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雪色エトランゼ  作者:
第1部
55/115

Act:55

 木々がなぎ倒され、吹き飛ぶ。冬枯れの森が消滅し、黒い大地が剥き出しになった。

 その光景を引き起こした元凶。

 短足サイのような魔獣が、のそりと山腹から現れた。

 その足元付近からは、狼、蜘蛛、トカゲの小型魔獣がわらわらと広がって行く。それはあたかも、白布の上に零したコーヒーのように、じわじわと剥き出しの大地を侵食していった。

「そ、そんな…」

 俺の隣で、口ひげの騎士ラッセルが後ずさる。

「スクリーマー型魔獣だと?ちっ…」

 俺にあめ玉をくれた年配の兵が吐き捨てた。

「て、撤退を!」

 騎士ラッセルが、ダンディな外見とは裏腹に裏返った声で叫ぶ。

 俺はラッセルを睨みつけた。

「その前に住民の避難誘導を」

 俺は居並ぶ兵たちを見回した。

「ここの村にいるのは、ラッセル隊だけですか?味方は?」

「は、ラッセル隊9名だけです。この戦力ではスクリーマー型には…」

「騎士ラッセル、近くに味方はいるんですか?」

「はっ、ガ、ガレス団長の本隊が西の森の向こう側に布陣しております…」

 ガレスがいるのか!

 よし…。

 そこまで行けば、村人守る事が出来るだろう。それに、俺の帰還も伝える事が出来る。

 しかし、逃げている背後からあの咆哮波を受けるのは危険だ。あの遠距離攻撃だけは潰しておかないと…。

 俺は、魔獣が見える山腹を睨み付けた。

 そこに、若い騎士が2名とラッセル隊の残りの兵たちも駆け寄って来た。

 これが今ここにある戦力の全てだが…。何とかなるだろうか?

 いや、何とかしなければ、この村の人たちが魔獣に襲われるだけだ。

 今まで見て来たあの村々のようになってしまう。

 それだけは、防がなければいけない…!

 俺には、お父さまの娘として、領民を、彼らを守る責務があるのだから。

 俺は狼狽するラッセルをきっと見上げた。

「ラッセル、騎士を1人、あと馬を2頭貸して下さい。それで私があのスクリーマー型を抑えます。その隙に、他の者は住民の退避と小型魔獣の防衛を。あと、伝令を出して、ガレス隊に撤退支援を要請」

「おい、おい、お嬢ちゃん。2人であのスクリーマー型に立ち向かうのは無謀だぜ」

 反応の鈍いラッセルより早く、あめ玉の古参兵が口を開いた。

「大丈夫、3人です。それに、ここにいる優人は、グロウラー型も倒せる力がありますから」

 俺はあめ玉の古参兵に力強く頷きかけ、後ろに立つ優人に挑発的にふっと笑いかける。

 話を急に振られた優人が、驚いたように目を見開き、自分を指さした。

「俺?」



 住民の退避をラッセルとあめ玉の古参兵に任せ、俺は借り受けた馬に騎乗する。

「お嬢さま。騎士ハーグと申します。微力ながら、お力添えを致します」

 白燐騎士団の全身鎧にフルフェイスの兜を被った騎士が馬を寄せて来た。

「では、作戦を説明します」

 俺は頷き、ハーグと優人を見回した。

 作戦なんて言っても、俺なんかが思いつくのは単純なものだ。

 ハーグと優人が頷く。

 時間がない。

 この間にも、魔獣群とスクリーマー型が接近して来ている。

「どうしたんです、優人」

 俺は馬の前でもたつく優人に近付く。

「早く騎乗しろ。行くぞ」

「…いや、しかし俺、馬に乗れないし」

 …えっ!

「なんで…?」

「いやいや、乗れないだろ、普通。って言うか、カナデは乗れんだよな」

 …練習したからな、屋敷で。

 まあいいか。優人は足早いし…。

「…では、優人は私の後ろに」

「了解」

 優人が俺の後ろに乗る。

 俺は馬首を巡らし、ハーグに頷きかけた。

 ふーふー。

 ゆっくり息を吐いて気持ちを治める。

 今成さなければいけないこと。守らなければいけないもの。

 それが明白だから、俺はこうして戦場に向かう。

 でも…。

 この胸を締め付けるような恐怖は、いつまでたっても何回戦いを経験しても消えてくれない。

 手綱を持つ手は小刻みに震えている。

 きっと…根が臆病者なんだと思う。

 でも、憧れた人たちみたいに、強くなりたいと願ったのだから…。

「はっ!」

 手綱を叩き、馬を加速させる。

 村の入り口で、ハーグと俺は左右に別れた。俺は左、ハーグは右手に。

 スクリーマー型に未だ破壊されていない森の木々の中を走り抜ける。木を避け倒木を避け窪地を避ける。じりじりと神経をすり減らしながら、足場の悪い森の中を駆ける。

 先行して進出して来ている小型魔獣とちらほら遭遇するが、今は無視だ。

 馬が地を蹴る音の中に、耳障りな甲高い音が混じり始める。少女の悲鳴のような、金属を引っ掻くような耳障りな音。

 手綱を引いて、進路を変更する。

 瞬間、音が爆裂した。

 轟音と破壊音を残して、俺の右手の森が吹き飛んで行く。

 俺は身を低くし、咆哮波の余波に耐えた。

 ぐうっ…。

 あんなのくらったら…!

 森がさらに消滅し、荒れ地と化す。

 見通しが良くなった向こうに、短足サイのようなスクリーマー型が異様に巨大な口を開けている姿が見えた。

 直ぐに高まる金属音。

 第2射が来る。

 今度は俺の反対側。

 ハーグが走る森が吹き飛んだ。

 もうもうと上がる土煙から、ハーグが駆け出して来るのが見えた。

 次射が来る前に、俺たちは一直線に距離を詰める。

 金切り音が爆裂する。

 90度方向を変え、射線から逃れる。

 その間に狙われていない方が全力で接近する。

 咆哮波が繰り返され、辺りは完全な更地と化して行く。

「優人!」

「了解!」

 スクリーマー型の赤い目が見て取れる距離で、優人がふわりと馬から離れ、土煙を上げて着地する。そして大剣を構えると、猛然とスクリーマー型に向かって駆け出した。

 さらに鞭を入れて、俺も加速する。

 中央に優人、左右に俺とハーグの騎馬が、広がりながらスクリーマー型に接近する。

 照準を決めかねるようにスクリーマー型が左右に頭を振る。

 高まる金切り音。

 狙われたのはハーグ。

 よし!

 これで優人はフリーだ!

 次射までに優人の剣は魔獣に届くはず。

 轟音。

 ハーグが咆哮波を回避するのが見えた。

 銀に光る剣身を伸ばした優人が、その剣を振り被り、跳躍した。

 スクリーマー型が優人に向き直り、くわっと口を開いた。

 だが、遅い!

 その瞬間、金切り音が一瞬だけ響き、魔獣の口から黒い竜巻が短く、しかし広範囲に放射された。

「優人!」

 それをまともに受けた優人が後方に吹き飛ぶ。

 短射程の拡散射撃!

 それなら、インターバルが短く撃てるのか!

 ううっ…くっ!

 スクリーマー型がまた口を開く。

 狙いは、剣を杖に立ち上がろうとしている優人だ。

 させない!

 俺は剣を抜くと、スクリーマー型に突撃した。

 進路を邪魔する蜘蛛型を斬る。霧散する黒い霧を突っ切り、馬を走らせる。

 高まる金属音。

 俺は剣を水平に寝かせた。

 スクリーマー型が接近する俺に照準を変えようとした瞬間、反対から駆け込んでいたハーグが、銀器の槍でスクリーマー型の後ろ足を貫いた。

 ガクンとスクリーマー型がバランスを崩した。

 拡散咆哮波が、俺の直ぐ横に広がる。

 俺は、そのまま高速ですり抜けざまにスクリーマー型の側面を斬り払った。

 大量に吹き出す黒い霧。

 濃い腐臭が辺りを満たす。

 こいつ、俺でも斬れる。グロウラー型ほど固くない。

 がくりと傾くスクリーマー型に、起き上がった優人が低い姿勢から駆け込む。そして銀の剣を一閃させた。

 真っ二つに両断されたスクリーマー型が、地響きを上げて倒れる。そして、どろりと溶け始めた。

「離脱!」

 俺は馬首を返す。

 飛びかかって来た狼型を斬り払う。

 周りの小型魔獣が、一斉に俺達目掛けて集まって来ていた。

 ハーグと並び、馬に鞭を入れる。

 そして、狼型を斬り伏せながら走る優人に追いつくと、俺は手を差し出した。

「優人、乗れ!」

 優人が俺の手を握り、飛び上がると、俺の後ろに跨った。

「はっ!」

 俺達は全速力で破壊し尽くされた森を駆け抜ける。



 村に戻った俺達は、侵入して来る小型魔獣を迎撃しながら、住民を退避させた。

 トカゲ型の尾を斬り落としてから頭をはねた俺は、乱れた息を整えながら、額の汗を拭う。

 体中に浴びた魔獣の黒い霧のせいで、自分から腐臭がする気がした。

 それに、疲労で視界が狭い気がする。剣を持つ腕が重い。

 不甲斐ない自分に腹が立つ…!

「カ、カナデさま、最後の長老が村を出ました」

 俺はラッセルに頷いた。

「では総員、村人を守りながら順次撤退。ガレスと合流しましょう」

 俺も馬に乗ろうとする。

「あれ…?」

 しかし体が上手く上がらない。

 その場でぴょんっとジャンプしただけの恰好になった。

「何遊んでんだ、カナデ」

 優人が手を貸してくれる。

 優人に押してもらい、何とか馬に跨った。

「悪いな…ありがと、優人」

 俺が微笑みかけると、優人が照れたように頬を掻く。

「優人は体、大丈夫か?さっき、スクリーマー型の直撃受けたみたいだったけど…」

「ああ、大丈夫だ。問題ないが…」

 額の切り傷から血を滲ませた優人が、真っ直ぐに俺を見上げて来た。

「カナデ、お前顔色悪いぞ」

「…えっと、うーん、ちょっと疲れたかな」

 俺ははははっと苦笑を浮かべた。

 ロバイの町から戦闘が続いている。

 正直疲れたかな…と思う。

 でも、まだ戦っている人がいる。

 逃げている人たちもいる。

 俺が弱音を吐くことなんて、できなかった。

 優人を後ろに乗せ、村を出た。

 誰もいなくなった村に侵入して来る小型魔獣群。人々の生活が、帰る場所が、蹂躙されて行く。

 俺は歯を食いしばり、握った手綱に力を込めた。

 森を抜け、退避する人々と共に丘を越えると、目の前に天幕が連なる陣地が見えてきた。

 隊列を組んだ部隊が激しく出入りしていた。

 俺はラッセル隊に村人の護衛を命じ、中央天幕に向かう。

 広い天幕の中で騎士団幹部と地図を見つめていたガレスは、俺を見た途端驚きの声を上げ抱きついてきた。

ごつい腕に絡まれ動けなくなる俺は、もぞもぞと必死で抵抗する。ガレスの鎧がぐりぐりと頬に当たって少し痛かった。

 とりあえずガレスを押し返し、戦況を確認する。

「酷いものです」

 ガレスが憎々しく吐き捨てた。

「お嬢がロバイに向かった後、主要街道を含め、ラブレ領と接する境界から、魔獣群の侵攻が止まりません。インベルストに増援を要請しつつ防戦しておりますが、いかんせん数が多い」

 ガレスがふんっと鼻息荒く腕を組んだ。

「付近の村々に退避勧告は出していますか?」

「小隊を向かわせておりますが…」

 俺はガレスを見上げ、地図に目を落とした。

「退避が徹底されていません。魔獣群は繰り返し押し寄せて来る可能性がありますから、一度防いだからといって、油断しないように通達を」

「はっ、徹底させましょう」

 少し目眩がして、俺はテーブルに手をついた。

 こめかみをグリグリ押さえる。

 あうー…。

「ガレス、ロバイからの馬車隊は帰還していますか?」

 ガレスが手元の書類をめくった。

「現在はシュバルツ隊、フェルド隊ともに砦で休養中ですな。」

 良かった、ちゃんと帰還できたんだな…。

「では私は一旦砦に向かいます。近隣の避難民が来ているので、後をお願いします、ガレス」

「承知しました」

 そのまま天幕を出ようとして、俺はガレスに呼び止められた。

「お嬢」

 静かに低い声で、ガレスが口を開いた。

「あんまり主さまに心配をかけるような事は慎まれた方が良い。あのお方に、二度も娘を失う悲しみは辛すぎる」

 ガレスの言葉。お父さまを思う優しい言葉。

 俺はふわっと笑う。

 さすが、お父さまの騎士は良い騎士だ。

「ガレス、ありがとう…」

 俺はマントを翻して天幕を出た。



 優人と護衛としてラッセル隊を伴い、俺はベルモント砦に帰還した。

 砦の広場には、幌馬車が二台止まっていた。その周りに、保護したロバイの町人たちが、たき火を囲んで座り込んでいた。

 その中から、僧服の女性とルイちゃんが俺を見つけ、はっとしたように走り寄って来た。

 俺は馬を下りる。足元が絡まって、少しふらふらしてしまった。

「お姉ちゃん!」

「騎士さま!」

 2人とも無事で良かった。

 俺は頷き、ルイちゃんの頭をぽんっと撫でた。

 砦に入り、シュバルツ隊とフェルド隊が待機する部屋に向かう。その扉を開くと、重く沈んだ空気が澱んでいた。

 騎士たちは下を向き、シュバルツが苛立たしげに貧乏揺すりしている。部屋の隅に固まったシズナさんたちパーティーも座り込み、膝を抱えて座るリコットが、小さく「ユウト…」とこぼしていた。それを、夏奈が必死に励ましていた。

 みんな…。

 心配かけてごめん…。

 俺が口を開きかけた瞬間、がたりと音をたてて、シュバルツが立ち上がった。

「やっぱり俺は行くぜ、お嬢さまの救出…」

 立ち上がったシュバルツと目が合う。

 シュバルツがスローモーションのようにゆっくりと顎を落とし、固まってしまった。

 俺は一歩進み出た。

「みんな…。心配かけてすみません。ただ今戻りました!」

 騎士たちが、シズナさんたちが茫然とこちらを見上げた。

「俺もいるぞ」

 俺の後ろから優人が顔を覗かせた。

「ユ、ユウトぉぉ〜」

 リコットが勢い良く走り寄って来る。俺が道を譲ると、そのままがばっと優人に抱き付いた。

 それをきっかけにしたように、みんなが俺のところに集まって来た。

「お嬢さま!」

「カナデさま、カナデさまぁぁ」

「良かった!」

「よく戻られましたな」

「カナデさま、お待ちしておりました」

 口々に叫ぶ騎士たちに囲まれる。俺は微笑みながら、彼らに頷きかけた。

 その騎士たちの間から、夏奈とシズナさんがやって来る。

「カナデちゃん、優人、良かったよぉ!」

 夏奈が俺に抱きついてくる。俺は夏奈の髪に、そっと手を置いた。

「カナデさん」

 シズナさんの静かな、しかし真っ直ぐな声が俺に向けられた。

 その重い響きに、場がしんっと静まった。

「あなたの無謀な行動で、優人が危険に晒されたわ。ここにいるみんなだって心配して、もう一度ロバイに向かうところだった。あなたのお陰であの女の子は助かった。でもそれは結果論。あなたの、あなたという立場の者が取った行動で、部隊全員の命運が左右されるの。その事を忘れないで」

 俺は夏奈を横に押しやり、シズナさんに頷いた。

「みんな、心配かけて、迷惑かけて、すみませんでした」

 俺は深々と腰を折り、頭を下げた。

 銀糸の髪がはらはらと落ちてくる。

 静寂が耳に痛い。 

「でも、戻って来てくれて嬉しいわ」

 顔を上げると、シズナさんが目を細めて微笑んでいた。

 騎士たちが再び詰め寄ってくる。

 俺は微笑んで彼らに礼を言う。

 その騎士たちの向こうで、目を押さえて呻いているシュバルツをフェルドがなだめていた。

 まだまだ状況は余談を許さないが、今は戻ってこれた喜びを噛み締める。今は…。

 戦闘ばかりで話がなかなか進みません。

 もう少しでお屋敷に戻れると思いますので、飽きずにお付き合いいただければ幸いです。


 読んでいただいて、ありがとうございました!

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