Episode.34 退職社畜の狛犬討伐
長めです。
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歩きも存外に悪くないものだ。
こうして景色風景を楽しみながら行ける。
遠方に見えるあの山は、ゲーム始めたての頃に上ってデカい狼と戦った山。下からみると、ただの山にしか見えないのに、意外とモンスター多くて面倒だったな。
レベルも上がって、二次職にもなってここいらのモンスターでは経験値EXPもほとんどもらえない。自分の成長を感じて喜ぶべきか、強い敵と戦わねばレベルが上がらないことを嘆くべきか。
緑肌の小鬼が集団で出現する。あっ、ゴブリンだぁ。数は五匹。だたっぴろい草原では隠れることもかなわず、晴れているため隠密系スキルも効果は薄れてしまう。発見されるのは必至。
寄ってきたので、間合いスキルで距離を測って、歩幅を少し引く。
腰の刀の柄に触れて、踏み込みと同時に抜刀。
高速で抜かれた餓狼刀は、ゴブリンAの首を刈りとる。
抜いた力を殺さずに、回転して斬りつけ、追加でゴブリンBとCも殺す。
「Gugyaaaaaa!?」
「きったねえ声」
止まらず、膝蹴りでゴブリンDの前歯を折る。着地と同時にゴブリンEへと肘打ち。両方とも怯んだところを顔面に刀を突き立てて止めを刺す。
《レベルが1上がりました!ステータスポイントを10振り分けてください》
レベルアップした。ポイントをどう振ろうか悩みどころ。
公式イベントで鬼面の武者と黒装束の忍者と戦った時は、俊敏力に振ってない人とサポート中心の戦い方の人だったから何とか持ちこたえられたけど、これからはどうしようか。
抜刀中心の速度振りか、攻撃に振って切り結べるようにするか。
防御力は、いまさら感がある。防御に少しずつ振ってくのはいいが、紙装甲の俺が強化してもなあ…。って感じ。
魔攻力に振ると、武器の属性ダメ―ジが増えるから良いけど、微々たるもの。抵抗力と運勢力は論外。
「やっぱ、俊敏力振りだな」
10全部を俊敏力に振る。
速くなった足で、ルーシェへ向かう。
どれくらいで着くのだろうか?
ま、せっかくのゲーム内旅行だし、この旅路も楽しんでいくことにしようかな。歩いて向かうのも、悪いことばかりではない。
視線を久しぶりに、ゆっくりとしているからか、景色が一段と輝いて見える。そうすれば進む足も速くなるというもの。
やがて、歩みは疾走へと変わり、ルーシェへ駆ける。
点々と、草原の芝生は切れ始め、砂利道へと変わる。芝と砂利で斑になる地面に期待を膨らませる。
そろそろゆっくり行こうかな。景観を楽しみたい。
芝がどんどん無くなっていくのを見るたび気持ちが高ぶる。砂利が増えてき、緑色は消える。代わりに木々が生い茂る地形エリアへと変貌する。
生い茂ると言っても視界が塞がれるほどではなく、適度に開けていて、特徴といえば背が高いこと。高所にある葉は影を作り、塩梅で暖かで柔らかい木漏れ日が溢れる。頭上を見上げて、目に入る日光の温かみに目を細める。
色が若い木であることも含めて、陽光と木影のコントラストが美しい風情を醸し出している。
日陰と通り道に吹き抜けるそよ風が涼しく、木漏れ日が与えてくれる熱が心地よい。
ゲームの世界なのに、このクオリティ。流石という他ないだろう。
人気な理由が一目瞭然だな。静かで、砂利を踏む音だけが耳に届く。
これが………ワビサビ!?
「おっ、少し和風だな」
砂利道の中に石畳の古道が現れる。
木々の合間に竹林が姿を見せ始める。古風な感じ好きだよ?俺。
そーいえばー、なんかモンスター見てないなー。この現状、前にもあったようなー…。
とまあ、気にしてもしょうがない。おそらく。
旅行だしー、風景楽しもうよー。
きっと、前方の円形空間にいる狛犬のモンスターは俺の幻覚なんだ。
前に、同じ状況で巨狼と戦ったのは、偶々。
攻撃しなきゃ大丈夫っしょ。
隠密スキルもあるし、こっちガン見してんのも気のせい気のせい。
隣を失礼しますね~…少しお邪魔するだけですから~…、
「Ggyuoooooooooooooon!!」
「ですよねー!?しってったっよ!!死ねえぇゴラァ!」
いきなり、牙で噛みついてくる犬がどこにいるんですか!?
飼い主はどこだぁ!?狛犬なら神様かぁ!?出てこいやァ!
餓狼刀で迎え撃つ、火花が散り、俺は後ろに飛ぶ。
俺は学んだのだ!今までの相手ほとんど全員(匹?)に力負けしているから鍔迫り合いしてはいけないのだ!貧弱?うるせえやい。
「情緒…不安定…?」
「Gururuururuu…?」
「喧しいわ!」
「Gyaun!?」
敵対モンスターにまで、気遣われた。もう泣きそう。
絶対に倒してやる。背後の竹をジャンプして蹴る。
防具装備の空下駄のお陰で平面走行が出来るからこんな芸当もできる。加え、俺の俊敏力と移動補助系のスキルが組み合わさり、驚異的なスピードを生み出す。
餓狼刀を突きだす体勢で突貫。
「避けるんかいな…」
避けられました。とさ。
うん。まあ、刀持った奴が空飛んで来たら避けるよね?
このワンちゃん頭いいー(キレ気味)
腕を引き、体を丸めるように反転その先にあった竹に着地。横方向に加えられた俺の体重と威力が軋ませて、しならせる。
再びの跳び突き。新しい言葉発明しちゃったわ。
二回目だ。当然のように避けられる。
体格デカいのによく、避けられるものだ。軽々飛び回りやがって。
スピードもかなりあるみたいだし、今の攻撃効かなそう。
竹の幹に着地。節目を下駄で踏まないように注意しながら竹の先端へと駆け上がる。不意に足場が揺れる…否、倒れる。
狛犬が俺が立っている竹を爪で断ち切ったのだ。
倒れる前にサマーソルト気味に離れる。
宙を飛ぶ、俺に飛び掛かる狛犬。地面に頭を向けている俺は自由落下。
避けるすべはない。現実だったら、な。
顎を限界まで開く狛犬の顎を蹴り、背中側に抜ける。速度を膝を抱え込んで回転して落とし、膝のクッションで着地。
「すたっ。バツ選手、百点満点!」
今の俺は気分が、ハイなアレになっているぞ!倒せるかな?
振り返って、狛犬をかくに―――…おっふ…。
知ってるか?狛犬って回転着地出来るらしいぜ。新常識だろっ?!
「んー?アナタは、新体操選手ですかっ」
「Guruuuooooooo!」
正面切って勝負。
同時に踏み込み、走る。砂利がこすれる音が重なる。
距離が縮まったその時に、逆手でもう一つの刀、鎧通しを抜刀。
斬り上げを後ろを向きつつ、斬る。…浅い感触。
横にローリング回避。その場所を強靭な犬爪が抉る。
速度乗ったまま急ブレーキを掛けて停止した狛犬。次の手に俺を攻撃といった程度か。俺の緩急に慣れ始めているのかもしれん。
鎧通しを納刀、餓狼刀も納刀。丸腰。
徒手の状態でにじり寄る。手をぶらりと下げて、前かがみの姿勢。
横向きに薙ぎ払われる狛犬の掌。爪が鈍い光を放っているのを視認する。
早さは猛。バク転して避けようとする。初めてやりました。
背筋と腰が死にそうです…。それほどの代償を払っても、回りきらなそうなので逆さの視界で髪を掠めていった腕に手を着いて、回りきる。
地面に圧が掛かり、即座に蹴る。
腹の下に回り込むことに成功。だけど、手足を動かして暴れ回る狛犬。
「キャンキャン鳴かない!近所に迷惑でしょうが!」
餓狼刀を抜刀。
白色の獣毛に沈み、食い込む。
持ち手を動かして、肉を捩り、腹から股間に掛けて一本の線を引く。
刀をインベントリに放り込む。
直線状にあった丈夫な竹に足を掛けて、走る。
頂点に至り、背面から落下。
地面スレスレで、根本の一節を踏み蹴る。下駄によって砕かれる竹。
青い空を見上げ、地面と平行に移動する。
鎧通しを抜刀。
二度目の腹部下。後ろ左足を斬り、前左足も斬る。
白毛が生えている顎下を抜けたところで鎧通しをインベントリに仕舞う。
石畳に手を着いて、横に働く力に待ったを掛け、斜めの方向力にする。
体を曲げて、膝に衝撃を感じ、直立。
狛犬は、満身創痍で立ち上ろうとしては、左側に倒れていた。
左前と後ろ脚の腱を断ったのだ。立ち上がれるわけもない。
俺は警戒を緩めない。だって、狛犬の目は爛々と輝いている。この目は見たことがある。
「面倒な」
高校の同級生と久しぶりに会った時のことだ。
社長を目指すとかほざいていて、俺は鼻で笑った。…が、その時の、そいつの眼は野心抱くような、諦めていない、不屈の眼だ。
俺の大嫌いな目。もう諦めたらどうですか?
果たして、はたまた、予想通り。
狛犬は残った右前足を振るう。
何をしている?そんな攻撃が届くはずも…。
「ぬおぅ!?」
爪から薄い緑の斬撃が、爪の数に合わせて、四本飛ぶ。
インベントリから機械仕掛けの太刀を抜き、真正面から叩き潰す。
これだから嫌なんだ。無駄に根性があるやつは。
四線の爪撃は歪み、地面にめり込んで、消える。
「GYAUN…」
「躾がなっていない」
改造刀の峰の弾倉投入口に、一発弾を込める。
何の変哲もないただの鉄弾。
「お座り」
レバーを引き、金具を外し、引き金のついた部品を引き出す。
引き金を躊躇いなく引く。
鳴る。乾いた音が。
「GYA―――」
未だに吼えようとした狛犬はポリゴンになって消える。
深呼吸…。
「はぁぁぁーーーーーーーーーーー。疲れたーーーーーーーーーーーー」
《レベルが4上がりました!ステータスポイントを40振ってください》
《新スキル『立体機動』を取得しました》
《新スキル『調教術』を取得しました》
アイテムドロップのウィンドウとスキル説明を閉じて、竹林を抜ける。
後でも大丈夫だろう。
不自然に開けた石畳の道を進むと、いつからか階段に変わる。
上った数が百段を超えたところで、光が溢れる到着点が見え、急ぐ。
光を抜けて、その先は―――
「すっご…」
展望台を和風の建造物で造り、神社らしき建物が左に見えたが、俺は真正面の光景に圧倒される。
脆い木柵の下方に広がる世界に。
深みを増した蒼の空に深緑の杉と竹が入り乱れる街。
和装の男女が声を張って、客寄せしているのが遠距離でも視認できた。
あれが、
「ルーシェ」




