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雪色エトランゼ  作者:
第2部
69/115

Act:69

 西公さまの別邸で更ける夜は、穏やかな弦楽の調べに包まれていた。

 しっとりと流れる音楽に乗せて、極彩色のドレスが揺れる。調和のとれた2人の動きが緩やかな円弧を描き、ホールのあちらからこちらまで、所狭しとステップを刻んでいく。

 ああ、あんなに自由に踊れたらな。

 ジュースのグラスを片手で弄びながら、何となくその光景を見つめる。ウェラシア、そして北公との面会を終えた今、俺は一仕事終えた感に包まれていた。

 いいな。

 綺麗だな。

 隣でジュリエットさんと昔話に花を咲かせていたシリスが、そんな俺に気がつき顔を寄せて来た。

「踊るか?」

 私はむうっとシリスを睨む。

「ダンスが苦手なの、知ってるでしょ」

 私はダンスが苦手。

 槍術も弓術も、そして馬術も、先生たちが良かったのもあるが、練習の結果人並みには扱えるという自負がある。

 でも、ダンスだけがいくら練習してもダメだ。今も、ダメだった。

「カナデはワルツよりも剣舞よな」

 不意に俺の上に影が差した。

 見上げると、髭面の偉丈夫が腕を組んで俺を見据えていた。

「国王陛下!」

「兄上!」

 俺とシリスは揃って姿勢を正す。ジュリエットさんも、硬直したように気を付けをしていた。

「良い」

 陛下の腕、俺の腰くらいはあるんじゃないかな……。

 シリスも体格はいい方だが、陛下は単純に規格外な雰囲気が漂っていた。武とか政とかいう区切りではなく、何事にもおける強者の空気。王者の風格とは、こういう事を言うのかも知れない。

「どうだカナデよ。我と手合わせする気にはなったか?」

 国王のバリトンが俺を打ち据える。

 俺はただ、ぶんぶんと頭を振る。

「お前の細君は頑なだな、シリス」

「兄上。冗談はおやめください」

 国王陛下は、ぐわっはっはっと地響きのような豪快な笑い声を上げた。

 さいくん?

「国王陛下、ご、ご無沙汰しております!」

 そこに、意を決したような面持ちのジュリエットさんが進み出た。

「ん?お前は……」

「ベルマル侯爵が娘、ジュリエットです、陛下!幼少の頃、シリスティエールさまと陛下とご一緒しておりました……」

 国王陛下は顎に手をやり沈黙する。刺すような視線がジュリエットさんを射抜く。

「そうか。大儀である」

 もしかして陛下、思い出せないのか。

 ジュリエットさんもそう察したのか、シリスの腕を胸に抱いて困ったように笑った。

 私はそっと顔を背ける。

 シリスにだって幼なじみも親友だっているんだから……。

「ところでカナデ」

 陛下が俺の肩に手を置いた。その衝撃で俺は地面にめり込んでしまいそうだった。

「次の休暇な。我はララナウの別邸に赴く。お前とシリスも来るが良い」

 地理の勉強はちゃんとしている。

 ララナウは、王都より北東にある高原の町だ。高い山々と湖が美しく、さらに温泉地でもある。多くの貴族たちの避暑地になっている町だった。

 リングドワイス家の別荘も、もちろんあるのだろう。

「それとな、レグルスも呼び出すように。シリスの兄としては、やはりお前の父上にも挨拶せんとなるまいて」

 お父さまと休暇か……。

 そういえば俺、お父さまの娘として何も親孝行してない。

 温泉旅行に招待するのも悪くないかもしれない。

 お父さま、あの戦争のあと、腰が痛いって言っていたし、ちょうど良いか。

 よし。

 俺は、胸の前で拳を握った。

「承りました、陛下」

 微笑んで頭を下げる。

 その時。

 ガチャリと優雅な時間が流れる会場に似つかわしくない音が響いた。

 扉が開き、騎士服の上から軽鎧をまとった騎士が走り込んできた。

 騎士は俺たちを見つけると、鎧を鳴らして駆け寄ってくる。場違いな物音に、周囲の視線が一斉に集まって来た。

「申し上げます」

 騎士が跪く。陛下が頷く。

「王都外周壁に魔獣群が接近中との報告が入りました」

 ドキリと胸が高鳴り、体が緊張に強張った。

 王都に魔獣……!

 記憶が蘇る。

 インベルストのような事は、起こしてはならない。あってはならない……!

「シリス」

「ああ」

 俺たちは視線を交わして頷きあった。それだけでシリスも同じ事を思い出しているとわかる。

「シリス、迎撃の準備を。カナデ、城に戻るぞ」

 陛下が深く眉間にシワを刻んだ。

 俺たちは陛下について歩きながら、伝令に尋ねる。

「敵集団の規模はわかっていますか?」

「小型魔獣のみ、100前後かと」

 大型がいないのが幸いだ。グロウラー型やスクリーマー型がいては、城壁すら役に立たない可能性がある。しかし、数は多い。

「後続も警戒すべきでしょう。非番の隊にも召集を」

「カナデ、任せる。ジュリエット、話はまた今度だ。カナデ、接敵後に伝令を出すから、2次部隊を……」

 シリスと迎撃の相談を交わす。

 何事かと訝しむジュリエットさんや他の参加者たちを置いて、俺たちは足早に会場を出た。



 石畳の街道をごとごと走る馬車の振動は、眠気を誘う。ぽっこりとした雲の塊がゆっくりと流れていく暖かい陽気の日なら、尚更だった。

 俺は、そんな安らかな微睡みの中でうつらうつら揺れていた。最近王都への魔獣襲来事件の後片付けで睡眠時間が短くなっていた。

 眠い。

 ごとりと馬車が揺れた。

 あれ……。

 寝てたかな。

 目を擦って顔を上げる。

 いけない、いけない。

 ふと、対面の席に座るアリサと目があった。

「ふぅんっ、ふぁ……。アリサ、どうかしました?」

 俺は腕を突き出して伸びをした。

「はい、いえ、な、何でもありません。」

 西公さまの舞踏会の日あたりからだろうか、気がつくとアリサが俺をじっと見ている事が多くなった。たまに、お姫さまとか何とか呟いていたりする。

 何だろう……?

 俺はいそいそと手元の書類を捲り始めたアリサから視線を外して、窓の外を見た。

 街道の脇には、新緑の森が迫っていた。その向こうの空は抜ける程青く、日差しが気持ち良い。

 爽やかな風が吹き抜け、開け放たれた馬車の窓から流れ込んでくる。

 緑の匂いがした。土の匂いも。

 俺とアリサを乗せた馬車は、小隊に護衛されながら学術都市ローテンボーク近郊にある騎士訓練校を目指していた。

 ベリル戦役で騎士団の討伐を逃れた魔獣が、周辺地域に拡散してしまっている事は王統府も把握している。そして、その被害が拡大し始めている事も。

 もちろん、旧ラブレ男爵領からの魔獣襲来のような圧倒的な数で押し寄せて来る訳ではない。数体とか、せいぜい小型が100体程度だ。

 しかし数が少ないからと言って、 人々の安寧が妨げられる事に違いない。そしてその魔獣の被害は、先日とうとう王都近郊にまで及んだのだ。


 西公さまの夜会で第一報を受けた魔獣群は、その夜一晩かけて駆逐された。

 幸い大型魔獣は存在せず、迎撃に出たシリスたちにおおきな損害はなかった。しかし、騎士団が到着するまでの間に、王都の最外周壁の外側にあるいくつかの村々には、犠牲者も出てしまった。

 軍務省で増援部隊を編成した俺は、それをシリスの下に送り届けた。そして翌日になり魔獣の駆逐が報告されて来ると、俺は再びアリサたち数名の参謀部要員を連れ、昨夜の被害地の確認に赴いていた。

 現場の村は、壮麗な建物が立ち並ぶ城壁内部の王都とは対照的に、防護柵もなく木製の小屋が立ち並ぶ小さな集落だった。

 俺は井戸がある村の中心で馬を下りた。

 周りは、酷い有様だった。

 半壊している家もあるし、農具や桶などが散乱し踏みつぶされてしまっている。無数の足跡が、ここに押し寄せた魔獣群を物語っていた。

 直ぐにこの村を警備していた小隊が、俺のもとに集まって来た。

「ご苦労様です」

「はっ!」

「参謀部です。被害確認です。アリサ、被害者のリストを作成します。こっちに。隊長、無事な住人たちは?」

「村長の家に集めてあります」

 俺は参謀部員たちを連れて村長宅に向かった。

 ベリル戦役に従軍しなかったアリサや他の参謀部員たちにとって、こんな惨状を目の当たりにする事は相当ショックだったようだ。

 落ち着きなく、険しい顔で辺りを見回している。

 俺たちは、憔悴仕切った村長から襲撃の経緯を確認する。そして、被害者のリストも作成した。その1人1人の名を書き留めていく作業は、残酷で、そして辛い。

 俺は村長に微笑みかけ、労いの言葉をかけた。

 俺に出来るのはその程度だ。

 悔しいが……。

 俺は村長宅を出ると、きつく唇を引き結ぶ。

 警備網がもう少し厚ければ……。

 哨戒部隊の数を増やせれば……。

 大規模な残存魔獣狩りが出来ていれば……。

 色々な事が頭の中を駆け巡る。

 やはり、騎士団の再建、拡充は急がなければならない。

 参謀部長やシリスと相談して……。

 その時、兵が走り寄って来た。まだ若いその顔が青ざめている。

「報告!村の南側にま、魔獣が!魔獣の群れです!こっちに来ます!」

 くそ……。

 まだ後続がいたのか。

 昨夜の撃ち漏らしか、それとも後続が今頃追いついてきたのだろうか。

 ベリルから拡散した魔獣の想定数を上方修正しなければならないかもしれない。

「村の外、あの森の前で迎え撃ちます」

 俺は魔獣がやって来る方角を睨んだ。そして、警備の小隊長に向き直った。

「リムウェアさま、何かあったんですか?」

 村長宅から出て来たアリサを手で制する。

「隊長、斥候を出しましょう。大型がいれば、ここは退きます。後は、騎馬隊で側面攻撃の準備を」

「了解!」

 小隊長が走り去る。この村にいた警備小隊と、俺が連れてきた騎士を合わせれば、近隣の隊の到着までは持たせられるだろう。

「誰か、私の馬を。槍も下さい。私も出ます」

「リムウェア、さま?」

 いつも気の強そうなアリサが、子供のように不安そうな表情で俺を見ていた。

 俺はふわりと笑いかける。

「アリサたちは、念のため村人と王都の城壁内部へ。大丈夫ですから。私たちが守ります」

「カナデ、さま……」

 俺は槍を握り締め、騎乗すると、慌ただしく集結し始めている部隊に合流した。戦いを前にして緊張と焦りの空気が辺りを満たしていく。

 俺も、内心は怖い。

 怖いけど。

「参謀殿、周辺部隊からの増援到着まで10分」

「了解しました」

 俺はその恐怖を表に出ささないよう頷く。

 お父さまのように、泰然と……。

 緊張を抑え込むように槍を握る手に力を込めた。

 そんな俺の視界に、その時ふっと何かが映る。

 何だ?

 光か。

 赤い光……。

 その、森の中に目を凝らす。

 鬱蒼と茂る薄暗い木々の中に、ぼんやりと人形が見えた気がした。

 背筋が凍る。

 まさか……。

 黒い鎧……が。

 いや、まさか。

 黒……騎士、なのか……?

 俺は馬をそちらに向けた。

 目を凝らす。

「魔獣接近!」

 俺は、一瞬声の上がった方に目を向けた。そして直ぐに視線を戻す。

 その時には、既に黒騎士らしき影は見えなくなっていた。

 俺はきつく目を瞑る。そして馬首を返した。

 何だったんだ、あれは……。


 騎士団の人員確保、増強は急務だった。

 俺も参加したあの村での防衛戦も、魔獣の殲滅自体は成功した。しかしあの村のような出来事が、旧ラブレ領を中心に増加している。

 当座の対策として、軍務省は騎士候補生達の繰り上げ叙勲を決定した。

 その通達と、そして叙勲前の新任騎士たちへの特別講義をする任務が、俺に回って来てしまったわけで……。

 はぁ……。

 確かに俺は、あの村の惨状を目の当たりにして、村や町の巡回強化や残存魔獣狩りを上申した。そのための騎士団増員の意見もだした。しかし、こんな役目を担うのであれば、上申なんてしなければ……。

 いや、魔獣の被害を少しでも防ぐには必要な措置だと思う。

 俺個人の緊張とか羞恥心なんて、大した問題ではない筈だ。

 でも、講師か……。

 改めて思い返すと、緊張して来た!

 眠気なんて吹き飛んでしまう。

 その指示を受けた俺は、シリスにも相談してみた。だって、俺が講義なんて、俄かに信じられなかったし。

「はは、カナデが講師か。俺も聞きに行こう」

 シリスは、ニヤニヤ笑いながらそんな事を言っていただけだった。

 もう知らない。

 あんな奴は知らないから。

 はぁ……。

 確かに俺は対魔獣戦は色々経験して来たけどな……。

 俺は膝の上で組んだ手をもじもじ組み合わせる。

 でも、俺と同い年とか、もしかしたら年上たちの前で話さなければならないんだ。

 ううう。

「カナデさま、間もなく到着致します」

 はううぅっ……。

 仕事だ。

 これも大事な仕事なんだ。

 俺は頭を振った。

 髪がふわりと広がる。

 頑張る。

 頑張らなきゃだめだ。

 魔獣の猛威を、あの村の惨状を思い出す。

 うん。

 頑張るんだ。

 はぁ。

 でも、緊張するよ……。

 読んでいただきありがとうございました。

 

 国王陛下と一騎打ちのエピソードは、どこかに挿入したいと思います。

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