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雪色エトランゼ  作者:
第2部
79/115

Act:79

 馬車の振動に身を預けながら、インベルストへの道のりを辿る。

 今回は以前と違い、途中から旧ラブレ男爵領を横断するルートに入った。その方が、日程は遥かに短縮される。そして、旧男爵に入ったそこで、護衛が王直騎士団からリムウェアの白燐騎士団に引き継がれた。

「お嬢さま!」

「カナデさま!」

「お久しぶりです!」

 見知った顔の騎士たちが、俺の元に集まって来た。俺は、彼ら全ての顔を見回してから微笑んだ。

「みんな、またよろしくお願いします」

 騎士たちが喝采を上げる。

「おうおう、お前ら。お嬢さまを取り囲んでないで、さっさと出発するぜ」

 シュバルツがふんと鼻息荒く言い放つと、騎士たちの鋭い視線がギロリとシュバルツに向いた。

「何だ、シュバルツ。お前、カナデお嬢さまの近従を命ぜられたからって、調子に乗ってんじゃないのか?」

「シュバルツさんは、そりゃ王都でいい思いをして来たんでしょうね!」

 騎士たちにじり寄られ、さすがのシュバルツもうっと後退した。

「いや、待てよ、お前ら。目がマジなんだよ」

 俺は、後ろのリリアンナさんに微笑みかけた。仲が良い事はいい事だ。

 旧ラブレ領まで来れば、インベルストはもう直ぐそこ。

 穏やかな陽光の下、俺たちの馬車隊はゆっくりと街道を進んでいく。ごとごとと響く車輪の間に、楽しげな笑い声が聞こえる。

 俺が馬車の窓を開けて風を感じていると、騎士たちが入れ代わり立ち代わり馬を寄せてきて、色々話をしてくれた。

 やはりリムウェア領でも、ベリルから流れてきた魔獣の襲撃は発生しているらしい。しかしそれも北部、王都方面に比べれば少ないようで、ベルモント砦と各村の駐留部隊で防いでいるらしい。

「被害は、如何ですか?」

 俺は恐る恐る聞いてみる。

「村々の被害はありません。騎士団も、負傷者は出ていますが、死者は今のところありません」

 ああ、良かった……。

 俺は、ほうっと安堵の笑みを浮かべる。すると、先程まで話していた騎士がよろよろと後退して行った。

「馬鹿やろう、ジェフ、ちゃんと周りを見ろ!」

「う、ああ、すまん……」

 何やってるんだろ。

 俺はふふふっと笑う。

 林を抜け、草原を越える。農夫たちが作業する青々とした田畑の間を通り、古びた看板の立つ四辻を直進していく。

 そしてあの丘の向こうには……ああ、インベルストの街が見えた!

 俺は、馬車の窓から身を乗り出して懐かしいその街の姿を望む。

 キラキラと輝くロストック大河の川面の向こう。城壁と正門に続く大橋。無数の屋根が連なる中、教会の鐘楼と行政府の城塞が見て取れる。

 ならきっと、お屋敷はあの辺りだ。

「カナデさま。お座り下さい。危のうございます」

 うきうきと胸を踊らせていると、リリアンナさんにぴしゃりと注意されてしまう。俺は席に座って手を膝の上に置くと、しかし耐えきれずに微笑みを浮かべて肩を揺する。

 馬車はごとごとと音を立てて、大橋を渡って行く。

 俺がインベルストを発ったのは冬の終わりだから、周囲の風景はまだ冬のそれだった。しかし今は、鮮やかな新緑に彩られている。まるで街そのもの色彩が変わってしまったかのようだった。

 正門を抜け、大通りに入る。

 通りの両側は、ずらりと人だかりが出来ていた。その前には、等間隔に並んだ警備の騎士たち。

「うわぁ、凄いですね!」

 思わず感嘆の声を上げる。まるでお祭りのようだ。これはもしかして……。

「皆、カナデさまのご帰還を聞きつけて集まった者たちです。さぁ、手を振ってあげて下さい」

 胸の奥がじんっと熱くなった。

 俺なんかのために……。

 ううっ。

 思わず口元を抑える。

 そして潤む視界にみんなを映して、精一杯の笑顔で手を振った。

 馬車隊は、時間をかけて、ゆっくりと通りを進んで行く。

 露天が所狭しと並ぶ旧市街。街の様子には、魔獣襲撃の爪痕はもう見られない。

 おじいさん、おばあさんが集まる教会区。

 はは、やっぱり俺を拝んでる人がいる。御利益なんてないのに。

 そして整然と建物が並ぶ新市街。城塞前の広場で、黒騎士と戦ったっけ。

 そして馬車は、行政府に入った。

 懐かしい行政府庁の事務官たちが、騎士団のみんなが拍手で迎えてくれた。そんなみんなの前に、俺は馬車から降り立った。

 カリストにリューク、フェルド、それにベルドら騎士たち。

 ギリアムら執政官に、やレムたち事務官のみんな。

 あっ、主席執政官も来ている。珍し……。でもあの仏頂面は、誰かを歓迎しているものじゃないし。

 でも、あれ……?

「アレクス、お父さまは?」

 俺は、リリアンナさんに労いの言葉をかけているアレクスに尋ねた。

「さて、先程までそこを、そわそわと歩いてらっしゃいましたが……」

 俺は、笑顔で声をかけてくれるみんなに応えながら、しかしその間を、お父さまの姿を求めてキョロキョロと見回す。

「お嬢さま。主さまなら、先程お屋敷の方へ」

 カリストが教えてくれた。

 何だ、お父さまったら、間が悪いな。

「みなさん、今日はわざわざ集まっていただいて、ありがとうございました」

 俺はみんなの前でペコリと頭を下げた。そして、巻き起こる拍手の中、主席やリリアンナさんに、「ちょっとお父さまを探して来ますね」と断ってから、俺はスカートの裾を翻してお屋敷の方に走り出した。



 行政府を抜けると、久しぶりのお屋敷が見えてくる。懐かしい我が家が。

 俺はその光景を確かめるようにその全景を視界に収めながら、綺麗に整えられた庭園に入る。冬場とは違う、緑で膨れた生け垣が、生きた迷路となって複雑な模様を作り出していた。

「おや、お嬢さん。お戻りか?」

「はい、たった今」

 ひょっこり現れた庭師のおじいさんに手を振る。

 左右を見ながらお屋敷へと進が、お父さまの姿は見当たらない。

 お屋敷の玄関では、ユナがちょうど掃除をしている最中だった。

「お嬢さま!」

「ユナ、ご苦労さま」

 驚いたように頭を下げるユナの脇を抜けて、お屋敷に入る。

 静かな邸内には、ひんやりとした空気に安堵する我が家の匂いを感じた。そのエントランスホールに、カツンと俺のヒールの音が響いた。

「カナデお嬢さま!お待ちしておりました!」

 その足音に反応するように、二階から俺付きのメイド軍団さん一号二号さんが顔を出す。

「ただ今帰りました。あの、お父さまを見なかったですか?」

「あ、主さまなら、先程裏庭の方でお見かけしました」

 俺はそれを聞いて、エントランスを真っ直ぐ通り抜けると、ガラス戸を開けて裏庭のテラスに出た。

 静かな庭園に、小鳥たちのさえずりが響いている。耳を済ませば、微かに小川のせせらぎも聞こえた。

 その林の中の小径をたったっと駆ける。キョロキョロと辺りを見回して、お父さまを探す。

 そして、東屋のある小さな池の畔で、その背中を見つけた。

 ピンと伸ばされた背中。ワイシャツにもズボンにも皺一つないが、後ろ手に組んだ手には年相応の皺が刻まれている。

 俺は立ち止まり、息を整えた。

「お父さま」

 掠れないように注意して、そう呼びかけた。

「カナデか。よく戻った」

 振り返ったお父さまが、にこっと笑ってくれた。

 私は思わず駆け寄った。

 そして、その顔を見上げる。

「お父さま、ただ今戻りました」

 お父さまが優しく私の髪を撫でてくれた。

「体は大丈夫だったか?病気はしておらんか?」

 お父さまの優しく声音。

 その瞬間、私はお父さまの胸に飛び込んでいた。

 良い匂いのするシャツとタイに顔をうずめ、ぎゅむっとお父さまを抱き締める。

 お父さまの大きな手が、私をゆっくりと包み込んでくれた。



 インベルストに到着したその日は、夕食の間もその後も、ずっとお父さまと話をして過ごした。書斎で、お互いの近況を伝え合う。お風呂の後は、俺がお父さまの寝室に出向いて話を続けた。

 翌日からは、また前のようにお父さまの政務を手伝うと申し出たが、一瞬にして却下されてしまった。

 お休みをもらって帰省したのだから、きちんと休めと怒られてしまう。

 しょうがないので、とりあえずみんなのところに挨拶回りする事にした。

 自分の部屋のクローゼットから、白のワンピースを選ぶ。俺がこのお屋敷に来て初めて着た、エリーセお姉さまの服だ。それに編み上げブーツを履いて、黒のリボンで髪をきゅっと束ねた。

 お屋敷の中を、ひらひらとスカートを揺らして歩き回る。

 まだ挨拶を済ましていない使用人のみんなと出会っては、立ち止まってお話をしながら笑い合う。

「なんだか、カナデお嬢さんも、暫く見ない間にすっかり大人っぽくなられたねぇ」

 調理場の隅で、年嵩のメイドさんが、腕組みしながらしみじみとした調子で頷く。

「そうですか?」

「そうですよっ、すっかり大人な女性ですよっ」

 こちらは、俺と年も近いメイドさんが、うんうんと首を振った。

「もしかして、王都で素敵な殿方と出会われたとか?」

 若いメイドさんが興味津々に目を輝かせた。

「ナイデス」

 私は努めて無表情に首を振る。

「またまたっ。お嬢さんみたいなの、王都の貴公子方は放っておかないでしょ?」

 年配のメイドさんが、私も若いときにはねぇ、と昔話を始めた。その中、申し訳ないが、俺はそろそろと撤退を開始。

「カナデさま!」

 そこに声をかけられ、びくりと身を竦ませた。

 振り向くと、お腹がぼんっと出た料理長が満面の笑みを浮かべていた。

「今晩はお嬢さまのお好きなメニューのフルコースです。注文があれば、何でも言って下さい!」

 俺はほっと胸をなで下ろして、微笑んだ。

「はい、期待してます」

 調理場を出ると、何となしに使用人のみんなの居住エリアに入る。日中はみんな働きに出ているので人気はないが、ふらふらさ迷っていると、リリアンナさんの執務室を発見した。そういえば、リリアンナさんの部屋に入った事がない。

 興味に駆られて、しかし今日くらいはお休みかと思ってノックしてみると、意外にも返事が返って来た。

 ゆっくりと扉を開けて中に入ると、そこは屋根の傾斜が直ぐに迫る狭い部屋だった。狭いが、綺麗に整理整頓されていて、実にリリアンナさんらしい。何だか居心地の良い隠れ家みたいな空間だった。

「どなたですか。私は本日お休みを……」

 奥の私室からリリアンナさんが出てくる。手には、何かしらの包み。その中から覗くのは、陶製の猫の置物だった。

「あら、カナデさま。このような場所に何のご用でしょう」

「いえ……」

 俺はリリアンナさんの手元を注視する。猫の置物の包み紙、あれ、王都で有名な商廊の……。

「リリアンナさん、それ王都で買ったんですか?可愛いですね」

 俺はふふっと笑う。途端に、リリアンナさんが真っ赤になった。

「カ、カナデさま。お嬢さまが、このような使用人の場に来られては、い、いけません。ささ、ご退室下さい!」

 どどどと背中を押され、バタンと扉が閉じられる。

 ……あれ?

 何だか良くわからないが……。

 俺は小首を傾げて、その場を後にした。



 お屋敷を出た俺は、そのまま行政府に行ってみた。

 入り口で、警備についていた騎士と挨拶をしたが、そのまま話し込んでしまう。そこへたまたま巡回に来た小隊長に怒られてしまう、騎士が。俺は、逆に謝られてしまった。

 むむむ、何だか悪いことをしてしまった。

 そのまま行政府に入ると、とんとんとんと階段を登って、父さまから頂いた俺の執務室に入る。

 部屋の中は、ここを離れる前と寸分変わらず、掃除も綺麗にされていた。花瓶の花も、新しいものが生けられている。

 何だか嬉しい。

 邪魔になるといけないので、お父さまの部屋には行かない。また夜にはたっぷりお話出来る。

 市民長の誰かと出会わないかなと廊下を歩いていると、急に開いたドアから主席執政官がぬっと出てきた。そして、私服の俺を見て目を細める。

「カナデさま。ここは、お休みの方が遊んでいて良い場所では……」

「失礼しました!」

 俺は早々に頭を下げて、その場を退散した。笑顔で。

 分かっているんだ。

 主席は、怒ってるんじゃなくて俺を気遣ってくれているということを。俺はそんな心遣いが嬉しくて、笑顔のまま行政府を出た。

 そのまま行政府の敷地内をゆっくりと歩く。さらさらと流れる風を感じながら、行政府に来ていた市民のみんなと言葉を交わす。

 手を握らせてくれというおばあちゃんと握手して、興奮した様子の青年の話に耳を傾ける。親子連れのお母さんに挨拶をして、子供さんの頭を撫でてあげる。

 俺は、彼らの名前も知らないが、彼らは、みんなカナデさま、お嬢さまと俺を呼んでくれる。

 それが少し不思議で、なんだかくすぐったかった。

 もちろん不快な感覚ではない。

 むしろ心地よい温かさにほんわり包まれているような……。まるで、この暖かい春の陽気のような。

 街路樹の木漏れ日の中を、ゆったりと目的もなく歩いて行く。それだけで、魔獣とかゴーレム兵器とか悪夢の様に嫌な出来事が、まるで別の世界の事のように思えた。

 俺は、白燐騎士団宿舎を回り込んで、馬場の向こう、牧草地の端まで足を延ばした。

 短い牧草の緑の絨毯の上で、軍馬たちが草を食んでいる。その脇の、小川が流れている土手沿いを進む。大きな木が一本立っている根元に、俺はスカートの裾を折ってそっと腰を下ろした。

 木の葉が、ざあっと小波のように揺れる。俺はその幹に背を預け、木の枝越しに、空を見上げた。

 はぁぁ。

 体の深いところから息を吐く。

 そしてゆっくりと目を瞑った。

 しばらく、その自然の音に身を任せ……はっと身を起こした。

 慌て周囲を窺う。

 何か、気配が……。

 ふと、厩舎のある方、少し高くなっている方を見上げる。

 その場所から、こちらを見下ろしている人影があった。

「誰ですか」

 声が自然と強張った。

 そこにいたのは、白燐騎士団とは違うのっぺりとした金属鎧を纏った男だったからだ。

「いや、すまない。驚かせるつもりはなかった。君があまりに気持ち良さそうにしていたので」

 男は笑みを含んだ声で言うと、こちらに下って来た。

 俺は立ち上がる。

 年は、優人よりも少し上のようだ。

 茶色の髪を短く刈った、少し浅黒い肌の青年は、人懐っこそうな笑顔を浮かべていた。

 身なり、物腰、そして腰に佩いた剣。どこかの若手騎士、といった雰囲気だった。

「失礼。まだ名乗ってなかったね。僕はヴァン。少し道に迷ってね。街へはどっちに行けばいいのかな」

 ヴァン青年は、穏やかな鳶色の瞳で俺を見下ろした。

「……あの向こうに見える大きな建物が行政府ですから、その向こうに街への門があります」

「なるほど」

 ヴァンは大きく頷く。

 そして真っ直ぐに俺を見た。

 俺を見ている。

 しかしその視線は、まるで俺を突き抜けてその向こうを見ているような……。

「お嬢さん。お名前をお聞きしても?」

 俺ははっと我に帰った。

「カナデ、リムウェアです」

 ヴァンはにこっと笑う。

「ありがとう、カナデさん。また会おう」

 そう言うと、突然現れた青年騎士は、手を振りながら、行政府の方に歩み去った。

 俺はその背を呆然と見送る。

 ここはインベルスト行政府、白燐騎士団の敷地内。一般人が迷い込むような場所ではない。

 何者、なんだろうか……?

 のんびり故郷休暇編その1でした。


 読んでいただき、ありがとうございました。

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