百三十五話 「っつーわけで、なんか比較的エンジョイしてたよ? タックくん」
プロ奴隷ニスト、タックの朝は早い。
太陽が昇る前に起床すると、まずは寝床の清掃と整頓を始める。
ちなみに、「プロ」とか、「~ニスト」という言葉の意味は、タックにはよく分からなかった。
なんとなくそうつけるとカッコいいということで、村で一時期はやった言葉である。
まあ、とにかく。
起床したタックは、早速毛布を叩き始めた。
毎日掃除しているのであんまり埃は出ないが、毎日やり続けることにこそ、その意味もあれば意義もあるのだ。
ベッドからシーツをはぎ、これも叩いていく。
毛布もシーツも、一般的な大人用のものなので、タックにとってはかなり大きい。
四苦八苦しながらも、何とか埃をはたき終える。
部屋は小さな窓しかなく、金属製のドアも中から開けることはできないので、換気はすることはできない。
中が埃っぽくなってしまいそうなものだが、強力な換気口があるので、心配無用だ。
かなり小さく、しっかりと金網なども張ってあるので、間違ってタックが吸い込まれる心配もない。
最初の夜はそこから吸い込まれてどこか知らない世界に連れていかれるのでは、という妄想で眠れなかった。
だが、今ではすっかり慣れたもので、一度寝れば朝までぐっすりである。
埃を叩き終えたら、毛布とシーツをたたむ。
この二つは毎日新しいものと交換してもらえるので、回収しやすいようにしておくのだ。
布団のサイズが大きいので、これもなかなかの重労働である。
だが、プロ奴隷ニストはそんなことでは諦めない。
シワ一つなく、決められた長方形の形に毛布とシーツをたたむのだ。
もちろん、おった角の部分が角ばった直角になるようにすることだって、忘れない。
タックは「よしっ!」と気合を入れて、猛然とシーツに向かった。
小さな体で大きな毛布やシーツをたたむのは、やはり至難の業だ。
持っているのと逆側の布に足を取られて転んだり、慌てて手足をばたつかせたために布に絡みつかれるなどという事故は、よくあること。
時にはぽかぽかの布の温かさにやられて、気絶させられることすらあるのだ。
そう、二度寝ではなく、あくまで気絶である。
毛布やシーツというのは、言ってみれば猛獣の様なものなのだ。
やっとのことで、毛布とシーツをたたみ終える。
多少理想の形とは違ってしまっているが、まぁ、仕方ない。
くよくよと悩むより、前に進む方が有意義だ。
人生は短く、学というのは成り難いのだ。
ちなみに、タックには「学が成り難い」というのがどういう意味なのか、まったく分からなかった。
なんとなく雰囲気で使っているだけなのである。
毛布とシーツをたたみ終わった後は、歯磨きをして顔を洗う。
髪の毛には癖などついていないようなので、軽く手櫛で整える程度だ。
身だしなみは大事だが、奴隷という立場なので贅沢は言えない。
ちなみに、タックは奴隷になる前は、歯磨きに木の棒を使っていた。
奴隷になってからは歯ブラシを使っているので、むしろ贅沢になっているのだが、その辺は気にしてはいけない。
次は、掃除の時間だ。
朝ごはんの時間になるまでに、終えてしまわなければならない。
タックが掃除の道具に選んだのは、使い捨ての歯ブラシとタオルである。
どちらも支給されたもので、一度使ったものだ。
それを取っておいて、掃除用に転用。
これぞ、ものを無駄にしない、プロ奴隷ニストのワザだ。
ちなみに二回目になるが、タックは「プロ」とか「~ニスト」とかの意味は分かっていない。
響きがかっこいいので使っているだけである。
よく絞ったタオルで、ドアの周りから拭いていく。
ドアは外につながる重要な場所なので、念入りな掃除が必要だ。
監視員の人がドアに触った時に、「あ、なんかベトつくな」なんて思ったりしたら、一大事である。
プロ奴隷ニストとして失格だ。
細かい隙間などは、歯ブラシを使う。
手垢とかの黒いやつが詰まっていたりしたら、これが大活躍だ。
本当は木を尖らせたやつを使いたいが、残念ながらタックの部屋には木が生えていない。
だが、使い古しの歯ブラシもなかなか優秀で、ドアはピカピカになった。
続いて、壁や床などを掃除していく。
上の方から順番に掃除するのがコツだ。
先に下の方を掃除すると、上を掃除するときにゴミやほこりが落ちたりして、二度手間になってしまう恐れがある。
そういう愚を犯さないのが、プロ奴隷ニストたるゆえんなのだ。
もちろん、意味はよく分からないが。
掃除には、それほど時間はかからない。
いつもやっているので、基本的にそんなに汚れていないのだ。
床掃除まで終えると、タックは静かにドアの前に座る。
監視員の人が来るまで、待機するのだ。
ここで、キリっとした顔をしているのがポイントだ。
できる男は顔でキメる。
と、何かの本で読んだような気がしないでもない。
しばらくするとドアが開き、監視員の人がやってくる。
「タックさん、おはようございまーす。食事の用意が出来ましたよー」
「はいっ!」
タックはびしっと片手をあげ、返事をする。
部屋に顔を出したのは、柔和な表情の女性だ。
監視員の人で、胸のあたりには名札を付けている。
名前が書いてあるらしいのだが、残念ながらタックが知っている種類の文字ではない。
タックはアグニー文字のほかには、ギルドが使っているような共用文字しか読めないのだ。
ちなみに、名札に書かれているのは、ガッツリ共用文字だ。
難しい書き方がされているので、タックにはわからなかっただけである。
日本で言えば、ちょっと難しい漢字が使われていた、程度のことだと思えば、間違いないだろう。
タックはどちらかというと、勉強が苦手なタイプなのだ。
食事は、専用の部屋ですることになっている。
一日の食事は三回。
毎回、監視員の人がやってきて、部屋に誘導される。
どうやら食事の間に、タックが普段いる部屋の検査などが行われているらしい。
逃げるための準備をしていないか調べたりするのだろう。
そのついでに、部屋の掃除などもしてくれているようだ。
だが残念ながら、部屋はタックが掃除済みである。
きっと仕事を奪われて悔しい思いをしているだろうが、プロ奴隷ニストがライバルになったことを不幸と思うしかあるまい。
思わず、監視員の人が首をかしげるほどのドヤ顔になってしまうタックであった。
食事の部屋は、普段タックが居る部屋と同じぐらいの広さだ。
部屋にはテーブルと椅子が一脚ずつあり、数名の監視員の人が居る。
監視員の人達が着ているのは、いわゆるメイド服であった。
食事の間は、給仕などもしてくれる。
一見、普通のメイドさん達に見えるが、プロ奴隷ニストのタックは騙されない。
きっと何かしらと、特別な監視員の人達なのだろうと睨んでいる。
タックの奴隷としての適性を見極めようとしているのだろう。
ぼろを出さないように、気を付けなければならない。
食事は、大変においしかった。
主食がポンクテなのもありがたい。
この国の主食はパンらしいのだが、きっと奴隷はポンクテを食べるとか、そういうのがあるのだろう。
おかずは、焼き魚と、煮たお肉、サラダ、スープ。
それと、小鉢がいくつか。
個々の盛は少ないが、たくさんの種類のものを食べられるようになっている。
非常に健康に気を使ったメニューだ。
きっと奴隷として十全に働かせるため、工夫されているのだろう。
それだけ、タックにかかっている期待が大きいということである。
うれしい反面、プレッシャーも感じるが、プロ奴隷ニストとして負けるわけにはいかない。
何と戦っているか定かではないが、必ず勝ち抜いて見せようとタックは心に決めているのだ。
食事が終わると、図書室に連れていかれる。
読む本を選び終えると、普段いる部屋へ。
シーツと毛布は回収されており、部屋に設置されているテーブルには、温かい飲み物が用意されている。
今日の飲み物は、ココアの様だ。
次に声がかけられるまで、ここで本を読みながら、飲み物を飲んでいることになる。
いわゆる、待機任務というやつだ。
休憩ではないから、もちろん気は抜けない。
タックはピシッとした格好で椅子に腰かけ、真剣な面持ちで本を読み始める。
今日読むのは、「自爆戦隊 セップクジャー ~強敵 ワイヤレスバンジー提督登場! 敵国領海内での真夏の大決戦!~」だ。
色々と難しい言葉が出てきてわからない部分も多いが、正義の味方が悪いやつをやっつける内容である。
なんかこう、戦う感じのところが奴隷としての心構えに役立つのではないか、と、タックは睨んでいた。
いつも通りであれば、呼び出しがなければ、このまましばらくは本を読んでいることになる。
そのあとは、外に出て運動の時間だ。
タックが今いる建物の屋上に出て、駆け足などの運動をする。
高い壁に囲まれているので、逃げ出したりはできない場所だ。
雨が降っていると、室内用のトレーニング器具が並んだ場所に連れていかれる。
プロ奴隷ニストとしては、体力を鍛えられる希少な機会は見逃せない。
しっかりと体を動かす。
それが終わると、シャワーを浴びる。
身だしなみを整え終えたころには、昼食の時間だ。
食事をとり終えると、再び本を。
おやつを食べて、お昼寝の時間となる。
疎かにされがちだが、お昼寝は大変に重要だ。
体力を維持し、その後の労働パフォーマンスを上げるのに不可欠といっていい。
お昼寝が終わると、お風呂に入る。
そのあとは食事をして、就寝だ。
なかなかのハードスケジュールだと、タックは思っている。
何しろ、覚えることがたくさんあるのだ。
この順番を覚えるだけで、四日ほどかかった。
村にいたころはもっと単純で、覚えやすかったものだ。
ご飯、畑仕事、ご飯、畑仕事、ご飯。
覚えるのは、二つでよかった。
それが交互に来るので、覚えるのも簡単だ。
ところがここでは、掃除や読書、運動、おやつと、様々なものが入る。
覚えるだけで一苦労だし、順番を守るのも大変だ。
ちなみにタックにとって、畑仕事と読書は、大体同じぐらいの労力だ。
何だったら読書の方がちょっと疲労が大きいといっていい。
基本的にタックは、頭よりも体を動かす方が得意なのだ。
本を読んでいて読めない言葉が出てきたときなどは、心が折れそうになることもある。
だが、めげるわけにはいかないのだ。
なにしろ今のタックは、プロ奴隷ニスト。
よく分からないが、とにかく奴隷っぽいことを頑張らなければならないのだ。
ちなみにしつこいようだが、タックは「プロ」とか「~ニスト」の意味は、まったく分からないのであった。
「っつーわけで、なんか比較的エンジョイしてたよ? タックくん」
「奴隷っていうか、賓客的な扱いじゃない? うらやましいなぁ」
プライアン・ブルーの報告を聞いたディロードは、げんなりした様子でぼやくように言った。
一応手も動かしており、セルゲイ達に購入してこさせた魔法道具を解体し続けている。
現在、バタルーダ・ディデ内に用意したセーフハウスの中には、プライアン・ブルー、セルゲイ、キャリンのほかに、ガルティック傭兵団の構成員が二人、それに、風彦が詰めていた。
風彦が居るのは、外部との連絡のためである。
通信機器を使うと傍受される恐れがあるということで、風彦が連絡要員になっているのだ。
なんとも贅沢なガーディアンの使い方だが、今回に関しては必要なことなのである。
「トラヴァー氏も相当気を使ってるってことでしょうよ。そりゃそうだろうけど。まあ、タックくんのノリがよくわかんなかったけど」
「きっとどうせ奴隷になるなら、すごい奴隷になろう、みたいな感じなんじゃないかなぁ。そういう方向に行く人いるよ、アグニーさんには」
首をかしげるプライアン・ブルーだが、ディロードはさも当然というような顔をしている。
しばらくアグニー族と一緒にいたことで、その性質をだいぶ理解して来ていたディロードであった。
「で、タックくんと接触するのは、結局いつがよさそうなんだ?」
「順当に、夕食後かなぁってとこかな。まあ、実行犯の方次第だけど」
セルゲイに聞かれ、プライアン・ブルーは肩をすくめて。
実行犯という言葉に、風彦が苦笑を漏らす。
アグニーとの直接の接触は、風彦が担当することになっているのだ。
何しろ、アグニーと静かに話すというのは至難の業だ。
危険な仕事に従事するプライアン・ブルーやセルゲイが接触すれば、アグニーを怖がらせてしまう。
一つ間違えば、大変な騒ぎになりかねない。
そうならないためには、アグニーが怖がらないものがいって、連絡を取る必要があるのだ。
現状で最も適任といえるのが、風彦、というわけである。
風彦がわざわざガルティック傭兵団の連絡要員として働いていたのは、そのための下準備であった。
一緒に仕事をこなすことで連携を高め、一緒に仕事をする前の慣らしをしていたのだ。
「タックくんの意思を確認するってなぁ、今回の仕事のキモだからなぁ。ソレによっていろいろやりかた変えにゃぁならんし」
「いくつかプランってあるんでしたよね?」
「いろいろあるけど。なんにしてもあたしが働かなくちゃいけないのは変わりないんだよね。あーあ。仕事やめてぇー」
セルゲイ達の会話を聞き、風彦はクスリと笑う。
なんとも緩い会話な様だが、やろうとしていること自体はかなり物騒なことである。
緊張感がないように見えるわけだが、実際に彼ら自身はそれほど緊張していないのだろう。
こういったことは、彼らにとっては日常茶飯事なのだ。
それを当たり前にこなしてきて、こなせるからこそ、エルトヴァエルに目を付けられ、この場所に集まっているのである。
「では、明日の夜に接触を図ります」
「わかってると思うけど、要望は細かく聞いてきてね。何度も行き来する時間的余裕もないし、接触の回数はできるだけ少なくしたいから」
「見直された土地のことを伝え、要望を聞く、で、一回。こちらの立てた計画を伝える、で、二回。合計二回の接触だけに絞る。ですよね」
「そういうこと。さすがガーディアン様」
風彦の言葉に、セルゲイは茶化すようなことを言って頷いた。
既にこういったやり取りにはなれており、風彦も全く嫌な印象は受けない。
むしろ、一緒に仕事をする相手として認められているようで、嬉しくすら感じる。
風彦は兄や姉と違い、人との対話や、つながりに喜びを見出すタイプなのだ。
まあ、相手に多少難があるのだが、状況的に仕方がないことだろう。
そんな風彦達のやり取りを見て、ディロードがやたらと深いため息を吐いた。
「いやぁーな予感がするんですよねぇー。めんどくさいことになる感じの」
「やめてよちょっと。そういうこと言うとマジでフラグ立つんだから。私フラグ立てんの超うまいんだから。そういうのめっちゃ回収するからね、マジで」
心底嫌そうな顔でそういうプライアン・ブルーに、ディロードは意外そうな顔を向ける。
「結婚のことはずっと前から言ってるけど、まったくかすりもしないって聞きましたけど」
「どこのどいつから聞いたその話っ! そいつぜってぇーぶっ飛ばすから! マジやってやんよ! マジやってやんよ、おお!?」
「土彦さんからですけど」
「世の中ってできることとできないことがあるよね」
あまりの変わり身の早さに、その場にいたものは感心するやら、苦笑を漏らすしかなった。
ちなみに、無事にフラグが回収されることになるのは、言うまでもない。
もうちょっと書こうかと思ってたんですが、なんか区切りがいいのでここにしました
短いかな? と思って文字数を調べてみたところ、六千文字超えていました
でも、神越は毎度八千超えてるのが多くて、ヤバいやつだと一万二、三千当たり前にあったりします
すげぇな・・・
ちなみになろうの主流は一話三千文字なのだそうなので、ドンだけ少ない時でもその二倍はあるということになります
多い時は四倍
なんか間違ってんじゃねぇか、って思いました。
あと、全然関係ないんですが
「木の精霊に転生することになったんだけど想像してたのと違う」
「岩な神様」
という二つの話も連載中です
どっちもちょっと変わった感じなんじゃないかなぁ、と思います
あとやっぱり全然関係ないんですが、
「おっさん悪役令嬢ザマァ転生今までの苦労報われチートSSSランク現代知識TSスローライフ」
という短編を結構前に書きました
良かったらみてみてください




