九十九話 「いやぁ、兵器とか武器とか。そういう危ないのはどうかと思うなぁ、僕ぁ」
見直された土地の地下深く。
土彦が作り上げた地下ドックでは、ガルティック傭兵団の面々とマッドアイ達が忙しく動き回っていた。
彼等が今、行っているのは、ガルティック傭兵団の装備の一新だ。
土彦が持っている技術と彼等が持っている技術を合わせ、新たな魔法装備を製作しているのである。
ガルティック傭兵団は、元々高い魔法技術を持っていた。
様々な国から流れてきた人間を取り込むことで、その知識を寄せ集めていたからだ。
そんなことが出来たのは、専属魔法学者であるドクターが居たからだった。
彼は様々なまったく異なる魔法体系を、融合とまでは行かないまでも、組み合わせて使用。
潜水艦や、機動兵器などを作り上げていたのだ。
尋常な知識や能力ではないと言えるだろう。
ドクターが提出した様々な兵器、装備の設計図を見ながら、土彦は感嘆のため息を吐いた。
「素晴らしい! 実に素晴らしいですよ! コレだけのシステムを作り上げるなんてっ!」
「マッドアイ・ネットワークを作った貴女からいわれると、嫌味に聞こえますね」
苦虫を噛み潰したような顔で、ドクターはそう呟く。
確かに、ドクターの作り上げたものは素晴らしい。
異なる魔法体系の融合というのは、とてつもない大仕事だ。
其れをやり遂げた彼の能力は、ケチの付けようの無いものだろう。
だが、土彦のマッドアイ・ネットワークは、言うなれば其れの更に上を行く物なのだ。
其れを考えれば、嫌味に聞こえる、というのも無理からぬ事かもしれない。
土彦は左右に首を振ると、大仰に両手を広げた。
「いいえ! コレを人が作り上げた事に意味があるのですよ! 私とではそもそも基準が違いますから! 私は、樹木の精霊方と赤鞘様が、土地を守るために作ったものですよ?」
「それを言われては……確かに違いますが」
「まして、魔法の扱いに長ける様、樹木の精霊方が特別に知恵と知識を詰め込んだモノですから! そういった方面で負ける訳には行かない、でしょう?」
神や精霊がそのために作った存在が、そうそう人間に後れを取るはずがない。
そういわれてしまえば、ドクターに返す言葉はなかった。
渋い顔をしながら唸るドクターを見て、土彦はにっこりと笑顔を作る。
「それに、一新した装備の中の、特に兵器に関しては殆ど貴方のデザインじゃありませんか! やはり実戦を知っている技術者というのは素晴らしい!」
「いえ。少しでも役に立てたのであれば幸いですが」
土彦のいうように、大幅な技術革新はあったものの、装備の殆どはドクターがデザインしたものだった。
実戦経験の無い土彦には、どうしても実際の兵士達が好むもの、というのが分からなかったからだ。
マッドアイ・ネットワークのような完全な新規のものであるならばともかく、人が使うものに関しては、やはり今までの経験蓄積がものをいう。
何より、ドクターは魔法技術者でありながら、自分も実戦に出る傭兵だ。
実戦感覚も、十二分に持っている。
「ええ、ええ、本当に! とてもとても参考になりました! これでマッドアイ・ネットワークはより強固な守りになります!」
アレ以上何するつもりなんだ。
そう思ったドクターだったが、口に出すのは必死にこらえた。
今さっき土彦自身も言っていたように、基準が違うのだ。
たとえドクターの目から見ても既に係わり合いになりたくなりレベルだとしても、土彦にとってマッドアイ・ネットワークはまだまだ不満のあるレベルなのだろう。
苦虫を噛み潰したような顔をするドクターに対し、土彦はどこまでも嬉しそうなニコニコ顔だ。
「しかし、意外でした。歴戦の兵士方は、新しい装備を早々に使うのは嫌がるものと聞きましたが」
「確かに、そういう連中が多いのは事実です。何しろ自分の命を預けるものですから。よく知っている信頼できるものを使いたくなるのはある種当然です」
「その割には、皆さん新しい得物に抵抗が無いご様子ですね? 出来立てほやほやの新兵器なのですが」
装備の確認や搬入などをしている傭兵団員のほうに顔を向け、土彦は不思議そうに首を捻る。
それを見たドクターは、「ああ、それですか」と頷いた。
「ある種の馴れですよ。ウチは準備万端で戦える事が少ないので、武器は現地調達が多いんです。仕組みは知らなくても、使うだけならいくつかの国の魔法道具を使えるものも多いのは、そのおかげですから」
国ごとにまったく異なる魔法体系を持つこの世界では、魔法の道具もそれぞれの国でまったく作りが異なっている。
なので、使うのにもそれ専門の知識が必要なのだ。
技術そのもの程ではないにしろ、それを使う術も当然機密扱いになっていることが多い。
魔法の道具を扱えるというのは、それそのものが専門技術なのだ。
複数の国の魔法の道具が扱えるというのは、それだけで驚くべき事なのである。
「ですから、出所が確かで、きちんと訓練が出来る武器があると言うのは、連中にしてみればいつもよりずっといい環境なわけです」
「あっはっはっは! なるほど! 初めて武器を扱うのには慣れている、ということですか!」
「まして、ガーディアン様が直々にお作りになったものですから。信頼性って意味ではこれ以上無いですよ。むしろ、疑うほうがどうかしてる。誰でも有り難がるでしょう」
「いえいえ。先ほども言いましたが、デザインに関しては殆ど貴方ですから。もっとも、そのおかげで私だけが作る数十倍は素晴らしいものが出来ましたけれどね!」
そういうと、土彦は嬉しそうに声を上げて笑った。
土彦の言葉に、ドクターはますます苦そうに眉間に眉を寄せる。
「過分なお言葉です。まあ、とはいえ訓練はさせて頂きたいところです。いくら信頼できる武器だとしても、やはり慣れて置いたほうが信頼性は増しますので」
「ええ、それは勿論! 赤鞘様に地上での訓練許可を打診しているところです! 相手役はマッドマンやマッドトロルに勤めさせましょう!」
「それはずいぶん過激な訓練になりそうですね」
ため息混じりにいうドクターに、土彦は両手を合わせて微笑んだ。
見た目だけならば可憐だが、考えている事はかなりスパルタンなガーディアンである。
「お、いたいた。ドクター、戦闘機の扱いで聞きたいことがあるってさ。いってやってくれない?」
声をかけてきたのは、傭兵団の団長であるセルゲイだった。
なにやら黒い板状のものを片手に持ち、トントンと肩を叩いている。
ガラスのような滑らかな表面をしたそれは、情報端末の一種だ。
作業の進み具合などを共有する機能があるもので、地球にあるタブレット端末に近いものであった。
声をかけられたドクターははっとした様子で振り返ると、すぐに体ごとセルゲイに向き直る。
「戦闘機? どうかしたのか?」
戦闘機というのは、小型の機体に兵器を積んだものの事だった。
飛行機のような地球のそれに近い形状のものもあれば、動物や昆虫のような形状のものもある。
馴染みやすい言葉で言うならば、兵器を満載したゴーレム、と言った所だろうか。
今回の装備一新では、それらも全て新しいものに作りかえられているのだ。
「なんか整備の訓練してるみたいなんだけどね? ドクターの機体、設定があんまりピーキーだから、元があってるのか間違ってるのわかんないんだと。なんか、仕様書のほうが間違ってるんじゃないかと思うレベルだってぼやいてたぞ?」
肩を竦めながらいうセルゲイの言葉に、ドクターは納得したように頷き、ため息を付いた。
思い当たる節があるらしく、頭を振っている。
「完全に俺の好みで作ったワンオフだからな。確かに俺が整備の立場だったら同じことを言うかもしれない。わかった、すぐに行く。土彦様、そういうわけですので。失礼します」
「いえいえ、構いませんとも! ゆっくり調整なさってください」
ドクターは頭を下げると、小走りで戦闘機の整備スペースへと向う。
土彦はすこぶる嬉しそうな顔で、その後姿を見送った。
そんな土彦の横で、セルゲイは面白そうに片眉を上げる。
「土彦ちゃんも際どい事聞くねぇ」
「際どい事、ですか?」
セルゲイにいわれ、土彦はきょとんとした顔になる。
不思議そうに首を捻る土彦に、セルゲイは小さく笑い声を漏らした。
「だって土彦ちゃんはガーディアン様なのよ? それが作ったものにけちつけるヤツって中々いないんじゃない?」
「ああ、なるほど! そういう捉え方も確かに出来ますね! その気はまったくなかったのですが」
「あっはっはっは! 変わってるねぇ、ホント。まあ、他のガーディアンなんて見た事無いけどさ。普通なら不敬罪的なのでお手打ちにされちゃうんじゃない?」
「神の使いが作ったものを疑うのは不敬。なるほど確かに! いやぁ、悪い事を聞きました!」
セルゲイに釣られ、土彦も気まずそうな様子で笑った。
言われて見れば、セルゲイのいうとおりだ。
装備に使われているのは、ガーディアンである土彦がくみ上げた魔法である。
デザイン自体はドクターがしたとはいえ、それが信用できないとか気に食わないというのは、ガーディアンの事が信じられないといっていると取られかねない。
神が近しい「海原と中原」で生きるものにとって、神やそれに近しい存在に楯突く事は、絶対にしてはならない事なのだ。
土彦がドクターにした質問は、「自分が作ったものは信用できるか?」と聞いたに等しい。
当然土彦のほうにもその気もなかったし、ドクターもそういう意図を感じなかったようでは有るが、確かに返事一つで首が飛ぶような際どい質問と言えるだろう。
「自分の立場は弁えて発言をしなくてはいけませんね。相手に迷惑をかけてしまう所でした!」
「まあ、ドクターもそんな意図があるとは思って無いんだろうけど。不敬罪ってのはこわいねぇ」
そういっているセルゲイだったが、土彦への口の利き方はかなり砕けたものだった。
下手をすれば、それこそ不敬に当たりそうなほどである。
だが、これは土彦がそうして欲しいと頼んだものであった。
赤鞘が砕けた口調を使えといっているのに、自分に対してかしこまられるのは許容できない、というのが、土彦の言い分だ。
土彦にとっては、自分はあくまで赤鞘よりも下の存在。
だから、自分に対してはもっと軽い言葉で話しかけなければ、釣り合いが取れない、のだとか。
少し変わった考えだが、はいそうですか、と、本当に砕けた口調で話すセルゲイも中々のものだと言えるだろう。
すくなくとも「海原と中原」で、堂々とガーディアンをちゃん付けで呼ぶ人間は殆どいないはずである。
まあ、ここに一人居るわけだが。
「ちなみに、セルゲイさんはどう思っていらっしゃるんです? もちろん不敬だなんていいませんので。正直なところを教えてくださいね?」
「ん? そーねぇ。まず、土台になってる魔法は土彦ちゃんが作ってるから、問題なしだよな。扱いやすさに関しては、ドクターのデザインだから問題なしでしょう。今までのもドクターが作ってるし」
「では、問題は無いと?」
「有るとすれば、ドクターが言ってたように俺等が扱いに慣れるかどうかよ。とっさに使えませんでしたじゃお話にもなりゃしないからね」
セルゲイの言葉に頷きかけて、土彦はふと顔を上げた。
「ずっとお聞きになってたんですか?」
「職業病でね。耳はいいのよ」
自分の耳を突き、セルゲイはニヤリと口の端を吊り上げた。
それを見た土彦は、愉快そうに目を細め、肩を竦める。
セルゲイはもう一度声を出して笑うと、言葉を続けた。
「俺等、歩兵の訓練はそう時間はかからないだろうね。二週間もあればそこらの国の正規兵にも負けないさ。そういう連中を集めてある。ただ、戦闘機のほうはそうは行かない」
「精密機器の塊ですからね。人工知能のサポートがあるとはいえ、新しい機体に慣れるには時間がかかるでしょうとも」
「デカイのの扱いは俺も門外漢だからなぁ。どの位かかるかはわからねぇが。出撃できるようになれば相当な戦力になるだろうね。なにせガーディアン様謹製なんだし」
「ええ! 戦闘能力は保障しますとも! そこらの国の正式装備にも負けません」
「お。いうねぇ」
自分の物言いを真似され、セルゲイは参ったというように額を叩く。
その何かを思い出したのか、「そうそう」と声に出す。
「マルチナが、例のヤツ準備できたってさ。見に行く?」
「ああ、それは! 素晴らしい! 早速拝見しますとも!」
土彦は大きく目を開くと、三日月形に口の端を吊り上げて笑顔を作った。
音を立てて打ち合わされた手が、その喜び具合をあらわしている。
「セルゲイ殿! 解説役、よろしくお願いします!」
「はいはい。仰せつかりましょう」
どこかへと向かって歩き出した土彦の後を追いながら、セルゲイはおどけるように呟くのであった。
土彦とセルゲイがやってきたのは、大小さまざまなモニタに囲まれた場所であった。
地下ドックの一角ではあるのだが、周囲にはまるで仕切りのように机や棚などが置かれている。
その中央には、人が一人すっぽり収まるサイズの樽が置いてあった。
というか、実際に人が一人すっぽり納まっている。
真っ白な頭髪に、ねじくれた黒い角。
美しく整った顔立ちに、真っ赤な目。
黒い蝙蝠のような皮膜の翼を背中に背負い、指には大きな鍵爪を備えている。
まるで悪魔のような外見のその男は、アイスバーを咥えてぐったりと樽の淵に身体を預けていた。
その姿は、やる気がゼロどころかマイナスに振り切っているような表情も相まって、まるで浜辺に打ち上げられて生きるのを諦めた魚のようである。
姿や顔形はとても威圧的で迫力もあり、かっこよかったり怖かったりする部類に入るのだろう。
だが、その態度と表情が完全にそれらを完全に塗りつぶし、男を怠惰という文字を具現化したような存在にしたて上げていた。
樽に入った男は、接近してくる土彦とセルゲイに気が付いたのか、ぐりっと顔だけを持ち上げる。
目を僅かに見開くと、咥えていたアイスバーを手に取った。
「あ、どうも。アイス食べます? うまいよ」
「いや、食わないけど。お前なにやってんだ」
セルゲイに呆れたようにいわれ、男は手に持ったアイスを齧ると、もぐもぐと口を動かした。
じっくりと味わうように噛み、ゆっくりと飲下すと、若干真面目な表情を作る。
「アイス食ってる感じかなぁ」
「お前、すごいな」
呆れを通り越し、もはや感動した様子でセルゲイは呟いた。
隣でそんな問答を聞いていた土彦は、「あっはっは!」と腹を抱えて笑っている。
「まあ、アイスはどうでもいいんだけどな。ちっと映像みようと思ってな」
「ああ、例のエルトヴァエル様から預かったとかいうヤツか。なんか上位精霊の人が持ってきてくれてね。マルチナ、緊張してたなぁ」
「そりゃぁお前さん、人工精霊が上位精霊目の前にしたら緊張もするだろう」
人工精霊とは、人間が作り上げた魔法の知性のことを指す言葉だ。
マルチナは樽の中に入っている男の体内に埋め込まれた魔石をコアとする、人造物なのである。
彼女のような人工精霊は、天然自然の精霊を見本にそれぞれの国の魔法技術で作られた、いわばコピーのようなものだ。
未だに人工精霊の能力は、下級とされる天然の精霊にも及ばないとされている。
そのため多くの人工精霊は、自分たちのオリジナルでも有り、能力も高い天然の精霊を、大変に敬っていた。
マルチナもまた、ご多聞に漏れていないのだ。
「ちなみに、貴方は緊張なさらなかったんですか? 上位精霊にお会いになったのでしょう?」
「へ? ああ、会いましたよ? 僕ここにいましたし。まあ、でもアレですよねぇ。僕、ご飯食べてましたし」
食事を取ることに集中していたので、上位精霊の事は上の空だった。
ということだろう。
土彦は「ぶっ!」と噴出すと、そのまま大声を上げて笑う。
不思議そうに首を傾げる樽に入った男を見てセルゲイも堪え切れなくなったのか、声を出して笑った。
そんな土彦とセルゲイを前にしても、樽に入った男は相変わらずだるそうな顔でアイスを口に運ぶ。
ある意味、非常に肝が据わった男なのであった。
一頻り笑った後、セルゲイは近くにあった大型のモニタのそばにたった。
手に持っていた板状の機器を操作し、モニタを起動させる。
地下ドック内の設備の殆どは、マッドアイ・ネットワークと魔法的に繋がっていた。
セルゲイが手にしている板もそれに無線で繋がっていて、簡単な操作なら行えるようになっているのだ。
「おっさんがこういうの覚えるってなぁ、たいへんなのよ?」
セルゲイが言葉の割りに軽やかに画面を操作していくと、モニタに実写の映像らしき映像が映し出される。
白と黒の地面に、抜けるような青い空。
それは、どこかの砂漠の映像のようだった。
「ソレイルール砂海。ま、要するに砂漠だね」
あまりにも広いその砂漠は、遥か地平線が見えるほど広大なものであった。
上空から撮られている映像は、かなりくっきりとした綺麗なものだ。
それもそのはず。
これは、エルトヴァエルが持ってきたという、件の映像なのだ。
知り合いの天使から譲り受けたというそれは、映像資料としても、出所的にも貴重なものである。
「いやいや、広い場所ですね!」
イスに座り、膝の上にポップコーンの容器を乗せた土彦が、パチリと手を叩いた。
その横では樽に入った男が、同じくポップコーンの容器を持ってボーっした顔をしている。
土彦はセルゲイの説明を受けるために居るのだが、樽に入った男は別に居る必要は無い。
ならば何故、土彦と一緒にモニタを見ているのか、といえば、彼が一切動いていないから、という答えになるだろう。
例え誰が来ても、どんな大切そうな事をし始めても、微動だにしない。
そんな不動の怠惰さが、樽に入った男には有ったのだ。
土彦のニコニコ顔をちらりと見て、セルゲイは説明を続けた。
「このソレイルール砂海を挟む形で二つの国があったんだが、どうにも昔から折り合いが悪くてね。ことあるごとに小競り合いがあったんだが、二年前大事になった」
モニタに映っていた白い砂漠の地面に、影が差し込んだ。
画面の端からゆっくりと中を進んでくる物体が、日を遮っている。
周囲に比べるものが無いので、詳しいサイズはよく分からない。
ただ、その物体が酷く大きいという事は、映像の美しさのおかげでよく分かった。
画面が動き、その物体が中央に映し出される。
土と鉄、岩石などの塊に見えるそれは、一言で言えば島であった。
島が、空に浮いているのだ。
「コイツは二つの国のうち、片方が引っ張り出してきた空中移動島。サイズ的には、移動島としては並ってところかなぁ」
縦幅4km、横幅3km。
楕円に近いその移動島は、各所にさまざまな施設が設置されていた。
中央には一際大きく、頑強そうな作りの砦のようなものが設置されている。
砦の壁面には、網目のように虹色に輝く光が張りめぐらされていた。
専門家でなくとも、それが魔法にかかわるものだろうということは、容易に想像がつく。
土彦は感心したように声を上げると、大きくうなずいた。
「やはり、魔法を書く場所の確保、魔石の運搬量的にも、大きいほうがよいのでしょうね。大規模破壊兵器の的になりそうではありますが……この移動島にもやはり?」
「そうだね。島全体を覆う、巨大な結界を発生させられる。周囲に展開させた戦闘機を守るような結界も展開可能。便利だぁねぇ」
大きければ、その分的としては狙いやすく、被弾率は大きく上がってしまう。
だが、それらを完全に防いでしまうことができる、防御のための魔法が、この世界には存在する。
地球では非効率となってしまった大艦巨砲主義だが、「海原と中原」では現役なのだ。
ならば、どこの国でも巨大な移動島をもっているか、といえば、もちろんそうではない。
建造費や維持費も圧迫される移動島だが、もっと根本的な問題点もあった。
単純な、技術力の問題だ。
世界各国が保有する魔法は、形式によって得手不得手がはっきりと分かれている。
たとえば、メテルマギトの彫鉄魔法は、戦車や武器など、形のあるいわゆる道具を作るのには非常に優れていた。
だが、魔法の機能は彫刻する面積に依存するため、大きくなりやすいという欠点がある。
たいして、ステングレアの紙陣魔法は携帯性に優れ、使用には多少の訓練は必要ではあるものの、安定性にも非常に優れていた。
しかし、紙に書かれたものを発動するという性格上、巨大なものを動かしたりすることは、苦手としているのだ。
魔法先進国と呼ばれるこの二つの国であってもそうであるように、どの国にも苦手な分野が存在するのである。
いってしまえば、技術自体は発展していなくても移動島は作れる国もあれば、どんなに高度な魔法技術を持っていても小船一隻飛ばせない国もあるわけだ。
「この移動島を持ち出してきた国は、ゴーレムを作るのが得意でね。この島も、言ってみれば巨大なゴーレムなわけよ」
「なるほど、ゴーレムですか。ということは、この島はそれ自体が持つ火器だけではなく?」
「流石、察しがいいねぇ。人が乗るタイプから無人機まで、さまざまなゴーレム、つまるところ戦闘機が満載されてる。いわゆる、戦闘空母とか航空戦艦ってやつだね」
土彦がぱっと見ただけでも、移動島にはさまざまな攻撃用施設が建っているのが見て取れた。
大小さまざまな魔法砲台も、数多く見つけることができる。
その上で、多数の戦闘機を搭載しているのだ。
言葉通りの意味で、「要塞がひとつ動いている」ということになるだろう。
戦闘力は、推して知るべし、である。
「ついでに言うと、島の下や側面には、中型小型の攻撃船舶も停泊してる。全長100mを超えるやつだよ。普通ならそれだってでかいんだけどね」
「この島ひとつで、戦争が出来る。どころか、相手の国を滅ぼせるでしょうね。普通ならば!」
土彦は感心したようにいうと、ぱちりと手を叩いた。
感情が高ぶってくると手を合わせるのは、土彦の癖らしい。
セルゲイはひとつうなずくと、自身もモニタへと顔を向けた。
「そっそ。普通なら、ね。しかし、周辺諸国の戦力を知りたいって土彦ちゃんのリクエストに、このときの記録映像引っ張ってくるあたり、エルトヴァエル様は通だねぇ」
そもそもこの映像は、土彦のリクエストで用意されたものだった。
周辺諸国の戦力が知りたい、という要望に、エルトヴァエルが答えた形である。
現在、見直された土地の直接の防衛は、土彦が中核となって担っているのだから、ある種当然の興味だろう。
とはいえ、用意できるのは映像や数字的な資料だけ。
それならばということで、実際数多くの戦場に立った経験のある、セルゲイに解説を頼んだのだ。
知識的にも経験的にも、彼以上の適任者はそうそういるものではないだろう。
「さて。これが出てきたところで、お次は真打ちのご登場だ」
設置された施設を寄りで映していた画面が、すっと移動島から離れた。
砂漠の一箇所を映し出すと、その中央に小さな光があるのがわかる。
ゆっくりと拡大されていくに従い、その姿がはっきりと見えるようになってきた。
金属で作られた籠のようなものに、二つの巨大な車輪が取り付けられている。
正面には紋章があしらわれ、背後には二本一対の砲筒のようなものが備え付けられていた。
中央の籠には、人影らしきものがたっている。
鈍い銀色に輝く全身鎧を纏ったその姿は、モニタ越しにも威圧感を感じるものだった。
「鋼鉄車輪の紋章に、彫鉄魔法で構築された戦車と全身鎧。鉄車輪騎士団団長“鋼鉄の”シェルブレン・グロッソ」
「ああ、素晴らしい!」
土彦は両手を打ち鳴らすと、感極まった様子で声を上げた。
きらきらと目を輝かせる様子は、兵器を見て喜んでいるという状況さえ考えなければ、可愛らしく見える。
「アグニーを狙ってるなかで最大戦力っていったら、確かにコレだからなぁ。鋼鉄はフル装備での戦闘記録が少ないから、こりゃ確かにいい資料だわ」
「あまり戦わない方なのですか?」
不思議そうな土彦の問いに、セルゲイは腕を組んでうなる。
「そういうわけじゃないんだが、フル装備、ってのが珍しいのよ。全力で戦う必要がないって言うのかなぁ。ま、見てればわかるさ」
そういうと、セルゲイは再び手に持った板を操作し始める。
土彦は椅子に座りなおすと、わくわくとした様子でモニタへと顔を向け直す。
「ああ、とても、とても楽しみですねぇ! いったいどれほどのものなのでしょう!」
「え? いやぁ、兵器とか武器とか。そういう危ないのはどうかと思うなぁ、僕ぁ」
ハイテンションな土彦に比べ、樽に入った男は相変わらずだるそうな様子だ。
かなり温度差のある両者だが、どちらもすさまじいまでのマイペースという点では共通している。
「じゃ、始まる前に軽く状況説明しとこうか?」
「ええ、お願いします!」
アッパーなテンションの土彦に促され、セルゲイは咳払いをひとつ。
モニタ上にいくつかの資料を表示させると、珍しく真剣な表情を作り、説明を始めるのであった。
初めての続き系
次回に続きますです




