帰らぬ人となった。呪いに苦しみ続ける姿を、大切な人たちにいつまでも見せ続けたくは無かったのだろう。彼の亡骸を前に、アイリシアもルーナも泣き崩れ、一晩中悲しみ続けた。天も惜しみなく涙を流し、そして――夜が明けた。


「……あなたや私の叔父をはじめ、多くの尊い命が失われました」


 舞台が暗転し、再び照明で照らされた時には、綾女演じるアイリシアが勇者の墓前に花束を持って立っていた。アイリシアは花束をそっと置いて、天に旅立って行った彼や家族へ祈りを捧げる。その指には、特別な想いが込められたイエローダイヤモンドの結婚指輪。決してその表情は見せない。綾女曰く、想像の余地を残すために。


「この世界からはいなくなってしまいましたが、あなたが生きた誇り高き人生の物語は……人々の心の中に残り続けるでしょう。体が滅んでも、勇気を分けてもらった人々の中であなたは生き続けている。そうでしょう?」


 声色からして、微笑んでいることは確かだ。()が来るまで、彼女は墓標を向いたまま決して顔を見せない。まだ、見せる時(・・・・)ではないのだ。


「あなたのためにも、亡くなってしまった人々のためにも、私は生きます。あなたがくれた新しい命とともに――」


 アイリシアは立ち上がり、前を向いて空を仰いだ。編み込まれた長い髪をほどいてなびかせ、左手を胸に当てて――。


「ありがとう……!」


 その言葉は、最高の笑顔とともに贈られた。それは勇気をくれた彼への言葉にして、最後までこの舞台を見てくれた観客への、浦和綾女からの感謝の言葉――でもあった。劇場内に響き渡るほどの観客たちの感動の声と惜しみない拍手とともに、舞台の幕が下りたのだった。



 ◆◆◆



 聖愛宕崇大学演劇サークルが一世一代を懸けて公演した『聖魔戦記~愛と哀しみの英雄伝~』は無事に大成功を納め、彼らは称賛の声を浴びてまた次のステップへと踏み出さんとしていた。


「やるじゃないの、綾女。それでこそあたしと父さんの自慢の娘だわ。お疲れ様」


「ありがとね。私も頑張ってみた甲斐があった……!」


 本番を終えた綾女はホールの外の広場に出て、家族とともに歩きながら話し合っているうちに近くのベンチで座る。その隣には母である小百合が座り、舞台から降りた娘をねぎらう笑みを見せた。


「綾女お義姉さんのアイリシア、すっごくかわいくて、きれいでした。わたしもう、どんな風に言葉をかけたらいいのか……」


「葵ちゃんのその気持ちが、私にはとっても嬉しい」


 綾女は、自分を心から慕ってくれている葵に感謝の気持ちを示して、立ち上がると彼女を抱きしめてその背中をなでる。1人っ子であり『きょうだい』が欲しかったという羨望や、綾女を敬愛する心から、葵は涙を一滴だけ流した。


「あのアイリシアは……ヒロインの究極形だったんじゃないかな。俺うまく褒めらんねーや……」


「もう! あんたって子は。お世辞はいいよ」


 葵を離してやってから、綾女は照れ笑いして褒めちぎって来た竜平に言い返す。いつも通り軽くあしらわれた竜平はとぼとぼと葵に近寄り、彼女にもたれかかる。


「ええ家族やな~~~~っ」


「今日はとってもいいものを見られたわ。リハーサルの時から夢と情熱があるって思ってたけど、それを上回るものを見せてもらえた。勇者様との恋も、深い愛情も、アイリシアの優しさと決意も……。女優になりたいアヤメ姉さんの本気を感じられたの」


 鼻高々に見守っていた蜜月を雑に押しのけて、アデリーンは満面の笑みで綾女を抱いて驚かせる。綾女もすぐ笑顔に戻ってアデリーンを受け入れた。血は繋がっていなくとも浦和紅一郎に育てられた姉妹なのだ、間違いなく。


「いや……既に女優になっているのかもしれないわね」


「わかるわ~。ワタシら、綾さんのお芝居にはすっごい惹き込まれたもん」


 アデリーンに続いて、皮肉とかそういうのではなく、心からの賛辞を呈した後、蜜月は自然と流れた涙を拭く。


「舞台を観て泣いたことは何度かあったけどね、あそこまで泣いたのはな。本当に今日がはじめてだわ――」


「アヤメ姉さんには、これからもたくさんの人に夢と希望を届けてほしいの。姉さん自身の夢も叶えてほしい」


 感極まった蜜月は愛用のミツバチのイラスト入りのハンカチが手放せなくなり、アデリーンは綾女の背中を後押しする。全員が夢に対してとやかく言わずに応援してくれることが、綾女は嬉しくて仕方がない。


「うん。そのためにも――まずは打ち上げで英気を養おう! せっかくなんだし、みんなも飲みましょ! いいでしょ?」


「お、お姉、俺と葵は未成年……」


「心配ご無用、ジュースもお茶もある! かわいい弟とそのカノジョにアルコール飲ませるほど、落ちぶれちゃいないよ!」


 一転して、綾女は両脇に葵と竜平を抱えてはしゃぎ出す。その姿勢には、長女だからああしろだとか、長女だからこうしろだとか、そういう価値観の押し付けにはまったく囚われていない『自由』があった。そんな彼女をアデリーンと蜜月と小百合が追いかける。


(父さん、見てる? 私、父さんがいなくても大丈夫だから。竜平は相変わらずおバカだし、ヘリックスのせいで物騒な世の中になって来てるけど――私にはアデリンさんも母さんもついてるし、葵ちゃんに蜜月ちゃんだっていてくれるから。父さんは何も心配しなくていいのよ)


 綾女は前を向いて生きる。今は亡き父・紅一郎に思いを馳せて――。

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