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雪色エトランゼ  作者:
第2部
71/115

Act:71

 古い本の独特な匂いが漂う図書館の中。広い窓から、金色に輝く午後の陽光が斜めに射し込んでいた。

 講義時間中だからだろう。

 しんっと静まり返った室内には、ただ俺の踵が床を打つ音が響く。

 俺は、ぎっしりと本棚に詰まった背表紙に目をやりながら、その奥へ奥へと向かう。

 人気のない閲覧ブースに、金髪の髪をまとめた少女が頬杖をつきながらページをめくっていた。

「ヘルミーナ、お待たせしました」

 近付くと、彼女が読んでいた本のページが見えた。

 騎士とお姫さまの大きな挿し絵。

 見覚えのある絵本だった。

「ヘルミーナ、それ……」

 ヘルミーナは恥ずかしそうに絵本の表紙を俺に向けてくれる。

「お姫さまの騎士と黒い獣のお話です。私、このお話が好きで」

 ヘルミーナがパラパラとページを繰った。

「お姫さまのお願いで1人、みんなのために戦う騎士に憧れてるんです」

 はにかむヘルミーナは、まるで小さな子供のような微笑みを浮かべる。

 俺は、ヘルミーナの隣に静かに腰かけると、彼女の手元の本を覗き込んだ。

「この本、私のうちにもありましたよ」

 懐かしい本だ。

 まだインベルストのお屋敷でリリアンナさんに文字を習っていた頃、夜の宿題としてこの本を読んでいた事があった。

「でも、その騎士、最後に大地の裂け目に飛び込んだ後、帰らなかったんですよね」

 俺は下から覗き込むようにヘルミーナを見た。

「はい。でも、その帰りを待ち続けるお姫様が健気で……その場面好きなんです」

 俺は手を伸ばして他のページをめくった。

 千年前のお話。

 大地を覆い尽くす黒い獣と、追い詰められる人たち。

 まるで魔獣と黒海嘯のような記述。

 銀の光をもった騎士が、魔獣を滅ぼす。

 そして、騎士が差し違えたと思われる大地の裂け目の奥に蠢く黒い獣を生み出す存在。

 女王型、のような……。

 改めて見返してみれば、案外今の状況と符合している点が多い。もしかしたら、大昔にも今と同じような魔獣の災厄があったのかもしれない。それが口伝や物語として伝わって、絵本になったとか。

 だとすれば、現状を打破する手掛かりが、もしかしたらそういう昔話の類にあるかもしれない。絵本の中のお姫様たちは、騎士の犠牲で平和を取り戻したのだから。

 今度、文学と魔獣の関連性についてラウル君に相談してみよう。

 ふふっ。

 俺は笑う。

 もっとも、そんなに都合よく行くはずもない、かな。

 その時、机に伏すようにじっと絵本を覗き込んでいた俺の髪に、ヘルミーナがそっと触れた。

「んっ、なんですか?」

「わわ、し、失礼しました!」

 ヘルミーナはガクガクと手を振った。

「その、カナデさまの白の髪が綺麗で、光できらきら輝いていて、ついつい触れてみたくなって!」

 立ち上がり頭を下げるヘルミーナを、俺は苦笑と共になだめる。

 そういえば、隣にいると、よくシリスも私の頭をぽんぽんして来る。

 最初は逐次抗議していたが、ニヤニヤ笑うシリスに「お前の頭がちょうどいい位置にあるのが悪い」とか言われてしまうと、もういいや、という境地に達していた。

 それに、シリス、ポニーテールにしてた髪をむぎゅっと引っ張られたこともある。

 理由は、ふらふらと揺れていたから。

 何なんだろ、全く……!

「あのう、カナデさま……?」

 はっ!

 俺はとっさにヘルミーナに微笑み返した。



 講義は1日一回。毎回違うクラスに行う。それが4回だから、その間はこのアントワリーゼ校に滞在する事になっていた。

 午前は講義。午後は校内設備の視察や教職員との意見交換会、生徒達の授業風景の観覧など、スケジュールがぎっしり組まれていた。

 そして肝心の講義、その第2回目は、なんとか成功させる事が出来た……と思う。

 俺、つまずかなかった。

 しかし講義の後、一部生徒から、何かを期待していたのにという声があることを、ジーム君から教えてもらった。

 なるほど。

 教壇に立つ者は、ただ単に講義をするだけではダメなんだ。

 生徒の期待にも応え、ちゃんと内容が伝わるように、話を聞いてもらえるように、努力していかなければならないんだ。

 うーん、勉強になる。

 しかし、もちろんわざと転ぶわけにもいかないので、何とか講義に工夫すべく俺は考えた。

 そこで第3回目。

 黒板に魔獣の図解を描いてみた。話を聞くだけではやはり眠くなる。視覚的にも興味を持ってもらおうと思ったのだ。

 頑張って狼型の絵を描いてみる。

 ちなみに俺は背が低いので、黒板の下側しか使えない。それでもみんなに見てもらえるよう、うーんと背伸びして描いてみた。

 狼型魔獣は、その素早い動きと凶悪な牙が脅威だ。しかし多数に囲まれる事なく落ち着いて対処すれば、恐れる相手ではない。

「わぁ、あの猫さん、上手ですね」

「怒った猫さんですね、カナデさま」

 そんな解説をしようと思っていた俺は、沈黙する。

 猫……。

 狼型、なんだけど……。

 急遽俺は、インベルスト魔獣襲撃の時に出会ったにゃんこの話に切り替えた。

 ……そんな悲しい挫折もあった。

 でも、最終学年生たちは、俺のそんな拙い講義にも真剣に耳を傾けてくれたし、沢山質問もしてくれた。

 ありがたいことだと思う。

 プライベートな質問も多かったけれど……。

 日程の最期が近づくと、俺も生徒たちと距離を詰めて話をする事が出来るようになっていた。特に女子とは気楽に話せるようになった。

 その誰もが、まだ繰り上げ叙勲ということを実感できていないようだった。

 しかし、誰に話を聞いても、騎士になることにつては躊躇いや後悔はないという。自分の選んだ道だからと笑う生徒もいたし、弱きを守るために戦えるなら光栄だという生徒もいた。

 まだ荒削りな、何の根拠もない自信だ。

 でも、それでも、彼らの目に宿る光に希望と安心を感じてしまうのは、決して気のせいではないと思う。

 戦場は厳しい。

 今までの少ない実戦の経験から、俺が実感していることだ。

 今からそんな戦場に挑む彼らの、願わくば末永い武運を。

 俺は目を瞑り胸に手を当て、そっと祈る。



 アントワリーゼを背中に見送りながら、俺はそっと目元を拭った。俺の隣の席には、生徒から貰った花束が重なっていた。

 狭い馬車の中に、濃い花の香りが漂う。

 無事に騎士訓練校の日程を終えた俺だったが、最後にヘルミーナたち案内役の3人に会えなかったのが少し心残りだった。彼女たちのクラス、つまりは初日に俺が大失敗した講義を受けたクラスは、現在ローテンボーグの街で警備実習についているらしい。

 俺が次に向かうのもローテンボーグ。もしかしたら、彼女たちに会えるかもしれないという微かな期待があった。

 アントワリーゼからローテンボーグまでは、2時間程の道のりだ。

 ノエリア内海を臨む港町であるローテンボーグは、官民問わず多くの研究機関が集まり、そして王国最高学府である大学が存在する学術都市でもある。その大学で学んでいたラウル君の故郷でもあり、彼の祖父マームステン博士が誘拐された街でもあった。

 ローテンボーグの街は、港付近に重要な研究施設などが密集している。王統府の技術省があるのもここだ。そこから陸側に向かって登る丘陵地には住宅街が広がり、逆に海側には湾の入り口に浮かぶ島へと繋がる大橋を見ることが出来た。

 その大橋の先、島まるまる一つを占有しているのが、最高学府、大学の学舎だった。

 遠くから見れば、海の上に白亜の城が浮かんでいるようにも見える。

 そんな光景に目を奪われながら、俺たちはローテンボーグの街に入った。

 ローテンボーグは、王統府の直轄領なので領主たる貴族はいない。変わりに、王都から派遣された総督が街を治めていた。

 到着初日は、その総督との会談や夜の会食で終わった。総督はとにかく良く喋る人だったので、ドレスを着た俺は首を傾げて微笑んでいるだけで良かった。

 そして翌日。

 パリッとした軍務省の礼装に身を包んだ俺は、技術省の隣にあるナユタウ技術研究所に入った。

 もちろん、バートレット大隊に納入される筈の新型ゴーレム兵器の起動実験に立ち会うためだ。

 ゴーレム兵器。それもロクシアン商会からの納入品。

 俺はそれを、この目で確かめておきたかった。

 研究職員とか技術者とかいうと、髪がぼさぼさでよれよれの白衣を着た博士というイメージがある。勝手だが……。

 しかし俺の案内に出てきたナユタウ研究所の主任研究員は、丁寧に撫でつけた髪と日に焼けた肌の、人の良さそうなおじさんだった。

 にっと笑うと覗く白い歯が、爽やかだ。

「どうも、初めまして!当技研主任のハインドといいます。よろしく!」

「参謀部より参りましたカナデ・リムウェアです。よろしくお願いします」

 俺はおずおずとその大きな手を握り返した。

「ではご案内しましょう!きっと驚きの体験が出来る事をお約束致しますよ!」

 キラっと歯を輝かせ、爽やかに笑うハインド主任。俺とアリサはその後をついて歩き出す。

「カナデお嬢さまはゴーレム兵器についてどれくらいご存知でしょうか?おっと失礼。カナデお嬢さまとお呼びしても?」

「ええ、構いません」

 俺はハインド主任についてナユタウ研究所の建物に入る。薄暗く、埃っぽい研究所内部には、海が近いからか、少し潮の香りがした。

「ゴーレム兵器……古代文明が残した機械の兵隊、ですよね?」

「素晴らしい!的確な理解だ!」

 ハインド主任が顔半分だけ振り返り、にっと笑った。

「実は、日々研究に励む我々も、今カナデお嬢さまがおっしゃられた事以上の説明は出来ません。もし付け加えるなら2つ」

 主任は振り返り、後ろ向きに歩き出す。そしてすっと指を立てた。

「1つは、その古代文明は我々など及びもつかない高度な機械文明を誇っていたこと。実際、我々がゴーレム兵器を起動し、操るのも、その文明の遺産を何とか利用しているだけに過ぎないのです」

 大仰に手を広げるハインドに、廊下を行く他の人の視線が集まる。

 俺は眉をひそめた。

「でも、そのような得体の知れない機械を使うのは危険ではないですか?」

「はははっ、さすが噂に聞くお嬢さま。聡明でらっしゃる」

 ハインドは笑いながら右手の大きな引き戸を開けた。

 重々しい音を立てて金属の扉が開く。

「しかしカナデお嬢さま。それが使えるとわかれば、使わずにはいられない。それが人間というものです」

 ハインド主任が悪戯っぽくウインクする。

 それが危険かどうかに係わらず、か……。

「実際あなたもその力を求めて来られた。違いますか?」

 子供のように笑うハインド主任に、俺は返す言葉はない。

 室内に入ると、ひんやりとした空気が肌に触れた。

 様々な器具や装置が並ぶ部屋の突き当たりに、明らかに石造りの壁とは違う黒々とした金属光沢の壁があった。

 その前に警備の騎士が三人立っている。

「ここから先は、古代文明の遺跡をそのまま利用した区画です。なんせ我々はその装置の力がなければ、ゴーレム兵器の起動すらできないので」

 主任は、金属光沢の壁の向こうに伸びる通路に足を踏み入れた。やはり、かつんと金属の音が鳴る。

 俺も恐る恐るその通路に足を延ばした。

「カナデさま!」

 その瞬間、警備をしていた騎士が声を上げた。

 俺はびくっと身を竦ませる。 

 騎士は、顔を隠していた兜を外した。

 金髪の髪がこぼれる。

 驚きの笑顔を浮かべたヘルミーナが、俺を見ていた。

「ヘルミーナ!」

 俺も目を丸くし、しかし直ぐに微笑んだ。

「警備実習ですか?」

「はい、そうなんです!こんなところでカナデさまに再会出来るなんて。スライバーもジームもいるんです!」

「カナデお嬢さま!」

 通路の先からハインド主任の声が反響して来る。

 俺はヘルミーナに苦笑して見せると、手を振った。

「また後でお話しましょう?」



 暗い通路には、転々とランタンが置かれていた。

 俺たちの足音が壁面に反響する。

 足元から光が来ているからだろうか、あまり気持ちのいい空間ではなかった。

 これが古代の遺跡……。

 壁面にそっと触れてみる。

 ひんやりと冷たい。

 つなぎ目も見当たらない金属の壁だ。

 こんなものが遥か古代の遺産だと言われても信じられなかった。まるで最新の建物だ。

「先ほどの話に戻りましょう」

 ハインド主任が俺に振り返る。その声がくわんと反響していた。

「我々の調査で判明した二つ目の事。それは、ゴーレム兵器が明らかに対魔獣戦を想定して作られていると言うことです」

 主任が目の前の扉を開いた。木製の、明らかに後付けした扉だ。

 俺は射し込んできた光に目を細める。

 そこは、広い倉庫のような場所だった。

 同じく金属製の床や壁。壁の上方には手すりのついた通路が、ぐるりと倉庫の中を一周していた。そして青い空が覗く天井に屋根はなく、動物の背骨に似た枠組みが残っているだけだった。

「さあ、カナデさま。これが、本日息を吹き返します対魔獣用ゴーレム兵器。ナユタウ23号と24号です!」

 ハインド主任がさっと手を振り上げた。

「ふぁぁぁ……凄いですねぇ」

 感嘆の声を漏らしながら、俺はその金属の巨人に駆け寄った。軽い足音が倉庫内に反響する。

 身長は人間の三倍くらいか。

 かつて俺が襲われたものと違い、ほぼ完全な人形だった。

 まん丸の体から太い腕が2本、腕に比べて短い足。そして潰れたパンケーキみたいな申し訳程度の頭。

なんとなくシルエットがシュバルツに似ている。

 巨大なシュバルツが2人並んでいる……。

 そう思うと可笑しくも見えるが、一見してはどこからどう見ても完全なロボット。

 優人とか男の子なら好きそうだなぁとぼんやり思う。

 む、シリスもやっぱりこういうの、好きなのかな……。

「どうですか、素晴らしいでしょう!」

 ハインド主任が誇らしげな顔をしながら歩み寄って来た。

「……凄いです。こんなのが本当に動くんですか?」

 俺は主任に向き直った。

 俺がゴーレム兵器を見たのは、王都で追いかけ回された時と、ベリル戦役の途中、遠くで戦っている所を見だけだ。

 実際目の前にすると、こんなものが動く、そして戦力になるなんて信じられなかった。

「ふ、愚問で……」

 その時、金属の軋んだ音が間近に聞こえた。

 俺は振り返る。

 金属がこすれ、歪むような不快な音を立てて、ゴーレム兵器が動き出した。

 俺は思わず後ずさる。

 その巨大な卵のような体がゆっくり屈み、ライトのような眩い光を宿した顔が俺を覗き込む。

「えっ……なっ」

 俺は悲鳴をかみ殺し後ずさった。

 何かが回転するような音が高まって行く。

「馬鹿な!まだ何も!」

 後ろでハインド主任が叫ぶ。

「カナデさま!」

 アリサの悲鳴が遠く響く。

 そして遅れて、研究所の中にけたたましい警報の音が響き始めた。

 次回からまた少し戦闘のお話になりそうです。

 お決まりの魔獣戦ではありません(笑)


 ご一読いただき、ありがとうございました。

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