月乃にお説教
白露も月乃の戸惑う表情を見てしおれてしまった。
……はぁ。月乃もまあめんどくさい。本人が自分の才能をまだ自覚してないのがめんどくさい。大体、月乃は私たちの何を見てきて付き合ってきたんだ。
自分が私たちより勝ってる部分があるから頑張れたというのか? 付き合えたというのか? それは違うと思う。
純粋に楽しかったはずなのだ。
「つーきーのちゃん。あっそびーましょー」
「…あんたやり方古風なのよ。っていうかそこでいって聞こえるわけないじゃない」
と、私は門の前で月乃を呼ぶと月乃がやれやれといって出てくる。
「聞こえない割にはすぐ出てきたね」
「窓からあんたの姿が見えたのよ…。で、何よ」
「いやー、テストの結果で気がめいってるんじゃないかなーって思ってさ」
「…その通りよ。ショックだわ」
「あら、意外と素直な反応」
まあ、皮肉とかをいえる心境ではないからだろうけど。
「そんなことよりバッティングセンターいこうぜ」
「なんでよ」
「気分転換に」
「…わかったわ」
私たちはバッティングセンターに向かう。
金を払い、私は機械で球種と速度を選ぶ。
「あんた野球できるの?」
「ルールと選手の名前ぐらいは知ってる」
「いや、だから打てるのかって」
「理論的には」
私はバットを構えた。
そして、大きくフルスイングした。振り終わった後、球が横を通過した。
「……あんた理論的には可能とか言ってなかった?」
「先読みしすぎた。もっかい」
私はバットを構える。
今度は球を捕らえて…。
「どりゃああああ!」
「…あんたなんで球が真上に飛ぶのよ」
「いでっ!」
私の真上に飛んだ野球ボールが私の頭に当たる。
この通り私は運動はできない。努力はしたくないが、この運動神経の悪さは生まれつきだと思うのでもう無理だ。
「バッティングはこうやるのよ。代わりなさい」
「うん…」
私は頭をおさえつつバットを月乃に渡す。
月乃はバットを構え、そして大きく振りかぶった。球はバットの中央にクリーンヒットし、大きく弧を描いて飛んでいく。ホームランの的にぶち当たった。
流石私より運動ができる月乃さんだ……。
「あんたフォームからしてなってないのよ。知識だけ抑えても意味ないの」
「私は運動しないから知識だけでいいんだよ」
「健康のためには運動も大切よ」
そりゃそうなんだけど。
「そのセリフはさ、逆も言えるよね?」
「逆?」
「運動だけしていても意味がないっていうこと」
「……もしかして慰めてる?」
「そういうわけじゃない。そんな高尚な真似私には無理。ただ知ってほしいだけ」
「…説教かしら」
「説教するさ。月乃は何もわかってない。あの祖父さん騒動の時に私がいったこと理解できてないようだし」
月乃はバットを置いた。野球のボールが飛んでくる音だけが響いている。
「……あんたが私に説教するのかしら」
「……説教しなくていいならいいんだけどな。このままだとどちらかが壊れてしまいそうだから。白露もちょっと気がめいってる。これは月乃のせいだ」
「なによ。私がおかしいの? 誰だってそうなるでしょ」
「ああ、そうさ。誰だって自分より点数が低かった人に追い越されたら嫌気がさす。だけどそれがどうしたの? 今回の白露は私が心を折るまで勉強させた。それが原因だし、彼女自身取れなかったら私から何かあるという恐怖で取るしかない状況だった。彼女は状況がそこまで点数を取らせた」
「…だから?」
「月乃だって状況が違えばそうなってた。初めから立っている場所は白露の方が断然有利だったんだよ。月乃は自分の方が勉強できるって思ってたから気づいてないけど」
そういうと、月乃はふさぎ込んでしまった。
「月乃自身立場がないのはわかってるよ。私という勉強の天才がいて、白露という運動の天才がいて。自分には何もないと思ってる。だからこそ一方ができないことができるという優位性でメンタルを保ってたんだろうけど……まずそれが間違いだよね」
「……何よ偉そうに。私はあんたみたいにメンタルが強くないのよ!」
「修羅場をくぐってるかくぐってないかでメンタルは違うだろ。私は親の死ということがあった。白露自身勝負事でいつも修羅場だ。でも月乃は修羅場をくぐったことはある? 自分の力で乗り越えたことがある?」
私は親の死がなければ強くなれなかっただろう。修羅場というのは大事なのだ。
「…月乃自身自分の力で一回修羅場を乗り越えるべきだよ。ま、修羅場なんて早々来ないだろうけど…」
「……」
「ま、とりあえず金の無駄になるからつづけ…」
その時、私は転がっていたバットに足を取られて顔面から転ぶ。
「…あんたホント運動出来ないわね。私に説教しておいてそれはダサいわよ」
「うっさい。とにかく、早く立ち直ってよ。このままだとイベントに支障が出るから」
「あんたのそのドジっ子みたらすぐ立ち直れたわよ。ほら、うつわよ」
「あ、ちょ、私がやろうとしてたのに!」
月乃は入っていってしまった。
くっ、珍しく運動する気になってたのに…。




