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雪色エトランゼ  作者:
第2部
91/115

Act:91

 勝手に部屋に入って来て、勝手に泣いてしまった私が落ち着くのを、シリスは黙って待っていてくれた。

 散々シリスのシャツを涙で濡らした私がやっと泣き止むと、再びごろんとこちらを向いたシリスが、微笑みながら色んな話をしてくれた。

 私は、ヴァンの事とか禍の祠での戦闘の事とか、大事な話をしようとした。しかし頭が混乱していて上手く話せない上に、今は仕事の話は聞かないと、シリスに突っぱねられてしまった。

 初めはシリスだけが一方的に。

 段々と私も話し始めて。

 お互いに、仕事とは関係ない取り留めのない事を話し、笑い合う。

 子供の頃の遊び。

 王族の生活とか、学校での出来事とか。

 両親に怒られたとか、剣の師に怒られたとか(私の場合、師は祖父だけど)

 違う世界で育って来た私たちだったけれど、その実、過ごして来た時間はそんなに違うものではないんだという事に、少し驚いた。

 私はシリスのシャツを握りしめながら、シリスが城を脱走してブライトお父さまに折檻された時の話を笑いながら聞いていた。

 ふと気がつくと、窓の外は真っ暗になっていた。

「……ではシリス。私は戻ります。この報告書には、目を通しておいて下さいね」

 私は、どかんとテーブルの上に紙束を乗せた。

「ははっ、そのうちに」

「大事な事です!よろしくお願いします!」

 そう言って、思い切って私は席を立つ。

「……すみませんでした。それと、ありがとございます」

 そして、小さな声で呟いた。

 ソファーから私を見上げたシリスが、いつもの不敵な笑みで頷いてくれた。

 私は恥ずかしくなって、そのまま顔を背けると、逃げる様に部屋を出た。

 階下の部屋を覗いたが、レティシアはソファーに座ってうつらうつらしていたので、声をかけず俺は屋敷を後にする。

 そのまま俯いて、足早に俺や優人たちが宿舎にする予定の民家に戻った。たぶん泣き過ぎで酷い顔になっているだろうから、他人に見られたくない。

 宿舎に戻ると、直ぐにリリアンナさんとアリサが駆け寄って来た。

「お戻りが遅いので、心配しておりました」

「カナデさま!ああ、カナデさま!大丈夫ですか!ああ、どうされたんです!目が真っ赤です!それに顔も真っ赤です!」

 アリサにガクガクと肩を揺さぶられながら、俺は苦笑いを返す。

 何があったかなんて、口が裂けても絶対に言えない。

 もし今日の出来事が誰かに漏れたなら、俺は、もう終わりだ。

 恥ずかしさに埋もれ死だ。

「がははっ。あの殿下に会って来たんだろ?察してやれよ、リリアンナ。アリサ」

 たまたま廊下を歩いて来たシュバルツが、訳知り顔でニカッと笑った。

「お黙り下さい、シュバルツさま」

「消えろ。あと、私を呼び捨てにするな」

「あ、シュバルツ。今帰りました」

 俺たち3人に同時に声を浴びせられたシュバルツが、よろよろと後ずさる。そして、背中を丸めてすごすごと部屋の中に消えていった。

 俺は、その姿に思わず笑ってしまう。

「リリアンナさん、アリサ。ありがとうございます」

 俺を心配してくれる2人にも、笑顔とお礼を返す。

 まだ心配そうな2人に大丈夫ですと頷いてから、俺は割り振られた自室に引き上げた。

 ベッドに腰掛け、大きく深呼吸する。そして、シリスのところから持って来てしまったシャツを広げた。

 涙を拭いてしまったそのシャツは、私が自分の手で洗って返さなければ……。

 うん。

 自分自身に頷いて見せる。

 その夜は、なんだか久しぶりにぐっすり眠ることが出来た気がした。



 翌日からは、シリスや司令部要員、さらに各級隊長クラスとの会議が何時間も通しで続いた。

 エシュリンの楔。

 そして、その使い手たる優人がここにいる今、俺たちのカードは揃ったと言えるだろう。

 後は時間勝負だ。

 時間が経てば経つほど、女王型は魔獣を生み出してしまう。魔獣の戦力が大きくなる一方だ。

 しかし事を焦って戦力の逐次投入という愚を犯せば、犠牲が拡大してしまう。

 俺たちは、できる限り迅速に戦力を整え、女王型を討ち滅ぼさなくてはならない。

 そのためにも、もう一つの懸念事項に備える必要があった。

「全軍で一点突破を目指せば、寡兵でもオルヴァロン遺跡への突入は可能ではないか」

 今回の陣に加わっているウェラシア貴族連盟の将が気勢を上げる。ウェラシアは、今回の陣中において北方貴族軍の主力をなしていた。

「遺跡突入部隊の退路の確保しつつ、それと、彼らが女王型を倒すまでの間は、遺跡への魔獣群の逆流を抑えなければなりませんよね」

 俺はふわりと微笑み、ウェラシアの将を見つめた。

「女王型との戦闘、遺跡内部の掌握がどれほどの時間で達成可能かわからない現状では、最低でも遺跡周辺地域の完全制圧は必要だと思いますけど?」

「何を悠長な!」

 将軍がどんっと机を叩く。

「魔獣の要たる女王型を倒せば、魔獣群は瓦解するという報告もある。ここは電撃戦にて、女王型一点突破を狙うべきだ!」

 俺はほわんと首を傾げた。

「えーと、無謀な突撃はいたずらに兵の損耗を招きますよ」

「兵よりも民だろう!我々には、島の民を救う義務がある!」

 よし。

 その言葉を引き出した。

 俺はシリスにそっと目配せする。

 シリスがそっと頷いた。

 俺たち王直騎士団の慎重派と、突撃を主張するウェラシア貴族連盟との討論を制するように、シリスがおもむろに手を上げた。

「参謀らが言うように、慎重さは大事だが、事態が緊迫しているのも事実。ましてや、己が同朋の領地を蹂躙されている今、ウェラシア貴族連盟諸卿らの心情は、察するにあまりある」

 シリスが目を閉じ沈痛な表情をする。

 ふふ、大根役者め。

「そこでウェラシア貴族連盟軍には、島への突撃の際、まず各町村を救援するコースで進軍いただきたいが、いかがか」

「なっ!」

 将軍が絶句する。

 各町村の解放を目指していれば、自ずと進軍スピードは遅くなる。遺跡に到達するころには、既に俺たち王直騎士団本隊が遺跡を制圧しているだろう。

 つまりは、魔獣やあの遺跡との関係が疑われるウェラシアを、遺跡に近付けないという作戦計画だ。

 魔獣との戦闘中に横腹を刺されては困るし、オルヴァロン遺跡に残るだろう魔獣研究の証拠隠滅を図られても困るのだから。

 民が大事と啖呵を切った手間、ウェラシアの将軍にはこの方針に正面切って異を唱える事は出来なくなるはずだ。もちろん全てが俺たちの思い通りには行かないだろうが、信用出来ない味方と馬を並べなければならないという状況は避けられる。

 これで、最大の懸念事項が解消できる。

「さぁ、詳細を詰めましょう」

 俺はすっと目を細め、微笑んだ。

 会議が終わった後、俺はシリスの執務室に向かった。

 椅子に腰掛けたシリスが、私を見て人の悪そうな笑みを浮かべる。

「シリスの大根っぷり、酷かったですね」

 俺は満面の笑顔で微笑みかける。

「カナデのねちっこさ、恐ろしいな」

 シリスが頬杖を突いて俺を見上げた。

「ふふふっ」

「くくくっ」

 今日の会議で、オルヴァロン島への侵攻は、4日後に決定した。



 色んな人と折衝しながら作戦の骨子を固めて行く作業は、精神的に疲れてしまう。

 夕食を済ませお風呂に入った後、パジャマに着替えた俺は、このまま布団に埋もれて眠ってしまいたい衝動になんとか抗った。

 うとうとしながらも、自室の机に向かい、作戦の資料を読む。しかし暫くして、とうとう思い切って席を立った。

 パジャマの上にカーディガンを羽織り、スリッパを引っ掛けて、廊下をペタペタと走る。

 髪も結わえていなかったし、身につけているのは薄手のパジャマ(猫柄)だけだ。後はベッドに入るだけ態勢であり、こんな姿で部屋から出歩いているのが見つかれば、リリアンナさんにまたお説教されてしまう。

 俺は素早く目的の部屋にたどり着くと、ノックした。

「どうぞぉ」

 その返事の途中で、俺はささっと部屋の中に身を滑り込ませた。

「うおっ、カナデ!どうしたんだって、その、格好……」

 この部屋の主、優人が、驚いたように椅子から立ち上がった。優人も簡素なシャツにズボンの寝間着姿だった。

 俺は後ろ手に扉を閉めながら、えへへと微笑む。

「お邪魔します、優人。ちょっとお話しませんか」

「あ、いや、えっと、あれ」

 狼狽えながらも、優人が真っ直ぐ俺を見る。

 少しだけ恥ずかしくなって、俺は肘を抱いた。

「えっと、お邪魔します」

「ど、そうぞ」

 俺は優人のベッドの上にぽすっと腰掛けた。

 優人も手近な椅子にどかりと腰掛ける。そして背もたれに深くもたれ、「ああっ」と息を吐いた。

「疲れてるんですか、優人?」

「なんか今、すんごく疲れた」

 俺は肩を落とした。

「……ごめんなさい」

「いや、違うんだ。あれだ。俺の修行が足りない。そういうことだ」

 ふんと優人が荒い鼻息を吹き出した。

「ふふっ」

 その様子が可笑しくて、俺は微笑む。

「最近ゆっくり話せてないですけど、優人、調子はどうですか?」

 俺はベッドに両手をついて、床に届かない足をぷらぷら揺らした。スリッパが脱げて床に転がった。

「そうだな。エシュリンの楔を手に入れてからは、銀気の力が増した気がする。絶好調だな」

 優人がぎゅっと片手を握り締めた。

「凄いです。ますます強くなりますね」

 俺は誇らしさ半分、やっかみ半分で親友を見る。

 そして、もう一度凄いと小さく呟いた。

「いや、お、お前だってさ」

 優人が身を乗り出した。

「ま、ますます、び、美人になってます!」

 何故敬語。

 俺は悪戯っぽく笑った。

「それ、誉め言葉ですか?」

 優人は俺が何だか知ってるだろうに。

 俺は優人のベッドから大きなクッションを取り上げ、胸に抱く。

 ひんやりとしたその感触に頬を埋めながら、優人を見る。

「この世界に来た時はこうして二人きりだったのに、随分変わりましたね、私たち」

「そうだよな。何かもう、ずっとこの世界にいる気がするよ」

 優人が天井を見上げて頬を掻いた。

 言え。

 パジャマの上からでも分かるほど、俺の心臓が激しく脈打っているような気がして来た。

 告白しよう。

 あの禍の祠からずっと、優人に言おう言おうと思い続け、しかし怖くて言い出せなかったこと。

 シリスに泣かせてもらって、大切な事に気がつかせてもらって、やっと打ち明ける決心がついた。

 だから、まず、一緒にこの世界に流れ着いた大親友である優人に言っておきたかった。

「優人」

「な、何だよ。改まって」

 俺は一瞬だけクッションに顔を埋め、そして真っ直ぐに優人を見つめた。

「優人と夏奈が、あの光の中で日本の風景を見たとき」

 胸が詰まる。

 知られてしまう。

 もう、優人とは違うものになってしまったかもしれない俺を。

 でも、大丈夫。

 きっと……。

「私には、その、見えなかったんです!優人や夏奈が見たものを、私は、見れなかった!もう、もしかしたら、私は優人と同じじゃないのかもしれない。もう……!」

 クッションをきゅっと握る。

「もう、優人たちと一瞬にもとの世界に戻るのは、無理かもしれません……」

 言ってしまった……。

 俺は唇を噛み締める。

 難しい顔をした優人が立ち上がり、隠れるようにクッションに顔を埋める俺を見下ろした。

 静寂が耳に痛い。

「なんだ。そうなのか」

 しかし優人はあっけらかんと言い放った。

「そうかぁー。カナデには見えなかったのか。じゃあ、あの骸骨魔獣を利用して帰るのは、なしだな」

「え?」

 俺は思わず顔を上げた。

「だって、お前が帰れない方法なら、選べないだろ?帰るなら、みんなで一緒に帰らなきゃ」

 ニヤリと優人が笑う。

 俺はその顔を呆然と見上げ、そして、脱力したかのように、コロンッと優人のベッドに横になった。

「優人。今良いこと言ったとか自己陶酔したですね?」

 俺は仰向けに寝ながら、口元をクッションで隠した。

「ちゃ、茶化すなよ。せっかく落ち込んでいるお前を励まそうと!」

 俺はベッドの上をゴロゴロ転がる。

 言いたい事を言ってしまえて、優人がそれをあまりにもあっさり受け入れてくれて、何だか心がとても軽くなった気がした。

 気負っていた自分が馬鹿みたいだ。

 それに、優人とこれからも友達でいられる事が嬉しかった。

「そうやってシズナさんにも優しいこと言ってるんですね。モテモテになるんですね」

「な!何でシズナさんが出て来るんだよ!」

「だって、最近良い雰囲気だって、夏奈が言ってましたけど」

 俺はクッションを抱きしめ丸くなりながら、微笑んだ。

「夏奈ぁ、また勝手な事を!」

 優人がわなわな震える。その手から、銀色の光が立ち上る。

 俺は目を瞑りながら微笑んだ。

 それからしばらく、俺たちは馬鹿話を続けた。

 優人が話す子供のころの出来事は、やっぱり良く思い出せなかったけれど、小さな頃からこの親友といつも一緒に居たことは忘れようがない。

 優人が茶化し、俺が文句を言う。

 そして笑う。

 そうして話し込んでいるうちに、俺は何だか頭がぼんやりして来た。

 言うべき事を言って安心したら、何だか急激に眠くなって来てしまう。昼間の仕事の疲れが出たのだろうか。

 さらさらとしたシーツの感触。

 胸に抱く柔らかなクッション。

 何もかもが気持ちよくて、自分の部屋に帰るのがたまらなく億劫になった。

「おい、カナデ?」

「優人、オヴァロンとうの作戦、たよりにひてます……」

「あ、ああ。任せろ。しかしその前に、寝るな。寝るなら、自分の部屋に、なっ」

 優人がばたばたと駆け寄って来るのが気配でわかった。

「すみぃまひぇん。なんだかもう、ねむくて、ぬむ……」

 目を擦る。

 でも、ダメだ……。

 目を擦っていた手が、ことりと落ちる。

 まあいいや。

 優人の部屋だし。

 もう今は、どこでとか、何時とか詳しくは全く思い出せないけど、小さいときは良く一緒に寝てたような……気が……。

「まずい。まずいぞ、俺。いや、逆に……?だぁぁ、しっかりしろ。しっかりしろしっかりしろ、俺。ドッキリか?夏奈とか仕掛け人か?」

「ひゅうと……うるしゃ……い……」

 ぽかぽかした温かい気持ちを抱いたまま、俺は眠りに落ちる。


 翌朝。

 俺が部屋にいないと、ちょっとした騒ぎになった。

 優人と話し込んで、そのまま優人の部屋で寝てしまった旨を説明し、俺はみんなに謝罪した。

 しかし、その日1日、優人は行方不明になってしまう。

 オルヴァロン島侵攻作戦の準備会議でへとへとになりながら帰って来た時。俺は、ボロ雑巾みたいになって玄関ホールの片隅に転がっている優人を見つけた。

 声を掛けようとすると、リリアンナさんに手を引かれて止められる。

「カナデさま。近づいてはなりません」

「俺は……何も……」

 微かに優人の声が聞こえる。

 まあ、優人だから大丈夫だろう。

 俺の親友は、あんなのだけど、強いしな。

 読んでいただき、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何もなかったなどと、お嬢様に魅力がないとでも言うつもりですか!とか理不尽な責め苦を受けたのかな?
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