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雪色エトランゼ  作者:
第2部
83/115

Act:83

 王都からの使者がもたらした情報は、北の島オルヴァロン島で魔獣襲来の報があった事。それに伴い、王直騎士団も派兵され、シリスも出陣した事。そして、俺にも合流しろという事だった。

 俺はインベルストでの休暇を切り上げ、使者と共に王都に向かう事になった。

 随行してくれるのは、以前と同じリリアンナさんとシュバルツ。そして、迎えの王直騎士団と合流するまでの間、白燐騎士団の部隊が護衛についてくれる事になった。

 そして、今にも泣き出しそうな曇天の日。

 お父さまとお屋敷の使用人のみんな、行政府のみんな、そして駆けつけてくれた市民のみんなに見送られて、俺たちはインベルストを出発した。

 遠ざかるお父さまを一度だけ振り返って、ブンブン手を振る。

 でも、その後はもう振り返らない。インベルストの街も振り返らない。

 また直ぐに帰って来るのだから。

 私の家に。

 私の家族の所に。

 インベルストの正門たる大橋を渡りきった俺は、一気に馬を加速させた。

 鎧こそ身に付けてはいなかったが、愛用の白と緑のコートに帯剣した俺は、速駆けで見慣れたリムウェア侯爵領を駆け抜ける。

 時折パラパラと雨が落ちて来る事もあった。

 雲とその切れ間の青空と雨季に潤う大地の緑の中を、俺たちの隊列は一つの塊になって、ひたすらに街道を北上した。

 そして旧ラブレ男爵領に入り、ベリル駐留の王直騎士団と合流を目指していた午後。先頭の騎士が接近して来るものがあると声を上げた。

 重く立ち込めた雲の合間から、光の柱が幾本も降り注ぐ荒野の中。土煙を上げて巨大な物体が接近して来る。

 隊を止めて警戒していると、それが船の形であることがわかった。

 一瞬リコット号が来てくれたのかなと思ったが、陸上を走るその船は、リコット号よりも一回り小さく、白に輝いていた。

 念のために警戒陣形を取る俺たちの前に現れた陸上船には、王国旗、そして王直騎士団旗が大きく翻っていた。

 その側舷から手を振る人影。

「カナデさまぁぁ!」

 目を凝らすと、王直騎士団の鎧を纏った金髪の女の子だった。

「ヘルミーナ?」

 俺は思わず驚きの声を上げる。



 騎士訓練校で出会ったヘルミーナは、既に正騎士に叙任されていた。

 白の陸上船から降りて来るその姿は、まだ真新しい鎧が眩しい。そして、初々しく俺に敬礼してくれる。

「カナデさま、お久しぶりです!」

「ヘルミーナ、任務ですか?」

「はい。参謀部のご命令で、お迎えに上がりました」

 俺は雲から漏れる淡い陽光に輝く船体を見上げた。

 王直騎士団に陸上船があるなんて、知らなかった。てっきりリコット号が特別なものだと思っていたが……。

 しかしこの船ならば、馬より早く目的地に到着出来るだろう。

 俺たちは護衛の白燐騎士たちに見送られ、白の陸上船に乗る。側舷から見下ろすと、ここまで随行してくれた騎士たちが、まだこちらに手を振っていた。

 俺も控えめに手を振り返す。

 あ、泣いてる騎士がいる……。

 ははっ。そんな、今生の別れでもないだろうに……。

 俺も貰い泣きしないようにきゅっと唇を噛み締めて、手を振り返した。

 俺がリムウェアの騎士たちを見下ろしていると、甲板を駆ける足音が急速に近づいて来た。

 そちらを向いた瞬間。

 がばっと抱き締められる。

「ああ、カナデさま!お会いしたかった!」

 この声は……。

 そして俺を抱く腕にぎゅーっと力が込められる。

「ヒャリサ、苦しひ」

「ああ、カナデさまの香りだ!ああ、カナデさま、柔らかいわ!」

「ヒャリサ、怖ひ」

 俺は、アリサの腕の中でもぞもぞもがく。

 その惨状から救い出してくれたのは、荷物を持って乗船して来たリリアンナさんだった。

 リリアンナさんは、俺を保護するように抱き寄せると、そっとその背に匿ってくれる。俺は大きく呼吸しながら、リリアンナさんの背から状況を窺った。

「無礼な。リムウェア侯爵令嬢カナデさまと知っての狼藉ですか!」

 アリサが眉をひそめ、胸の下で両肘を組んだ。

「あなたは確か、カナデさまの女中。あなたこそ、使用人の分際で、王統府軍務省参謀部カナデ参謀付き秘書官たる私に指図しようと言うのですか」

 睨み合う2人に、俺は冷や汗が……。

 あわわわわ。

 ど、どうしたらいいんだろう……。

 そこに、のっしのっしと荷物を担いだシュバルツがタラップを上がって来た。

「うおい、リリアンナ。荷物はどこに……って、何だ!決闘か!」

 シュバルツが面食らったようにキョロキョロする。

「お嬢さま、これは……?」

 俺はシュバルツに、そっと人差し指を唇に当てて見せた。そして、出来る限りの笑顔浮かべ、口の動きだけでこう伝えた。

 あとは、おねがい。

「お、おい、どうしたんだ、何なんだっ!」

 戦略的撤退。

 俺はそろそろと後退すると、ぽかんとしているヘルミーナに苦笑いを浮かべた。

「ヘルミーナ。この船の指揮官の所に案内していただけますか?」

「あ、えっと、了解です」

 俺はヘルミーナの背について行き、その場を後にする。

 アリサがリリアンナさんやシュバルツと仲良くなってくれればいいなぁ。

 そんな儚い希望を胸に抱いて。



 ヘルミーナが案内してくれたのは、船体の中央部、一段高くなった操舵室だった。ガラス製の風防に囲まれたそこは、やはり少し狭いがリコット号とあまり変わらない。

「やあ、お久しぶりですね!」

 そこでも見知った顔が俺を待っていた。

 白衣姿に、白い歯が今にも輝き出しそうな爽やかな笑みを浮かべているのは、ローゼンボーグのナユタウ研究所で会ったハインド主任研究員だった。

「ハインド主任!では、この陸上船は研究所の?」

「ええ。急きょ建造してみた実験船です。冒険者たちが乗っていた船に触発されましてね。」

 主任は日に焼けた顔にニヤリと笑みを浮かべた。

 冒険者というのは、優人たちパーティーの事だろう。

「凄いですね。あっという間にこんな船を作ってしまうなんて」

 ハインド主任たちの陸上船は、リコット号に比べてスマートな船型をしていた。後部に追加機関を増設したリコット号と違い、白の船体と、舳先から船尾まで通る帆走用のマスト展開レールが一体感のあるフォルムを作り上げていた。

「軍務省も陸上船研究には乗り気でしてね。予算の審議通過も早かった」

 確かに、兵員を迅速に展開し、宿舎や倉庫、荷馬車の代わりをする事ができる陸上船は、用兵上も利点が多いように思える。

「ちなみに、主任。動力は何なんですか?」

 俺の質問に、ハインド主任の目がキラリと光った。

「さすがカナデさま。動力部を気にされるとは、素晴らしい!」

 だって、優人みたいに電池扱いの人がいるのならば、のんびりと乗っているのも気が引けるし……。優人なら別にいいけど。

「ふふ、我が最新鋭船の秘密は、後ほどご覧に入れましょう。ゴーレム技術と銀器製造で培った技術の融合。素晴らしい!」

 芝居掛かった動作で主任は手を広げた。

 やっぱり長くなりそうなので、その話はまた今度にしてもらおう……。

「進路は北、ですね」

「ええ、はい。先行している騎士団に追いつき、合流せよとの命を預かっております」

 俺は頷いた。

 では、俺たちの荷物の搬入が終わり次第出発し北上するという事になるだろう。

 北の島で何が起こっているとしても、出来る限り早く優人やシリスたちと合流しておきたかった。

 恐らくは黒騎士、ヴァンも絡んだ状況になるのだろうから。

「主任、そういえば、この船って名前はあるんですか?」

 俺はふと思い立ち、手早く出航準備をし始めているハインド主任の背に声を掛けた。

 ハインド主任がキラリと目を輝かせ、振り返る。白衣が派手に翻った。

「あは、あははは……」

 何故かヘルミーナが苦笑しながら後退りしている。

「良くお聞きいただきました!この王統府技術省ナユタウ研究所謹製陸上航行実証試作船の船名は……」

 主任が悪魔のように不敵な笑みを浮かべる。

「プリンセス・カナデ号!」

 …………はっ?

 ぱちぱちと、ヘルミーナが乾いた拍手を送る。

 ……へ?

 俺は一瞬、主任が何を言っているのかが理解出来なかった。

 しかし、その言葉がじわじわと染み込んで来る。すると、ガタガタと全身が小刻みに震えだした。

「な、な、な、な……!」

 顔が、首が、手足が震えながら真っ赤になっていくのが分かる。特に、顔面がかあっと熱くなった。

 穴があったら入りたい!大声を出して走り回りたい!

「いや、さすがシリスティエール殿下。カナデさまが身を震わしてお喜びになられている!」

 あ、あいつか、黒幕は!

 くそ、見える!俺の反応を見てほくそ笑む姿が目の前に!

 ううう、いかに仕返ししてやろうか!

 俺は握り締めた拳をプルプル震わせる。

 出会い頭に腹パンチか。

 すれ違いざまに足を踏んでやるか。

 ……駄目だ。

 シリスとか優人とか、やたら硬いのだ。直接攻撃は、こちらがダメージを負う可能性が大だ。

 よし……。

 今度お昼を作って持って行ってあげる時に、サンドイッチの中に大量のマスタードの刑だ。

 ふ、ふふ、ふふふっ……。

「カ、カナデさま……?」

 気遣わしげに声をかけてくれるヘルミーナに、俺は手を上げて無事を知らせた。

「大丈夫、です」

 よし、なんとか気持ちを持ち直して……。

「よし、プリンセス・カナデ号発進準備!」

 ハインド主任の声が操舵室に響き渡った。

 俺はガクリと肩を落とした。

 ゆ、許して……。

 もう、許して欲しい……。



 夜になる。

 船室に籠ってしまうと、時たま揺れながら進む陸上船の中は、海を行く船と変わらない感じがした。さらに夕方から降り出した雨のせいで微かな水音が聞こえれば、本当に大海原の中にいるかのようだった。

 俺とリリアンナさん、アリサ、ヘルミーナの女子組は、すっかり部屋着に着替えて、あてがわれた女子部屋のそれぞれのベッドの上に座っていた。

 実は、ここに至るまでも騒動があったのだ。

 まず、船室の都合で、俺に個室が用意出来ないということにリリアンナさんが怒り出した。

 2人部屋など、リムウェア侯爵令嬢を軽んじているのか、と。

 俺がわがままを言ってはいけませんと何とかなだめすかしたが、今度は俺が誰と同室になるのかで揉めだした。

 アリサは自分だと主張し、リリアンナさんが即座に却下する。しかし、リリアンナさんは、主と寝所は共にできないと主張する。

 何とか妥協案を探そうとした俺がぽんと手を叩き、「じゃあ、シュバルツと一緒でもいいですよ」と冗談めかして言ってみた。

 すると、たまたまそこに通りかかったシュバルツが、リリアンナさんとアリサに、野獣だの不潔だの、言葉でボコボコにされるという事態になってしまった。

……ごめんなさい、シュバルツ。

 結局、誰かと2人、ではなく、女性陣4人が固まるという形で今に至る。

 相変わらずアリサとリリアンナさんはなにやらバチバチな雰囲気だが、俺は気分が良かった。

 それは、ヘルミーナがおやつにと出してくれたバタークッキーのおかげだ。

 はむっと一口食べて、頬がとろけ落ちそうになる。

 カリカリかじって、そのバターの香りにゆっくり浸る。

 ああ、美味し……。

「それで、叙任後の最初のお仕事が、このプリ……陸上船の試験航行の護衛だったんです」

 狭い船室の左側に設えられた二段ベッドの下段で、俺と並んで腰掛けているヘルミーナが、あのローテンボーグの事件からその後の事を説明してくれる。

「この船、私を迎えに来たわけではないんですね」

 俺はまた一口クッキーをかじる。

 はわっ。

 幸せ。

「えっと、はい。試験運用中だったのを、カナデさまのお迎えにと、そちらのアリサさまが」

 アリサは、右側の二段ベッド上段から、俺たちを見下ろしていた。

「私は、シリスティエール殿下から、任を仰せつかったんです」

 俺は眉を潜めてアリサを見上げた。

「アリサは、オルヴァロン島の状況、聞いていないんですよね」

「はい、申し訳ありません。しかし、シリスティエール殿下らも、王都を発つ段階ではオルヴァロン島にて大規模な魔獣襲撃が発生したという程度の状況しか、把握されていなかったかと」

 ううむ……。

 しかし俺にはある確信があった。

 女王型。

 あれが、北の島で復活した可能性だ。

 シリスのことだ。俺が考えるような可能性については、もう察してくれている筈。

 わざわざ俺が呼び戻されたのも、シリスが女王型や陸がらみだと判断している証だと思う。

 問題は、事態がどの程度かという事だ。

 ベリル戦役の二の舞など、もう考えたくもない。

 しかし、恐らくその騒動の中心地にいるのは、優人たちだ。まずは優人たちと接触して、状況を把握しなければ……。

 俺は眉を寄せて考え込む。

 考えながら、ベッドの間に置かれた簡易卓の上のクッキーに手を伸ばした。

 一枚掴もうとした瞬間、ずるっとクッキーが遠ざかる。

 むっ。

 顔を上げると、リリアンナさんが机を俺から遠ざけていた。

「カナデさま。お休み前のお菓子は、お控え下さい」

「えっと、もう一枚、駄目ですか?」

 俺はおずおずと申し出て見るが、リリアンナさんは俺から視線を外す。

「が、我慢下さい」

 俺はしゅんと肩を落とした。

「ケチな眼鏡ですね」

 そこに、アリサがぼそっと呟いた。

「何ですって?」

 アリサのベットの下段に腰かけたリリアンナさんが、ギロリとアリサを睨み上げる。そして、また2人でキーキー言い出した。

 ヘルミーナは、どうしていいのかわからずに、苦笑いを浮かべていた。

 俺はそんな3人をよそに、ぼふっと枕に頭を埋めて横になる。

 また戦いの予感がする。

 シリスも優人も、そして恐らく出陣することになるだろうヘルミーナたち新任騎士たちも、みんなが無事であって欲しい。

 そのために、集中して、頭を使って事態を把握し、状況を分析しなければ……。

 俺はグリグリと枕に顔を押し付ける。

 頑張って考えなければ……。

 何が出来る訳ではない私だけど、精一杯……。

「お二方、お静かに」

 ヘルミーナ、立派に騎士になれて良かった。

「カナデさま、お休みならば、お布団にお入り下さい」

 リリアンナさん、アリサと仲良く……。

「カナデさまの寝顔、ああ……」

 アリサ、怖いよ……。

 波間に浮かぶような船の心地よい振動の中で、私の意識はゆっくりとゆっくりと眠りの底に沈んで行く……。


 移動の間。クッキーを食べる回でした。


 ご一読ありがとうございました。

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