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雪色エトランゼ  作者:
第2部
73/115

Act:73

 海浜公園の中央にある噴水を挟んで、俺と優人は接近してくるゴーレム兵器と対峙した。

「優人、ありがとう。降ろして下さい」

「ん、ああ、悪い」

 俺は、優人の腕の中からとんっと降り立った。そして素早く周囲に視線を走らせる。

 この海浜公園なら、背後には海が迫る。左右は海岸沿いに開けた砂浜と公園だ。この場所を、俺たちをこっそり監視しようとするならば、ゴーレム兵器が迫り来るその背後の建物しかない。

 ……よし。

 俺は正眼に剣を構える。

 足の裏がズキズキする。

「優人、あのゴーレムたちを止めます。手伝って下さい」

「おう」

 優人は不満そうに唇を尖らせる。

「だけど、もしかして俺が呼び出されたのって、このためだけか?」

 俺は優人を見上げてふふっと笑った。

「それだけじゃないですよ?」

 優人は不満なのか嬉しいのかわからないような奇妙な表情を浮かべ、竜殺しの大剣を構えた。

「優人、お願いが」

 俺はゴーレム群の方を睨みつけながら、呟く。

「私が合図するまでは、ゴーレムを倒さないで下さい。出来れば苦戦してるふりも」

「……何だよ、悪巧みか?」

 俺は優人を一瞥すると不適に笑った。

 あ、今の、少しシリスに似てたかも。

 優人がマントを翻してゴーレム群に突撃する。

 先頭の中型ゴーレムを剣の腹で叩き、飛びかかって来るもう一体を回し蹴りで吹き飛ばした。金属のひしゃげる音がして、人型ゴーレムが煉瓦の壁に突っ込む。

 優人、手加減してくれている。

 本当なら、最初の一撃で2体同時に両断出来ただろう。

 続いて後続の大型が、優人目がけて腕を振り下ろす。優人はそれを剣で受け、耐えきれないように後方に下がった。

 あの程度で優人が怯むはずがない。もちろん演技だ。

 あいつ、なかなか演技派だ。

 中型数体と大型は、正面に立ち塞がる優人と交戦している。しかしそれ以外は、真っ直ぐ俺に向かって来た。

 俺はギリギリまで引きつけ、そして後ろを向いて逃げ出した。

 足が痛い。

 耐えろ……!

 こちらの最大戦力であり、切り札である優人から離れてしまう愚は犯さない。優人を中心にぐるぐる逃げ回る。

 追い付かれそうになると、俺は振り返り、剣を構える。突撃して来る中型の腕を弾き、その懐に飛び込むと、全体重を乗せた突きを放つ。

 それでも中型ゴーレムはよろけるだけだ。

 俺にゴーレムは倒せない。

 今は、時間を稼ぐのだ。

 そこに、優人が援護に入ってくれる。

 俺はまた逃げる。

 はっ、はっ、はっ。

 もうすっかり息は上がっていた。

 吹き出す額の汗を乱暴に拭い、髪を掻き上げた。顎の先から滴る汗が不快だった。

 その時、公園の入り口、街の方から走って現れたアリサが、俺に向かって大きく両腕を振っていた。

 お願いしておいた作戦の準備完了の合図だ!

 俺はふっと笑った。

 自分を鼓舞するように。

 さぁ、もう少し頑張るんだ!

 俺は左から迫る中型ゴーレムに、くるりと体を回転させた勢いをそのまま、横薙の一撃を頭部に放つ。 刃とゴーレムの金属がぶつかる甲高い音が響き渡った。

 中型ゴーレムがよろめきながら後退する。

「優人ぉ!」

 組み合っていた大型を押し返し跳躍した優人が、とすっと俺の隣に降り立った。そのマントが、潮風に広がる。

 俺は剣を杖代わりに地面に突き立て、ゴーレムたちを睨んだ。

「お待たせしました。ふりはここまでです」

 俺が優人を見上げる。優人が俺を見下ろした。

「何だ、もういいのか」

 優人がにっと笑う。

 俺とは違い汗一つかいていない優人が、無造作に剣を振るった。

 銀の軌跡が空に残像を描く。

 同時に、俺に迫っていたゴーレムの、鉄兜形をした頭部が宙に舞う。

 ガシャンと音を立てて、中型ゴーレムが崩れ落ちた。

 そこからは一方的な破壊だった。

 剣に銀の光を宿した優人が踏み込む度に、中型ゴーレム兵器が崩れ落ちる。一合で2体。一撃で3体。俺はただ剣を地に突いて、その光景を眺めているしかなかった。

 いや、わかってた。けど……。

 優人、強い。

 あっという間に最後の中型を屠った優人が顔を上げた。にっと不敵に笑う。

 俺は、賞賛の意味を込めて微笑み、頷いた。

 優人は、柄にもなく照れたように顔を背けると、最後に残る大型ゴーレム兵器に向き直った。

「優人!出来れば大型は壊さないで」

 制御を奪われた原因究明のために、このゴーレムは必要だ。

「なら、どうするんだ?」

 俺は一機目を止めた要領を説明する。背中を向けたまま、優人が頷いた。そして膝をたわませると、だっと跳躍する。一瞬遅れて土煙が上がる。

 俺は一瞬優人を見失った。

 次の瞬間には、カンッと金属音が響き、優人がゴーレム兵器の体の上、頭の後ろに降り立った。

 凄い……。

 俺は唖然とするしかなかった。

 優人は無造作にゴーレム兵器の非常停止装置を作動させる。盛大な音を立てて、ゴーレム兵器が倒れていく。そこから再び跳躍した優人が、俺の前に帰ってきた。

「終わったぞ」

 ああ……本当に目眩がする。

 ふらふらっとよろけた俺は、近くの芝生の上にぺたりと座り込んだ。

 はっ、はっ、はっ。

 俺が勇気を振り絞った一世一代のアクロバット。あれだけ苦労してゴーレムに取りつき、作動させた非常停止装置が、文字通り一瞬……。

 俺は剣を手放して、ギュッと目頭を押さえた。



 しかし、ここからが正念場だ。

「カナデさま!」

 アリサが走りよってきた。

 俺はテールコートを脱ぎ去る。

 汗を含んで体にぴったりと張り付くブラウスからタイを引き抜き、襟元を開とパタパタと風を送った。

 ふうっ。

 立ち上がると、傷ついた足の裏がずきりと痛んだ。よろよろとよろめく俺を、優人が腰に手を回して支えてくれる。

「すみません、ありがとう、優人」

「ん、ああ、いや……」

 俺は微笑み返す。優人は、ちらちらと俺を見ながら仏頂面で頷くだけだった。

 ん?

 俺は優人を見上げて首を傾げる。

 そこに、猛烈な勢いでアリサが駆け込んで来る。

「私のカナデさまから離れなさい、下郎!」

 アリサは氷のように冷たい声で一喝する。

 ……私の?

「アリサ、優人はいいんですよ」

 俺が声をかけると、アリサはきっと俺を見た。

「駄目です」

 そして優人から引き剥がすように俺をぎゅっと抱き締める。

「アリサ、痛いでふゅ」

「カナデさま。この男はカナデさまをいやらしい目で見ていました。それだけで死刑です!」

 むごむご。

 アリサが俺を抱き締める手にぎゅっと力を入れた。

「苦ひひ、ヒャリサ」

「し、失礼しました」

 俺は解放されると大きく深呼吸した。

「アリサ、優人は大丈夫です。優人はそんな奴じゃないから」

 ねっ、と俺は優人に笑いかけた。

「お、おう……」

 優人、何故目をそらす。

 アリサが自分のテールコートを脱いで俺にかけてくれる。

「それでアリサ、状況は?」

 俺はコートの前を合わせながらアリサを見遣る。

 アリサが姿勢を正した。

「カナデさまのご指示通り、この公園が目視出来る範囲の建物は、全て騎士団で押さえました。街路、路地も向こう2ブロックまで完全封鎖中です」

「短時間に、よくやってくれました」

「光栄です」

 アリサが嬉しそうに笑った。今まで見たことのない無邪気な笑顔だった。

「研究所は?」

「現在も封鎖中。職員を一カ所に集め、身分確認中です」

 その中に、今回の襲撃犯がいれば……。

 あとは……。

「では、封鎖中のこの公園周りで居残っている者を捜索。発見次第、身元が判明するまで一旦拘束して下さい」

「はい!」

 普通の市民は既に退避済みだ。それでもこの場所に残り、戦況を観察していた者こそ、襲撃犯。もしくはそれに属すものだ。

 俺の作戦は、単純に優人という戦力と合流するために海浜公園を目指しただけではない。襲撃犯をここまで誘導し、戦いながら時間を稼ぐ。その間に騎士団で周囲を囲んでしまう目的があった。監視場所を限定できるここなら、騎士団の包囲も早い。

 あとは、広げた網の中に、ちゃんと獲物がかかっている事を祈るばかりだ。

「アリサ、不審者の確保に当たっては、その自刃や殺害に十分留意して下さい。その旨徹底されていますね?」

「徹底しております」

 もし襲撃犯がマームステン博士を誘拐したのと同系統の組織なら、失敗者の口を封じるくらいの事は想定される。それは何としても防ぎたい。

「それと、アリサ。私はこれから総督に事態のご説明に……へ、へくしゅ」

 うう、くしゃみが出てしまった。

 汗で濡れたブラウスが急激に冷えて来ていた。

 少し寒い……。

「わかりました。これから馬車を借りてきますから。まず手当てとシャワーを!」

 駆け出そうとするアリサの袖をひっぱって俺は彼女を止めた。

「アリサ、申し訳ないけど、私の変わりにこの場を見届けてもらえませんか。直ぐに戻りますから」

 さすがにこの格好ではいられない。総督への説明にもいけないか……。

 俺が見上げると、アリサは息を呑む。

「そのような大役……それにカナデさまをお連れしなければ……」

「リコットの船なら、少し向こうに停泊してるぞ。シャワーもあるし、救急箱もある」

 腕組みをして俺とアリサのやり取りを聞いていた優人が不意に声を上げた。

 おお、優人たち船で来ていたのか。

「では優人、お願いします」

 俺が頷くと、アリサが顔を青くした。

「ダメです、カナデさま!こんな野蛮人と!」

「アリサ、後で迎えを下さい。総督には私が出向くと伝えてくだ……へくちゅっ!」

 うぐぐ。

「ん」

 優人がおもむろに俺の前にしゃがんだ。

「カナデさま!危険です!」

 おんぶされる俺を見て、アリサが悲鳴を上げた。

 危険だって、優人。

 ふふっ。

 俺はアリサに微笑んで頷いた。

「いくぞ」

 優人が歩き出す。

 ふうぅ。

 その背中で揺られながら俺は目を閉じてそっと息を吐いた。こうして優人におんぶしてもらい越えた冬の山を思い出す。

 俺は今頃になって震える手をぎゅっと握りしめ、優人に体重を預けた。ずっと張り詰めていた緊張の糸が、ぷつりと切れた気がした。



 到着したリコット号は、以前乗船した時と少し形が変わっていた。

 後方に折り畳まれていたマスト部分が完全になくなり、船尾に新手の機械のようなものが装置されていた。

 何だろう……?

 船に上がると、夏奈と禿頭さんが俺を迎えてくれた。ボロボロの俺を背負う優人を見て、夏奈が固まる。

「優人がカナデちゃんを誘拐して来た!」

 ため息を吐く優人の背中から、俺はひらひらと手を振った。

 リコット号の中でシャワーを浴びる。

 ピリッと熱いお湯が、全身にへばり付いた汗と疲労を流してくれるようだった。

 頭からお湯を浴びながら、私は曇った鏡をきゅっと拭う。

 鏡の中の濡れた髪の少女と視線を合わせる。

 これで襲撃犯を確保出来たなら、ここからは私たちが攻勢をかける番だ。

 なんとしても、陸に追いつく……。

 痛っ……。

 流れ落ちる水滴を拭おうとして手を上げ、思わず顔をしかめた。

 白い肌の左肩が、真っ赤になっていた。

 きっと一機目のゴーレム兵器を止めた時に地面に打ちつけたのだ。

 また、怒られるかな……。

 シリスに。

 お父さまに……。

 私は赤くなった箇所にそっと触れる。

 シャワーを終え、夏奈が用意してくれた服に着替える。多分夏奈の私服だろうが、しかし幾分サイズが合わなかった。

 少し息苦しい。

 しょうがないので、下のショートパンツだけ借りて、上は優人にシャツをかりた。

 優人のシャツ、ブカブカだった。

 昔は、そんなに体格は違わなかった筈だ。負けてたのは認めるが……。それがいつの間にか、こんなにも差が出来てしまったんだ。

 私はだぼっと長い優人のシャツを広げてみる。こうすると、ショートパンツが見えなくて裾の短いワンピースを着ているみたいだった。

 サイズが合わなかった事を告げると、何故か部屋の隅で打ちひしがれて座り込んでしまった夏奈をよそに、禿頭さんが熱いお茶を入れてくれた。その体の芯から温めてくれるお茶をすすって、私はふうっと目を細める。両手に握ったカップの温かさが、妙に心地良かった。

「ありがとうございます」

 お礼を言うと、禿頭さんがにっこり笑った。

「カナデ、お迎えが来たぞ」

 そこに、船室の窓から優人が顔を出した。その表情はなんだか微妙だ。

 早いな、アリサ。

 側舷に出ると、ふ頭に2個小隊を従えたアリサが仁王立ちしていた。

 時刻はいつの間にか日が傾き始めた頃。甲板の上に、しんと涼やかな潮風が吹き抜けて行く。その空気の冷たさが、夜を予感させる。たぶん綺麗だろう夕日は、残念ながらここからは見えなかった。

「じゃあ、優人、また後でね」

「おう」

 船の手すりに腕を乗せている優人と頷き合う。そして微笑みながら視線を交わした。

 ふ頭に降り立つと、足早に厳しい顔のアリサが近付いて来た。

「男物を着られたカナデさまも可憐です」

 アリサが真面目な顔のままふっと視線を逸らした。

 いや、そんなに改めて言われると恥ずかし……。

 私は優人のシャツの裾をきゅっと握り締めた。

「うう、いえ、そんなことより」

 少しだけ首を振る。そして俺はきっと表情を引き締めた。

「首尾はいかがですか?」

 不安と期待に胸がドキリと高鳴る。

「不審人物2名の確保に成功しました。研究所で一名。海浜公園を見張っていた者一名です」

 ……よし。上出来だ。

 俺は笑顔を浮かべてしまいそうなのを、意識して制する。

 まだ油断していい局面ではない。

「ではその2名に話を聞いた後、王都に護送しましょう」

 俺が歩き出すと、後ろからアリサがついて来た。

「研究所並びに技術省の警備、捜査要員は、交代が来るまで待機させてください」

「はい」

 隊列を組む騎士隊が、ざっと俺の道を開けてくれた。

「ハインド主任にも事情を聞きます。後で私のところに来てほしいと伝えて下さい」

 俺が通り過ぎるのに合わせて、騎士たちががちゃっと姿勢を正して行く。

 俺は居並ぶみんなを見回し、頷いた。

「みなさんお疲れ様でした。では各員撤収します」

「撤収!」

 アリサの声が始まったばかりの夜に吸い込まれていく。

 やっと、姿の見えない何か、恐らくは敵に追いつける。

 俺たちは、今その一歩を踏みしめている。 

リコット号の新たな機能については、また後ほど描いていきたいと思います。


 読んでいただき、ありがとうございました。

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