Episode.45 退職社畜のガシャドクロ戦
【ログイン中】
気概は十分とはいえ、俺も戦闘力が五十三万もあるわけないので、落武者を一撃で落とせない。抜刀以外では。そう、抜刀以外では、だ。
斬りかかって、倒すなら何発か。首狙いなら、一撃。抜刀も一撃。
なら、首だけ狙ってればいいだろ。と、思うかもしれないが、こいつら変に武具が残ってるから狙いにくいし、剣聖の同胞だけあって、技量が高い。生半可に狙っても反撃される。正直、キツイ。
だが、大量に落武者が湧いて来ること以外は特にギミックはない。
この場合に俺の持ち味を生かして、勝つ方法は―――
「抜刀しか無いでしょ」
餓狼刀を抜刀させて、一体の落武者の首骨を刈る。
折れるわけでもなく、綺麗に水平に断たれた骨の首は外れて落ちる。
モヤになって消えていく。骨身の落武者は倒されると、モヤになるみたいだ。
返す刀で、もう一体の落武者を牽制。下がらせている間に納刀。
再び、抜刀。かくして、モヤが増える。
さっきからこの作業を淡々と繰り返しているの俺。
練習を重ねて出来るようになった抜刀から納刀の流れは、今では、流水の如く出来る。習熟した抜刀から納刀への、時間は二秒にも満たない。
一秒じゃなくて悪いな。
「…はっ!」
体全体の動きを連動させて、渾身の一撃を毎度放つ。
所謂、“角”の動作を入れずに丸みを帯びさせた機動で、鞘へ誘導して納刀。
間髪入れずに抜刀。三度、モンスターがモヤに変わる。
抜刀する度の変更点は、足の位置と、体の向き、抜刀角度。
以上の三つを変えるだけで、すぐ終わる。
抜刀のダメージボーナスが入るのは、抜刀時点から止まるまで。
軌道上に武器が割り込まれても、ブレーキを掛けないで、ぬるりと抜ければ、大丈夫。流動性を感じる動きで、頭蓋骨の頭部を飛ばす。
倒した数は、既に二桁を超えていると思うが、正確な数は分からない。
俺は今、物凄い集中力で落武者の首を刈りまくってるわけだが、何時になったら終わるのだろうか?
皆は、集中してるのに、何でこんなに考えてんだよ。とか思ってんだろ。
だけど、俺の現状はある種のトランス状態に移行している。
力を入れ過ぎずに、むしろ軽く握るぐらいの力。
格闘技とか球技とかで、力を抜いてた方が良いパンチとか球とか打てたりすることないか?
経験したことがある人は少くないと思う。愚直に言えば俺はその状態にあたる。
主要な、瞬間的な状況で、力を高めて、火力を維持。
一発一発ごとに、意識して、感覚を体に染み込ませて、覚えさせる。
無意識下に使えるようにするため。
背後から忍び寄った、落武者を振り向き様に首を斬る。いることは、周りの落武者の動きで分かっていたこと。違ったらどうしようかと思ったわ。
危ないが…こういう状況だからこそ楽しんだ方が良い。
不安に駆られるよりは、笑っている方が幾倍も楽だし、リラックスできるものだ。
んんー……俺だけ?
ま、いっか。
「せいっ!」
最適化された、角度・速度・力量で抜刀された餓狼刀は、一気に数体の落武者を斬り裂く。斬った箇所は、もちろん首の骨。プレイヤーというか、人の首が一斉に飛ぶのも、壮観だけど、それが骨身だと、中々に愉快だね。
毎回、落武者の首をチョンパしているが、別段そこだけが弱点なわけでもない。もう一つあって、肋骨の中にある、赤い球体。これは、心臓的な核と思われる。
だから、こうして抜刀して、振り切らずに途中で止めて、直線上に突き刺す。落武者の綻びた鎧の穴をするりと抜けて、核を貫く。落武者は叫び声を上げて、塵になる。駆除完了。楽だわ。
順調だが、鬱陶しいこともある。それは、攻撃範囲が狭いこと。
首を狙う以上、落武者の細っこい首の骨を狙わねばならん。狭いし、細い。
偶に、首と刀の間に剣を差し込んできて、防がれるときもあるくらいだ。
その時は、ごり押して、刀ごと骨折ったけどな。
折る?うん、そうだな。折るか。
「おおおぉぉぉ!」
餓狼刀を納刀。
インベントリを開き、左肩の上空から両手で、引き抜き、旋風一閃。
空間が軋む音を幻聴する。銃身もとい鞘は、当然だが、金属製でクソ重い。それから生まれる破壊力はそこそこの速度でもかなりの破壊力を生み出す。
俺中心に円形に落武者が倒れる。
全員が、頭蓋骨の骨を砕かれて、倒されている。
身動きが遅い落武者だったし、良い感じに嵌まったみたい。
欠点は、連発すると、手が痛い。腕折れそうになる。
訳せば、俺がしんどい。やりたくない。以上ッ!
付け加えるが、改造刀で、発砲しない理由は、弾が擦り抜けるから。
骨に銃を撃って、当てるの難しいのは分かるだろ?
「やっと、大物の登場かー?」
七十は確かに、倒した辺りに地鳴りがして、地面が揺れる。
墓地を突き破って現れたのは、幾千もの人骨を繋ぎ合わせて出来た巨大な人体骨格。俗にいうガシャドクロだ。
見上げる程の大きさ。三十メートルはあるだろう。
こいつが現れてから、落武者がポップしなくなった。もうそろそろ、ラストかと思ってたが、ガシャドクロがラスボスとは粋じゃないか。改造刀をインベントリに戻す。
構えを解いて、餓狼刀を納刀した状態で正面に立つ。
足を揃えて、柄に右手を添えている恰好。
「OooooooooOOOoOOooOOOoOOOOOOOOOoooooooooOoOooo………」
低い唸り声を上げるガシャドクロ。
巨大な手を、振りかざし、俺へ向ける。
潰そうとしたのか、捕まえようしたかの、真偽は不明。興味も無いが。
神経を集中。尖らせる。体中に張り巡らされた神経を錯覚。
「…ふぅーっ…」
骨で完成された、穴だらけの手が、風圧を生む。
眼を閉じて、瞬間息を吐く。
「シッ!」
燕返し。技名を付けるならその名だ。刹那の間に、一点を行って帰る斬撃。
渾身の出来だった。速度は今度こそ一秒未満。
遅まきに、ガシャドクロの五指が十個になって落下する。
「OoooOoOoooooOOOOoOOOOOOOOoOOooOooOooooOooOOOOOOo………!?!?」
見えなかったのか、指が斬られたころ。どちらが動揺の原因かどうかはわからないが、恐らくどちらもが理由。
俺は、動揺していようが、構いない。
駆け寄り、斬った指の反対の腕を昇り、跳び上がる。
ガシャドクロの眼の中の、火が揺れた。俺を追っている。
二の腕を蹴って、跳んだ距離は、ガシャドクロの頭を優に超え、落ちる。
納刀してある、餓狼刀を横に曳く。
―――カパッ
頭蓋骨が横一文字に、断たれた。中身は無い。すっからかん。
「ooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!!」
眼の中の火と、堅殻な肋骨に収められた核が著しく発光した。
大きさは、目を焼けるかというほど。
やがて、俺の視界は埋め尽くされ…。
「差し当たって、俺の勝ちかなッ!!」




