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雪色エトランゼ  作者:
第1部
47/115

Act:47

 廃村を前に、俺は強く唇を噛み締める。

 この胸が詰まるような光景を招いてしまったのは、間違いなく俺たち行政府側だ。

 俺にはこの惨状を脳裏に刻みつける義務がある。もう二度とこのような事を起こさないためにも。

「馬車隊はあの先の丘まで先行して待機して下さい。シュバルツ、3人連れてついて来て」

 俺は馬首を廃村に向けた。

「おい、お嬢さま。あそこには近寄らない方がいい。魔獣に侵された土地ってのは、さらに魔獣が湧き出して来るもんだ。危険だぜ」

 俺はシュバルツを見上げ、挑発するように微笑む。

「シュバルツが居れば問題ないでしょう?」

「うっ、まあ、そうだがよ。魔獣の百や二百朝飯前よ」

 俺は笑って馬を進めた。

「いや、だからってな…。魔獣はいなくても、野盗の巣窟になってたりだな…。ああ、ったく、わかったよ!ベルド、ロシュ、グラフ来い!後は馬車隊に着け!」

 俺の後にシュバルツら4騎が続き、一時隊列から別れた。

「ったく、シリスの旦那の言うとおり本当にじゃじゃ馬だぜ…」

 シュバルツが後ろでごにょごにょと文句を言うのが聞こえた。

 シ、シリスは関係ないだろ…。

 廃村には、十数戸の建物があった。一番大きなものは古びたレンガ造りの教会で、その前の広場が村の中心だったようだ。

 教会は既に扉がなく、外壁も一部が崩れている。ここから窺える内部も荒れ果ていて、ボロボロのようだった。

 魔獣に荒らされたのか、村人が居なくなった後に略奪にでもあったのか…。

 いずれにせよ神聖な祈りの場の雰囲気はもう微塵も感じられない。

 俺はそっと首部を垂れる。

「野郎ども!お嬢さまを中心に円陣隊形!全周囲警戒だ!」

 シュバルツが部下に指示を飛ばし、俺に近付いてきた。

「おかしい…。魔獣に襲われたにしちゃ、死体がねぇ。時間が経ってるとはいえ、骨の一本でもあっても良さそうなもんだがな」

 シュバルツは辺りを見回す。

 骨…!

 人の亡骸をそんな風にぞんざいに言って良いわけがない。

 俺はキッとシュバルツを睨みつけた。

 しかし厳しい顔つきで警戒するシュバルツの顔を見て、しゅんと目線を落とす。

 …これじゃ単なる醜い八つ当たりだ。

 俺は、俺たちの失策の結果を目の当たりにして苛立っているんだ。

 出来ることなら、失敗なんて言い訳して、他人のせいにしてしまいたいという暗い感情は確かに存在する。

 でも…。

 それでも…。

 俺はこの光景を胸に刻むようにしっかりと周囲の全てを見回した。

 過ちから目を背ける者に未来を見通す資格はないのだから。

 俺はこの場所から目を逸らしてはいけないのだ…。

「お嬢さま。大丈夫か…?」

「はい…。ありがとう、シュバルツ…」

 シュバルツはふんっと笑う。

「行こうぜ。馬車隊に合流する」

 俺は頷いて馬を進めた。

 廃村を出たところで、馬車隊から1騎が離れると、俺たちに駆け寄って来た。

「隊長!お嬢さま!丘の向こうに部隊の天幕が見えます!」

 その言葉に、シュバルツも俺もそのまま馬を加速させて行く。

 伝令も馬首を返し、他の騎士達も俺に追随した。

 丘を駆け上がりながらマントをはためかせた騎士達が、俺を中心とした隊形を取る。

「お嬢さまはここで待て」

 丘の稜線から飛び出す前に、シュバルツに止められた。

 1人丘を登りきったシュバルツが手綱を引いて馬を回す。その姿が、雲の間から差し込んだ逆光でシルエットになる。

「白燐騎士団だな」

 シュバルツの声を聞いて、俺も丘に上がった。

 下草の短い丘からの眺めははっとするほど美しい。

 大地がうねり、小さな丘と草原を繰り返していた。ところどころにこんもりとした森が蹲る。垂れ込めた雲から降り注ぐ光の柱が、そんな大地に幾つもの立ち並んでいた。

 丘の麓の街道の脇に、そんな光の柱に照らされたテント群が確かに建ち並んでいた。

「どこの部隊ですか?」

「この辺りといや、ベルモント砦の隊だろうが…」

 シュバルツが眉間にシワを寄せて目を凝らした。

「おいおい、ありゃあ、団長旗が翻ってんぞ」

 見えるのか!目の良い奴だ…。

「ガレスがいるんですか?」

「そのようだな…、おっ、2騎来るな」

 俺も目を凝らす。



 俺たちの馬車隊はガレスの隊が設営した簡易陣地に導かれた。

 馬を警備に預け、シュバルツとリリアンナさんを伴って陣地の中の一番大きな天幕に向かった。

 もの珍しそうに俺たちを見つめる騎士や兵の中には、ちらほらと見知った顔もあった。

「カナデさま!」

「カナデさま、お久しぶりです!」

「うわぁ、俺、本物初めて見た…」

「すげぇよ…」

 …何が凄いんだ。

 そこ、拝むな!

 シュバルツも同僚達に声を掛けられている。奴も、なかなか顔が広そうだ。

 一際大きな本部天幕の前では、久し振りに見るガレスが手を広げて俺を待ち構えていた。

 北部の魔獣進行が激化した頃、あの夏の豊穣祭の以前からベルモント砦に進発していたガレスとは、もう何年も会っていない気がする。短い間だったが、ガレスは俺の剣の師でもあるのだ。

「お嬢!久しいですな!」

 ガレスの大音声が響き渡る。

 俺は笑って頷いた。

「ガレス、お久しぶりです!元気そうで何よりです」

 ガレスは大きく頷いて、しかし、うんっ?とおもむろに俺の顔を覗き込んだ。

「な、なんです?」

「お嬢。しばらくお見かけせんうちに、すっかり良い女の顔になりましたな」

「なっ、何を…!」

 頬を染めて思わず後ずさった俺を、ガレスは愉快そうに大声を上げて笑った。

 頼もしくとか、逞しくと言ってくれるなら素直に嬉しい。

 しかし良い女とか言われても全くピンと来ないし…。

 ガレスが膝を折り俺に目線を近付けた。

「色っぽくなられた。何か良い事でもってありましたかな?」

 思い浮かべてしまった事を勢いよく頭を振って打ち消す。

 ない。何もない!

 ニヤニヤするガレスを無視して、俺は勢いよく天幕に入った。警備兵が慌て姿勢を正した。

 そのまま中央に設えられた机の上の地図を覗き込む。

 先ほど見て来た廃村も含む近隣の村にマーキングが施されていた。 

 俺は後から天幕に入って来たガレスを見た。

「ガレス、状況を教えて下さい。何故部隊がここに駐屯しているのです?」

 ガレスは真面目な顔で腕を組む。

「お嬢は侯爵領を離れておられたからご存知ないと思いますが、ここ2週間ほどで、北部を騒がしていた魔獣が完全に消えたのです」

 ガレスは無精髭の顎を撫でる。

 そして現在の状況を説明し始めた。

 北部地域に繰り返し押し寄せていた魔獣の襲撃が突然止んだのはだいたい2週間ほど前。ちょうど俺が王都にいた頃だ。

 やはりその魔獣の動きに呼応するかのように、魔獣討伐を名目に一部北部地域を実効支配していたラブレ男爵軍が撤退を始めた。挙げ句の果てには、白燐騎士団を釘付けにするために領境を圧迫していたラブレ軍本体も一週間ほど前に完全に引き上げてしまったのだ。

「しばらく様子を見ておりましたが、ラブレ共が戻る気配もありません。主さまとも協議した後、こうして騎士団を展開し、各地の状況把握と村々の復興支援を始めておるのが現状です」

 俺は腕を組み、片足に体重を乗せて考え込む。

 タイミング的に、ラブレ領査察の話が伝わったからか?

 しかし今軍を引いては、今まで自分たちがやましい行動をしていたと認めるも同然ではないか。

 それよりも魔獣を効果的に運用し、ラブレ軍の侯爵領侵攻の正当性と俺たち侯爵領側の対応のまずさを煽った方が効果的な気がする。

 それとも今回の撤退には何か別の意図があるのか…。

 俺は地図をじっと見つめる。

 奴らの狙いはなんだ?

 俺は落ちてきた髪を掻き上げて、耳にかけた。イヤリングが揺れる。

 それに黒騎士という戦力もある。こちらが油断した隙に力押しに出られたら…。

「ガレス。砦と領境の戦力は周囲に割いているのですか?」

 ガレスは俺に驚いたような顔を向けたが、直ぐに武人らしい厳つい表情で頷いた。

「現在村々を回っているのは、私の団長付き中隊だけです。砦と領境付近には、それぞれ二個大隊が待機中しております」

 俺は頷いた。

 さすがお父さまだ。

 俺が危惧するような事は想定済みだ。

 しかし男爵軍が支配していた地域の分布を見てみると…。

 俺は再び地図を睨む。その横でガレスが小さく「本当に見違えるようだ」と小さく呟いた。

「失礼致します!」

 そこに、緊張で声を裏返した兵がおずおずと天幕に入って来た。

「カ、カナデさまにご面会したいという老婆が来ております!」

 俺はガレスを窺った。

「村落の復興の為に連れて来ておる民の代表です。元々この辺りに住んでおった者たちです」

 ガレスの言葉に俺は息を呑んだ。

 この辺りということは、あの廃村の住民たちだったのか…。

「…通して下さい」

 俺は意を決して頷いた。

 罵られても殴られてもしょうがない。

 天幕に入って来たのは、腰の折れ曲がったボロボロの服を纏った老婆だった。

 俺の前まで少しも顔を上げずにやって来ると、膝を折って平伏した。

「た、立って下さい、お婆さん!」

 俺は慌てて老婆に声を掛けた。

 本当に土下座する人を目の前にして、俺は酷く動揺してしまう。

「カナデ・リムウェアです。お話を伺います」

 俺は冷静を装って老婆を促した。

「も、申し訳ありません。お忙しいところ本当に申し訳ありません。わしら、侯爵さまのお嬢さまがいらっしゃると聞いていてもたってもおられんで…」

 老婆は詰まりながらも早口で言った。

 俺は努めて優しく微笑む。

「お婆さん。そんなに緊張しないで下さい」

「…わしら、お嬢さまに一目会うて礼が言いたかったんです」

 老婆は目だけ上げて俺を見た。

 …礼?

 俺はお婆さんたちに罵られる事はあっても、感謝されるような事はしていない…。

「わしらが魔獣に襲われとった時、騎士さまも市民長さまも、何度訴えても何もしてくらさらんかった」

 ガレスが腕組みしてふんっと鼻を鳴らす。

「じゃが、ある時黒い剣を持った少年の冒険者達が来て、魔獣を滅ぼしてくれおった。お陰でわしらは、家財道具持って村を離れる事が出来たんじゃ」

 黒い剣の少年冒険者…。

 優人…?

「剣の少年と弓持ったお嬢ちゃんが言うとった。冒険者を派遣してくれたのは、侯爵さまの娘子のカナデさまじゃって」

 老婆は俺が制止するのも聞かずに、再び平伏して感謝の言葉を繰り返す。

「ありがとうございます。ありがとうございました、カナデさま!」

「…違うんです」

 俺は小さく呟く。

 しかしその声は老婆の言葉にかき消される。今にも泣き出さんばかりの老婆は、そのまま兵に伴われて天幕を後にした。

 違う。

 違うんです、お婆さん。

 俺は、あの時、優人が旅立ったあの朝。

 北部に赴く優人たちに魔獣に苦しむ村々を助けて欲しいと頼んだ。

 しかし魔獣討伐を計画していたのは冒険者ギルドだ。

 魔獣を倒したのは優人たちだ。

 俺は思いつきを優人に託しただけ…。

 キュッと胸が締め付けられる。

 感謝されるべきはギルドや優人であって、俺じゃない。

 俺にはまだまだ力が足りない。

 ただみんなに守らているだけだ…。

 俺はきっと前を向いた。

 早くインベルストに帰らねば。

 あのお婆さんの感謝を受けても恥ずかしくないようになりたい…!



 ベルモント砦で一泊した俺達は、いよいよインベルストに到着することになる。

 遠くから懐かしい街のシルエットが見えてくると、優人と一緒に初めてインベルストを訪れた時の事を思い出した。

 優人、今頃どうしているだろう。

 大河の川面の煌めきを見つめ、インベルストの正門、石橋を渡り巨大な正門を抜けて市街に入ると、懐かしい喧騒に包まれる。

 目の前に広がる見慣れたインベルストの大通り。通りの脇には露天や人が溢れている。様々な物が行き来し、人が行き交う。いつもの賑やかな旧市街だ。

 隣を進むシュバルツが俺を一瞥した。

「帰って来たな」

 俺は力を込めて頷いた。

 この街は、確かに俺達の故郷だ。

 胸にこみ上げてくるこの安堵感と安心感がそれを物語っていた。

「うわっ、カナデさまだ!」

「おい、お嬢さまがお戻りだぞ!」

「カナデさま、おかえりなさいー!」

「お嬢さま、ありがたやありがたや」

 俺を見つけた市民達がこちらに手を振り声をかけてくれる。

 それが何だか嬉しくて、俺は溢れそうになる気持ちを必死に落ち着かせた。

「…お嬢さま、泣いてんのか?」

 シュバルツが面白そうに口を歪める。

「泣いてません!」

 俺はリリアンナさんの教えの通り、胸を張り背筋を伸ばすと、柔らかな笑顔を浮かべて手を振った。

 俺が手を振る度に歓声が上がる。

 そっと馬車を窺うと、馬車酔いした青い顔のリリアンナさんが頷いていた。

 俺もそっと頷き返す。

 行政府の方には、帰還を告げる先触れの伝令は出してあった。

 新市街を抜け、大聖堂の前を通り、行政府前広場に到達する。

 そこには多くの騎士、お屋敷のメイドさんたち、行政府の職員。それに市民長の面々に執政官達が集まってくれていた。

 俺達が近付くと、拍手が高まっていく。

 俺は抑えていた感情が零れそうになって、きつく口を結んだ。胸の奥がきゅんと苦しい。

「泣いてんのか、お嬢さま?」

 また言うシュバルツを、今度は俺は睨み返すことしか出来なかった。

 俺は集まったみんなの前で拍手に包まれながら馬を下りる。

 シュバルツたち護衛の騎士も下馬する。

 リリアンナさんたちメイドさんたちも馬車を降りた。

 俺は一歩進み出る。

 拍手が止んだ。

 俺は大きく深呼吸して気持ちを整える。

 そして、この胸に湧く温かさをそのまま笑顔に変えた。


「みなさん、ただ今戻りました!」


 膨れ上がる万雷の拍手と歓声。

 シュバルツたちがカリストの前に並ぶ。

「シュバルツ隊、お嬢さまを護衛してただ今帰還!」

「ご苦労だった」

「おいおい、そんだけかよ副団長」

 …シュバルツ、あんまりカリストを苛めるなよ。

 リリアンナさんの周りに、屋敷のメイドさんたちが集まって来た。

「みんな、お屋敷に変わりはありませんか?」

「はい、もちろんですメイド長さま!」

「こら、ユナ!泣くな!」

「だってぇ〜」

 あちこちで皆が、口々に再会を喜ぶ歓喜の声を上がる。

 笑顔で肩を組む。笑顔で話し込む。そんな人だかりがすっと自然に割れた向こう側。

 執事のアレクスを伴ったお父さまが見えた。

 優しい眼差しが俺を見つけて微かに頷いた。

 俺は、目元をそっと拭うと、お父さまの下に駆け出した。

 やっとホームタウンに帰還いたしました。

 明日からまたいつもの毎日が始まります(笑)


 ご一読ありがとうございました!

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