二柱の画策
ゴブリンの集落にある粗末な小屋で、神とゴブリンの若者が対話を続けている。
神をここへ案内してきたシャーマンゴブリン達は、降臨の宴の用意をすると言って去っていき、この不思議な対話を聞くのは、隙間だらけのボロ小屋と、小屋の傍らに咲く小さな野花のみである。
「ギィギィ、ギギィ」
「ふむ。苗床に反応しなくなってしまったのか」
「ギギ……」
「いや、女の子になったわけじゃないさ。大丈夫。君が苗床になるなんて誰も望んでないし、そもそも産めないだろう、君?」
「ギッ……」
「苗床ではなく、サラを思い浮かべるとどうなのじゃ?」
「ギンッ」
「うん、これは父親のシモンズに討伐されかねないね!」
「完全にEDになったわけではないようだの」
二柱はゴブリンの若者であるスタニスラスから、繊細な男の繊細な問題について相談を受けていた。
スタニスラスは、サラ以外ダメなゴブリンになってしまったようだ。
ゴブリンが純愛。
これは、彼が種族特性を失ったのを悲しむべきか、喜ぶべきか。
人としては喜ぶべきだが、ゴブリンからしたらどうなのか。
二柱は顔を見合わせた。
「彼がサラ以外に興味がないのは、人の心情としては受け入れやすいと思うけど、シモンズはこのゴブリンをサラの伴侶とするのを認めるかな?」
「認めはせんだろ。人はいくら好きな相手と共にいても、他人を交えておる時は、『ギンッ』とはさせぬものだろう」
「うーん、時に、喜んで『ギンッ』して見せる者がいるようだけど、彼らは大体袋叩きになるものねえ」
ゴブリンの恋愛は、欲棒と隣り合わせである。それでなくとも、ゴブリンは忌み嫌われる魔物だ。
そのあたりは、オーガニックとは違う。
人間社会で受け入れられるとは到底思えない。
二柱は思案する。
「となると、スタニスラスが人間社会へ入るより、サラがゴブリン社会に入る方が軋轢が無さそうだ」
「しかし、サラは人の娘じゃ。ここに来れば苗床化されて、NTRの結果R18だぞ?それはわしらも望む所ではない」
「苗床って、ラノベを見ると、朝チュンとか度外視だものね」
二柱はため息を吐いた。
そしてクリソックスが、こんなことを言い出した。
「そもそも、苗床の娘達はどんな環境なのかな。最悪、サラが苗床になるとして、劣悪な環境だとよくないよね」
「そうだのう。スタニスラスよ、現在の苗床の娘に話を聞きたいのだが、案内してもらえぬか?」
「ギギィッ」
スタニスラスは了承の声を発した。
そうして、二柱をとある場所に案内したのである。
その場所は、集落の真ん中にあった。
手前には先ほどのトップシャーマンゴブリン達の集会所がある。
そこを過ぎると、いくつかの小屋があり、それぞれに数体ほどが並んでいる。
「ギギィッギィギィ、ギィ」
「ふむ。人の娘の小屋が二棟、メスの獣の小屋が三棟か」
「種族関係なく子どもが生まれるなんて、ファンタジーだねえ。遺伝子とか、どうなっているのかな?」
「まあ、わしらも人のことは言えんがな」
「「アッハッハッ」」
ドロンズとクリソックスはひとしきり笑った後、人の娘の小屋に並んだ。
そうしてしばらく待つと、ようやく自分達の順番が来た。
小屋に入る。
小屋の中は、意外と清潔だった。
むしろ、他のゴブリンの小屋よりも良いと言っていい。
そこかしこに木の実や果物が置かれ、商隊から奪ったらしき宝石箱や鏡台のようなものもある。
質の良いドレスも数着、梁にかかっているのが見える。真ん中の寝台は木の粗末なものだが、どこからか強奪してきたであろう布が幾重にも敷かれている。
その寝台の上に、三十を越えたくらいの人間の女が、同じく人間の老婆に体を丁寧に拭かれながら、しどけなく座っていた。
「あら、次の方は人間なのね?珍しいわあ」
「おや、本当だ。珍しいこともあるねえ。それになかなか良い男じゃないか」
苗床の女と老婆が驚きの声を上げる。
しかし、クリソックス達も驚いていた。ラノベ情報だと、ゴブリンの苗床といえば、かなり悲惨でおぞましい場所として描かれることが多い。
しかし、ここは違う。
女達は、悲惨どころか何不自由なく暮らしているように見える。
「ああー、ここは、苗床でよいのかの?」
「そうよお。ようこそ、私の部屋へ。私はエミリー。それで?二人同時をご希望かしら?それとも、私をゴブリンから解放するとか言うの?だとしたら、お断りよ。さっさと出ていってちょうだい!」
「え?どういうことなのかい、人の娘。お前は、無理に連れてこられて、苗床にされたのだろう?」
クリソックスの疑問にエミリーは艶やかに笑った。
「そうねえ。確かに最初は絶望したわ。だけど、深い森の中、ここから逃げても他の魔物や獣に襲われるだけだし、ゴブリン達は優しいの。私の衣食住を存分に保証してくれるし、乱暴はしないし、とにかく愛して崇めてくれる。はっきり言って、村で貧しい暮らしをしていた頃に戻りたくないわ」
そのエミリーの言葉の後に、世話係らしき老婆も語った。
「そうさ。ゴブリンは苗床を大切にするからねえ。よく尽くしてくれるし。あたしがもう子どもを産めない体になっても、皆あたしの子ども達だし、変わらず大切にしてくれるよ。だから、あたしも、次の苗床の世話をして、不安を和らげてやるのさ。あたしが前の苗床にしてもらったようにねえ」
二柱は目を丸くした。
苗床生活は、意外と快適らしい。
確かに、全員身内だ。仲間思いのゴブリンのことだ。母親の苗床や共同嫁の苗床も大切にしているのだろう。
だが、苗床は苗床。現代の日本人の常識だと、一夫一妻が望ましいとされる。
この世界とて、王侯貴族ならば政治的理由などで複数の妻を娶ることもあるが、平民はやはり一夫一妻が基本だ。
ドロンズは尋ねた。
「エミリーよ。お前は多くの異性に自分を共有されるのが嫌ではないのか?他の人の女達のように、恋人や夫と連れ添いたいと思わぬのか?」
エミリーと老婆は、それを聞いて嗤う。
「まあ、私の元に通うゴブリン達は皆、私の最愛の恋人で夫よ?ちゃんと連れ添っているわよ」
「多くの男から愛されて、ここの生活は、女冥利に尽きるのさ。そりゃゴブリンの子どもを産まなくちゃならないが、まあ結婚すれば子どもを産むのはゴブリンも人間も変わりはしないしねえ」
「なるほど、逆ハーだね?」
「逆ハー?」
ドロンズは目を白黒させてクリソックスに尋ねる。
クリソックスはドロンズに説明した。
「人の娘向けの恋愛小説にありがちな、人の恋愛形態の一つさ。たいして魅力のない娘を、たくさんの男達が愛して共有するんだ。ハーレムの娘バージョンさ」
「お主、娘向けの恋愛小説にまで手を出しておったのか」
「「たいして魅力のない娘で悪かったねえ!」」
クリソックスはドロンズに呆れられ、苗床達に怒られてしまった。
それを特に気にしないクリソックスは、のほほんと確信に迫った。
「苗床環境は思ったよりよかったけど、スタニスラス、君、サラを他のゴブリンと共有なんてできるのかい?」
スタニスラスの動きが停止した。
想像したのだろう。プルプルと震えている。
「お、おい、泣いておるのか?泣くほど嫌なのか?」
「独占欲だね?そりゃあ自分の遺伝子を残したい気持ちはゴブリンにもあるだろうけど、たぶん生物界では弱者のゴブリンは、種の存続のためにとにかく子孫をたくさん残すのが大事なはずなんだ。だから、『数撃ちゃ当たる』の精神で苗床を共有してるんだと思ってたけど、もしかしたら、進化して弱者じゃなくなったのが原因かなあ」
クリソックスは、何やら分析を始めた。
クリスマス以外は暇人のクリソックスは、ラノベだけでなく人間観察や分析も趣味としていた。
一方ドロンズは、そんなクリソックスの分析よりも、サラとスタニスラスが結ばれるにはどうしたらよいかを考えていた。
ドロンズの縁結び属性が、その精神に影響しているのだろう。
「ゴブリンの集落にサラが嫁入りすれば、どうしても他のゴブリンから狙われるであろうのう。ゴブリンの特性だから仕方ないのじゃが」
「なら、特性を変えるかい?」
クリソックスが、『カレー作ったのにナンがない?なら、ご飯にかければいいんじゃない?』くらいの気軽さで、ドロンズに言った。
ドロンズは、胡乱な目をクリソックスに向けた。
「そんなことが簡単に……いや、待てよ。まさか、クリソックスよ……」
「うん。想像通りさ、ドロンズよ」
クリソックスは、どこまでも透明な色を湛えた瞳でドロンズを見た。
「ドロンズの泥団子知識で彼らはシャーマンゴブリンに進化した。そうして、弱者でなくなったゴブリンから、人の忌み嫌うゴブリンの特性が失われた。ならば、ドロンズの泥団子知識に加えて私のクリスマスソックス作りの知識と加護をこの集落のゴブリン全体に与えたら、ゴブリン達はさらに進化して、苗床共有の特性は失われるんじゃないかな?」
クリスマスプレゼントのソックス神クリソックスは、一人と一体の信者のために、ゴブリンの強制進化とエミリーの逆ハー解体を提案したのである。




