Act:77
黒騎士を追跡する過程で遭遇した不審な男たち。
その逃げるダガーの男を追い、ハワード隊が辿り着いた場所は、最初に踏み込んだ敵拠点と同じような、一見してただの民家と思える場所だった。
俺が送った伝令で、シリス、シズナさんたちパーティーの主力隊が集結する。そして、その第2拠点と思われる民家に突入した。
正面から、裏口の木戸から、ドアを蹴り破り騎士たちが一斉に突入して行く。直ぐに怒声が響き、激しい剣戟の音が響き始めた。
突入隊は、弟1の拠点と比べものにならない猛烈な抵抗に晒された。
新たに5名が負傷し、運び出されて来る。
俺は、突入隊を援護すべく、第2拠点の外で指揮を執っていた。
まず、近場の宿屋を徴発し、救護所にした。応急手当を施した騎士ゴルドも、他の負傷者も、幸いにして命に関わる傷ではなかった。しかし、もちろん戦えるわけではないし、安静が必要だった。
宿屋の主人には迷惑をかけるが……。
次に、伝令を送って、各門の封鎖隊から人員を抽出する。2次突入隊を組織して、シリスたちの援護に備えるのだ。
しかし敵は、第2拠点の中だけでなく、外からも襲いかかって来た。
新たな負傷者の搬送中に、不意に路地から現れた武装集団が出現する。騎士たちの制止の声も聞かず、まっすぐ俺たちに向かって来た。
「搬送隊、下がって!各隊防御戦闘!敵の増援を近付けてはダメです!」
俺は、抜き放った剣を指揮杖代わりに振り上げる。赤に染まったコートが翻る。
ここで外からの増援を許してしまえば、拠点の中にいるシリスや優人たちが挟み撃ちを受けてしまう。
それは何としても防がなくてはいけない!
深夜の路地に、剣と剣がぶつかり合う激しい音が響いた。
しかし、不意打ちとはいえ、正面からぶつかった王直騎士たちが遅れを取るはずはない。襲い来る賊を倒し、あるいは戦闘不能にする。
「さらに敵接近!カナデさま!」
「防御線を下げて、2人一組を維持して下さい。敵は建物の屋根からも来ます!」
ひゅんと風を切り、俺の前の石畳に当たる矢。
いつの間にか、俺たちを見下ろす屋根の上にも、賊が現れる。
俺も迎撃に出た。
「左、新たに2名来ます!気を付けて」
賊の槍を叩き折りながら、俺は声を上げる。
間断なく続く敵増援。
それは、つまりここが大当たりだ、と言うことだ!
敵にとって、この第2拠点を制圧されることはまずいという事だ。だから、これほど執拗に襲撃して来る。
敵集団を一度撃退し、ふうっと息を吐く。汗に張り付いた髪を掻き上げる。
しかし気は抜けない。また直ぐに、どこからか襲撃されるかわからないのだ。
そんなピリピリとした緊張に晒され続ける。
心が、すり減る……。
夜の闇が、複雑なウーベンスルトの街が作り出す闇が、俺たちのそんな弱い部分を増幅しているような気がした。
俺は膝に手をついて息を整え、汗を拭いながらそんな闇の先をじっと見つめた。
そして、何度目かの襲撃の後。
待ちに待った太陽が、ようやく登り始めた。
長い夜が、やっと終わる。
白じみ始めた空に続き、この暗い路地の底にもゆっくりと光が射し始めた。
どこかで小鳥たちがさえずり始めたのが聞こえた。
その光の中で、俺はずっと鞘に掛けっぱなしだった手をやっと引き剥がすことが出来た。緊張の汗を吸って湿ったグローブの不快な感触に、初めて気が付く。
やはり張りつめた顔で剣を構えていた騎士たちの中にも、安堵の空気が漂い始めた。
しかし、そんな外側とは裏腹に、俺が注視する目の前の建物からは、未だに怒声や剣戟の音が時たま響いていた。抵抗は随分と下火になっていたが、まだ完全に制圧したとは言えなかった。
残敵の掃討と同時に、確保した様々な企みの証拠が運び出されて行く。
ざっと見ただけでも、ゴーレム関連や魔獣関連の資料など、この拠点が一連の騒ぎに関わっている事が明白に分かった。
俺は、若い騎士が興奮に頬を染めて運ぶ立派な装丁の本を目で追った。
「すみません、それ、見せてもらえますか?」
「は、はい!」
俺が声を掛けると、その騎士は緊張した面持ちでうやうやしく本を差し出してくれた。
ページをぱらぱらと捲る。
内容は、何かの報告書の様だった。小難しい言い回しや単語が並んでいる。
大地の……裂け目。
北の地裂峡谷。
封印の剣。
最後の署名を見る。
マームステン。
ラウル君の拉致されたお祖父さんの名だ。
やはりここは、マームステン博士拉致事件と関連性がある。
パタンと本を閉じ、俺は目の前の拠点建物を見上げた。
当初の俺たちの目標地点は、恐らくスケープゴートだ。
ローテンボーグで俺の襲撃に失敗した奴らは、俺たち王統府の手が伸びると知って、捕えられても構わない拠点とメンバーを用意していたのだろう。つまるところは、トカゲの尻尾切りだ。
俺たちは、その尻尾だけを確保し、おずおずと王都に帰還する所だった。敵の目論見通りに。敵に都合のいい情報だけを掴まされていた訳だ。
しかし、俺たちは尻尾だけでなく本体に辿り着いた。
運良く?
いや、違うと思う。
俺は唇を噛み締めて目を伏せる。
黒騎士だ。
あの黒騎士の、俺たちを誘うような動き。
何だったんだろうか……?
何故、黒騎士が……?
街路灯の向こうに消えてから、黒騎士の姿は目撃されていない。攻撃を仕掛けて来るわけでもなく、魔獣を呼び寄せる訳でもなく、完全に沈黙していた。
念のため、各門の封鎖隊には、対魔獣警戒を厳とする旨は伝えてあったが……。
「シリス!優人!」
敵の掃討が終わったのか、シリスと優人が揃って建物から出て来た。
駆け寄ろうとして、俺は思わず息を呑んだ。
どくんっと心臓が高鳴った。
「シリス!大丈夫なんですか!」
私はシリスに駆け寄ると、眉をひそめてシリスを見上げた。
その頬から首筋に、真っ赤な血が……。
「うん、ああ、大丈夫だ」
シリスが私を見て笑う。優しい目で。
「これは俺の血ではない。カナデ、そんな心配そうな顔をするな」
シリスが手を伸ばし、多分私の頭をぽんとしようとしたのだろう。しかし自分の手が汚れている事に気がついたのか、苦笑いしてその手を引っ込めた。
俺は隣の優人に向き直った。
「優人もお疲れさまでした」
「あーあ、疲れた!」
疲労のためか、少し不機嫌そうに優人が大きく伸びをした。
「少年、剣の腕を上げたな」
シリスが腕を組み、優人を見る。
「そうか?まぁ、シズナさんに鍛えてもらっているからな」
優人が柄にもなく照れたように笑う。
その優人には血はついていなかったが、鎧が傷だらけになっていたり、鎧の下に覗く服がスパッと裂けていたり、激戦を思わせる。
俺はその肩をぽんぽんと叩いた
「やっぱり優人は凄いですね。私もなんだか嬉しい」
そして微笑む。
一瞬きょとんと目を見開いた優人は、じわじわと喜色を滲ませると、自信に満ちた顔で頷いた。
「あのっ、邪魔なんですけどー!」
そんな2人の背後から、夏奈が声を上げる。その隣にはシズナさんもいた。
「あっ、夏奈、お疲れ様。シズナさんもお疲れ様でした」
俺がぺこっと頭を下げる。
「カナデさんも大変だったみたいね」
シズナさんが路地に残る戦闘の後を見ながら呟いた。
地面にへたり込んでいる者。捕縛した者を引き立てている者。安堵を浮かべている者。傷の痛みに顔をしかめている者。そんな騎士たちは、一様に疲労を滲ませている。
休息が必要だ。
しかし、さらに捜査は続行しなければいけない。まだまだ調べなければならない事は山ほどある。
そのためには……。
「シリス?」
「ああ。ハスターの居城に向かう。剣の戦いはここまでだ。ここからは政の場での戦いだ。俺たちの、な」
シリスが徴発的な笑みを浮かべて俺を見た。
俺はシリスを見返し、神妙に頷く。
「あの拠点を改めるには、時間がかかりそうだな」
「はい。王都に伝令は出しましたから、増援は来るでしょうけど……」
俺とシリスは並んで馬を進める。俺たちの後ろには、3騎が護衛として追従していた。
「増援を待つ間、リコットとラウル君を呼びましょう。船で待ってるんですよね?」
「ああ」
「魔獣関連は彼らに見てもらいましょう。専門家だし、もしかしたらラウル君のお祖父さんの行方、分かるかもしれません」
俺はあの本を思い出す。
敵拠点の制圧はほぼ完了した。
残念ながら、女王核や陸はまだ発見出来ていない。しかし、押収した膨大な資料を確認すれば、あるいは次に繋がる手がかりはあるかもしれない。
それに、2つ見つかった拠点は、もしかしたら3つあるかもしれないし……。
それを確かめるには、ウーベンスルト市内の大規模な捜査が必要だ。
「どちらにしても、俺たちには時間が必要だ。それに、この街で自由に活動する保障もな」
シリスが難しそうな顔で前を見た。
「私たちの駐留の件も含めて、ハスター男爵の了解を得なければいけない、ですよね」
俺も前を見る。
夜が明け動き出した街並みには、人影がちらほら見えた。みんな一様に、隊列を組む騎馬隊を不安そうな顔で見ている。その中には、珍しそうに俺を注視している者もいた。屈強な騎士の中にぽつんと埋もれる小柄な俺が、目を引いたのだろうか。
家々からは、朝食の良い匂いが漂って来る。インベルストや王都と様子は違っても、確実にこの場で根付いている人々の生活があるのだ
俺とシリスは、そんな朝の街をハスター男爵の居城に到着した。
ウーベンスルトの領主ハスター男爵は、痩身で鷲鼻、頭が少し薄くなった神経質そうな人物だった。
最初、王直騎士団を名乗ると、ハスター男爵は早急に街から退去せよとメッセージを寄越し、対面顔することさえ出来なかった。
しかし、シリスがリングドワイスの名を出すと、やっとエントランスから応接室に通される。
それほど広くはない部屋に、所狭しと青磁の品々が並ぶ。その合間に置かれたソファーに俺たちは腰掛けていた。
シリスは泰然と。
俺は緊張に身を固めながらも、揃えた膝の上で拳を握る。
慌ただしい足音と共に応接室に入って来たハスター男爵は、挨拶もせず、その細面を真っ赤にして怒りを露わにした。
「これは王統府の横暴である!貴族の自治権の侵害だ!いくらリングドワイスとはいえ、礼節というものがあるだろう!」
椅子にも座らず、拳を振り上げて男爵は激高した。甲高い声がきんきんと響く。
俺は内心ドキドキだったが、頑張って無表情を保つ。
シリスは、逆に凍てつくような冷ややかな表情で男爵を見た。
「勘違いされるな。これは王命による正式な作戦行動だ」
シリスが嘲笑う。
俺はさっと陛下の命令書と男爵宛ての親書を取り出し、差し出した。
男爵がそれを忌々しげに見る。
「男爵には、今後作戦に係わる王直騎士団の行動、駐留について、認めて頂きたい」
「駐留だと!馬鹿な!」
さらに男爵の顔が真っ赤になった。
「現在私たちは、2カ所の敵拠点を制圧しました。ウーベンスルト市内にさらなる敵の施設が存在する可能性があります。ご協力をお願いします」
俺はシリスの後を継いで、男爵を見上げた。
ギロリと男爵が目を向ける。鼓動が高まる。
「2箇所だと……馬鹿な。話が違う……」
先程まで真っ赤になって怒鳴っていた男爵は、今度は真っ青な表情になり、どかりと椅子に崩れ落ちた。
「しかし、王直騎士団の駐留など、断じて認めるわけには……」
「治安の維持は、統治の基本です」
俺は少し俯いて目を細める。そして微笑むと、正面から男爵の目を見た。
「ところがウーベンスルトの街には、危険な武装集団が存在しました。その摘発を、王直騎士団がお手伝いしようと申し上げているだけのことです。男爵さまにとって不利益はございますか?」」
俺は膝の上で指を突き合わせる。
「そ、そのような事、我ら男爵領の問題だ。王統府に口を出される謂われは……」
それを聞いた俺は、にこっと微笑んだ。
「ではその領内の問題を今日まで放置していたハスターさまは、果たして統治能力に問題がないのでしょうか?」
俺は口元を三日月に形作ったまま、言葉を続けた。
「ハスターさまの統治能力に疑問がある。王統府ならそう思うでしょう。しかし我々は軍務省であり王直騎士団です」
「……馬鹿な」
ハスター男爵は、まるで喉元に突きつけられている刃を躱そうとするかのように顎を上げた。
「私達は、賊の調査以外は職務にないのです」
「男爵。うちの参謀の言葉、聞き入れてもらえたかな?」
シリスが笑いをかみ殺すように身を屈め、青から蒼白になりつつあるその男爵の顔を見た。
「おっかなかったな。さっきのカナデ」
シリスが可笑しそうに言う。
「む、内心どきどきしてたんですよ」
私は隣のシリスを睨み上げた。
激怒する人の前に立つのも、その怒りを向けられるのも、平気な訳がない。心臓はバクバク破裂しそうだったし、握った手には、爪が食い込んで痛いほど力が入っていた。
それでも俺が頑張れたのは、騎士団のみんなが血を流しても頑張ったその成果を無駄にしないためだ。ここで敵を一網打尽にしなければ、今日の戦いの意味が半減してしまうから。
そのためなら、ちょっとぐらい怒られるなんて、全然大丈夫。
ハスター男爵から王直騎士団駐留とウーベンスルト警備隊の捜査協力の内諾を得た俺たちは、並んで歩きながら、ハスター男爵の居城を後にする。
歩幅の狭い俺は、普通に歩くとすぐにシリスに離されてしまうので、その度にぱたぱたと小走りに追いつく。
外に出ると、日差しの眩しさに思わず手を掲げ、目を細めた。
いつの間にか太陽が天高く輝いていた。もう静謐な朝の雰囲気は感じられず、暖かな日差しがあまねく世界に降り注ぐ。
「黒ですね」
俺はぽつり呟いた。
馬の具合を確かめていたシリスが振り返る。
「ああ。根は深いな」
シリスが真っ直ぐに私を見た。
ハスター男爵はトカゲの尻尾切りを知っている。
しかし、ハスター男爵が全てを取り仕切っているとは思えない。
根は、ずっと深い。
そして不可解な黒騎士の動き……。
「カナデ。お前は一度王都に戻れ」
シリスが馬に跨りながら俺を見た。
「確保した証拠を持って王都に戻ってくれ。あのリコットの船なら早いだろう」
俺はシリスを見上げて頷いた。
魔獣騒乱の裏で暗躍する組織の一端は押さえることが出来た。そして、その裏に潜むものの一端も見えてきた。
俺もコートの裾を翻して騎乗する。そして仲間たちの場所に向かって駆け出した。
しかし、先はまだまだ長そうだ。
泥臭い市街戦は少し割愛です。長くなりそうなので……。
読んでいただき、ありがとうございました!




