クロム・ハート
剣術の時間が終わり、ちょうど昼休みのようだった。
アヴェールが用事があるから好きに見学していてくれと言われたので歩いていると、中庭から何か喧嘩が聞こえてくる。
「大丈夫か、君たち」
と、グルツが平民服の人を気遣っており、その周りには腰に剣を携えてるやつと偉そうにふんぞり返る奴がいた。
状況はなんとなく察せた気がするな。
「平民が中庭なんていいご身分だな。俺が避けろといったんだ。素直によけるのが筋だろう。俺は、貴族様だぜ?」
「ここじゃ貴族も平民も関係ない。みんな生徒だ」
「子爵風情が何を言う。俺の親父は伯爵だぜ? あんたの家なんか余裕で潰せるっての」
「もう話が通じなさそうだ。君たち、私は日当たりがいいところを知っている。そこで食べるといい」
「平民の味方しちゃって。正義のヒーロー気取りですかー?」
正義のヒーローねえ。
さしずめあいつは悪役というところか。というか、煽りのレベルが低いな。私ならもっと……。なんてことを考えるんだ私は。
「どうとでもいえばいい。私は権力を振りかざし好き勝手やるのは好きじゃないのでね」
「けっ」
「さ、いこうか」
と、グルツが大人の対応をして去っていった。
それが面白くなかったのか、去った後爪を噛んで何かをつぶやいている。嫌がらせを考えているのだろうか。それにしては目がまっすぐというか。
すると、私の視線に気づいたのかこちらを向いた。
「おろ? 見慣れない顔だな」
「ああ、気にした?」
「いいや。で、俺になんか用か?」
「いや、さっきの喧嘩を見てただけだよ」
「そうか」
そう言って男はベンチにもたれかかる。
「なあ、あんたはさっきの俺とアイツどっちが悪いと思った?」
「まあ、客観的に見たら君じゃない?」
「そうか。ま、そうだわな。俺が悪役かー」
と、笑いながら話していた。
すると、隣に座りなよというので座らせてもらう。
「俺はクロム・ハート。ハート伯爵家の長男だ」
「あ、私パンドラ。平民ね」
「平民……? 平民にしちゃ魔力が……いや、なんでもねぇ。それより、あんたあの平民知ってるか?」
「いや、初対面だし」
「だよな。ま、あいつと同じことを俺しただけさ。あいつ、どうやら自分より下の奴をいじめてるみたいでさ。それが気に食わなかったんだ」
「そう」
なんとなく悪い奴じゃないとは思っていた。
先ほどの平民だなんだのはただの口八丁なんだって。
「グルツは頭堅いし、誰に対しても優しくする。だが、表面上しか見てないのが玉に瑕だな」
「だね」
「あいつの境遇には同情するよ。父が犯罪者で、爵位を取り上げられるところだったんだ。あいつの手腕自体はすごいといっていい。が、人を見る目はねぇな」
と、けらけら笑う。
どこか彼を認めているような。そんな気がする。よく知っている。話しているのも少し楽しそうだ。
「パンドラさん、だっけ。そういやあんた何者なんだ?」
「何者って?」
「なんつーか、魔力が人間じゃない。亜人か?とも考えたがそれも違う。まるで神のような。そんな魔力を感じるぜ」
「わかるんだ」
「俺、昔から魔力を感じれるんだよ」
「そう。ま、ならいっちゃうと女神の眷属ってだけだよ。分類上は神、かな」
「ほーう。神っていうとメルセウス様か? それとも別の神か?」
「メルセウス様。よく知ってるね」
結構博識だと見た。
なんていうか、こいつは現実を悟りすぎているような気がする。達観して物事を語っている。私と同じで情熱的にはなりたくないタイプとみた。
「俺らが住まう大地の神くらいは知っておかないとダメだろ」
「知らない人も多いと思うけどね」
「ま、人々は神だなんだのと言ってるが、ろくに信じちゃいねーから覚える気もないんだろうな」
信じていないものは覚える必要もない、か。
それもあるんだろうな。
「っと、腹が減った。グニール。弁当くれ」
「はっ」
と、傍らに立ってずっと黙っていた男の人がカバンから弁当を取り出していた。
かごに入っているサンドイッチだ。とてもうまそう。
「俺の付き添い侍女に作らせたんだ。一つ食うか?」
「いや、いい」
「そうか。美味いだろって自慢したかったんだがな」
「私のほうがうまく作れるさ」
「お? 喧嘩売ったか?」
「ただの軽口だよ」
「はっはっ。ま、うちの侍女は俺と同い年で生まれてすぐ料理とかを覚えたからな。そんじょそこらの料理人よりは美味しいと思うぞ」
と、楽しそうに食べていた。
きっとこいつは毎日が充実してるんだな。立派なリア充かな?




