乱反射するトラウマ
別荘に来た夜、私は一人海岸を歩いていた。
風が少し強く、波打っている。この潮風も、波の音も心地がいい。
が、しかし。
「誰だ?」
波打つ岩場に、一人の女性が立っていた。長い髪が靡いているが、その雰囲気はどことなく怪しかった。
私は思わず走り出す。あの雰囲気は、まずい! 走りづらい海岸で思わず転んでしまった。
顔面を砂浜に打ち付け、痛い。顔をあげると女性はすでにいない。あの女性は幽霊ではない! 足があるし、存在感があった。
なぜいないのか。身を投げたからだ!
「なんでだよくそがっ…」
私は立ち上がり、岸までいくと、ぶくぶくと気泡が浮かんできている。
私は迷いもなく飛び込み、全力で潜った。ゴーグルはつけていない。目が見えない。目が見えないで手を伸ばす。
すると、手に何か当たった。衣服だった。
私はぐいっと引っ張りあげ、海面にあがる。白露なら余裕で行けるんだろうがよ…!
海面から首を出し、呼吸をする。
「はー…はー…」
やばい、体力がやばい。
ここから砂浜まで泳げるかというと、答えはノーだ。どうするか考えるぞ…。
携帯は…私の携帯は防水だ。たしかポケットに…。
「……」
ポケットを触ってみたが、ない。
部屋に忘れた記憶がない。ということは…。
「携帯落としたぁ! なんで私がこんな目に! あんたのせいだからな! 恨むぞこんにゃろう!」
私は女性を引っ張り、頑張って砂浜まで泳いだ。
砂浜につき、私は途中で倒れ込む。
つ、疲れた…。
「なんで二度も人が自殺するとこ見なくちゃいけねーんだよ…。くそ、見る方の気持ちも考えろボケっ…」
私がそう悪態をついていると、白露が走ってくる。
白露はジャージ姿であり、砂浜を走り込んでいるようだった。
「パン子? なにしてるんだ? 海にでもおちたか? びしょ濡れだぞ」
「…あいつ、連れてけ」
「あいつ?」
私は女性を指差した。
白露も事の重大さがわかったんだろう。白露はわかったといって、私をかつぎ、女性も担いだ。
「何があったかは月乃と聞くぞ。とりあえず、別荘だ」
「ああ…。もう体力の限界…」
別荘につき、余ってる客室のベッドに女性を寝させる。
私は椅子に座り、頭にバスタオルをかける。
「とりあえず息はある。気絶してるだけだ…。はぁ…疲れたぁ」
「お疲れ。で、なにがあったの? なんで散歩に出掛けたパン子が女性連れ帰ってるの?」
「自殺だよ。その女自殺を図ろうとしてた。それを助けただけだよ。助けた代償か携帯は海の底だけどな」
今までやって来たソシャゲのデータが消えた…。結構課金もしてたし少し後悔があるが…。人の命と比べれば…。いや、ゲーム内で人殺しまくってる私が言えた事じゃないが。
「自殺、自殺ねぇ…」
「あー、もう最悪だよ。未遂で終わってよかったよ。二度も自殺した死体を見るなんてまっぴらごめんだぞ」
「そうね…。でも、なんで自殺しようとしたのかしら。身分を証明するものは持ってないみたいだから具体的な年齢はわからないけど私たちと同い年くらいよね?」
「ああ。だけどわかるのはこいつに居場所はないって事だろうよ」
白露もなんとなく察しているのか黙ったままうなずいた。
まず、痩せすぎている。きちんと食わせてもらってないんだろう。一人暮らしで金がないというのも考えたが…。
「体にアザがある。虐待も受けてたんだろーよ…。両親から殴られて、逃げようにも逃げれない。死んで逃げるしかないでしょ…。とくに、この小さい島だ。逃れる場所は限られてるさ」
もしここが本島なら、他県にでも逃げ込めれるだろう。だがここは離島だ。海を越えなくちゃいけなくなる。
逃れる道がなかったのだ。多分。
「とりあえず海の底に沈みかけてたから身体がすごい冷えてる。温めてあげたほうがいい…。私も…」
「そうね。でも今夏だからストーブはないのよ…。毛布も暑いからあまり数がないし…」
「じゃホットミルクでも私は飲んでるから温めてあげなよ。月乃」
「わかったわ。任せなさい」
月乃はどんと胸を叩く。
自殺するのは悪い事だとは思わない。が、残される方の身にもなってくれ。
いや、こいつの場合残された人はせいせいするのかもしれないが…。だが、目の前で死なれるのは困る。
私の脳裏に蘇るのは軋むロープの音と揺れる両親。
あの光景は、今でも忘れない。あの光景はもう見たくない。




