Act:67
騎士団の新規入隊者に対する訓練計画にざっと目を通し、書類に不備がない事を確認した俺は、所定の欄にサラサラっと署名する。
よし、取り敢えず書類はこれで終わりだ。
……まだ午前中なので、まだまだ次弾の書類の山が来るのは目に見えてはいるが。
後の懸案と言えば、騎士訓練校の査察人員の選定、どうしようかな。
参謀部長からは一任すると言われたし……。
来客の予定まで時間がある。アリサに相談してみるか。
トントンと決裁済み書類をまとめた俺は、それを持って廊下を挟んだ向かいの秘書室に向かった。
控えめにノックして中を覗くと、アリサは眉間に深い皺を寄せて何事がブツブツ呟いていた。
……話しかけづらい。
うーん、どうしたものか。
「アリサ、カナデさまに来客よ。あらカナデさま。どうしたんです、そんな入り口でうろうろと」
入り口でもぞもぞしていた所に、カシャンと鎧を鳴らし、このフロアの警備担当である女騎士がやって来た。ジャンヌという名前の、浅黒い肌が特徴の女性だ。
「いえ、これはその……」
アリサに話しかけられなくて。
子供じゃあるまし、恥ずかしくてそんな事は言えない。
俺は口元を書類で隠してごにょごにょ言い訳しながら、執務室に戻った。
「ああ、ジャンヌ、来客?」
「騎士団のバートレット大隊長」
「何!大隊長待たしてんの!早く言いなさいよ!」
「あ、アリサ。今カナデさまがここで…」
そんなやり取りが廊下から聞こえてくる。
程なくして、ノックの音が響いた。
澄ました顔のアリサが案内して来たのは、決して大柄ではないが、がっしりした骨格の壮年の騎士だった。
俺たちは互いに挨拶を交わす。
バートレット大隊長は、無精髭の口元にニヤッと笑みを浮かべた。裏表のなさそうな気持ちのいい笑顔だ。
彼は、ベリル戦役の折、最終局面で本陣直援隊を指揮し、防衛戦線を最後まで維持した指揮官だ。それを援護したのが王都防衛大隊を率いた俺だったが、スクリーマー潰しに奔走していたために、顔を合わせたのは戦いの集結後の事だった。
「やあ、カナデ君。忙しいところ悪いね」
「御用はなんでしょうか?」
彼は、俺の待ち人ではない。
「お茶のお誘い」
「また今度に」
ふんっとバートレット大隊長は悪戯っぽく笑った。
「手厳しいね。実は、我が隊のゴーレム兵器の補給だが……」
戦力補充は急務だが、今は予算の取り付けが厳しい。俺も困り顔でそう説明すると、バートレット大隊長は「よろしくお願いするよ」と肩をすくめ、退室して行った。
はぁ。
実地の部隊の要望に応えられないのは心苦しいが……。
改めて書類を持って立ち上がると、再び廊下から声が聞こえた。
「アリサ、お客さま」
「今度は?」
「フェミリアン公爵さま」
「南公!」
ばたばたとアリサの足音が響く。
俺は諦めて自席に戻った。
ノックの後、フェミリアン公爵が入って来る。相変わらずビシッと決まったフロック姿には隙がない。文句なしの優男っぷりだった。
俺は立ち上がり、深々と頭を下げた。
挨拶の応酬の後、真面目な顔をした南公さまが切り出して来たのは、意外な話題だった。
「カナデ君。君、ユウトという冒険者とは知り合いらしいね」
俺は頷くが、何故南公さまの口から優人の名が……。
何かやらかしたのか、あいつ。
「実はね、我が娘レミリアがユウト君に会いたがっていてね。ユウト君の顔が見れないと死ぬって言うんだよ」
深刻な面持のフェミリアン公には悪いが……。
どうでもいい。
本当に。
「そうなんですか」
俺は満面の笑みを浮かべ、平板な声で返した。
「なんとかユウト君に連絡を取れないだろうか」
優人たちは、強い銀気を操る者がいるという唯の情報を頼りに、北部に旅立った。もちろん、その噂の主が陸ではないかを確かめるためだ。
今や陸を、俺たちの幼なじみを探すことは、残念ながら決して私的な目的だけではなくなってしまった。
陸の行方は、女王核の発見にも繋がる重大な懸案事項だ。
俺は微笑みながら、優人に連絡がついた際には、真っ先に南公さまに、と頷く。
南公フェミリアン公爵を見送ってから、崩れ落ちるように椅子に座り込む。
ああ、どっと疲れた。
しかし、嫌な予感は続く。
廊下の会話が、否応なしにも聞こえてしまった。
「アリサ、お客〜」
「今日は来客が本当に多いわね。次は?」
「西公さま」
「え!4公のうちお2人までもが!何で!」
「あたしが知るわけないでしょう」
西公ウォーテニア公爵を案内して来たアリサの顔は、どこか青い。そしてきっと俺を見る。
これは、俺のせいなのか……?
「公爵さま、おはようございます」
俺が頭を下げると、西公さまは丸顔に好々爺然とした笑みを浮かべて、頷いた。
「今日は君にお土産を持って来た」
「あ、ありがとございます」
俺はウォーテニア公爵家の家紋が入った紙袋を受け取る。
西公のお話は、基本的に世間話だった。
西公さま、暇なんだろうか……。
アリサの出してくれたお茶を啜りながら、小一時間取り留めのない話をした後、やっと西公さまが立ち上がった。そして、俺に封書を差し出して来る。
「今度私の屋敷で夜会を催す。是非参加しなさい」
「あ、ありがとございます」
西公さまが笑顔で去っていく。
わざわざ公爵さま自ら夜会の招待状を渡しに来ただけ、なのか……。
疲れて肩を落とす俺に、息を吐く暇もなくまたノックが響いた。
まぁ、最近は毎日こんなものだ。
なかなか予定通りに仕事は終わらず、ばたばたしている間に1日が終わるのだ。
扉から同じく疲れた様子のアリサが顔を覗かせた。
「リムウェアさま。タニープロック商会の支店長がお見えです」
しかしとうとう本命が来た!
待ち望んでいた来客だ。
俺は髪を掻きあげてふっと息を吐く。そして表情を引き締める。
煌びやかな明かりが灯る一角から通り一本入った路地は、馬車がぎりぎりすれ違えるくらいの道幅しかなかった。
「お嬢さま」
そんな裏通りに馬車が止まり、御者が扉を開けてくれる。
「ありがとう」
俺はその手を取って石畳の街路に降り立った。
少し冷たい夜気が頬に触れる。ひっそりとした通りには、俺たち以外の人気はない。
御者が、目の前の建物の呼び鈴を鳴らしてくれた。看板も何もない石造りが重厚な普通の家屋だ。その中からパリッとしたスーツに身を包んだ男性店員が現れ、芝居がかったと言えるほど優雅な動作で腰を折った。
「お待ちしておりました。リムウェアさま」
俺が名乗るより前に、店員が案内してくれる。さすが一流のレストランともなると、客の顔も把握済みなのか……。
しかし俺は、無事に入店出来た事にほっとしていた。
軍務省から出かける直前、何気なしに今日はこの店でシリスと食事なんですとアリサに漏らしてしまった。呆れたように目を細めたアリサさんに、超高級な一流店だと言われドキリ。そしてドレスコードの厳しい場所だから、今の通勤服では入店出来ないかもと言われ、顔が青くなった。
ど、どうしよう。
ドレスなんて職場にはないし、取りに帰る時間もない。
退庁しようとするアリサに駆け寄り、その服の裾を引いて何とか引き止める。そして涙ながらに相談に乗ってもらった結果、職場にも置いてある礼装で凌ぐという方針で決着したのだった。
そのために今の俺は、軍務省から支給された騎士の正装たるテールコートにタイトスカート姿だった。普段こんなピチリとしたスカートは穿かないから、歩くのに少し違和感がある。
「リングドワイスさまは、まだでございます。こちらでお待ち下さい」
インベルストのお屋敷の応接室くらいあるだろうか。踝まで沈みそうな絨毯に豪華な調度品が揃った部屋に通された。
レストランで食事するのに、個室……。
軽い目眩を覚える。
白手袋を外しながら大きな窓に近づく。目の前に、ライトアップされた中庭庭園が朧に浮かび上がっていた。
焦点をずらす。
窓ガラスに、少し頬を上気させた私の顔が映っている。
前髪を整えてみる。
やっぱり、もっとちゃんと化粧してきた方が良かったかな……。
ドレスとかの方が良かったかよな……。
シリスに恥かかせていないといいけど……。
突然ノックが響いた。
「わひっ!」
私はびくりとして姿勢を正した。
「リングドワイスさまがお見えです」
直ぐに薄手のコートの下に夜会服姿のシリスがやって来た。きっちり髪も撫でつけた姿は、一応紳士に見える。
「待たせたな、カナデ」
「いえ、大丈夫です」
緊張した面持ちで答えると、案の定シリスは俺の姿を見て固まった。
かっと顔が熱くなる。
しかしシリスは、直ぐに腹を折って笑い出した。
「ううっ、なんですか、笑わなくてもっ」
「くくくっ、いやな、お前らしい。実にお前らしい。軍装で来るか。くくくっ、さすがだよ」
ぐぬぬぬぬ……。
ドレスコードとか思い至りませんでした、とは言えない。多分また馬鹿にされる。
俺はそそくさと席に座り、はぁと溜め息を吐いた。
対面の席に座りながら、シリスの奴はまだ笑ってる。
くそ……。
俺はシリスを睨みつけた。
「今日、タニープロック商会に、例のゴーレムの資料を渡しました。私の一存です」
シリスが笑いを止めて俺を見た。
「それで?」
「優人や私たちを襲撃して来たゴーレムの出元の調査をお願いしました。ゴーレムなんて希少発掘品、流通上で何かの証拠が残らないはずがありません。もしロクシアン商会が、商用ルートが関わっているなら尚更」
一転して真剣な表情のシリスと視線を交わす。
「蛇の道は蛇、か」
「はい」
「しかし、今更何故あの時のゴーレムを?」
そこでノックが響き、店のオーナーとシェフが入って来た。
俺たちは、いつの間にか近付いていた顔をさっと離す。
腐っても王族。
シリスのかしずかれ方は半端ではない。
それを横目で見ながら、部外者がいる間は俺も笑顔でシリスに合わせる。料理の説明に「楽しみだな」と言うシリスに「ええ、そうですね」と微笑む。
前菜が運ばれて来た。その給仕の背中を見送り、俺はシリスの目を見た。
「優人や、他に黒騎士に接した者たちの調書からも、黒騎士がラブレ男爵を利用して女王型を生み出した、ということは、間違いありません」
シリスが真っ直ぐに俺を見返して来る。
「しかし、何故ラブレを利用した?ラウル少年の説なら、女王型の発生条件は特定の地域内における魔獣個体数の飽和だ。それならば、人知れない山奥で魔獣を集めればいいだけだろう?」
「例えば、女王型発生のトリガーには、大量の生贄が必要だとか」
俺は自分の発想を嫌悪する。
「ベリルの街に暮らしていた数万の市民。彼らの遺体は、今に至るも見つかっていない。これで説明が付きます」
シリスは顔を背ける。
「不快な話だ」
「……すみません」
そこに、給仕が新しい料理を持って来た。
「ほらシリス、パンがありますよっ」
「ああ、ありがとう」
俺たちは適当に場を誤魔化す。
「それで、黒騎士がラブレに従うフリをしてベリルを魔獣で飲み込み、女王型を生み出した」
給仕がいなくなると、シリスが目を細めた。
「はい。そこに、もう一つの勢力が現れます。黒騎士も、魔獣討伐に動いた我々をも出し抜いて、女王核を奪取したもの。そこには魔獣を利用してやろうという意志が透けて見える」
つまり、陸が属する場所。
俺はシリスから視線を外して、思考をまとめる。
「かたや、ラウル君や魔獣の権威たるマームステン博士を誘拐する勢力。ロクシアン商会が関わっているかも知れないそこにも、同じ類の匂いがします」
「なるほどな」
「陸の探索が手詰まりなら、そのもう一方の糸を手繰るのも手かな、と。駄目でもともとですから」
俺はふっと笑った。
シリスもにやりと笑った。
「カナデ、笑顔が悪役みたいだぞ」
「ひぇ!」
私は思わず両の頬を抑える。
「くくくっ、変な顔だ」
「なっ、またからかったですか!」
ノックの後料理を運び込んできた年配の給仕が、そんな俺たちの様子を見で少し驚いた顔をした後、微笑ましそうに目を細めた。
恥ずかしいので、それには気が付かなかった事にする。
食事は凄くおいしかった。
いつも美味しいものを食べさせてもらっているが、こういうプロのお店はやはりひと味違うなと思う。
その後、俺とシリスはもう仕事の話はしなかった。
俺は、最近マリアお母さまが、お母さま秘伝の味付け料理をよく伝授してくれる事を話した。
マリアお母さまは前王妃だが、出身は小さな地方領主の娘だそうだ。だから料理も出来たし、2人の息子たちも自分の手料理で育てたそうだ。お母様は、俺と境遇が似ていると喜んでいた。
ブライトお父さまもリングドワイス家独自の宮廷作法なんかを熱心に教えてくれる。
「高貴なご身分なのに、私なんかに色々教えていただいて、気さくで優しい良いご両親ですよね」
シリスは、俺の話に相槌を打ちながらも、何故が始終にやにやしていた。
何か企んでいる顔だ。
でも、仕事の話題も含めて、シリスとこうして話ができるのが嬉しかった。
少し前なら、その顔を見ただけでモジモジしてしまった筈だ。これは、私が思い切って告白してみた結果だ。
再会した時に返答すると言った、あのプ、プ、プ……例の件について、私は、思い切って、答えを待って欲しいと告白した。
あんな大きな戦争があったり、私自身も倒れたりと、私事についてゆっくり考えている暇はなかったし、お父さまにもまだ何も相談出来ていない。
……いや。
それは、全部私の勝手な言い訳だ……。
ただ、どうしていいのか分からなかったんだ。
私を私と認めてくれるシリスは好きだし、頼りにしている。
でも私は奏士なんだ。
私は……奏士なんだから……。
だから、シリスには本当に申し訳なかったが、時間が欲しかった。
色々落ち着いて、ゆっくり考える時間が……。色々と。
そんな卑怯者で臆病者な私に、シリスはただ微笑んで頷いてくれた。
それが、身勝手だけど、嬉しかった。
だから私は、今は一生懸命頑張る。
陸とか魔獣とか、私の大切な人たちを困らせる問題を解決するまでは。
うん。
一生懸命頑張るんだ。
私は、ふふっとシリスの話に微笑み返す。
高級レストランの作法など良く分からないので割愛です。
大目に見て頂けると幸いです。
ご一読、ありがとうございました。




