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雪色エトランゼ  作者:
第1部
44/115

Act:44

 翌日。

 国王陛下を訪ねていた俺は、謁見の間で頭を下げていた。居並ぶ警備の騎士、王陛下の秘書官などの注目の真ん中になるのは、やはり緊張せずにはいられない。

「面を上げよ」

 陛下の低い声が響く。

 顔を上げると、大きな玉座にやはり体の大きな王が、堂々とした風格と共に俺を見下ろしていた。王陛下の視線ならコップぐらいは粉砕できるんじゃないかと思ってしまう、重々しい視線だ。

 玉座の上方にある大きなステンドグラスが、緩やかな午前の日差しを受けてキラキラ輝いていた。

「昨日の騒ぎ、ご苦労であったな」

「いえ、陛下」

 俺は昨日、王直騎士団本部でも陛下に謁見し事態の説明を行っていた。その時、頬杖を突き、今までの優人たちの行動も含めた事情を聞き終えた陛下は、俺とシリスにラブレ男爵領への査察を急ぐ旨を告げたのだった。

 俺はシリスと顔を見合わせ、頷き合った。王陛下の認識は、俺たちも同じだった。

 賊が何故ラウル少年やマームステン博士を拉致したのかはわからないが、街中でゴーレムまで出して来たという事は、そこまで切羽詰まっていたということだ。

「そこな少年の力が必要なのか、それとも少年がもたらす情報が王統府に伝わるを恐れたか。いずれにせよ、近々に何か動きがあるのは間違いないな」

 王は好戦的で獰猛な表情で口元を歪めた。

「カナデ」

「はい」

「悪いが、男爵領の査察とリムウェア侯爵家への査察は同時という約束であった。急ぎ侯爵領に戻り、レグルスにこの事を伝えよ」

「はい!」

 俺は力を込めて頷いた。

 皮肉なものだ。

 博士の拉致犯とラブレ男爵との繋がりは見えてこないが、敵の動きが査察の前倒しを招いたのだ。

 その王の言葉を受け、当初の予定通り明日、俺はインベルストに戻る事になった。

 今日再び国王陛下に挨拶に参じたのは、お別れを告げるためだった。

「時があれば、お前とはもう少し話をしてみたかった。剣の手合わせも良いと思っていたのだ」

 玉座で豪快に笑う王に、俺は苦笑いを浮かべる。王に剣を向けるなど、考えたくもない。

 剣の手合わせなどしかし発想がシリスと同じだ。やはり兄弟なんだな、と思う。

「カナデ・リムウェアよ。また会おうぞ。その時まで息災にな」

「はい、陛下」

 俺はもう一度深々と頭を下げた。

 今日これからは大忙しなのだ。

 既に屋敷ではリリアンナさん指揮のもと、出発の準備が進められている。俺は俺で、これから南公、西公やお世話になった他の議員たちにも挨拶回りしなければならない。

 北公にも面会を申し込んだかが、やはりというか、会っては貰えなかった。

 次は貴族街の南公邸向かわなければ。

 俺はシュバルツを伴って、カツカツと王城の廊下を歩く。

 王都滞在期間は短かったが、その短い間に色々な事があった。おかげで、もうずっと王都に住んでいたような気がしないでもない。

 俺は、髪を掻き上げて耳にかける。チリンと片側だけのイヤリングが鳴る。

 王城の広い窓から、びっしりと建ち並ぶ王都の家々が見えた。柔らかな日差しに屋根が輝いている。大分と秋も深まって来た気がした。

 すれ違った文官さんに声を掛けられる。大審院の関係で何度か話した事がある役人さんだった。俺は彼にも一礼して王都を離れる挨拶をした。

 王城を出る。

 そうだ、ついでに王直騎士団本部のシリスにちょっと会っていこう。



 日の入りも随分早くなった。茜色に染まる窓の外を見ながら俺はメイドさん達に手伝ってもらい、身支度を整えていた。

 梳かした髪を愛用の黒いリボンで結わえる。化粧は薄めで、淡いルージュを引く。

 最近、俺は1人でルージュを引けるようになった。我ながら凄い進歩だと自負している。

 恥ずかしくて優人はもちろん誰にも誇れないのだが…。

 服は七分袖の紫のワンピース。スカートが膝丈で、ちょっと短い気がする。あとは胸元にスカーフタイを巻き、ふわりと広げて形を整える。そして編み上げブーツを履いたら完成だ。

 俺はメイドさんたちに礼を言い、リリアンナさんと帰還の段取りを相談しながら玄関に向かった。

「頑張って下さい、カナデさま!」

 俺付きのメイドさん1号(黒髪)がガッツポーズで見送ってくれる。

「もう勝利は直ぐそこですわ」

 メイドさん2号(金髪)が力強く頷きかけてくれる。

 …何が?

 俺はとりあえず疑問符を浮かべながらも曖昧に頷くしかない。

 玄関ホールでは、ちょうど帰って来たところのシズナさんたちのパーティーに出くわした。

 ゴーレム騒ぎの後、シズナさんや夏奈とも合流して、みんなこの屋敷に滞在してもらっているのだ。街の宿より警備のある貴族街の方が安全だから。

 今日もパーティー総出で王立図書館に調べものに行くラウル少年の護衛に行っていたはずだ。

 わいわい談笑しながら戻って来た所を見ると、今日は何も異常はなかったようだ。

「みんな、お帰り」

「ああ、カナデさん」

 シズナさんと挨拶を交わす。その後ろから、ひょこり夏奈が顔を出した。

「わぁ、カナデちゃんが綺麗だ〜」

 夏奈が笑いながら手を広げて走り寄って来る。

 俺は本能的にスカートの裾をひるがえしてクルリと回転して体を捌くと、夏奈の突撃を躱した。

 勢い余った夏奈が壁にぶつかる。衝撃で壁にかけられた額が傾く。

 全く…。

 ちゃんと直しておけよな。

「カナデ、どっか行くのか」

 優人も珍しそうに俺を眺める。

 …あんま見んなよ。恥ずかしくなって来るだろ。

「ちょっとお食事会です」

 俺が答えると、優人が眉間に皺を寄せた。

「誰とだ?」

「シリスの家ですよ?昨日言った通り」

 優人がますます表情を険しくした。

 シリス、信用されてないな。

 俺は思わず笑ってしまう。

 態度は横柄で人を小馬鹿にしたような態度をとる事があるから、一見して腹立つ奴だというのは同意する。しかしあれはあれで根は真面目で真っ直ぐな奴だと思う。

 俺はもう明日には王都を発たなければいけない。シリスも昨日のゴーレム騒ぎで多忙なのは分かるが、約束を果たすには今晩しか無かったのだ。

 昼間、今晩例の晩餐会はどうかと俺から提案しに行った際、シリスは急に緊張したような難しい顔をしていた。

 もしかして迷惑だったのかもしれないが…。

「…カナデ。俺も行っていいか?」

 優人が低い声で言う。リコットがダーリン!と抗議するのもお構いなしだ。

 しかし俺は静かに首を振った。

「申し訳ないけど、遠慮してください」

 個人宅にお呼ばれするのだ。急に人が増えては迷惑になる。

「カナデ…」

 そんなに心配しなくても、な。

 俺は優人に微笑みかけ、みんなに頭を下げると表の馬車に乗り込んだ。



 シリスの父と母ということは国王陛下のご両親であるわけで、つまりは前国王夫妻な訳だ。

 そう考えると王城にも劣らないような凄まじい屋敷に住んでいて、また俺は胃が痛くなるような緊張感を味わうのかと身構えていた。

 しかしシリスに指定された住所に向かう馬車は、王都内門を抜け、幅の広い道をどんどん人家のない方に向かってく。

 馬の足音と車輪の転がる音だけが響いていた。

 まだ中門以内、十分に王都の市街地である筈なのに、道の左右には畑や森が広がっていた。王都の人家の広がりにも偏りがある様だ。

 薄闇の中に、ぼうっと木々のシルエットが立ち並び、微かに風に揺れていた。

 ただ、馬車に取り付けられたランプの照らす範囲だけが、オレンジに輝いていた。

 静かだ。

 先ほどまでの王都の喧騒が嘘のようだった。

 俺は馬車の振動に身を任せながら、コツンと窓に頭を預ける。

 こんな静かな森を見ていると、魔獣もゴーレムも盗賊もみんな嘘に思えてくる。

 ここにはまた直ぐに朝が来て、また直ぐに夜が来る。

 そんな当たり前がただあるだけだ。それは、日本でもノエルスフィアでも変わらない本来の世界の在り方だ。

 やがて道の前方に鉄策が迫り、警備の騎士たちが篝火をたいていた。

 俺が名を告げると、鉄門が開けられ馬車がまた進み始める。

 しかし建物らしきものはなかなか見えて来なかった。

 結局、丘の上に小さな屋敷が見えて来たのは、二つ目の警備門を越えたさらに先だった。

 闇の中に門灯を照らして立つ屋敷は、王都で俺が間借りしている屋敷よりさらにこぢんまりとしていた。

 馬車がその前の車寄せに止まる。

 外に出ると、しんと芯まで冷たい夜風が吹き付けてくる。

 微かに漂う草木と土の匂い。

 御者が降り立ち、呼び鈴を鳴らしてくれる。

 この寒いのに、馬車の荷台に腰掛けていた護衛のシュバルツが物珍しそうに辺りを見回していた。

「なんか、何もないな」

 ぼそりと優人が呟く。

 確かに田舎な感じだが…。

 ……。

 …優人!?

「優人!どうしてここに?」

 俺が驚きに目を丸くしていると、優人は悪びれもせず笑った。

「俺は護衛だ。カナデのな」

 シュバルツがふんっと鼻を鳴らした。

「この坊主、走って馬車に追い付いて来たぞ。護衛を頼まれたとかで。違うのか、お嬢さま」

 なんて奴だ…。

「優人、どういうつもりで…!」

 そこまで言った時、かちりと音がしてドアが開いた。

 俺は慌ててそちらに向き直る。

「お待たせしてごめんなさいね。あらあら、可愛らしいお嬢さんだこと」

 光が射し、顔を出したのは、柔らかな雰囲気の小柄な初老の女性だった。

 シンプルだが材質の良さそうなブラウスに茶色のロングスカート。薄手のストールを羽織っていた。少し白髪の見える黒髪を綺麗に結い上げている。

「夜分に失礼致します。私、カナデ・リムウェアと申します」

 俺は丁寧にゆっくりと頭を下げて一礼した。

「まあまあ、ご丁寧に。私はマリアスティーリア・フェロ・リングドワイス。シリスの母ですよ。シリスから話は聞いてます。どうぞ中に」

「失礼致します」

 屋敷の中は温かな光に満ちていた。小さめの玄関ホールはレースの刺繍や品良く整えられた生け花で飾り付けられていた。今まで見てきた貴族の屋敷にあまり感じられなかった生活感が濃厚に感じられる空間だ。

「ではご従者の方々はこちらに」

 玄関ホールに控えていた執事のお爺さんに案内され、御者さんとシュバルツ、そして優人も脇の部屋に消えていく。

 最後まで優人がこちらを見ていたが…。

 全くあいつは…。

 自由すぎる。一回、ガツッと言ってやらねば。

 俺はシリス母に案内され、二階に上がった。

「でも、良く来てくれたわ、カナデさん。シリスったら、全く女の子を連れて来ないものだから、お父さまとやきもきしてたところなよ」

 笑顔の老貴婦人に俺はぎこちない笑顔を返した。

 着ているものも華美ではない。威圧されているわけでもなく難しい話をしている訳ではない。しかし何故だろう。自分の身が矮小に感じてしまう程のこの圧倒的な存在感。

「シリスティエールさまには、いつもお世話になっております、奥さま」

 俺は控えめに応えた。

 老婦人はふふふっと可愛らしく笑った。

「私の事はマリアで構わないわ。もしくは親しみを込めて、お父さまお母さまと呼んで下さいな」

 悪戯っぽく笑うマリアさん。確かにこの家には、思わずお父さんお母さんと呼んでしまいそうなアットホームな雰囲気があった。

 俺は二階の広い居間に通された。

 暖炉に微かな火が入っていてポカポカと温かかった。その前に毛の短い体の大きな犬が寝そべっている。その暖炉を囲むようにソファーが配置され、黒髪が殆ど白髪になりつつある老人が、こちらに背を向けて座っていた。

「あなた、カナデさんがお見えよ」

 立ち上がった老人に俺は挨拶した。

「ブライトリスト・アム・リングドワイスだ。良く来た」

 低い声が響く。国王陛下にそっくりの重低音だった。親子だから似ていて当然か。

 前王陛下は、マリアさんと同じようにさっぱりした簡素な身なりだった。4公たち老貴族の方が、よっぽど上流階級っぽい。

 幅広の顎に髭を蓄えた面貌は、シリスより国王陛下に似ていた。シリスはやはりマリアさん似だなと思う。

「カナデさん、しばらく主人とここで待っててね。シリスがまだ来ていないの。待たせてごめんなさいね」

 マリアさんが眉をひそめる。

 きっと忙しいのだろう。しょうがない。

「晩御飯の準備をしてますから。揃ったらお呼びしますわ」

 妻の言葉に、ブライトリスト前王陛下は鷹揚に頷き、暖炉の前のソファーにどかりと座った。その衝撃で犬がむくりと起き上がり、新参の者の俺に気が付いて、寄って来る。

「あの、マリアさま。私もお手伝い致します」

 見たところ使用人の数も少なそうだ。俺だけ座って待っているというのも申し訳なかった。

 犬が俺にまとわり付いてクンクン匂いを嗅いでくる。俺はその鼻面に指を差し出して嗅がせてやる。

 マリアさんは俺を少し見た後、ふっと柔らかに笑った。

「じゃあお願いしようかしら。女同士で少しお話しましょう。いいかしら、あなた?」

 前王陛下は何も言わずに頷く。無口な人なのかもしれない。



 俺は皿を取り、マリアさんの指示通り並べていく。

「カナデさん。シリスはどうかしら」

 同じ様に、配膳しながらマリアさんが尋ねて来た。

 やはり使用人はほとんどいないみたいだ。前王夫妻というから、贅の限りを尽くしたような絢爛豪華さをイメージしていたのに、少し肩すかしを食らったようだ。

 まぁ、この方が俺には良いが。

「シリスには色々お世話になってます。命を助けてもらった事もあります」

「まあまあ、あなたも戦場に?」

「はい。魔獣と戦いました」

 マリアさんが目をしばたかせて驚いている。

「…貴女も大変ね。怖くないの?」

 俺は少し考えて、マリアさんに微笑みかけた。

「怖いですけど、それが私のしなきゃならない事だと思いましたから。だから大丈夫なんですよ」

 俺は少し目線を外して、思い出すように言葉を紡いだ。

「それにお父さまや騎士団のみんな、そしてシリスがいてくれたから、私はそういう怖い事を乗り切ってこられました。だから、シリスには感謝しているんです。ホントに…」

 俺は少し照れたように笑った。アイツの前では恥ずかしくて絶対に言えないセリフだった。

 手を止めて俺の話を聞いていたマリアさんは、目を細めて柔らかな顔になる。そして「安心しました」と小さな声で呟いた。

 俺がえっと聞き返すと、マリアさんは元の笑顔に戻った。

「それにしても遅いわね、あの子。シリスったら、抜け目無いようで、いつも詰めが甘いのよ」

 はははっ、何だか厳しい。

「きっと忙しいんです」

 しょうがないので俺がフォローを入れておいてやる。

「まぁ、カナデさん。あくまでもシリスの味方なのね」

 俺はその冗談に、苦笑いを返すしかなかった。

 結局、シリスが来たのはそこから一時間後だった。

 疲れているのか、シリスの表情はいつもより随分と固かった。

 マリアさんに冗談で責められても、その冗談に俺が便乗して責めても、一言二言が帰って来るだけだった。いつもの俺をからかう、余裕たっぷりの雰囲気がない。

 食事が始まっても専ら会話は俺とマリアさんだけだった。

 料理の話やこの屋敷の周りで育てている家庭菜園の話が主だった。下手に王宮や貴族社会の話をされるよりも、俺的には入り込める話題ばかりで助かった。

 前王夫妻は、王位にあった期間が長く、王城暮らしが長かったため、退位後は郊外でのんびり暮らすと決めていたそうだ。

 うちのお父さまも、正当な後継者を選定しリムウェアの家督を譲った後は、土いじりしたいとか言い出すんだろうか。

 似合わないな…。

 思わず俺はふっと笑ってしまう。

 前王陛下はあまり話をしてくれなかった。

 何か気に障ることをしたのかなとマリアさんを窺うと、「カナデさんみたいな可愛らしい女の子に照れているんですよ」とからかわれてしまった。

 それでも俺が剣術をしている話になると、ぼそりと今度手合わせしようと言ってくれた。

 国王陛下、シリス、そしてこの前王陛下。

 揃いも揃ってそんなに戦いたいのだろうか…。

 全く、剣術馬鹿ばかりだ…。

 マリアさんもそう思ったらしく、ため息が俺と重なる。そして二人で顔を見合わせて笑った。その後、若い娘さんに申し込むことじゃないと、前国王陛下は奥さんにこっぴどく嫌みを言われていた。

 雰囲気の固いシリスをほったらかしにして、食事はわいわいと終わった。

 俺的には想像していたよりもリラックス出来て楽しかたと思う。



 食事の後も、俺は片付けを名乗り出てマリアさんの手伝いをしていると、シリスがやって来た。

 何か事件でもあったのか、厳しい表情だった。

「カナデ、ちょっといいか」

「はい、何でしょう?」

 俺は布巾で手を拭き、無言で歩き出すシリスの後をついて行った。

 階段を上がり、三階の南側の部屋の扉を開く。

「…わぁ…、凄い…」

 俺は思わず感嘆の声を上げていた。

 その部屋は、南向きの前面ガラス戸の向こうが花畑になっていた。屋上庭園、というのだろうか。屋敷のバルコニーの一部が花壇になり、その周りがガラスで覆われていた。小さな温室のようだ。

 その花壇に揺れているのは、背は低いが薔薇のように花弁の重なった白い花だ。

 まるで雪が降った後のように、一面の真っ白な花が広がっていた。

 その白が星明かりを受けて浮かび上がるようにぼうっと輝く。

 それはこの世の物ではないかの様に、神秘的で美しかった。

「入っていいですか」

「ああ」

 俺はガラス戸を開けて温室に入った。

 温かい空気と土の匂いがする。植物の匂いだ。

 ここで昼寝したら最高だろうなと思う。

 温室は眺めも最高だった。

 屋敷の三階の部分から周りの森を見渡すことが出来た。夜闇の、しかしいつの間にか天球に輝く満点の星空に薄く淡く照らし出される森はどこか幻想的だった。

「この花、カナデの髪の色と同じだろ」

 シリスが静に口を開く。

「ここは、母上のお気に入りの温室でな。初めてお前にあった時、この花を思い出した」

 シリスが懐かしむように視線を落とし、膝をつくと、花に触れる。

「あの時カナデは剣抱えて居眠りしてたよな」

 シリスは面白そうに笑った。

 …今日初めて笑ったところを見た気がする。

 何だ、体調が悪いわけではなかったか。俺をからかう余裕もあるみたいだし。

 まぁ、良かった、かな。

「そんな昔の話、忘れてください」

 俺は恥ずかしくなって後ろを向いた。

 本当に星が綺麗だ。

 空気が冷たく澄んで、星が良く見える。

 明るい夜に特別を感じてしまうは何故だろう。

「忘れない。俺は、お前との出会いを忘れはしない」

 シリスの真剣な声が響く。

 俺はその只ならぬ声に振り返り、シリスを見た。

 それは覚悟の声に思えたから。

 星明かりの中で、跪いたシリスが俺を見上げていた。

「カナデ。俺はお前が好きだ」

 刃をこの身に受けた時のように、その言葉が心に届いた瞬間、一瞬で全身がかあっと熱くなった。

「な、何、言って…」

 声が掠れる。

 シリスが立ち上がり俺を真っ直ぐ見下ろした。


「結婚してくれ」


 頭が真っ白になり思考が弾け飛ぶ。

 何か言葉を紡ごうと唇が動くが、それは明確な形にならない。

 落ちてくるような星空が広がり、淡く世界を照らす。

 俺は呆然とシリスを見返すことしかし出来なかった。

 物語が少し動きました。

 王都編もクライマックスとなりました。


 きりのいいところまで思ったら、少し長くなりましたが、ご一読いただいて幸いです。ご指摘、ご感想ありましたら、よろしくお願い致します!

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