Act:72
けたたましい警報音が鳴り響く。耳が変になりそうだった。
耳障りな金属の悲鳴を上げて、ゴーレム兵器の腕が振り上げられる。関節からぱらぱらと何かが舞い落ち、頭部の光がチカチカと明滅していた。
嫌な、予感がっ!
「退避!」
瞬間、俺は叫んでいた。
そして同時に大きく飛び退る。
ぶんっと空気を切る音がした。
先ほどまで俺がいた場所に、ゴーレム兵器の巨大な金属の拳が打ち付けられる。火花が飛び散る。金属と金属が激突する甲高い音が反響した。
心臓が激しく脈打つ。
何だというんだ!
2機のゴーレム兵器の光を宿したその顔が、ガコンと動き、俺を正面に捉えた。
ああ、何てことだ……!
「ハインド主任!あれを止めて下さい!カナデさまが!」
アリサが絶叫した。
「馬鹿な!いや、我々はまだ何もしていない!」
ゴーレム兵器が腕を振るう。俺は右に飛び、それを躱した。そこにもう一機の拳が迫る。俺はクラウチングスタートの姿勢から思い切って前に飛び込んだ。
はっ!
「主任、止めてください、早く!」
アリサの必死の叫びに、ハインド主任が壁際の操作台に駆け寄った。
その間も次々と繰り出されるゴーレム兵器の腕を、俺はなんとか回避する。
幸い動きはそれ程速くない。
落ち着け、落ち着け。
恐れなくても大丈夫だ……!
「カナデお嬢さま!ゴーレム兵器は制御の腕輪で遠隔操作されています!ここからでは……」
轟音を上げて通過する腕を、前方に転がりながら回避する。すぐさま俺は髪を振り乱して立ち上がった。
はっ、はっ、はっ!
うう、スカートでは動き辛い。
「どうした!」
「カナデさま、何が……きゃ!」
その時、遺跡の入り口を警備していた騎士たちが突入して来た。悲鳴を上げたのは、ゴーレム兵器を振り仰いだヘルミーナだ。
「騎士の方、私に剣を!」
俺は叫ぶ。
状況を計りかねた騎士たちは、自分の剣を構えてゴーレム兵器に対峙した。困惑の呻き声が聞こえる。
俺は、ゴーレムたちの注意が騎士たちに向いたのを確認し、踵を返して全力で走る。
一旦ゴーレム兵器と距離を取る。
考えろ、考えろ、考えろ!
俺たちがゴーレム兵器に近づいたタイミングを見計らったような動き。
遠隔操作されているゴーレム兵器。
誤作動や暴走ではない。
人為的な襲撃だ!
「アリサ!この襲撃の犯人が近くにいるはずです!至急研究所と技術省を緊急封鎖!私の名で構いません!誰も出さないで!それと」
俺は一瞬考える。しかし……必要な措置だ。万が一に備えて。
「それと、付近の市民の避難誘導を!」
「は、いえ、カナデさまが……」
狼狽えるアリサを俺は睨みつけた。
「アリサ、行きなさい!警備の騎士の方は、倉庫内又は付近を探索!不審者を押さえて!」
「りょ、了解した」
ゴーレム兵器の頭部がガコンと動き、膝をついて息を整える俺を見据えた。遅れて体も方向転換し、俺の方を向く。
騎士たちには向かって行かない。攻撃も加えない。
俺の方に真っ直ぐやって来る。
狙いは……俺なのか?
「ヘルミーナ、剣を!ヘルミーナ!」
俺の叫びに、呆然としていたヘルミーナがぎこちない動きでこちらを見た。その顔は、恐怖に強張ってしまっていた。
俺は、ゆっくりと微笑む。そして頷く。
……大丈夫、だから。
「ヘルミーナ」
彼女ははっとすると、腰から鞘ごと剣を外し、俺の方に滑らせた。
くるくる回りながら滑ってくる剣を、俺は走り込みながらすくい上げる。そして勢い良く抜き放つと、鞘を放り、その場にしゃがみ込んだ。
切っ先で左足側のタイトスカートに切れ目を入れる。そして思い切ってスカートを裂いた。
これで足の動きが自由になる。同時にスカートの隙間から、白い下着がちらっと覗いた。
うわっ、しまった、やりすぎた!
顔がぼんっと赤くなる。
そんな俺になどお構いなしに、ゴーレム兵器の拳が空を切り裂いて迫る。
軽く息を吐いて左に避ける!
巻き上げられた空気が突風となって髪を揺らす。
その伸びきった腕に一閃!
俺の斬撃は、甲高い音と共に弾かれてしまった。
だめか……!
「ハインド主任!これを止める方法はないんですか?」
ゴーレムの左ストレートをかいくぐり、もう一機の足元に潜り込む。踏まれないよう小刻みに体の位置を変える。
「この型は……」
ハインド主任が操作台から顔を上げた。
「体の後方上、頭部の後ろ側に非常停止ボタンが!」
っ!
厄介な場所に!
俺はゴーレムの股をくぐり抜け走り出した。
俺は全力で走る。
走りにくいパンプスを脱ぎ捨てる。
そしてゴーレムが追いついて来る前に、タラップを駆け上がった。
二階にあたる高さでぐるりと倉庫の内壁を廻る通路は、ちょうどゴーレムの目線の位置だ。
俺は低く身を屈め、通路を走り抜ける。
たったったっと素足が金属の床を踏む音が響いた。
ゴーレム兵器が拳を振り上げる。
轟音と火花。
俺を見失ったかのように、2機のゴーレムはでたらめに通路を打ち据える。そしてとうとう、俺の眼前に金属の巨腕が突き刺さった。
涙をこらえる。
歯を食いしばる。
今だ!
俺はその腕に飛び乗ると、腕伝いに一気にゴーレムの本体まで走った。
腕が揺れる。
踏ん張る。
バランスを!
半ば転げ落ちるように俺は辛うじてゴーレムの頭部のとっかかりに掴まれた。
「主任、どこ!」
「お嬢さま、なんて無茶を……」
「早く!あんまり保たない!」
ゴーレム兵器が頭と胴をがくがくと動かす。俺を振り払おうともがいているのだ。
掴まる腕が痺れる。
「頭の後ろだ!黄色と黒の縞々!割って引き抜く!回して押し込む!」
俺はその危険そうな配色に囲まれた面を、剣の柄頭で叩き割った。そして剣を捨てると、中のレバーを力いっぱい引く。そして捻って押し込む!
がくんっとゴーレム兵器の身体が震えた。
俺を振り下ろそうとしていた動きがピタリと止まり、どしんと膝を突く。そしてうつ伏せに倒れ伏した。
その衝撃で俺は床に投げ出される。
冷たい床に打ち据えられ、その勢いが殺せずにごろごろ転がった。
変にぶつけたのか、肩がずきりと痛い。
しかし、まだだ。まだ次を!
「なんて、お嬢さまだ……」
「カ、カナデさま……」
主任とヘルミーナの呟きが遠くに聞こえた。
俺は同じ要領でもう一機を止めようと起き上がり、走り出す。しかし直ぐに急停止させられた。
倉庫の壁の一面は、外へと続く物資搬入用の大扉になっていた。これも、遺跡の構造物ではない。研究所の後付けの扉だ。その扉が、ミシミシと悲鳴を上げて破られた。
破孔から、歪な人型がわらわらと侵入して来る。
「中型ゴーレム兵器ナユタウ125番から139番機!お前たちも操られたのか!」
ハインド主任が信じられないという風に叫んだ。
かつて南公の息女レミリアが王都でのゴーレム騒ぎ巻き込まれ、その際に襲われたという中型クラスのゴーレム兵器が14体。不気味な機械の人形が、カタカタと首を揺らしながら、あるいは四つん這いになりながら、俺に迫って来る。
確かにあんな気味悪いものから助けてもらえば、あの優人ですら勇者さまに見えるかもしれない。
大きさやシルエットはほぼ人間サイズ。ただ、顔はのっぺりとした鉄兜に、目の位置に黒い穴が2つ開いているだけ。体は人間というよりも突起物のない骸骨のような形状だった。
それらが歪な歩みで寄って来る。完全な人型だからこそ、なおの事その歪さが目立つ。
中型ゴーレム群は、何とかコントロールを取り戻そうと試みているハインド主任でも、呆然と立ち尽くしているヘルミーナでもなく、真っ直ぐ俺を目指して迫ってくる。
どしんと振動が響く。振り返らなくてもわかる。背後からは、残った大型が迫っているのだ。
どうする……。
俺は先ほど捨てたヘルミーナの剣を拾い上げた。
どうする……。
狙いは俺だ。
先ほどの作戦は使えない。
人型がどれほど強いか分からないが、二階の細い通路に上がった途端、身動きを封じられる可能性がある。
俺は前方の人型をきっと睨みつけた。
しかしこれはチャンスだ。
俺がゴーレム兵器を引きつければ引きつける程、アリサたちがこの襲撃の犯人を探し当てる時間が稼げる。
もし襲撃犯が、過去ゴーレムを使用したことのある魔獣の利用を意図する者の一派なら、犯人確保は行方不明の女王核、そして陸への大きな突破口になるかもしれない。
このタイミングで女王核の捜索を行っている俺への襲撃。
可能性は十分にある。
ならばひるんでなんかいられない!
「主任。これからゴーレム兵器を誘導します。正面の大扉を開けて下さい」
ハインド主任は訝しげに俺を見たが、頷いてくれた。
主任が何かを操作すると、大扉が軋みを上げながら開きだした。
「ヘルミーナ」
「は、はいっ!」
「あなたも怪しい者の探索に。重要な任務です。あなたに任せます」
「でも、カナデさま……!」
ヘルミーナは泣きそうな顔だった。
初陣だもの、しょうがない。
「騎士さま」
俺は微笑む。
「頼りにしてます」
しばらく視線を交えた後、不安そうな表情のままヘルミーナは頷いた。
大きく息を吸う。
そして吐く。
ヘルミーナたちに偉そうに講義した手前、緊張と恐怖でカタカタなる顎とか、小刻みに震える足とかは決して見せられない。
剣に集中する。
「ふぅっ」
俺はたんっと床を蹴って全力で走り出した。
真正面から。
不気味な人型に向かって走る。
俺はその真ん中に斬り込んだ。
伸びてくる腕を斬り上げる。甲高い金属音が響く。掴みかかってくる腕をしゃがん躱す。そして伸びあがるように下段からの斬り上げで、1体の頭部を弾く。
ゴーレムたちが横に広がっていたのが幸いした。俺は3体程を剣で押し返し、囲みを突破した。
しかし金属の兵隊を斬る事はやはりできない。
包囲網を突破した俺は、そのまま半開きの大扉から外に飛び出した。
「カナデさま!」
そこには、隊列を組んだ騎士隊とアリサが待ち構えていた。
アリサは俺の姿を見て顔を青くする。
「カナデさま。お怪我は?」
「大丈夫。それより隊列を解散して!踏みつぶされます!」
倉庫の扉がガンっと悲鳴を上げる。開き切っていない扉を無理やり押しのけて、巨大なゴーレム兵器がぬっと顔を出した。その足元からわらわらと人型が迫ってくる。
「うわぁぁ」
「何だ、あれは!」
騎士隊から悲鳴が上がる。その隊列の半分はどうやら見習いたちのようだ。
「アリサ、私の事より、不審者の確保を!これは厳命です!」
「カナデさま……そんなお体で……」
「それと、アリサ、お願いがあります」
いつもピシッとしているアリサが泣きそうな顔をしている。
その耳元に、俺は作戦を囁いた。
「大丈夫。私を信じて」
彼女の目をじっと見つめる。
恥ずかしそうにアリサは視線を逸らした。
「了解、しました……」
ゴーレム兵器が迫って来る。
俺は走る。
はっ、はっ、はっ。
何も履いていない足の裏がズキズキ痛む。
はっ、はっ、はっ。
テールコートをはためかせ、走る、走る。
息を切らせて研究所の門にたどり着くと、警備の騎士にゴーレム兵器を通したら直ぐに閉門するように告げた。
「カナデさま!」
警備詰所から不安そうな顔を出したのは、スライバーとジームだった。
「ヘルミーナは無事です。安心して」
「へ、ヘルミーナが、カナデさまは……?」
俺は2人に頷き、走り出した。
走る。
走る。
走る。
走り抜ける。
ローテンボーグの石畳の街中を。
はっ、はっ、はっ。
さすがアリサ。
街に人影は見えない。素早い避難誘導だ。
でもっ。
はっ、はっ、
胸が苦しっ。
はっはっ、
まずい、スピードが、落ちるっ。
はっ、はっ、
足が痛い。
汗に張り付く髪がうざったい。
胸の間に、つぅと汗が流れていく。
後ろから大型ゴーレム兵器の重い足音が近づいて来る。
中型の軽快な足音がどんどん迫って来る。
俺はポケットから懐中時計を取り出して一瞥した。
約束の時間よりは随分と早い。
でも……。
俺は街路灯のポールに手をかけて勢い良く角を曲がる。
目の前。
建物の向こうにちらりと海が見えた。
はっ、はっ、はっ……。
もう少し!
またポールに手をかける。
ずきっと足が痛む。
足がもつれる。
なっ、しまっ……!
バランスを崩してしまい、ぐらりと視界が傾く。
そこを突然、ぼすっと受け止められた。
視界が鎧のブレスプレートでふさがり、力強い腕が俺の背に回った。
俺はがしっと抱き止められた。
「な、カナデか!?」
驚きで少し高くなった声が、頭上から降って来た。
「優人、少し背が伸びたですね」
俺はふふっと安堵に顔を綻ばせて、幼馴染の顔を見上げた。
今日、ゴーレム兵器の起動実験の後、手紙で呼び出しておいた優人と会う予定だった。ローテンボーグの大橋、その橋詰の海浜公園で。つまりは、目の前の場所で。
待ち合わせの時間まではまだ少し先だ。
でも俺は確信していた。
もう近くに来ている優人がこの騒ぎを聞きつけて駆けつけて来ると。
優人は前からそうだ。
馬鹿だし、ちゃらんぽらんな所はあるし、一見何を考えているのかわからないところは確かにある。
でも約束は破らない。
待ち合わせに遅れた事なんて一回もない。
「カナデ、その格好、どうしたんだ?」
優人が俺の肩を掴みながらボロボロの俺のつま先から頭まで見回した。頭まで行ってから、また破いたスカートを見る。
うっ……。
「優人、あんまり見ないで欲しい。その、恥ずかしい、し……」
もぞもぞと俯く。
「う、ああ、悪い……、が、何!」
「うわっ」
優人が突然俺を抱きかかえると、大きく後方に跳躍した。優人のマントがまるで大きな羽のように広がった。
その時、通りの向こうからぬっとゴーレム兵器が姿を現した。その足元には嫌悪感を抱かずにはいられない奇妙な動きをした中型群が広がっていく。
「カナデ……」
何かいいたそうに半眼で俺を見た優人が、ため息をついた。
違う、決してこれは俺のせいじゃない……と、思う、けど……。
……。
ごめんなさい。
俺は優人の腕の中でしゅんと小さくなった。
対ロボット戦。
目からビームとか出すと収拾がつかなくなるので、パンチだけです。
読んでいただいて、ありがとうございました。




