勇者神とアインクーガ教
いつもご愛読ありがとうございます!
ミシャとリリア王女の仲がなんとかまとまり、若いカップルとオッサン王同士が今後の国交を視野に仲を深めつつ数日が経った頃、アインクーガ教国からの使節団も無事に到着した。
そうして翌日、近接する国の代表とハビット公国内の有力貴族を招いた晩餐会が、その後さらに大商会の会頭や有力者までもが招待された大舞踏会が開催された。
ハビット公国にとってこの会は、公的に国交が始まることを意味する大事な式典も兼ねている。
晩餐会では、まず他国と国内貴族向けに、ミシャとリリア王女の婚約並びに、ハビット公国とロングラード王国の同盟締結も発表された。
それは、アインクーガ教国使節団一行の顔をひきつらせた。
異世界の神を自称する邪神を奉じる国とロングラード王国が婚姻と同盟によって強く結びついたと、彼らは見たからだ。
つまり、邪神の魔の手はロングラード王国にまで及びつつあることが予想できた。
(これは、ロングラードの方にも再布教不可避~★)
(教皇様、ロングラード方面への布教人員募集よろ☆)
ペロロビッチ三世と腹心枢機卿のガンダーラは、目配せをし合った後、ルイドート公王やアベカーン国王と談笑する邪神を窺い見た。
邪神達はペロロビッチ三世の席から、ルイドートを挟んだ向こうに座っている。
アベカーンらは、さらにその向こうだ。
ルイドートのテーブルは、各国の代表が座るVIP席。
特にルイドートのまわりは、まるきりオッサンの園だ。
女性陣のテーブルとは分かれているのが原因だが、年若いミシャまでが女性陣のテーブル近い席に座っているためだ。
ミシャは「何かあった時には、婚約者のもとに一番にかけつけられるので(キリッ)」などと言っていたが、この社交が終われば国に帰ってしばらく会えないリリア王女の顔を、なんのことはない、できるだけ近くで見ておきたいといういじましい想いからである。
若い恋というものは、相手しか見えなくなる視野狭窄の病だ。
さて、オッサンの園に戻ると、完全にオッサンの海に埋没している邪神達がそこにいる。
正直、邪神どころか、神にすら見えない。
ただのオッサン二人である。
ペロロビッチ三世は、邪神の片方の頭がシャンデリアの光を乱反射しているのを見て、何やらシンパシーすら覚えた。
……おや?その光の邪神の向こうから、恐ろしいほどの熱視線を感じる。
ペロロビッチ三世は、光の邪神の向こうに目を向けた。
美しい少女がいた。
ロングラード王国のリリア王女だ。
目から怪光線を出しそうなほど、光の邪神の頭部を凝視している。
そのリリア王女に熱視線を向けるのは、ハビット公国公太子のミシャ。
(何この三角関係……イミフ(意味不明)……)
とりまペロロビッチ三世は、光の邪神の乱反射から目を逸らすように、視線をオッサン公王に向けた。
そしてそのまま、切り込んだ。
「ところでルイドート殿、先ほど紹介のあった異世界の神は、魔物を操るとか。魔物を操る神は、古来より邪神やその眷属。どうしてアインクーガ様を差し置いて、そのような神を国神に据えたのか、教えていただきたい」
ルイドートは、ため息を吐いた。
「教皇殿、書簡で説明申し上げたはず。この二柱は邪神ではない。むしろ」
「勇者である、と?馬鹿な。勇者は魔物を殺す者。魔物を使役したなど、聞いたことがない」
「しかし、人の中には魔物をテイムして使う魔物使いもいる。神が使ったって不思議ではないでしょう」
「魔物使いとは規模が違うだろう!!」
ペロロビッチ三世は思わず声を荒げた。
周囲の視線が集まる。
しかし、それには頓着せず、話を続ける。
「聞いておりますぞ。本国との戦で、魔物の軍を生み出して操り、この世の地獄を作ったと。それに、私は見ましたぞ。国境に配置された魔物の軍勢、泥の竜を!」
「便利で快適でしょう?泥ゴン便は」
「確かに、便利……いや、便利という問題ではない!魔物を生み出し操るなど、邪神にしかできぬ仕業ではないか!」
「そんなことはない」
ルイドートではない声に、ペロロビッチ三世は声の主を見た。
それは、先ほどの光の邪神、ドロンズだ。
ドロンズは、突然己れの体の中に手を突っ込んだ。
国外の招待客の悲鳴が上がる。
ペロロビッチ三世も目を見開いた。
しかし、ドロンズは顔色一つ変えず!体の中から漆黒の玉を取り出した。
「このダンジョンコアは、魔物をバンバン産むし、操るぞ」
「ダンジョンコアを、素手で持つとか、マ!?」
ペロロビッチ三世は思わずアインクーガ弁をポロリし、会場にざわめきが溢れた。
ドロンズは言った。
「そもそも、わしが眷属にしたのは、このダンジョンコアじゃ。わしは泥団子の神だから、同じ泥団子のダンジョンコアを眷属にできたわけで、わしが全ての魔物を従えとるわけではない。わしがダンジョンコアに命じて、ダンジョンコアが生み出した魔物を操っておるだけじゃ」
「ダンジョンコアを操るだと?お、お前は何故、コアに触れても平気なのだ!この世の者は一部の金属以外、コアに触れれば魔素を吸いとられて搾りカスになるのだぞ!」
「教皇殿。それこそが、ドロンズ様達が邪神でない証拠ですよ」
ルイドートは進み出て言った。
「邪神は魔素の澱みから生まれる魔素の化け物だ。そんな存在がコアを持てば、コアは膨張を続け、恐ろしい大きさになってしまうだろう。しかし、このダンジョンコアは全く変化なし。つまり、ドロンズ様達は、一切魔素を含まぬ存在。この世の者ではないということ。まさに伝承通り、魔素を持たぬ異世界の者という証拠なのですよ」
ルイドートの言い分に、まわりの招待客達も頷いている。
ルイドートはさらに声高に宣った
「異世界からの者。そう、この大祓えの年に異世界から現れた異世界神。もうおわかりでしょう?」
「ま、まさか……」
「そう、この方々こそが、アインクーガ様から呼ばれた勇者様!それも神の身で勇者となられた、史上最強の勇者神様だあっ!!!」
「「「「「うおおおお!!!」」」」」
客達がどよめく。
ドロンズと、その後ろでマイペースに肉を頬張っていたクリソックスの肌が、防御力マックスの『ドラゴンに炙られても絶対焼かない素肌』に変化し、内から輝きが溢れだす。
「ふほほおー!ははひんほふははふはっはへえー!」
「頬張ったまま喋られても、わからんぞ、クリソックスよ……」
ドロンズは、クリソックスに呆れた視線を向けた。
ペロロビッチ三世はというと、ドロンズ達が魔素を持たぬ事実に、少し意識を改めていた。
邪神ではなく、本当に異世界から来たのかもしれない、と。
だが、ペロロビッチ三世は譲れなかった。
「よしんばこの方々が勇者だとしても、魔物を使役するのは勇者らしくない!魔物は滅ぼすものだ。勇者なら、魔物の力など借りず、アインクーガ様から与えられた聖なる力で戦うべきだ!」
アインクーガ教では、魔物は悪そのものである。
「魔物と共闘など、到底あり得ぬ話だ」と息巻くペロロビッチ三世を、ルイドートは鼻で笑った。
「何故魔物を使ってはいけないんだ?」
ルイドートの言葉に、ペロロビッチ三世は反発した。
「何を言うのか、ハビット公王よ!」
「魔物の素材は使うのに、無害な魔物と共闘して何が悪い?人を攻撃しない理性的なゴブリンと、犯し、殺し、奪い、人を売る盗賊とどちらを仲間にするかと聞かれたら、理性的なゴブリンに決まっている!そもそも、我々は魔物の素材を散々使用している。魔物を使っているではないか」
「そ、それはそうだが、しかし我々アインクーガ教の聖職者は、魔物由縁のものの使用は禁じられて……。勇者様もアインクーガ様の使徒なら、素材を使うなとは言わないが、せめて魔物を支配下に置くのは……」
アインクーガ教の聖職者は、代々受け継がれる教えにより、魔物への忌避感が強い。
だからこそ、魔物を使うドロンズ達への嫌悪が拭えないのだ。
(なんとも非合理的な話だ。勇者だろうが冒険者だろうが、魔物が仲間になれば、共に魔王や邪神と闘った方が効率がいいのに。聖職者どもも、魔物を使ってみればいいんだ。今回の料理も、こいつらに配慮して魔物肉を使わなかったが、こっそりいれてやればよかった)
ルイドートは酷いことを考えている。下手したら、聖戦が起こりうる悪戯だ。
だが、おかげで一つ閃いたようだ。
席を立ってペロロビッチ三世に声をかけると、広間の脇の小部屋へと誘った。
「わしをこんな所に連れてきて、何の話だ……?」
少し不安そうにするペロロビッチに、ルイドートは頭のクリスマスソックスをそっと外して見せた。
「……な!ハビット公王、まさか、これは……!」
驚愕の表情で口をパクパクさせるペロロビッチ三世に、ルイドートはニヤリと笑って言った。
「そう。産毛です。かなり増えましてなあ」
「ま、まさかそんな……。髪の神に見放されたハゲットの一族が、増毛だと!?おお、神よ!神卍!!」
ルイドートは、ペロロビッチ三世の耳元で囁いた。
「我が国で開発して、今後売り出す発毛育毛剤、よく効くんですが、これ、とある魔物の成分でできていましてな。教皇も薄毛に悩んで色々な発毛剤を試しているというから、これをプレゼントしようと思っていたのですが……」
ルイドートは、やれやれと言うように、肩をすくめて首を横に振った。
「残念ですな。私の頭にも効く、凄い効果の発毛育毛剤なのですが」
その後、少しして、ペロロビッチ三世はニコニコ顔で、ルイドートと共に小部屋から出てきた。
教皇冠が少しずれているが、何があったのだろうか。
しかし、ペロロビッチ三世は、アインクーガ教聖職者の魔物に対する戒律を、緩和する動きに出た。
彼は各地に御触れを出し、聖職者の魔物使用を認めていく。
「勇者様達が魔物を率いて闘うのだし、ならば我々聖職者も勇者様に倣おうではないか!」
そんなことを言いながら、すっかりドロンズ達への意見を変えたペロロビッチ三世である。
彼の教皇冠に隠された頭部は、不毛の砂漠から、産毛の草原地帯になっていたという。




