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雪色エトランゼ  作者:
第1部
53/115

Act:53

「うぁああああ!」

 絶叫と共に、俺は剣を振り下ろす。

 広がった瓦礫の隙間の向こうから伸びてくるグロウラー型の、異形の巨腕に向かって剣を振るった。

 倒壊した小屋の僅かな空間に、濃い腐臭が満ちる。

 グロウラー型の腕から黒い霧が噴き出すが、銀気の才を持たない俺ではそれを斬り落とすことも滅ぼす事も出来なかった。

 一度引き戻された巨腕が、再び弄るように伸びてくる。

 俺は剣を逆手に持つと、その腕をめった突きにする。

「ううぅぅっ…」

 絞り出すような呻きが、自然と口から漏れていた。

 しかし俺の必死の抵抗などお構いなしに、ミシミシと瓦礫をさらに押し広げたグロウラー型が腕を伸ばして来る。

 黒い筋が浮かび上がりどす黒い爪が伸びたグロテスクな腕が、とうとう俺の足を掴んだ。

「……っあああ!」

 その握力と激しい嫌悪感に、俺は声にならない悲鳴を上げた。

 そのままずりずりと外に向かって引っ張られる。瓦礫に掴まって抵抗もするが、怪物の怪力に及ぶはずもない。そして、とうとう俺は、暗灰色の雲が重く立ち込める空の下に晒された。

 雲に遮られた弱い陽光でも、一瞬眩しいと感じてしまう。

 俺は、足を掴まれ、逆さまに持ち上げられた。

 マントが垂れ下がり、コートの裾が落ちて来る。

 どうしても、絶望が押さえられない。

 どうしても、希望を抱けない。

 でも、諦めない。

 諦めないんだ!

 俺は腹筋を総動員して上体を持ち上げると、足を掴む巨腕に斬りかかる。何度も何度も。

 グロウラー型の6つの目が、不快そうに細まった。 

 駄目…なのか。

 あの時は、この化け物から優人が助けてくれた。

 グロウラー型が低く唸る。

 優人…。

 ふと、予感がした。

 優人が来てくれる。

 遠くに音が聞こえる。誰かが戦っている音だ。

「…っ!」

 俺は、近付いてくるグロウラー型の巨大な顔面に対して剣を構えた。

「…デっ!」

 そして、全力で叫んだ。

「優人ぉぉぉぉ!」

 逆さまの視界の中。

 おぞましいグロウラー型の頭部の向こう。

 家々の屋根の上を走って来る人影が見える。

 銀に輝く大剣をもったその人影が、勢いよく屋根を踏み切って一直線にこちらに落下して来た。

「ぉぉぉおおおお!」

 雄叫びと共に銀光が弧を描く。

 グロウラー型の巨体がぐらりと傾いた。赤い目が明滅し、すっと消えていく。そして、俺を掴んでいた巨腕がどろりと粘性を含んだ黒い液となり、崩れていく。

 鼻がおかしくなるような臭気の中、俺は地面に落ちた。

「カナデ」

 グロウラー型を斬り伏せてくれた優人が、荒い息をしながら、全身に生傷をつくりながらも俺に手を差し伸べた。

「優人、ありがと、優人…」

 俺は安堵で砕けそうになる足を奮い立たせて、その手を取って立ち上がる。

 しかし優人は、厳しい顔で俺を睨んだままだった。

「カナデ、お前…」

 優人の低い声。

 怖い声だ。

 優人が怒っている。

 俺が何かを言おうと口を開くより早く、優人が俺の腰に手を回して飛び上がった。

 視界が一気に広がり、灰色の空と色褪せた大地が視界一杯に広がった。

 優人に抱えられた俺は、一瞬にして教会の屋根まで運ばれていた。

 優人が手を離す。

 俺は自分が元いた場所を見てぞっとした。

 路面が見えなくなる程の魔獣群が集まって来ていた。その中にグロウラー型の巨体があちらこちらにある。その間を埋めるように、狼、蜘蛛、トカゲが犇めいていた。

 一瞬前まで、あそこに居た事が信じられなかった。

 他よりも一際高いこの屋根の上も、完全に安全ではない。

 蜘蛛型は飛び上がって壁面に取り付き屋根を目指すし、グロウラー型は一対の巨腕で壁面を半ば壊しながらよじ登って来る。

 赤い目を爛々と輝かせながら迫って来る魔獣に、俺は思わず後退りしてしまった。

「痛っ…」

 グロウラー型に握られた足がずきりと痛む。

 思わずよろめいてしまったところに、すっと伸びて来た優人の腕が俺を支えてくれた。

「悪い、優人…」

 無表情な優人の顔を見上げる。

「優人、馬車は、みんなは逃げられたか?」

 俺はそんな優人の顔をおずおずと見つめた。

 今まで無表情を保っていた優人の顔が、くしゃりと歪む。鼻筋に皺を寄せ、怒りを露にした。

「馬鹿だろ、お前」

 怒気をはらんだ声を、俺は一瞬理解出来なかった。

「えっ…?」

「馬鹿だろうって言ってんだよ!」

 優人ががしっと俺の肩を掴む。

「馬鹿だよ、お前は。馬鹿だ。阿呆だ。この猪女め!」

「なっ…」

 俺はいわれのない中傷に、頭の中がぐるぐる回り始めてしまう。

「何だよ…。酷いよ…」

 小さく呟き上目に見上げる俺に、一瞬ぐっと気圧されたような優人だったが、歯を食いしばって一歩を踏み出して来た。

「こんな状況になってまで、まだ自分よりも他人の事かよ。馬鹿だ!とびっきりの馬鹿だ!」

 優人かおもむろに剣を構えた。

 俺も優人を睨みながら剣を構える。

 そして、ずきりと痛む足を無視して、俺たちは交錯した。



 優人が剣を振り上げる。

「侯爵の娘になるって決めたときもそうだった!俺のためとか言って、自分で勝手に決めやがって!」

 優人が銀色に輝く大剣で、俺の背後から壁面をよじ登って来ていたグロウラー型を斬り裂く。

「だって、それは…」

 俺は優人の背後に落着した蜘蛛型に剣を突き立てた。

「小さい時だってそうだ。俺たちが高学年に絡まれたあの時だって、自分だけで話をつけるとかって俺をおいて行きやがって。結局俺が爺ちゃんを連れていかなきゃ、お前、ボコボコされてたんだぞ!」

 優人が脇から伸びてきたグロウラー型の巨腕を跳ね飛ばす。

「うう、そんな古い話するなよ、恥ずかしいだろ!」

 俺は次々に屋根に降って来る蜘蛛型を霧散させていく。

 足が痛くて踏ん張りがきかない。

 斬撃が中途半端だった。

「それに、あの時俺は、初めっから喧嘩なんかするつもりなかった!」

 俺たちは狭い教会の屋根の上ですれ違う。そして、立ち位置を入れ替えた。

「いつもいつも真っ先に突っ込んで行く!猪め!お前なんか猪女だ!」

 優人が反対側から登って来たグロウラー型を落としにかかる。

「うう…ひどい。俺だって自分のやるべき事を…それに女じゃ…」

 屋根の上をカサカサと走って来る蜘蛛型を俺は掬い上げるように斬り飛ばした。

「もっと自分の事を考えろって言ってんだよ!立場のある身分になったんだろ?もっと自分のだな…」

 俺の方に腕を伸ばすグロウラー型の、その巨大な頭部を一刀で落とす優人。

「だからこそ、なんです!お父さまの娘として私に…俺には果たさなければならない責務があるんだ!みんなから頭を下げてもらう分だけ、頑張らなきゃいけないんです!」

 俺は、優人の背中に飛びかかった蜘蛛型を真っ二つにした。

 強烈な腐臭が鼻につく。

 気がつけば、屋根の全方位から魔獣が殺到していた。まるで黒い波が押し寄せる孤島の様だっだ。

 俺は肩で息をしながら、じわじわと後退り、そしてかちんと何かにぶつかった。

 同じく後退して来た優人と背中合わせの恰好になる。

「優人、心配かけたのは悪かった…それに巻き込んで…」

 俺は小さく呟いた。

 優人が急に俺に向き直る。

「当たり前だ!どんだけ心配したと思ってるんだ!」

 優人は背中に大剣を戻すと、おもむろに俺を抱き上げた。

「うわっ、優人、やめっ」

 俺は優人の腕の中で小さく固まる。

「掴まってろ」

 優人が俺を見下ろした。

 俺は優人のブレスプレートの縁を握る。

「ちゃんと、掴まってろ!」

 その迫力に圧されて、俺は思い切って優人の首に手を回した。

 顔がぐっと近くなる。

 思わず目を瞑ってしまう。

「行くぞ」

 優人は俺を抱きかかえたまま、狭い教会の屋根を走り出した。

 グロウラー型が手を伸ばしてくる。蜘蛛型が走り寄る。

 それを無視して、優人はたんっと屋根を蹴って飛び上がる。

 鳩尾がすっと冷たくなるような浮遊感。

「あああっわわ、優人ぉ」

 俺が悲鳴をあげるのと同時に、たんっと軽い衝撃が走った。

 優人の胸に顔を埋めていた俺はそっと目を上げた。

 俺を抱えたまま、優人が走る。

 魔獣のいない屋根から屋根へと建物伝いに。

 優人は器用にジャンプを繰り返しながら、魔獣の少ない方向を目指しているようだった。

「…カナデ。あの女の子も騎士のおっさん達も、お前を心配してたぞ」

 前を向いたまま優人呟く。

 俺は優人の首に回した手にぎゅっと力を込めた。

「…ごめん」

 ロバイの町の端までやって来た。

 この先に建物はなく、ただ土と乾燥した土地の植物が点々と見える荒涼たる荒れ野が広がっているのみだった。

 優人が選んだ方角には魔獣は少なかった。足の早い狼型は数匹。あとは鈍重なトカゲ型ばかりだ。

 町の端の家屋の上で一瞬立ち止まった優人が、意を決したように大きく跳躍した。そして俺を抱えたまま、土煙を上げて着地する。

 冷たい風が吹き抜ける。体の芯から凍えそうな風だった。

 付近の魔獣が、わらわらとこちらに向かってくる。

「俺も…心配したんだ。一応、お前の彼氏だからな…」

 優人がぼそっと呟いて、そして魔獣を振り切るように猛然と走り出した。もしかしたら馬よりも早かったかもしれない。

 代わり映えのしない荒野の風景が高速で流れていく。

 俺は優人に掴まりながら、微笑んだ。

「そう言えば、そんな設定、あったよな」

 もう懐かしい話だ。お父さまの屋敷のバルコニーで、優人がそう言って俺を困らせたのだ。

 懐かしくて、ふふふっと笑う。

 そんな俺を一瞥して、優人が無表情に顔を背けた。

「…設定言うなよ」

 ごうと風が巻く。

「何だ、優人?」

 俺が聞き返すと優人が俺の方を見た。

 その親友が少し目を伏せた後に、にこっと笑った。

「舌噛むっぞって言ったんだよ、このうり坊女め!」

 ちょっと可愛くなった…て、違う!

「また言ったな!」

 俺が抗議するためにもぞもぞと動いた。

「馬鹿、暴れんな!」

 優人が俺を抱え直す。ぴくりともしない力でがっちりと俺を抱き寄せた。

 うっ。

 思わず胸がどきりとしてしまう。

 優人、顔近いよ…。


 こうして俺たちは、魔獣に支配された町、ロバイを脱出した。

 小さな田舎町での戦いそのⅢです。

 今回は少し短めとなりました。


 ご一読いただきまして、ありがとうございました。

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