FILE102:ジ・ディサイディングマッチ・オブ・ザ・リハーサル
――それからというもの、綾女はサークルの面々とともに、公演のリハーサルとその翌日にある本番に向けて必死に稽古を続け、アデリーンたちもたびたび様子を窺いに行きながら、彼女を支え続けた。
「『聖魔戦記 愛と哀しみの英雄伝』……。聖愛宕崇演劇部の完全オリジナル、ねぇ。いいんじゃない」
パンフレットをもらっていたアデリーンが、市民ホールのロビーでそれを読む。気になるその内容は、こうだ。
大いなる蛇の王の怒りを鎮めるため、街一番の勇敢なる若者が勇気を出して冒険に旅立つというもの。綾女が演じるヒロインはその帰りを健気に待つ娘であり、ハードな冒険の合間にたびたび登場し、観客を和ませるという役柄だ。
――しかし、旅の終わりで、蛇の王をも裏で操っていた魔王の最期のあがきによって余命幾ばくもない状態で帰ってきた勇者を看取り、彼に先立たれるという哀しき宿命にあった。そうした複雑な役であり、以前キミ子が言っていたように当初は綾女がその枠をキミ子と取り合ったが、最終的に「私にしかできない、私が演じねば誰が演じる?」と、彼女が覚悟と意地を見せたことにより、綾女が演じることに決定したのだという。
時にはプレッシャーからくじけそうにもなったが、それでも綾女は公演を成功させることをあきらめず、仲間たちからの励ましもあって――弱音を吐くことこそあれど、決して投げ出すことはなかった。
★★★★
リハーサル当日。場所は市民ホールで、劇場内は役者が立って芝居をするためのステージと、2階建ての観客席が設けられ、ステージ上にはいかにもファンタジックな冒険活劇風の本格的なセットが組まれている。そして、このリハーサルは一般に公開されていた。聖愛宕崇の演劇サークルのことを好きな者、支援している者、メンバーたちの家族や友人、といった人々がギャラリーとして集っていたのだ。
「行ってしまわれるのですね。大いなる蛇の王を討つ旅に」
ヘアバンドを頭につけ、白を基調とする花飾りを用いて髪を1本の三つ編みにまとめて、厳かながらも美しい民族衣装に身を包んだこの女性こそ、綾女が演じるこの物語のヒロインである。衣装だけでなく、メイクも凝っており、元々可憐だった彼女のビジュアルをさらに引き立てている。
「ああ。必ず、生きて帰ってくると約束する。だからその時まで……待っててくれ」
ヒロインの前に立つ彼こそが主人公である。ツンツンした髪型に端正な顔立ちで、冠のような兜をかぶって首から下には丈夫なマントを羽織り、その下には軽装の鎧を身につけている。腰には父親の形見の剣を差していて、まさにこれから果てしない冒険に旅立とうとする者の格好をしていた。
「すげえよ、今の見た? お姉ってばもう本番のつもりでやってる……当たり前のことではあるが!」
「まだ冒頭なのに皆さん本気で演じられてるけど、確かにアヤメ姉さんは度合いが違うわ。私たち観客をこんなに引き込むなんて……!」
「お相手の勇者様もお義姉さんの演技にグイッと引っ張られて、こう……!」
「明日はこれを上回る感動が待ってるのねぇ……」
客席で1列に身を寄せ合い、思い思いに感想を述べているのは、左から順に、竜平、アデリーン、葵、小百合の4名だ。彼らも呼ばれていたが、誰かが足りない。
≪あの勘違いストーカー野郎がまた襲ってきた時に備えて、ホールの外で見張っておく。だから、あんたはみんなと安心して舞台鑑賞を楽しんでほしい≫
蜂須賀蜜月だ。アデリーンは前もって彼女から約束され、自身らも約束したことを思い出し、確認している。
(……そうだったわね? もしもの時に備えて、アイシングドールも一緒に戦ってくれるから……。頼んだわよ、ミヅキ)
これで不安は取り除けるはずだ。それはそれとしてアデリーンは公開リハーサルをじっくり見物して感動し、時には家族である竜平たちと大いに盛り上がっている。自慢の【姉】たる彼女の晴れ舞台であるのだから、彼らにしてみればこのくらいは当然のこと。劇場内と市民ホールの中は至って平和だ。
「綾女ェエエエエエ…………!!!!」
だが外の広場はそうもいかなかった。たくさんの人々が行き交い、木々が植えられきちんと整備されたそこに……突如としてビリジアン色のサボテンのような怪人が現れて、全身のトゲをミサイルのように飛ばしてあたり一面を爆破する。
「ゴミカスどもそんなにオレが怖いか! 気に入らねえ! ぶっ殺してぶっ壊してやる!! オアアアアアア……ウギッ」
その時、弾丸が最大の特徴にしてウィークポイントである赤い眼に命中して炸裂。速すぎて目視することは不可能だった。
「……ホントいい加減にしろよ。いつまでもネチネチネチネチと、綾さんに粘着しやがって」
撃ったのは、ベンチで余裕たっぷりに座ってドリンクを飲んでいたブランドスーツの女。右手には金と黒を基調とする特殊な銃を持っている。ちゃんと最後までドリンクを飲み切ってから隣のゴミ箱に容器を捨てると、性懲りもなく暴れている怪人に呆れた様子を見せた。
「お、お前はこないだの!?」
「よう、元カレさん。あんたが悪さしに来るだろうと思ってね、こうして張り込みさせてもらった――」
表面上は気だるそうに立ち上がると、彼女はカクタスガイスト/繁野大毅へと銃を向ける。逃げ遅れた人々に攻撃の手が及ばないように敵を警戒していた。その敵が奇声を上げてそのトゲだらけの腕で殴りかかろうとした時、金髪碧眼で高身長の女性が割り入って蹴り上げ、ひるませる。アデリーン……ではなく、その分身であるアイシングドールである。彼女が氷を変換して作った分身ではあるが、外見にほとんど差異は見られない。
「な……なんで、オレの邪魔ばっかするんだああああああ」
「今日も明日も、綾さんのオンステージなの。あんたの好きにはさせないよ」
「そういうこと。容赦しませんよ」
2人のヒーローは、急におびえ始めたサボテン怪人の前でそれぞれポージングをとる。そして――変身。
「【新生減殺】」
「【氷晶】」
金色と黒を基調とするスズメバチのような強化スーツのゴールドハネムーンと、雪の結晶と冠をモチーフとするスーツを着たアブソリュートゼロ。今ここに、両雄――並び立った。まずはゴールドハネムーンとなった蜜月が、カクタスガイストを牽制する。
「あんたも、スパークルネクサスにパワーアップして、スパーキングッ! ……できるか?」
おどけた口調は一時的になりをひそめ、蜜月がアイシングドールへと問う。精巧なる氷人形は頷いて答えを返した。
「よ~し、話は早いね。やってやろうぜ、こんなヤツ!」
「サンボオォォオオオ」
アクロバティックに攻撃をかわして、零距離射撃でカクタスガイストに大ダメージを与える。間髪入れずに、アイシングドールは宙に青い光の軌跡を描いて連続攻撃を浴びせた。更に蜜月が、ひるんで後ずさるカクタスガイストに銃型デバイス・キルショットヴァイザーを連射して弾丸の雨を浴びせる。実弾からビームに切り替えて更に撃ち込み、確実に相手を弱らせたところでアイシングドールとハイタッチし、彼女にもパンチとキックのラッシュと、たまに空手チョップや足払いなどの連続攻撃を繰り出させた。
「やれーッ! 今こそスパークルネクサスだッ!」
赤紫に光る毒素のビームを撃ち込んで、カクタスガイストを悶えさせたところで、蜜月はアイシングドール=アデリーンの分身へとそう告げる。するとアイシングドールは笑って、淡いエメラルドグリーンに光る強化パーツ・ネクサスフレームを複製した。――あくまでこれは、アデリーンの分身が作った複製品である。
「さすがに本体よりはグレード・ダウンしますが――もともと強いから、まー、これでじゅうぶんです。ネクサァ――――ス!」
ネクサスフレームを取り付けて、アイシングドールは強化形態であるスパークルネクサスへと変身。青と白のボディに新しくエメラルドグリーンが加わって、青いコートも付属した。更には、背中から氷の翼も生えた。先日やられた時のことを思い出してか、カクタスガイストは恐怖のあまり逃げ出そうとするが、毒が体に回った影響で思うように動けず、転倒する。
「こうなったからには、一気にカタをつける!」
「これ以上……綾さんを苦しめるな」
「あ、あいつは悪女だッ! 高校1年の時からずっと想い続けてきたオレのことを、くっだらねェー夢なんかにかまけただけじゃなく、無駄死にしたオヤジが残していった出来損ないの弟や、ド腐れババアなんかのために見捨てやがったんだぞ! そんな仕打ちされて恨まずにいられるものかよ!」
「黙れ逆恨みマン! 完全に自業自得なのに、自分だけを正当化してるんじゃないわよ!!」
子どもじみたカクタスガイストに銃弾を撃ち込んでから、氷の分身アイシングドールに続いて、蜜月も赤紫色の光の翅を展開させて2人で空を飛ぶ。そうして、うろたえる怪人へと2人で立て続けに必殺技を叩き込んだ。まずは、アイシングドールからだ。
「マイナスフォーティーブロウ!」
「サンボ――――ッ」
右の拳を冷たく輝かせたアイシングドールが必殺パンチを繰り出したとき、青い閃光がほとばしってカクタスガイストを貫く。氷の欠片と光の粒子、火花を飛び散らせて、カクタスガイストは大きくよろめいた。
「リーサルスマッシュキック!」
「サン……ボオオオオオオオオオオオオ!!」
続けて、飛翔しながら右足を突き出して降下する蜜月の鋭いキックが、そのままカクタスガイストへと突き刺さり、大きくぶっ飛ばした先で大爆発させた。当然のごとく変身に使われていたビリジアン色のジーンスフィアは砕け散り、周りでまだ残り火が燃えている中、変身者である冴えない男――繁野大毅は、心身ともにボロボロになった姿で横たわる。そんな彼に、変身を解除した蜜月とアデリーンの分身がゆっくりと近寄り、ジト目で少し複雑そうに彼を見た。大毅は、言葉では表しがたいほどの情けない声を上げて、尻もちをついたまま後ろへ引いて行く。
「このサボテン野郎ッ! あんたのしょ~もない逆恨みのせいで、どれだけの人が傷ついたと思ってる? もうあきらめなよ。バカげた復讐なんて、成し遂げたところで誰も幸せになんかなれやしない」
「だ、黙れェ~~!? エラそーに説教しやがって! そういうおめーは誰かに復讐したことあんのかよ!?」
事情を知るはずもないし、そもそも蜜月が何者かなど知る由もない大毅はやたらに突っかかるが、それを見ていたアデリーンの分身=アイシングドールは肩をすくめ、当の蜜月は――眉を吊り上げて目も鋭くし、大毅をにらむとその胸倉をつかみ上げた。
「……復讐を果たしたことがあるから言ってるんだ!! そんなだから、綾さんに嫌われるんだよ。この……分からず屋ッ!!」
とうとう堪忍袋の緒が切れた蜜月は左手で襟をつかんだまま、右手にありったけ怒りを込めて大毅の顔をぶん殴った。大毅は血ヘドを吐いてその場に倒れ、みじめに泣きじゃくる。
「あ、あ、綾女、し、死にたくない! 許してくれ! 死にたくない! 死にたくないっっっ! ゆ……許してくれ……許してくれ! 死にたくない! 死にたくないよおおおお! 許してくれ、許してくれ! 許してくれええええええええええええええぇぇぇえええええええええええ」
「……誰もあなたを愛さないし、許さない」
心底呆れたアイシングドールが両手から冷気を発して氷の鎖を作って大毅を縛り上げ、そこに蜜月が金と黒を基調としたカードを投げて気絶させた。――その寸前、彼は綾女が鬼のごとき形相で殺しに来る幻覚を見ていたようである。
【この者、大量破壊・ストーカーおよび無差別殺人未遂・婦女暴行犯!】
蜜月が投げたカードにはそう記されており、淡々としているようで、彼女の義憤と哀しみが込められていた。




