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雪色エトランゼ  作者:
第2部
76/115

Act:76

 夜の静寂を裂いて、ウーベンスルトの正門を封鎖すべく、騎士や兵達が慌ただしく動いていた。陛下の命令書を前に何とか引き下がった正門警備隊長が、そんな光景を不愉快そうに睨みつけていた。

 俺はじっと街の方を窺う。

 状況が気になる。

 そこに、グラスが近付いて来た。

「カナデさま。兵の配置、完了しました。城壁の上にも物見を立たせてあります」

「わかりました」

 俺は頷く。

「暗い街ですな。入り組んでいそうだし、朝を待たないと一帯の確認は……」

 言葉の途中でグラスが沈黙する。俺は彼の顔を見てから、怪訝そうな表情を浮かべるその視線を追った。

 なるほど。

 密集する建物の上を、ぴょんぴょん飛びながらこちらに近付いて来る人影があった。

 もちろんあんな動きは常人ではない。顔は見れなくとも、だいたい誰かは分かる。

 案の定、長弓を背負った夏奈が、くるくると回りながらすたっと俺の前に着地した。

「カナデちゃん、シリスさんから、伝言だよ。えっと、対象の制圧に成功。カナデちゃんにも来て欲しいって」

 俺はグラスと目配せした。

「ハワード小隊!カナデさまに従え!」

 グラスが叫んだ。

「夏奈、状況はいかがですか?」

「今のところ問題無いみたい。拍子抜けだってシリスさんは言ってたよ」

 夏奈の言葉に俺は眉をひそめた。

 逃げられたか?

 俺は馬首を回らせる。

「案内してもらえますか?」

「了〜解」

 夏奈がふわりと俺の後ろに跨った。

「夏奈、自分で走った方が早いのでは?」

 俺が半眼で睨むと、夏奈はにゃははっと笑った。

 もう……しょうがないな。

「では、夏奈、案内を……ひゃ、そんなとこっ!」

 突然ブレスプレートの切れ目から、夏奈が俺の腰に抱きついて来た。

「夏奈……!」

 俺は取り落としそうになった手綱をきつく握り、夏奈を睨んだ。乗り手の動揺に、馬が不快そうに頭を振った。

「あの、カナデさま。よろしいんで……?」

 グラスが何故か照れたように顔を背けていた。

「問題ありません!出ます。この場はよろしくお願いします、グラス」

 俺はそう言い放つと、暗い街の中に駆け出す。俺に続いて、ハワード小隊9名が隊列を組んで走り出す。

 狭い通りに、馬蹄の音が響いた。



 ウーベンスルトの街並みは、予想していた通り入り組んだ構造をしていた。

 細い通り、不規則な交差点。まばらな街灯が小さな光の円を街路に落とす。照らし出されているのは、ごく狭い空間だけ。

 まるで石造りの迷宮のようだ。その奥底には魔人が潜んでいてもおかしくなさそうな……。

 あるいは、深い夜の闇と静寂が、そんな感慨を抱かせたのかもしれない。

 夏奈の指示に従い、俺たちはそんな街の中を駆け抜ける。

 大通りすらも、しばらく進むと路地と変わらない道幅になってしまった。

「そこ左だよ。左入って真っ直ぐをまた左」

 角を曲がる。

 見通しの利かない狭い道は、俺たちのスピードを削いで行く。これなら、屋根の上を走れるブレイバー組の方が動きが早い。

 実際はさほどでもない距離だろう。しかし体感的には随分と走った気がした。

 目標の建物は、路地の中、少し道幅が広がり、小さな広場になった場所に面した普通の民家だった。今は、その前だけが煌々と明かりを灯され、鎧姿の騎士たちが慌ただしく動き回っていた。

 シリスの先遣隊だ。

 周辺警戒に当たっていた騎士が、暗闇から現れた俺たちに一瞬警戒を示す。しかし俺の顔を見ると、にっこり笑って頭を下げた。

 確かに、さほど緊迫した感じは受けない。

 俺たちは下馬する。夏奈は身軽に馬上から飛び降りた。

「ハワード、それぞれ通りを警戒しつつ待機」

「了解です」

 ハワードは兜から見えるちょび髭が自慢の陽気なおじさんだ。

 俺は馬を兵に預け、対象の建物に歩み寄った。

 蹴破られたドアの前に騎士が2人、歩哨に立っていた。その中から、兜を脱いだ赤髪の女騎士、レティシアが出てくる。

 レティシアは、俺を見ると、ぱっと顔を輝かせた。

「カナデさま!お疲れ様です!」

「お疲れ様、レティシア。状況は?」

「はい!」

 レティシアが表情を引き締め、姿勢を正した。

「現在建物の上、3階は制圧しました。抵抗は微々たるものでした。3人仕留めました。6人を拘束。先ほど地下室が見つかったので、冒険者の少年と4名が突入中です」

 優人……。

 俺は一応ほっと息を吐く。

「こちらの損害は?」

「ありません」

 負傷者がいないのは嬉しいが、やはり拠点にしては抵抗が無さ過ぎる。

 俺は顎に手を当て、黙考する。

「カナデさま?」

 やはり事前に作戦が漏洩していたか?しかし拘束者がいるという事は、完全な空振りでもないし……。

 考え込む俺の前で、歩哨が姿勢を正した。顔を上げると、建物の入り口にシリスが姿を現す所だった。

 鎧姿だ。

 眉間にしわ寄せて真面目な表情を浮かべる姿は、見た目だけは凛々しい騎士さまに見えないこともない。ことも、ない。

「シリス!」

 私は声を上げると、そちらにぱたぱたと歩み寄った。

「もう、カナデさまったら。シリスティエールさまを見た途端、生き生きされて……」

 ぼそりとレティシアが呟くのが聞こえた。

 ……。

 馬鹿な。

 俺は一旦立ち止まる。

 ふうっ。

 そして意識してゆっくりとシリスに向かって歩いた。

「状況は聞いたか?」

 シリスが俺を見て腕を組む。

「はい」

「カナデの考えは?」

 俺は目だけでシリスを見上げた。

「作戦の漏洩。この程度の拠点だった、そして、ここが本命でない……とか」

 シリスは我が意を得たとばかりに、にとと笑った。

「最後の案、賛成だ。ここが判明してから、内偵を張り付かせていたが、ここはどうも出城の感がある。詳細はもう少し調べてからだがな」

「でも本丸を見つけるには、私たちに土地勘はありません」

「だから土地勘のあるものに協力してもらう」

「ハスター男爵にお願いして、ウーベンスルトの部隊を市街の捜索に動員する?」

「ああ。リングドワイスと軍務省の参謀殿が揃ってお願いして、な」

 俺は微笑んで頷いた。

「いずれにしても、夜が明けてからからですね」

「そうだな」

 突然シリスが私の肩に手を置くと、ぐいっと引き寄せて来た。

 うわっ。

 私の鎧とシリスの鎧がかちゃんとぶつかる。

 な、何を……!

「では俺は地下を見てくる。カナデ、ここは頼むぞ」

 抗議しようとしたのに、シリスはさっさと身を翻して、再び建物に戻って行った。

 私は胸の下で肘を抱いて、その背を睨みつける。

 もうっ、びっくりさせる!

「そうそう、カナデ」

 突然シリスが振り返った。

「拘束した者を……」

「尋問するから、場所の確保ですよね。わかってます!」

 シリスの言葉をさらい、私はむうっと不満を込めてシリスにぶつけた。

 シリスは楽しそうな笑顔で頷くと、建物の奥に消えていった。

 うう……。

 最近ますますシリスのペースに飲み込まれている気が……。

 俺は額に手を当ててうなだれながら、任務を遂行すべく振り返った。

 そこには、何故かほんわかした笑顔を浮かべる歩哨の騎士と、手を組んで憧れ視線を照射してくるレティシアがいた。

 えっと……。



 キラキラ目を輝かせるレティシアに声をかけようとした瞬間。

 俺は驚愕に目を見開き、動けなくなった。

 心臓が有り得ない速さで脈打つ。

 全身から一気に汗が吹き出す。

 足が震える。

 手が震える。

 見てはいけない。

 でも、見えてしまう。

 広場の反対側の建物。

 その屋上。

 黒に黒は見えなくなるはず。

 しかし、漆黒の夜闇を背景にしたそれは、闇色の中でなお、浮かび上がって見えた。

 赤い目が輝く。

 禍々しい角が鋭角に尖る漆黒の鎧。

 そこに、

 黒騎士がいた。

 震える俺の手が、半ば自動的に剣の柄を握った。

「カナデさま?」

 レティシアの呟きが妙に大きく響く。

 俺はそれではっと我に帰った。

「レティシア、黒騎士が出ました!優人を早く呼んで!シリスも!」

「えっ」

 そしてレティシアから黒騎士に視線を戻した瞬間、黒騎士は身を翻して建物の向こうに消えようとしていた。

 ダメだ!

 この街に黒騎士がいるとわかった以上、姿を見失う訳にはいかない!

 この街にも一般市民はいる。貴族も、子供も、老人も。そして街の出入り口を閉鎖し、襲撃犯の拠点を捜索中の仲間たちがいる。

 黒騎士の存在は、みんなの脅威だ。

「ハワード、小隊集結!付いて来て下さい。レティシア、ハワード小隊と黒騎士を追います。私からの伝令があるまでここで待機を。優人の準備をお願いします!夏奈は連絡あるまで優人と待機!」

「えっと、カナデちゃん?」

 突然の事に夏奈が呆然としている。俺はその脇を抜け、鞘に手を当て走り出した。

 後ろからハワードたちの隊がついて来る。

「目標は黒騎士です。後を追います。みんな、絶対に手をだしてはいけないです」

 俺が振り返ると、ハワード隊の面々が強張った顔で頷いた。みんなベリル戦役の報告書は読んでいる。黒騎士がいかに危険な相手かは承知している筈だ。

 俺を追い抜いて先行したハワードが、曲がり角で壁に身を寄せる。そして手で停止のサインを出した。

 ハワードが角から先を窺う。俺もその下から恐る恐る顔を出した。

 黒騎士が、狭い路地の真ん中を悠然と歩いていた。俺たちには背を向けている。

 気がつかれていないのか?

 ハワードがハンドサインを送る。

 2人の騎士が頷き、隣の路地に入って行った。別ルートから先回りしようというのだ。

 黒騎士が角を曲がる。

 漆黒のグリーヴが石畳を打つ音が甲高く響く。

 十分に距離を取ったところで、俺達も次の角まで移動した。

 黒騎士、どこに行くんだ……。

 その繰り返しを数度。

 そしていくつ目かの角を覗き込んだ時、ハワードがはっとするのが分かった。

 俺も覗く。

 路地の先。弱い光の街灯が照らす十字路があるだけだった。他には何もない。

 黒騎士の姿が、完全に消えていた。

 そんな……。

 確かについさっき、この角を曲がっていったのに……。

「2人一組で周囲を探索。5分であの十字路に集合しろ。接敵しても戦うな。後退を許可する。行け」

 ハワードが小声で指示を出した。

 騎士たちが音を潜めて散会して行く。

 俺とハワードは、辺りを警戒しながら、街路灯が照らす十字路に向かった。

 ガチャリと音がする。

 俺とハワードは即座に剣に手をかけ、辺りを窺った。

 足音が近付いて来る。

 汗が流れる。

 ハワードが浅く何度も息を吸うのが聞こえた。

 緊張しているのは俺だけじゃない。

 鎧を鳴らし、十字路の街路灯の光の下に現れたのは、最初に別行動を取った騎士の2人だった。

 俺は安堵で座り込みそうになる。

「お前らー」

 ハワードが声をかける。

 騎士たちがこちらを向く。

 その時、街路灯の光の向こうから人影が現れた。

 禿上がった頭の太った男。

「な、何だ、何で騎士がここに居やがる!こっちには来ねーからって話しじゃ!約束が違うぞ!」

 街路灯の下で出くわしたその男は、焦ったように声を上げ身構える。そして腰の剣を抜いた。

 こちらに気を取られていた2人の騎士が振り返ろうとする。しかし……。

「畜生!」

 太った男が斬りかかって来た。

 騎士はとっさに手を上げてガードした。

 ガントレットに刃がぶつかる甲高い音。

 刃は防ぐ。しかし、騎士は男に体当たり受け、倒れ込んでしまった。

「ゴルド!」

 ハワードが叫ぶ。

 路地から男がもう1人飛び出してくる。その手にはダガー。そして、倒れた騎士ゴルドの相方に斬りかかる。鍔迫り合いが始まる。

 その間に、太った男は、倒れたゴルドに剣を振り下ろした。

 赤い血が飛ぶ。

 瞬間、俺は駆けだしていた。

 マントを翻し、一気にトップスピードに。

 同時に剣に手をかける。

 浅く呼吸する。

 男が再び剣を振り上げた。

 駆け込む。

 間に合え!

 鞘走りに白刃が煌めく。

 火花が飛んだ。

 俺が抜きはなった刃は、振り下ろされる男の刃を弾き返した。

 お互い小さく仰け反る。

 しかし俺はその反動を殺して、再度だんっと踏み込んだ。

 おのれっ!

 剣を振るう。

 男の喉元へ。

 くっ……。

 瞬間、刃を返した。

 俺の剣は片刃。

 剣の峰が激しく男の胸を打ち、弾き飛ばした。

 男は石畳の上で悶絶する。

「う、嘘だろ!」

 もう1人のダガーの男が、悲鳴に似た叫びを上げて逃げ出した。

 ハワードが駆け寄って来る。

「ハワード追って!あれは」

 騎士がどうしてここにいる。

 ここには来ない筈。

 約束。

 俺は考える。

 考える。

 その言葉が意味する所は……。 

「あれは、襲撃犯の仲間です!他にも拠点があるんです!それを突き止めて下さい!特定したら包囲、待機!」

「カナデさま!突撃します!ゴルドの仇だ、あいつら、よくも!」

 俺は真っ直ぐにとハワードを見つめる。 

「駄目です。拠点を特定したら、奴らを逃がさないように待機。応援を待ちなさい!敵は、ここで、確実に抑えます!これは厳命です!」

 ハワードが獰猛に顔を歪めながら、逡巡した後、微かに頷いた。

 ハワード達が男を追っていく。

 俺は剣を納め、血を流して呻くゴルドに駆け寄った。

 ゴルドは、肩部、運悪く鎧の隙間を刺された様だ。

 俺は膝をつくと、ゴルドの鎧を外しに掛かる。取れないところは留め革をナイフで切った。

「ゴルド、大丈夫ですか?」

「うう、カナデさま……」

 大丈夫。

 大丈夫。

 大丈夫。

 俺は必死に傷口を押さえる。コートが、鎧が、深紅に染まる。

「安心して、ゴルド。私がいますから」

 俺は微笑んだ。

 焦りと恐れと混乱で、ちゃんと笑えたかどうか保証はない。

 足音が聞こえる。

 先ほど散会した騎士達が戻って来たのだ。

「みんな!」

 俺は叫んだ。

「早く!こっちに!」

 俺は込み上げて来るものを必死に押し止めながら声を上げる。そして、騎士たちの姿を探して、周囲を見回した。

 ふと、その視界に、またあの異形が映ってしまう。

 隣の街路灯。

 少し離れたその光の中。

 真っ黒の鎧に赤い目を輝かせた黒騎士が、じっとこちらを見ていた。

 真っ直ぐ。

 じっと。

 俺は睨み返す。 

 体は震えている。

 呼吸が乱れる。

 本当なら、逃げ出したい。逃げたい。

 しかし、傷付いたゴルドを放ってはいけない。

 仲間なのだ。

 みんなで焚き火を囲んで笑いあった。

 俺は血に濡れた手で剣の柄を握った。

「カナデさま!」

 後ろから救援の騎士が迫る。

 それでも俺は、真っ直ぐに黒騎士を睨み続けた。

 そして。

 黒騎士はゆっくり後ずさる。

 街路灯の光の向こう。

 闇の中に、溶ける様に消えていった。

 戦闘になると、どうしても長くなってしまいますね。

 余計なシーンが多いからでしょうか。


 読んでいただき、ありがとうございました。

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