勇者は作られる
ハビット公国が主催する外交晩餐会と大舞踏会は、無事に終わりを告げた。
大舞踏会会場には、国内の貴族や有力者だけでなく、あえて国内の商人のツテや商業ギルドを通して、タマルカン共和国やこのヤリーカ大陸外の国からの大手商会会頭を呼んでいる。
特にハビット領であった時に取引のあったノースリーブ帝国やショーパン王国などの商人は、今後も取引できるかどうか見定めようと、積極的に情報収集をしていたようだ。
彼らは、ハビット公国が今後売り出す予定の発毛育毛剤『オーガのように強い毛へ!ハゲットストップ』略して『ハゲスト』と、ルイドートの頭を見て、目をギラつかせた。
まだ自国では手つかずの金脈だと算盤をはじいたのだろう。
金を生む国との付き合いを疎かにする商人などいない。
経済面での駆け引きの第一弾は、ハビット公国が有利にことを運ぶようだ。
そして、ドロンズとクリソックスだ。
『異世界の神で、勇者である』という彼らの紹介と共に、ダンジョンコアを素手で持つパフォーマンスが始まる。
ついでに魔法が効かぬことも証明された。
つまり、ドロンズ達は間違いなく異世界神であり、大祓えのこの時にやって来たことを考えれば、この二柱は勇者に違いないと、皆は信じた。
アインクーガ教国教皇ペロロビッチ三世も、毛生え薬の『ハゲスト』を片手に、それを認めた。
晴れて、公認勇者である。
それが、益々信憑性を高めた。
舞踏会に出席した国外から来た者達は、国に帰り、土産話にそれを伝えた。
特に商人達は、多くのツテや人間関係を持っている。
彼らによって、ハビット公国の毛生え薬の話と共に、ドロンズとクリソックスが勇者神だという情報が、他国や他大陸にも広まる。
『勇者降臨』。
しかも、神様で二柱。
大祓えの時期で魔物が増え、邪神や魔王がどこかで誕生しているのではないかという噂もあった。
それなのに、なかなか勇者は現れず、人々の間に不安が広がっていたのだ。
そんな中、満を持しての勇者降臨である。
異世界神ドロンズとクリソックスは勇者であるという話は、さらに加速度を増して広がりを見せ、人々は勇者に魔の殲滅と平和を祈った。
世界に希望が満ちた。
ついでに、薄毛の男達にも『ハゲットストップ』という希望が満ちたのである。
その頃、ハビット公国の二柱は、生まれたての赤ちゃん肌になっていた。
世界中からの信仰が集まり続けているせいだ。
この世界は、地球と同じく球状である。
やはり、太陽のような恒星のまわりを周回している。
つまり、夜の国もあれば朝の国もある。
つまりハビット公国が朝だろうが夜中だろうが、世界のどこかで勇者に平和を願っているということだ。
ドロンズ達に届き続ける信仰は、日本の借金のようにとめどなく膨らみ続けている。(急な時事ネタ)
そんなあまりの信仰に、不変の爺イメージのドロンズ達が、肌だけまさかの赤ちゃん返りを起こしたのだ。
まさに奇跡である。
その当人達はというと、爺なのに赤ちゃんという矛盾を孕み、二柱はおおいに戸惑いながらも、何やら堪能している様子だ。
「クリソックスよ……。お主の肌ときたら、もちもちでスベスベで、ぷりっぷりではないか。はあ……、いつまでもこうして触っていたいのう」
「気の済むまで好きなだけ触りなよ、ドロンズ。君こそまさかの頭皮までプニプニでふわふわで、つや玉まで……。それに君の頬っぺときたら、ああっ、こうやって永遠に頬擦りしていたいよっ」
「おお、わしに頬擦りするお主の頬っぺの滑らかさよ。わしも、お主の頬っぺをすりすりして堪能してやろう♪」
「ま、負けないぞお~、ドロンズよっ♪」
すりすりすりすりすりすりすりすり……
「ドロンズ様、クリソックス様、ルイドートです。入りますよ」
ガチャリ。
「……う、うわあああ!!!すまないっ!お楽しみ中とは露知らずっ。出直しますので、どうぞ続けてください!」
爺と爺が頬っぺを擦り合わせている現場を目撃してしまった哀れなルイドートは、神殿内のプライベートゾーンに通じるドアを慌てて閉めた。
ドロンズとクリソックスは、互いの頬っぺから己れの頬っぺを剥がして、至近距離で見つめ合った。
「……確かに、爺の姿のわしらがしてはならん行為じゃったな」
「……うん。私達、生まれた時から爺だったから、赤ちゃん肌なんて初めてで、浮かれ過ぎていたね」
ドロンズとクリソックスは、気まずげに体を離した。
それから、2ジアンほどして、扉から控えめなノック音が聞こえた。
「……ルイドートです。もう大丈夫ですか?」
「もうも何も、いつでも大丈夫だったよー」
「やめてくださいよ、クリソックス様。いくらなんでも、見られながらのプレイに私を巻き込むのはやめてください」
「わしらにおかしなイメージを持つのはやめてくれ。妙な属性がついてしまう」
ドロンズは、渋い顔でルイドートに苦言を呈した。
だが、残念ながら、今さらである。
「それで?何か用かい?」
クリソックスに問われ、ルイドートは神妙な顔で頷いた。
「はい。実は、聞きたいことがありまして」
「なんだい?」
言いにくそうにルイドートは切り出した。
「国神様を追い出したいわけではないのです。しかし、勇者降臨の噂が広まり、各国から『いつ勇者神は魔を浄化する旅に出るんだ』とせっつく書簡が多数来ておりまして」
クリソックスとドロンズは顔を見合せた。
「でも、私達、勇者じゃないし」
「まあ、神じゃしな」
「いえ、この時期に異世界から参ったお方です。勇者様に間違いありません」
「ええー……?」
ルイドートは、自信ありげに言った。
「絶対あなた方は勇者です!」
「そんなこと言われてものう」
「そもそも、聞いた話だと勇者は、女神に浄化の技をもらうんでしょ?そもほも私達、女神にも会ってないし」
「いいえ!きっと浄化はつかえます。どうか、お願いします
」
「いや、わしはしがない泥団子の神じゃし」
「私もクリスマスソックスの神だよ?」
「そこをなんとか!せめて一回試しに浄化できないかチャレンジしてみては?」
そんなことを言い出したルイドートに、ドロンズはため息を吐いて懐のダンジョンコアからゴーレムを出した。
「一応やってみせるが、正直やり方すらわからんから適当にやるぞ」
そう言って、ドロンズはゴーレムに手をかざして、投げやりに言った。
「ほれ、浄化、じょーか」ファウンッ
突如ドロンズの手から白い光が放たれ、ゴーレムは消滅した。
「「「……」」」
辺りが静寂に包まれた。
しばらく誰もが、今起きたことを呑み込むまで、時を要した。
そして、事態をようやく理解した瞬間、一人と二柱はパニックに陥った。
「ほ、ほらーーっっ!勇者!やっぱり勇者ーー!泥団子ハゲット勇者ー!」
「あわわわ!な、なんか白いの出たっ!白いのぶっかけたら、ゴーレムが逝ったーっ!」
「ドロンズ、言い方っ!R指定のショタものラノベで見たような言い回しっ!」
「クリソックスよ、何故そんなものを読んだ!?」
クリソックスは、クリスマスまでよほど暇だったようだ。
とにかくドロンズとクリソックスは、改めて己れの属性を再確認してみた。
「……『勇者神』の属性が増えておる」
「本当に浄化が使えるようになってるよ……。なんだ、これ。『縁結び』の属性?運命の赤い糸が見える?なんで属性つくほど、こんな信仰が集まったの?」
「わしの方にも『縁結び』が……ちょっと待て。『薄毛』?『薄毛』属性じゃと!?対象の毛根を死滅させることができる!??」
ルイドートは光の速さでドロンズから距離をとった。
縁結びは、とあるムキムキ女冒険者とその婚活の餌食になった冒険者のカップルが原因であったが、そんなことはどうでもよかった。
問題は、毛根を死滅……ではなく、『勇者神』の属性がついていることである。
それもそのはず。
二柱を勇者神として崇める信者の人数は、本職の泥団子やクリスマスソックスの信者の比ではない。
つまり、ドロンズとクリソックスは、本当に勇者になってしまった。
※注
クリソックスが読んだR指定ラノベは、暴力表現でR15の、ショタ除霊師ものです。
ドロンズのセリフは、ショタ除霊師バナナ・スウィーティオが初めて悪霊にとどめを刺すときに、師匠の見よう見まねで印を結んだら、手から白い光が迸り、悪霊が昇天した時のセリフと酷似しています。
下ネタでは、決してないんだからねっ!(白目)




