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雪色エトランゼ  作者:
第2部
88/115

Act:88

 禍の祠の最下層。

 巨大な縦穴の底をさらに進むと、ドーム状の空間になっていた。

 優人たちが持つ松明だけでは、その空間の隅々まで見通すことは出来なかった。しかし、声の反響の具合からすると、かなりの広さだと分かった。

 シズナさんと禿頭さん(忘れてた!)が、予備の松明に手早く火を分け、ドーム全体が見渡せるように光源を配置していった。その機敏な動きは、さすが熟練の冒険者だ。ほけっと口を開けているだけの優人や夏奈とは違う。

 ……俺もだが。

 炎の揺らめく光が、ドームの中を照らし始める。

 天井は見上げる程に高く、松明の灯ではその隅々までは見渡せない。やはりかなり広い空間が広がっていた。そしてその中央には、朽ちた祭壇のような構造物があった。何かしらの儀式が行われていたのだろう。甕や皿、瓶などが、あちこちに散乱していた。

 そして、その後ろ。

 少し盛り上がった場所に、一本の岩の柱が立っていた。

 二階建ての建物ほどの高さがあるだろうか。表面はボロボロと岩肌がささくれ立ち、幅の割には薄い。

「これだな」

 優人が呟く。

 確かに、言われてみれば巨大な剣身に見えなくもない。しかし、あくまで言われてみれば、だが。

 その根元には、同様の柱が突き刺さっていたかのような穴が、無数に開いていた。

「ふむ。今までのブレイバーたちによって抜き去られたエシュリンの楔の跡じゃろう。やはりユウト君の言うことは正しそうじゃな」

 マームステン博士が、早速その柱をためつすがめつし始める。

「うわ、おじいちゃん、気をつけて!」

 夏奈が心配そうに博士に駆け寄り、手を差し出した。

 しかし、こんなものが剣なのだろうか。

 俺は背伸びしながら、その柱を見上げた。

 近付いて、そっと触れてみる。

 しんと冷たい岩の感触だった。

「ユウト君。あの時、女王型が解放されたあの時のように、この剣に銀気を注ぎ込んでみるのじゃ」

 博士の言葉に優人は頷くと、膝をたわませ、さっと飛び上がった。そして柱の先端にタンっと降り立つ。

「いくぞ」

 優人が膝をついて、柱に掌をかざした。

 銀色の輝きが、優人の体から立ち上り始めた。

 その淡い輝きが、松明の灯を飲み込んで、地下空間をぼうっと照らし始める。

 優人から伸びた銀の光は、揺らめき、まるでそれ自体が生きているかのように柱を包み込み始めた。

「綺麗……」

 俺はその光景に見惚れてしまう。

 柱それ自体が輝き始める。

 優人から流れ込む銀気を受けて、その輝きは段々と強まって行く。

 強い光だった。

 しかし、硬質な感じはしない。

 寧ろ温かみを感じるような、柔らかで優しい光。どこか懐かしい、安心感を抱いてしまう光だ。

 眩い銀の光が、俺たちを包み込む。

「おおっ!」

 光の中、どこからかマームステン博士の感嘆の声が聞こえた。

 ガタリと、柱の表面を覆っていた岩が剥がれ落ちた。

 それを合図にするように、柱がカタカタと振動し始めた。

 空気が震え始める。

「何だ、何だ!」

 シュバルツが叫ぶ。

「うわ、優人!シズナさん!」

 夏奈が叫んだ。

 光と振動が益々強まる。

 その眩しさに、俺は思わず手をかざした。

 その時。 

 ガラスが割れたような甲高い音が響いた。

 閃光の中で、柱が光の粒子になって弾け飛んだのが薄目の向こうに微かに見えた。

 銀の光が広がる。

 そして次の瞬間、一気に優人に向かって収束した。

「何が……」

 一瞬にして、洞窟の中に闇と静寂が戻る。

 光に眩んでしまった目には、直ぐに闇の中の状況は見えなかったが、タンっと地面に着地した優人の足音だけが聞こえた。

 俺は手袋を外してグリグリと目を擦った。

 先ほどまで柱があった場所には、優人だけが佇んでいた。

「ユウト、大丈夫?」

 シズナさんが駆け寄る。

「ユウト君。エシュリンの楔は……?」

 マームステン博士も瓦礫に足を捕らわれながら、優人に駆け寄った。

「優人……」

 目が合う。

 優人は、俺に力強く頷いた。

「エシュリンの楔。確かにここにある」

 優人はそう言うと、さっと手を前にかざした。

 優人の体から溢れた銀の光の粒子が広がると、一瞬にしてその手の中に収束する。

 優人の手の中には、銀の光で形作られた大剣が握られていた。



 優人が光の剣を振った。

 ぶんっと空を切る音がする。

 確かにその剣は、エシュリンの楔は、そこに存在しているようだ。

「どうやらこれは、俺のイメージで形が変わるみたいだな」

 優人が自分の手の中の剣を見た。

「俺にとっちゃ、剣と言えばこの形だが……」

 優人の光の剣は、確かに普段優人が使用している、お父さまからいただいたブレイブギアの大剣と同じような形をしていた。

「優人、かっこいいよ!かっこいい!」

 夏奈が輝く瞳で優人の手元を覗き込んだ。

 マームステン博士が素早い動きで優人の周りを回りながら、光の剣を観察している。シズナさんも興味深げに、じっとその剣を見ていた。

 光の剣を手にして、人に仇なす獣を倒す者か。

 確かに……。

 俺は胸の下で肘を抱きながら、ゆっくり優人の隣に並んだ。

「体は何ともないですか」

 俺は優人をそっと見上げる。

「ああ。むしろ力が溢れるっていうか、これなら行けるって感じがするな」

 優人が片手をぎゅっと握りしめながら、ニヤリと俺を見下ろした。

「無理はしないで下さい。また怪我するような事があったら、私……」

 俺は目を伏せる。

 優人を戦いに誘っているのは私……。

 でも、今は優人の力が必要なんだ。

 ……私じゃダメだから。

 でも、優人……。

 優人たちには、無事でいて欲しい。

 でもそれは、今も戦っている多くの人たちの事を思えば、身勝手な願いなのだ……。

 だから。

 だから、私は、せめて精一杯に微笑んで、優人を見上げる。

「でも……頼りにしてます、優人っ」

 どうか、みんなを守ってほしい。

 どうか、優人自身も無事でいて欲しい。

 そんな願いを込めて。

「お、おう。任せろ!」

 照れたように優人が頷いた瞬間、乾いた音が響き、優人の光の剣が粉々に崩れ去ってしまった。

「お、あれ、おお?」

 優人が困惑の声を上げる。

「……どうやら、剣の維持には、使用者の集中が必要みたいね」

 どこか平板な声で、シズナさんがぼそりと呟いた。

「ははっ、集中ですよ、優人」

 俺はドンマイの意味を込めて、優人の腕をペチペチ叩いた。

「カナデちゃん……」

 何故か夏奈が半眼で俺を見る。

 何だ……?

 暗い洞窟の中に、マームステン博士とシズナさんの笑い声が響いた。



 みんなの笑い声の中に、不意に手を叩く音が混じる。ガシャン、ガシャンとガントレットを打ち付ける音だ。

 笑い声には決して馴染まない不協和音。

 シズナさんたちが、一斉に警戒態勢を取った。俺も剣に手をかけ腰を沈めると、さっと周囲を見回した。

 そして、気がついた。

 ドーム状の空間の奥。

 松明の照明が届かない闇が蟠った場所に、二つの赤い光が浮いていた。

 異様なほど真っ赤な光が……。

 背筋が冷たくなる。

 鼓動が高まる。

 体が震える。

 二つの赤い光が、ゆっくりとこちらに近付いて来た。耳障りな拍手を続けながら。

「黒、騎士……!」

 優人が苦々しく吐き捨てた。

「ヴァン……」

 俺の呟きが案外大きく響く。

「異世界からの来訪者よ。我らを滅ぼす切り札、楔の入手を祝おう。おめでとう」

 黒騎士の低い声が響く。

 感情の感じられない声。しかし今は、楽しくてたまらないといった印象を受けてしまうような口ぶりだった。

 自身に危害を加え得る凶器を、俺たちが手に入れたというのに……。

「待ったのだ。この時を」

 ヴァンが拍手を止めて俺たちを見る。

 優人が再びエシュリンの楔を顕現させ構えた。俺たちもそれぞれ武器を構える。

 しかし黒騎士は、平然とした態度で両腕を大きく広げた。

「2本だ。今回は、一度に2本の楔が引き抜かれた。我らがかしずいた事に増長した人間が、ブレイバーの水先案内人たる巫女を呪殺した時は、我も落胆したものだった。しかし、結果は真に上首尾だ」

 体中に電撃が走ったような気がした。

 俺は静かに息を呑む。

「エ、エリーセお姉さま……」

 ヴァンが口にした増長した人間、黒騎士がかしずいた人間とはラブレ男爵のことだろう。ならば、ラブレ男爵が呪いをかけて亡きものにした女性。

 それは、エリーセお姉さま、だ。

 水先案内人……。

 マームステン博士が言っていた。

 異界からやって来たブレイバーは、この世界の少女に導かれる、と。

 それが、エリーセお姉さまだった。

 魔獣を倒すためにこの世界に召喚された優人は、本来ならばリムウェア侯爵家に助けられ、エリーセお姉さまに出会い、そして魔獣と対する戦いへと導かれる筈だった、ということなのだろう。

「まさに因果だな」

 いつもにまして饒舌なヴァンが、赤い光が宿る目で、ギロリと俺を見た。

 その目を向けられただけで、びくっと体が震える。

「本来の水先案内人が消えた途端、代わりが用意された。ねぇ、カナデ君。君がブレイバーをここまで導いてくれたこと、僕は本当に感謝しているんだ」

 黒騎士が、突然人間の姿をしていた時のヴァンの声で俺に笑いかけた。

 俺は思わず後ずさる。

 驚愕に目を見開く。

 真っ白になりそうな頭で、必死に考えた。

 マームステン博士の話。

 黒騎士ヴァンの話。

 つまるところ、お父さまが最初、俺にエリーセお姉さまの代役を依頼したように。

 俺が、この世界にカナデという女性として呼ばれたのは、ラブレの暴走で殺されてしまったエリーセお姉さまという存在の代わりとなるためだったのだ。代わりとなって、ブレイバーを魔獣との戦いに導くため……。

 だから俺は、私としてここに居る……。

「黒騎士!カナデに何を吹き込んだ!」

 呆然とする俺を一瞥した優人が、エシュリンの楔を構えながら黒騎士を睨みつけた。

「素晴らしい。因果の糸すら、己が望みのために手繰り寄せる」

 黒騎士の声に戻ったヴァンが、優人などお構いなしに天井を見上げた。

「アネフェア。この因果すら操る黒の力が世界を飲み込めば、もう一度我らは一緒に生きられる。母なる魔獣の腹の中で、時間さえ超越してな……」

 魔獣に対抗させるためにブレイバーが呼ばれ、そのブレイバーを導く少女を配置する。

 それは、魔獣を滅ぼすシステムの筈。

 しかし、歓喜の叫びを上げる黒騎士の姿を見ていると、不安が膨れ上がる。

 誰だ。

 こんな仕組みを作り上げたのは……?

 その疑問が、気持ち悪くなるほど体の中を満たしていく。


 嫌な、予感が、消えない。


 俺は強く歯を噛み締め、ヴァンを睨んだ。

「黒騎士、その口振りじゃと、まるでお前たちがブレイバーを呼び寄せているようじゃ」

 マームステン博士が堪えきれなくなったように、声を上げた。

 ヴァンががくりと首を傾け、爛々とした赤い目でマームステン博士を見た。

「当たり前だ。因果を操り、次元を裂く力が、人間などに操れるものか」

 何だ。

「魔獣という存在にカウンターを施すための世界の意識では……」

 博士の呟きは、ヴァンに鼻で笑われる。

「そのような曖昧模糊なものが存在すると?下等な人間め」

 では、何だというのだ。

 俺や優人をこの世界に呼び寄せたものは!

 マームステン博士が何かを悟ったように驚愕に顔を歪めた。

 その瞬間。

 黒騎士の背後へ密かに回り込んでいたシュバルツが、剣を振り被りながら踊り掛かった。

「ぺちゃくちゃ喋りすぎなんだよ!」

 シュバルツの裂帛の咆哮がドーム空間に響き渡った。



 ヴァンは赤い剣も出さずに、ガントレットだけでシュバルツの一撃を弾き飛ばした。金属が激突する甲高い音が壁面に反響する。

 地面に手をつきながら、吹き飛ばされた勢いを殺したシュバルツが、そのまま地を蹴って再び突撃した。

「はっ、分かってんのかよ、黒騎士!悪役がペラペラ喋り出すのはな、その最期の時だって相場は決まってんだ!」

 シュバルツが吼える。それに呼応したかのように、優人が素早く斬り込んだ。

 しかしヴァンは、シュバルツの剣を手で受け、優人の一撃を虚空から呼び出した赤の剣で受け止めた。

 押し込むシュバルツと優人と拮抗する黒騎士。

 ぎりぎりと刃が鳴る。

 ヴァンは、しかし迫る優人に顔を近づけると、囁いた。

「最後の楔を抜いてくれて、ありがとう」

 楔。

 魔獣には天敵となる剣。

 強い銀気を操るブレイバーが代々この場所から引き抜き、魔獣討滅に使用したエシュリンの楔。

 黒騎士は、それを抜かせたかった……? 

 その瞬間。

 大地が震え始めた。

「じ、地震!」

「カ、カナデちゃん!」

 シズナさんと夏奈が悲鳴を上げるように叫んだ。

 揺れが激しくなり始める。

 壁や天井からぱらぱらと石や砂が落下し始めた。

 大地が唸る。

 足元が、まるで生き物のように蠢き、震える!

「みんな、退避を!」

 俺が叫んだ瞬間、エシュリンの楔が刺さっていた場所がごぼっと陥没した。もうもうと土煙が吹きあがる。そして、その周囲がさらに落ち窪み、穴が拡大し始めた。

 せ、世界そのものが揺れている……!

 耐えきれなくなり、俺は思わず膝をつく。

 その瞬間、吹き上がる土煙の向こうから、陥没した穴を飛び越えて優人が現れた。

 優人は俺の隣に着地すると、腰に手を回して軽々と俺を抱える。そして、俺が声を上げる暇もなく、さらに穴から離れるように跳躍した。

「みんな避難を!シュバルツ、博士を!」

 優人に抱えられながら、地鳴りの轟音の中、俺は必死に声を張り上げた。

「くそ、また爺か!」

 シュバルツの声が微かに聞こえた。

「そうか!」

 そして、マームステン博士が叫ぶのも聞こえた。

「エシュリンの楔は、女王型を活動停止させるものではないのだ!既に、縫い止めておったのじゃ!この大地に!なんたることか!今までの数多くのブレイバーが黒騎士に踊らされ、その楔を一本ずつ抜いてしまいおったんじゃ!」

 その最後の一本を、今、抜いてしまった、ということか……。

 大地の底で、何かが蠢く。


 ご一読、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 女王型が解放された時と同じようにというならば、楔を幾つも刺して封印しなければいけなかったモノが、この地底の更に下に埋まってるんじゃねーの!? と思ったら本当にその通りだった。 何故そう動い…
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