怒りにそまった銀の月 ④
ノックをして、どうぞと中から声がかかる。
私は躊躇いもなく扉を開けると、突然の月乃と私に驚いたようで、月乃に駆け寄って抱きしめていた。
「俺の父さんから家出したと聞いたが……。無事でよかった」
と、抱きしめる。
私はそんな親子の仲を見つつもポケットに手を突っ込み、ボイスレコーダーを躊躇いもなく再生した。突然ボイスを流す私に驚いていたようだ。が、聞き入っている。
そして、どんどん怒りが見えてきた。
「……もしかして家出の理由は俺の父さんか?」
「……うん」
「そうか。わかった。愛娘にそういわれちゃこちらも黙ってるわけにはいかんな。今まで放置していて悪かった。月乃の苦しみもわかってやれなくてごめんな」
そういって頭をなでていた。
撫で終わると城ケ崎さんに連絡しているのか車を急いで出してくれと電話して、コートを手に取って帽子をかぶっている。
あとは大人に任せろといって出ていくのだった。
☆ ★ ☆ ★
車が阿久津家の前に停まる。
中から月乃の父、阿久津 創介が出てきた。突然の帰宅に驚いた使用人はせわしなく動くが、気にするな、用があるのは一つだといつもみたいな笑顔ではなく、冷たい声音だった。
聞いたこともないような声音に使用人はびびり、その場を動けなくなったのだ。そんなことも知らずに春明は音を立てて歩く。
「……父さんはいるか」
「ふぇ? あ、はい! 広間にいらっしゃるかと……」
「そうか。わかった」
広間に向かう創介。
聞かれた使用人はあまりにもすごい剣幕にビビったのか、地面にへなへなと座りこむ。他の使用人が急いで介抱する。それはおかまいなしだ。
そして、広間の扉を開けると、祖父である阿久津 秋衛門が春明に駆け寄ってきたのだった。
「月乃がいなくなってしまった! わしのせいじゃ!」
と、涙を流して反省しているそぶりを見せる父さんにも情が沸いていない。
娘をけなされた怒りが心を占めている。反省の言葉を耳にするほどの情も沸いていなかった。創介は静かに告げる。
「父さん、家族の情としてここまできたんだけど、もう限界だ。絶縁させてもらう」
「な、なんじゃと!? そ、育てた恩義も……! それに絶縁だと? お前になんの権限が」
「認知症になって忘れたのか? 今の阿久津家当主はこの私だ。お前ではない」
「お、親に向かってお前だと……」
「阿久津家の当主である私の決定は絶対だ。今日限りで親子としての縁を切る。なんなら娘への侮辱、名誉棄損で訴えてもいいが?」
「わ、わしは教育しただけじゃ! 親のしつけは大事じゃろう!? なぁ!?」
創介は祖父に掴みかかる。
あまりにも逆上していた。許せていなかった。
「こんな父親と血が半分繋がってると思うと反吐が出るよ。私はこんな風にはなりたくないね。私も弟もあんたを反面教師にして育ったんだ。それに、まともな業績とかはだしてなかったくせに偉そうにするなよ。お前が社長になって、随分と業績がさがったらしいじゃないか。苦労したよ。ここまで持ち直すのはな」
そういうと、祖父は黙ってしまう。
全部事実だからだ。碌な業績もだせず、成績はいつも右肩下がり。落ちぶれたと言われたときもあった。
今の阿久津家があるのは全部創介の手柄なのだ。
「月乃は自分で売り上げを作ってる。ろくに売り上げがなかったお前と違って才能はあるんだぞ」
「わ、悪かった。わしが悪かった! だから……」
「だから? 娘はあんたに言われたことで泣いてるんだぞ? 本来は関係ない夢野ちゃんだって巻き込んでる。それほど追い込まれたんだろ? 夢野ちゃんがいなかったら家出じゃすまなかっただろうな。あんたのせいで自殺したかもしれん。どうしてくれるんだ?」
「わ、わしは……」
「自殺にまで追い込むほど教育熱心なら教師にでもなったらどうだ? 出来損ないの秋衛門さん」
創介はほどなくして使用人に引き留められる。
「イイから出ていけ。お前はもう阿久津家じゃない。母さんには俺が話しておく。もう出入りするんじゃねえ。二度と娘にかかわるな。それに、正しい正しくないを見極めなく、月乃を追いかけてたやつらも処罰が下る。わかったな? ほら、さっさとでていけ」
と、いうと、ひいいいと泣き叫び、祖父は出ていった。
戦々恐々としている使用人。自分らにも処罰が下るといわれた使用人も、思わずビビってしまう。
「……はぁ。ほんと夢野ちゃんには頭が上がらないよ。月乃と一緒にいてくれてよかった」
そう創介はこぼし、会社にまた向かうのだった。




