笑うオーガニック
「ウガアアアアッ!!」
オーガが吠えた。
空気がビリビリと震動する。
すぐさまナックとヨミナが身構え、戦闘態勢に入った。
クリソックスがナック達を制した。
「あ、ちょっと待って!」
だが言い切る前に、オーガはすごいスビードでこちらに向かってくる。
ヨミナが身体強化と防御力上昇の魔法をナックにかけ、ナックはオーガに突っ込んだ。
ナックの武器はロングソードの二刀流だ。
器用に二本のロングソードを操り、体重を乗せながらオーガに斬りつける。
オーガの体に切り傷ができるが、浅い。
オーガの皮膚は硬いようだ。
「ガアアアアッ!」
オーガが腕を突き出した。
腕かナックの体を捉える。
ドゴオッ!
ナックが吹き飛び、背後のヨミナに激突した。
そのヨミナも巻き込んで、背後の木に激しくぶつかる。
二人は、動かない。
生きてはいるみたいだが、意識を失ったようだ。
「「あーあ……」」
それを見た二柱は、肩を落とした。
オーガが二柱に近づく。
二柱はオーガに向き直った。
1頭と二柱の距離が縮まっていく。
オーガは、二柱に手をのばした。
「ほう、お主、名前はニックというのか」
「ウガッ。ガアアアア、ウガッウガアッ」
「へえー!オーガジェネラル経験あるの?凄いじゃない!」
「ウガアッ」
オーガと二柱は、なんだか仲良くなっていた。
「でも、そんなエリートオーガがどうしてこんな所で一人、さ迷っておるんじゃ?」
「ウガアッ、ウガウガガアアアッ、ウガッ」
「え?人間と仲良くなりたい?それで、オーガジェネラル退職してこっちに来たの?!」
「お主、思いきったのう」
「ウガッウガッウガッ」
「笑い事じゃないよー。ここらの生き物がいないの、ニックのせいでしょ?私達、ゴブリン退治に来たのに、ゴブリンがいないんだもん。困っちゃったよ」
「ウガア、ウガア」
「『すまんすまん』じゃないよ。食べちゃったの?」
「ウガウガッ!ウガアッガアガアガア、ウガガッ」
「食べないんだ。え、ゴブリンてそんなに不味いの?う○こみたいな味って、食べた事あるの、う○こ?」
「ガッガッガッ」
「だから、笑い事じゃないってー」
「お主、案外気さくな奴だの」
このオーガ、ニックという名前らしい。
人間に興味を持ち、人間と仲良くなりたくてオーガジェネラルを退職し、人間の町を目指して旅しているのだそうだが、人間に会って話しかけようと近寄っても、逃げ去られるか攻撃されるかのどちらかで、いい加減心が折れかけていたようだ。
そもそも人間ばかりか、ゴブリンを始めとした生き物達は、元オーガジェネラルの自分を見ると逃げていく。
一人ぼっちで寂しくて、そんな時にクリソックス達を見かけ、思わず木にかけた手に力が入って折れてしまった、とニックは恥ずかしそうに語った。
その後は、「友達になってくれーー!」と叫び、こちらに駆け寄った、というわけだ。
「いやあ、急に現れて、初対面なのに『友達になってくれーー!』なんて言うから、驚いちゃったよ」
「ウガガッ」
ニックは頭をかいている。
二柱は、テヘペロコツンするニックから視線を移動させ、気絶中のナック達を見た。
「あの二人、どうしようかなあ」
ニックが「やめて!」と言いつつ、防御のために勢い良く出した手にぶつかり、飛んでいって気絶したナックとヨミナの事だ。
彼らは魔物狩りのプロだ。
そして、不可抗力とはいえ、さっきニックにぶちのめされたばかりである。
『いじめないで!ぼく、悪いオーガじゃないよ!ウガウガッ』
などと言った所で、『なーんだ、そうなのか』とはならないだろう。
ニックはその血走った恐ろしい眼に涙をためて、二柱を見ている。
「そんな、仲間になりたそうな眼でこっちを見られてものう……」
ドロンズの呟きを聞き、クリソックスはハッと思いついた。
「そうだドロンズ。『泣いた赤鬼作戦』でいこう!」
「『泣いた赤鬼』?あの胸糞悪い昔話か?」
「そうだよ。というわけでドロンズ。青鬼になって?」
「え?」
ナックは目を覚ました。
真上には、自分を心配そうに覗きこむクリソックスの姿と恐ろしいオーガの顔……。
オーガの……。
「うわああああ!!!」
ナックは素早く転がりながら距離をとって起き上がり、さらに飛び退いた。
その叫び声で、ヨミナも「うーん……」と覚醒し、事態を思い出したのか跳ね起きた。
辺りを見回し、ナックとオーガの姿を確認すると、ナックの元に駆け寄る。
「クリソックス!オーガから離れろ!!」
「早く逃げて!僕は補助系の魔法に特化してるから、攻撃魔法はほとんど使えないんだ!」
ナックとヨミナが切迫して叫ぶ中、クリソックスはのほほんと答えた。
「このオーガなら、テイムしたよー」
「「え?」」
「だから、このオーガのニック君は私が信者にしたから、危なくないよー」
「そ、そんな馬鹿な!そこそこ知性があり精神力の高いオーガをテイムなど出来ない!そんな事はあり得ない!!」
ナックが声を荒げる。
「本当だよー。ねえ、ニック?」
「ウガッ」
クリソックスとニックがハイタッチをする。
ニックのパワーが強すぎて、クリソックスが吹っ飛んだ。
「「ク、クリソックスウウウ!!!」」
「ガウン、ガウン」
ニックが両手を合わせて、『めんご、めんご(死語)』と言っているかのようなジェスチャーをしている。
クリソックスは起き上がり、「もー!気をつけてよ!」と言ってニックの元へ戻った。
「ま、まさか、本当にオーガをテイム?」
「いや、そんなはずは……」
ナック達はまだ警戒している。
そこへ、「うがああああ!!!(棒)」と間抜けな声が響いた。
ナック達はクリソックスの背後を見て、ギョッとした。
そこには、青黒い肌の初老オーガが!
「クリソックスー!後ろ、後ろー!!」
ヨミナが慌てて声をかける。
クリソックスは振り向いて、「うわあ!青おに……じゃない、青オーガだあー!(棒)」と叫んだ。
「ニック、助けてー!!(棒)」
赤鬼ならぬ赤オーガのニックが青オーガに飛びかかる。
パンチ一発。
青オーガは森の彼方に吹っ飛んでいき、見えなくなった。
「ありがとう、ニック!助かったよー(棒)」
「ガア!」
「というわけで、新しい友人のニックさん。元ジェネラルオーガ、現在無職です」
「ウガッ、ウガアッ」
「『ニックと申します。よろしくお願いします』と言っています」
クリソックスがニックの自己紹介を始めるが、ナックとヨミナはポカンと口を開けたまま、フリーズしている。
クリソックスはニックに聞いた。
「ニック、金縛りの魔法とかかけたの?」
ニックは首を横に振る。
ヨミナがようやく現実に追いついたようで、声を発した。
「ほ、本当に、テイムした……?いや確かに、意志疎通ができてるし、友好的……」
ナックもフリーズから回復し、「そんな馬鹿な」をぶつぶつ繰り返し始めたので、もう少しで現実に直視できるだろう。
「ちょっと待って。オーガジェネラルって言った?」
ヨミナが顔を上げてクリソックスに聞いた。
クリソックスは「元、オーガジェネラルですよ?」と念押しした。
もう過去の危険な#団体__オーガ__#との繋がりは無いぜ!というアピールである。
だが、ヨミナはそんな事はどうでもよかった。
「危険度A級指定の魔物……テイム……」
唖然とした顔でクリソックスを見る。
「ちょっと待て。ドロンズはどこに行った?!」
ナックが話に入って来た。
混乱から回復したようだ。
「ここにおるぞ」
ドロンズが茂みの中から現れた。
「お前、今までどこに!」
「そこで、う○こしておった」
「こんな時に、よくできるな!!」
ナックに理不尽に怒鳴られ、ドロンズは肩をすくめてクリソックスの隣に戻った。
「ありがとう、ドロンズ!ナイス青鬼!(小声)」
「青鬼なら任せよ!(小声)」
二柱がこそこそと話をしている。
もうお分かりだろう。
さっきの青オーガは、ドロンズが姿を変えたものである。
そもそも、神の体はイメージの投影で固定してあるだけだ。イメージを変えて固定すれば、その姿も変えられるのだ。
「何。このオーガはテイムしておるし、危険は無かろうと思ってな」
ドロンズがナックに言った。
ナックは唸っている。
「本当に、テイムできているようだ。あのオーガジェネラルを……」
「ねえねえ、ちゃんとお世話できるから、私達の仲間として町に連れて帰ってもいいでしょう?」
クリソックスがナックとヨミナにお願いする。
実際テイムした魔物を登録して、連れている人間もいる。
ナックとヨミナは、断る理由がなかった。
「……ちゃんと登録して、責任持って管理するんだぞ」
「やったー!!よかったなあ、ニック!」
「ウガアッ!」
「世話か……。ニックは何を好んで食べるのかのう」
「ガアッ」
「肉が好きなのかー」
「ニックだけにのう……」
「ガッガッガッ」
「ニック、笑ってるよ。ダジャレもわかるんだねえ」
「あれ、笑ってんのか……」
「オーガって、笑うんですね……」
ナックとヨミナが疲れた顔で神と魔物を見ている。
こうして二柱は、新たな仲間ニックを得たのである。




