ナームの港町へ
更新遅れがち、すみません。でもエタらず完走がんばりまっす。
実際の足は、現在謎の痛みで満足に歩けないお……
ドロンズとクリソックスは北へ向かって、道なりにてくてくと歩いていた。
爽やかな風が野の草や木々の緑をさやさやとくすぐり、小鳥のピチピチと囀ずる声が木々の合間から木漏れ日と共に降ってくる。
「絶好の散歩日和だねえ、ドロさんよ」
「そうだのう、クリさんよ。まあ、わしらは散歩をしているわけではないがな!」
そう。勇者神ドロンズと勇者神クリソックスの冒険は今始まったばかりなのだ。
別にのんびり異世界道中膝栗毛をしているわけではない。
とはいえ彼ら的には、魔王だの邪神だのを倒す旅も、仲良し爺二人組ののんびり異世界紀行も、そんなに変わりはないのだが。
「ドロンズは『東海道中膝栗毛』を読んだことがあるのかい?」
「ううむ。大昔にずいぶん流行ってのう。わしは読まなんだが、土遊びをする幼子の近くで、人の女達が内容について話しているのを聞いたことがある。なんでも、とある男が古女房を追い出して孕んだ若い女を迎えたが、元彼で現在友人である男の愛人だったのがわかって、修羅場の最中女が死に、その元彼も勤め先乗っ取り計画がバレてクビになった話よな?そして、その助平な小悪党二人が各地の女と助平しようとして、悉くざまあされる話だそうな」
これがあの江戸時代の名作『東海道中膝栗毛』の真実である。
ろくでもない男が二人でひたすら下ネタと不謹慎の旅を続ける、文学的には名作と言われる古典作品だ。
それにしても、元彼同士で旅をしながら女と助平しようとするとは、もうわけがわからない。
「君、読んでないのに詳しいね。というか、私ははっきり聞いたことはなかったけど、ドロンズ、君、いつから存在しているんだい?」
ドロンズは、歩きながら腕組みして考えた。
「ううむ。いつから……。かなり昔よなあ。覚えておるのは人がまだ狩猟をして生活しておった頃、幼子らが土で遊んでおってのう。親が土器を作るのを真似て子が土をこねて土器を作ろうとするのだが出来ぬで、結局土を丸めるのよ。その丸めた土の中でも美しい球を作る者が……」
「君、思っていたより相当な古参なんだね。正直、高天ヶ原組の先輩よりずっと年上だとは思ってもみなかったよ」
クリソックスは驚愕の目でドロンズを見た。
そのドロンズは、なんとも嫌そうな顔で眉間に皺を寄せている。
「まこと、わしは古株だというのに、気がつけば後から生まれた神にどんどん信者数を追い越され、いつの間にか後輩を"さん"付けで呼ぶように……」
なんだか、どこかの中年サラリーマンみたいなことを言い出した。
神の世界は信仰度による歩合制。昇進も年功序列ではない。
どこも世知辛いものである。
そんな二柱の前に灰色をした狼達が現れた。名は体を表す。
その名も『グレイウルフ』である。
平原や森林などで比較的よく冒険者の前に現れ、徒党を組んで低級の冒険者達を脅かす魔物である。
「またこやつらか」
「もう十回はグレイウルフにエンカしてるよね」
「エンカ……演歌?狼の歌かの?」
「ドロンズ……エンカウント!敵と遭遇した時に使う言葉だよ」
日本でクリスマスを祝うようになってから生まれた比較的若い神であるクリソックスは、初めて神友のドロンズにジェネレーションギャップを感じて戸惑っている。
そこへ、グレイウルフが飛びかかる。
クリソックスの腕がもっていかれた。
「何をほけっとしとるんじゃ。泥カッター」
クリソックスの腕を咥えたウルフは、鋭利な泥で引き裂かれて絶命した。
そのままドロンズは泥カッターを乱舞させ、グレイウルフ達を始末する。
「あー、ごめんごめん。ちょっと君に初めての感情が芽生えて、戸惑っていたんだよー」
もってかれた腕をまた生やしたクリソックスが、しゃがみこんでグレイウルフの死体をツンツンしながら、ドロンズを仰ぎ見た。
「それにしても、キリがないよねえ。勇者の初めての旅立ちといえば徒歩だから、それに倣ってみたものの、よく考えてみたら私達、ナームの港なんて行ったことないし、『カミヘン』も使えないじゃない」
「今さらお主……。だからさっきの荷馬車に乗せてもらえばよかったんじゃ!」
「あの時はまだシャリアータを出たばかりだったから、膝栗毛熱が強かったんだよ。最悪、ドロンズのダンジョンコアで移動用の魔物を出せばいいではないかー」
「自由神めっ。これじゃから、最近の若い神は!」
こちらもジェネレーションギャップを覚えてしまったようである。
そんなこんなで少し空気の悪くなった爺神二柱が、互いにジト目で見つめあっていると、来た方角から何やらガタガタと音が聞こえた。
もしや、と振り返った二柱が見たものは、案の定、数台の荷馬車と馬に乗った護衛らの商隊の姿であった。
「いいのですか?このグレイウルフの素材を全て私達がもらっても」
「かまわないよ、人の子。私達が荷馬車に乗せてもらう対価だと考えなさい」
「うむ。荷馬車に乗せてもらえるなら、ナームまでわしらが守護しよう」
二柱は、ちゃっかりと荷馬車に乗ることに成功していた。
この商隊は、今はハビット公国領となったツラーノという町からやってきたようだ。
先日シャリアータでひと稼ぎし、ナームの港で商品を仕入れ、さらに北の辺境領までの村や町で商品を売りさばきながら旅を続けるらしい。
ドロンズ達にとっては、渡りに馬車である。
時々襲い来る魔物は、自称「土魔法」と自称「靴下召喚魔法」で瞬殺しながら、馬車は順調にナームへと進み、馬車の中は商人達が「商品に」と拾った靴下が着々と増えていった。
そうして、二日後、大量の靴下で溢れんばかりの荷馬車隊がナームの港に到着したのである。
「いやあ、馬車に同乗させてもらって助かったぞ、商人達よ」
「感謝するよ、人の子ら」
「こちらこそ、元手ただで魔物の素材とこれほど高品質の靴下を手に入れられて、思わぬ僥倖でした。旅の神に感謝ですよ!」
「この靴下、シャリアータで流行りの柄ですし、絶対儲かりますわ」
商人達はホクホク顔だ。
「うむ。感謝なら、旅の神より『泥団子の神』と『クリスマスソックスの神』にな」
「おお、それはハビット公国の国神ですな。なんでも、勇者でもあるとか。あなた方は信徒でしたか」
「……まあ、似たようなものよ」
「よければ入信よろしくねー」
そんな適当な布教をちらりと入れつつ、商人達と別れた二柱は、ナームの港町を散策しながら今夜の宿を探すことにした。
この港町は、他の大陸との交易もあり、多くの人ともので賑わいを見せている。
特に商人達の活気はシャリアータのそれとは比べ物にならぬほどだ。
酒場では、航海を一段落終えた屈強や船乗り達が、昼から酒をくらっては酌婦のお姉さんの尻を鷲掴みにしている。
お姉さんも馴れたもので、お盆で頭を一発はたき「対価として白金貨持ってきな!」と返して終わりだ。
互いにそれ以上しつこくはしない。
これが、ナームの酒場で楽しく飲むための暗黙の了解である。
「あ、ねえドロンズ。あの船、ハビット家の紋章がついてるよ」
「なるほど。あれがわしらに用意された船じゃな」
船着き場の方へしばらく歩いていくと、たくさんの船が見えてきた。
多くは大型船であるが、貴賓用と思われる上質な船ばかりが停泊している区画があった。
ルイドートが用意してくれる船だ。
ハビット家の紋章がついていると聞いていたので、その船で間違いないだろう。
「今日はナームの町を観光したいから、そのことを伝えに行こうよ」
「そうだのう。わしらは飲まず食わずでも平気だが、船乗り達はそうもいかぬだろう。食料や水の積み込みもあるだろうしの」
ドロンズとクリソックスがそんなことを話しながら歩いていると、走ってきた一人の子どもがドロンズにぶつかった。
「おじさんっ、助けて!追われてるの!」
「テンプレ展開キタコレーーーー!!!」
ナームの都町に、クリソックスの魂のシャウトがこだました。




