薄毛の髪
すみません、更新遅れました!
打たれた頬を押さえて呆然とするミシャ、固まるルイドートとアベカーンは、走り去るリリアを思わず見送った。
周囲の人間もあまりのことに動けなかったが、流石にリリア付きの護衛騎士は誰よりも早くフリーズから脱して、その後を追いかけていった。
「な、何故、私は嫌われてしまったんだ……?」
ミシャが呟く。
「君は一体、娘に何を言ったんだ?」
いつの間にか渋面のアベカーンがミシャの後ろに立っていた。
何が起きたかを聞きにきたようだ。
その隣には、ルイドートも厳しい表情を浮かべている。
ミシャは困惑したまま、首を横に振る。
「特に怒らせるようなことは何も……」
「それで娘が、あのようなことをするとは思えないが」
「ミシャ、リリア姫が去る直前に何の話をしていたんだ?」
「あの話を……」
ミシャは、窺うようにルイドートを見る。
ルイドートは、「ふうむ」と唸った。
「あの話?」
アベカーンが訝しそうにハビット親子を見る。
親子は答えた。
「「発毛の話です」」
「はつもう……?え、発毛??」
若い娘になんでその話題をチョイスした?
それで、どうして平手打ちされる羽目に?
アベカーンは、全く話が見えなかったが、それはハビット親子も同じである。
頭を悩ませている王族達に、救いの神が降臨した。
「発毛と聞こえたが、薄毛で悩んでおるのか?」
文字通りの神、ドロンズである。
先ほどまでアベカーンと質疑応答をしていたドロンズとクリソックスだったが、不測の事態にアベカーン達がミシャの元に向かったため、ルイドートから頼まれた質疑応答の指名依頼は、打ち切りになるかもしれないと、クリソックスと話していたのである。
ちなみに二柱は、堅苦しいことや面倒なことが苦手な自由神である。
ルイドートに王族の質疑応答に答えてほしいと頼まれて、「面倒だからやだ」と断った所、ルイドートが冒険者ギルドを通してドロンズ達に指名依頼を出したのだ。
初めての『指名依頼』にwktkしたクリソックスが妙にやる気を出し、「テンプレ♪テンプレ♪」とウキウキしながら依頼を二つ返事で受けてしまったため、仕方なくドロンズもクリソックスに付き合い、ルイドートと共にアベカーン達を迎えることになったのであった。
急なお姫様の暴力事件に、アベカーン達がミシャの所へ行ってしまい、ドロンズとクリソックスは特に恋愛ジャンルに興味がなかったため、「依頼は打ち切りかな?」などと雑談をしながら、暇をつぶしていたのだが、そんな時、ドロンズの耳に「発毛」のパワーワードが届いたのだ。
ドロンズはどうにも気になって、ルイドート達の元へ行ってみることにした。
そうして、尋ねたのである。
「発毛と聞こえたが、薄毛で悩んでおるのか?」と。
一方、王族達の反応は様々であった。
「薄毛?別に悩みなどない」
「薄毛にはずっと悩まされております」
「薄毛の未来に恐怖しています」
誰がどのセリフかは、推して知るべしだ。
ドロンズは顎を撫でながら言った。
「うむ。何やら娘にビンタされておったが、もしや薄毛を嫌がられてかのう」
「え?そうなの?薄毛が無理な女の子だとしたら、ハビット一族には嫁げないよね」
クリソックスは無邪気にハビット親子のメンタルを抉りにかかる。
しかし、ミシャは言い募った。
「ですが、私は言ったんです。良い発毛剤があるから、ハゲットの呪いは過去のものになる、と!」
「良い発毛剤?」
「国で開発した発毛剤だ。かなりの効果がある。これを国の特産として売り出すつもりなんだ」
アベカーンの疑問に、ルイドートが答える。
「本当に効くのか?ハゲ……ハビット一族の薄毛の呪いの話は、我が国にまで轟いているぞ。そんな一族の治める国が発毛剤を出しても、信用なるまい」
酷い言い種である。
(しかも隣国にまで、そんな不名誉な噂が……)
ドロンズとクリソックスは、ハビット親子に少し同情した。
しかし、ルイドートは自信をもって答えた。
「問題ない。これを見てもらいたい」
ルイドートは、クリスマスソックス帽を取って見せた。
そこには、そよそよと確かにうぶ毛が風に揺られていた。
「ルイドート公王はいつもアデラネイチャーをつけていたから、元がどれほど薄かったのかわからんな」
元も子もなかった。
「ドロンズ様は、試されたのですかな?」
アベカーンの問いに、ドロンズは答えた。
「ああ、アレか。わしには効かぬ。神の髪は仕組みが違う」
「……」
アベカーンは、懐疑的な眼差しをルイドートに向けた。
アベカーンの信用は得られなかったようだ。
そんなアベカーンに、ミシャは問うた。
「それよりも、リリア姫です!やはり、薄毛の一族はダメなのでしょうか。生まれるだろう子どもも薄毛という一族には嫁ぎたくないのでしょうか?!」
「い、いや、我々王族の婚姻は、自由にはならないものだしなあ。そもそも、リリアはこちらに嫁ぎたくてたまらぬ様子であったが」
「リリア姫は我々の薄毛について知らなかったのではないか?それで、ミシャに薄毛をカミングアウトされ、思わず逃げたのでは?」
ルイドートがミシャに目を向けながら、話す。
アベカーンも頷いた。
「そうかもしれんなあ」
「なら、発毛剤があれば、姫の憂いはなくなります!問題はないはずなのに……。やはり子どもが薄毛確定なのが嫌だったのかな……」
「すまぬ、ミシャ殿。娘には言い聞かせて謝罪させる。あれも王族なのだから、好き嫌いで婚姻を取り止めるわけにはいかぬことくらい、わかっておるはずだ」
「き、嫌い……」
ミシャは、抉られた。ちょっと泣きそうだ。
「わしが話をしてみよう」
皆の視線が声の主に集まった。
先ほどまで、黙って話を聞いていたドロンズである。
「薄毛嫌いならば、薄毛に慣れてもらえばよいのだ。わしは薄毛の髪として、薄毛嫌いにわしが守護する国の王妃になってもらうわけにはいかぬからな。まずはわしの薄毛から慣れさせてみよう」
まさかのショック療法だった。
「ええ!ドロンズ、いつから薄毛の神になったの……?!」
神友のクリソックスにも、寝耳に水な発言だった。
ドロンズは「クリソックスよ、神は髪でも薄毛の髪の神ということじゃ」などとよくわからないことを言って、クリソックスをより混乱させた後、王族達の了解を得て、リリアの元に向かった。
リリアの場所は、護衛騎士の持つ発信式魔道具【自衛引絵図】により、対になっている魔道具で位置がわかるようになっている。
そもそも泥ゴンが降り立ったのは、『泥ゴン港』と呼ばれるハビット城に付随する広大な庭の一角である。
城内であり、来賓を迎えるために周囲にはそれなりに人員を配置している。姫が一人でうろちょろしても、危険はない。
ドロンズは、板状の魔道具に映し出された、相手の位置を示す赤い点と、自分の位置を示す緑の点を確認しながら、テクテクと歩いた。
傍らのクリソックスがドロンズの手元の魔道具を覗いて、声を漏らす。
「ねえ、これって完全にファンタジーの枠を超えてるよね」
「言うな」
ドロンズはクリソックスの言を切り捨てた。
「でもこれって、あきらかにGP……」
「それ以上はいけない」
ドロンズはクリソックスの口に泥団子を詰めた。
小さな丘陵を越えると色とりどりの花畑に囲まれた小さな池が見えた。
日の光を反射して、緑の水面がキラキラと輝いている。
ちょうど良い高さの高木が何本か池を囲むように立ち、脇には小さな四阿がある。
発信型魔道具を持つ護衛騎士はそこにいた。
そして、四阿に設置されたベンチに座っているのは、例の姫君。
リリアである。
ドロンズは、日の光で頭を輝かせながら、リリアに近付いていった。




