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雪色エトランゼ  作者:
第1部
42/115

Act:42

 眼鏡の少年が不安そうに路地を見つめる。

 その奥から勢い良く飛び出して来たのは、とんがり帽子を手で押さえた小柄な少女、あのリコットだ。

「さぁ、追い付いたわよ、博士!大人しく宿に戻るわよ!」

 息を弾ませながら、リコットはシュバルツにすがりつく眼鏡少年の手を引いた。

「僕は王立図書館に行くんだ!邪魔しないでくれ!」

「何言ってんの!あんた、狙われてるんだからね!」

 大声を出す2人に、周囲から視線が集まる。

「リコット?」

 俺は驚きで目を丸くしながら、巨大なシュバルツの背から顔を出してリコットを見る。

 眼鏡少年を引っ張っていたリコットが俺の顔を見てフリーズした。

「お嬢さま?」

「リコット!」

 2人で顔を見合わせたまま同時に声を上げた。

 その時、再び路地に足音と鎧の金属音が響く。そして、黒い大剣を担いだ懐かしい顔が飛び出して来た。

「リコット、押さえたか!」

 俺の親友でありブレイバーの冒険者、優人が、眼鏡少年から抱きつかれる格好のシュバルツを警戒するように厳しい表情を向けた。

 シュバルツが優人の剣を見て獰猛な表情を浮かべる。

 2人が爆発してしまう前に、俺はその間に進み出た。

「優人!」

「っ!カナデか!?」

 優人も驚きで目を見開く。俺はその顔を見て思わず微笑んだ。

「久しぶり」

「いや、そうか。そうだよな。王都に向かったんだもんな」

「優人、状況を説明してもらえる?」

 しかし俺の問いに答えず、優人は辺りを警戒するように見回した。いつもと違うその厳しい表情にドキリとする。

 優人に倣って耳を澄ませると、路地を駆けて来る複数の足音が聞こえた。

「追われているんですか?」

 俺の問いに、今度は優人が頷いた。

「この場所を離れよう。博士、取り敢えず今は大人しくしてくれ」

 優人の真剣な声に、俺も状況が切迫している事を悟った。博士の少年を追いかけていたのは、優人たちだけじゃない、ということか。

「優人、リコット。表通りに私の馬車があります。屋敷に向かいましょう。貴族街なら不審者は近寄れません」

 俺はシュバルツを見上げた。

「シュバルツ、追っ手を押し止めなさい。路地裏で、目立たないように、です」

「お嬢さまの護衛はいいのか?」

 俺は鋭い顔の優人を一瞥してから頷いた。

「優人がいるから大丈夫です」

「了解だ」

 シュバルツが嬉しそうに、凶暴に笑った。まるで今までの鬱憤を晴らすように拳を鳴らす。

「状況がわかりません。正当防衛を除いて相手に危害は加えないように。時間を稼いだら、公園のメイドさん達を拾って帰還して下さい」

「承知!」

 シュバルツはぱんっと両の拳を叩きつける。それだけで膨れ上がった筋肉に服が耐えきれず、胸元からボタンが弾け飛んだ。

 鼻息も荒く、シュバルツが路地に走り込んでいく。間もなくして激しい怒号と物音が響きだした。本当に無事だろうか。追手たちの方が。

 俺は優人と頷きあって馬車に向かう。

 後ろから博士と呼ばれた少年を連れて付いて来るリコットがぼそりと呟いた。

「何、あの凶暴熊みたいなの?」

 多分シュバルツの事だろうなと思った。



 リコットと眼鏡の少年、優人を押し込み最後に馬車に駆け込んだ俺は、屋敷まで急ぐように御者に告げた。

 御者の鞭が入る。程なく一定のリズムを刻み、馬車が走り始めた。

 俺はふうっと息を吐いた。

「それで、状況を説明して貰えます?」

 俺は改めてリコット、優人の順で顔を見る。

 優人は疲れたようにふっと笑うと、港町で俺たちを見送った後の事を話し始めた。


 もともと優人達が受けたリコットの依頼というのは、リコットを魔獣研究の権威であるマームステン博士のところまで送り届ける事であった。リコットはリムウェア、ラブレ領境地域で集めた奇異な行動パターンを示す魔獣のデータを、博士に見てもらうつもりだったようだ。

 学術都市ローテンボーグに到着した優人達を待ち受けていたのは、博士が既に何者かに拉致されたという事件だった。

 リコットの依頼を果たすため。それに博士が所属していた学派会からの懇願もあり、優人達はマームステン博士を拉致した賊の討伐と博士の救出に向かう事になった。

 賊が潜んでいたのは、古の戦場跡に作られた鉱山地帯だった。

 賊を倒し鉱山を制圧した優人たちパーティーだったが、既にマームステン博士はどこかに連れ去られた後だった。しかしそこで唯一生き残ったいた博士の孫であるラウルを保護することが出来たのである。


 眼鏡の少年ラウルは、話の間、辛そうに下を向いていた。

 住み慣れた家、家族を全て失ったのだ。その辛さは想像を絶すると思う。

「でも何で優人たちとラウル少年が王都にいるんです?」

 俺の質問に、今度はリコットが説明を始めた。


 マームステン博士の孫、ラウルも博士の血を受け継ぐ立派な研究者だった。この若年にして、大学の博士号も持つという。

 同学の士であるリコットの協力を得て、ラウル少年は残されたごく一部の祖父の研究成果を読み解く事に成功した。そこでラウルはある言葉にぶつかる。

 黒海嘯。

 その意味を紐解くため、ラウルは国内最大の蔵書量を誇る王立図書館を目指す事になったのである。優人たちはラウルを護衛すると同時に、ラウルを狙う賊を捕らえ、連れ去られたマームステン博士の手掛かりを得ようとローテンボーグから王都にやって来たのだ。


 リコットはふんっと腕を組み、隣のラウル少年を睨みつけた。

「博士ったら、狙われてるのもお構いなしに、王都に着いた途端出て行っちゃうんだから」

「だって早く知りたいんだ。おじいちゃんが残した黒海嘯と言う言葉の意味…」

 ラウル少年は下を向きながら、しかし強い意志の力が感じられる声で呟く。

 黒海嘯。

 あの時、夜のインベルストで戦ったあのおぞましい黒騎士が放った言葉だ。

「それで、マームステン博士を拉致したというのは何者なんですか?」

 俺の問いに、優人は首を振る。ラウル少年は下を向いたままだ。

 リコットは、不快そうに顔をしかめる。

「胸くその悪い連中よ。ただの盗賊を装ってたけど、無力化された仲間の息の根もきっちり止めていくような奴らよ!」

 リコットが吐き捨てるように言った。

 仲間に止めを刺す?

 最近それと同じような状況を目にしたような…。

 その時ずどんっと重い衝撃が走った。馬車自体が一瞬浮き上がったような衝撃だった。

「どうしました?」

 俺は御者に尋ねる。

「お、お嬢さま…!」

 御者が怯えた声を上げた。

「ユ、ユウト!来た!凄いのが来たわ!」

 馬車後方を向いていたリコットが引き攣った声で叫ぶ。

 俺と優人は同時に後ろを振り返った。そして同時顔を見合わせる。

「「な、何か来た〜!」」

 轟音が響く。

 石畳が砕かれるバリバリと言う音が近付いてくる。

 後方から他の馬車や巡回軌道を薙ぎ倒しながら猛スピードで近付いてくる来るのは、金属光沢を放つ巨大なロボットだった。

「ゴーレムだ!あんな大きいのが稼働しているところ、初めて見た!」

 驚愕に固まる俺達をよそに、ラウル少年がぱっと顔を上げて嬉しそうに叫んだ。

 ゴーレムは馬車より遥かに大きな体躯だった。前腕は棒のように真っ直ぐで、下半身は車輪の付いた車のような形をしている。頭は無く、赤い一つ目が体の上で輝いていた。

 その棒状の二本の腕を交互に地面に突き立て、猛然と俺達の馬車に迫って来ていた。

「ぎょ、御者さん!全速力で!もっと速く!」

 俺は悲鳴のように上擦った声で叫ぶ。

 しかしゴーレムと馬車の距離は段々と縮まって行く。

 辺りの風景は、繁華街から人通りの少ない住宅街に差し掛かろうとしていた。

「お嬢さま、カーブです!ご注意を!」

 御者さんが叫んだ。

 その瞬間、高速でカーブに突入した馬車が遠心力でぐいっと振られる。

「うわぁぁぁ、ぐぉ!」

 中の俺達はたまったものではない。バランスを崩し、片側に押し付けられる。

 俺の上に優人が落ちてきた。

 う、痛っつ…。

 衝撃で頭を打ってしまった。

 痛みに顔をしかめて目を開けると、すぐそこに優人の顔があった。

 昔から、それこそ家族と同じぐらい見てきた優人の顔が、近い場所で真っ直ぐ俺を見ている。その口が何か言おうとして…。

「重い、優人」

 先に俺が抗議した。

「あ、ああ、悪い」

 優人が何故か呆然としたように慌てて俺の上から退いた。

「ダーリン…?」

 対面席でリコットが完全なる無表情で優人を見詰めていた。

 馬車が再びガタンと大きく揺れる。

「お、お嬢さま!追いつかれます!」

 御者が悲鳴を上げた。

 ゴーレムが石畳を砕く音が、もうそこまで近付いていた。

 くそっ、どうする…!

 戦おうにも、今の俺に武器はない。そもそもあんなデカいのと戦える気がしない。

 どうすれば…!

「俺が行く!」

 優人が愛用の竜殺しの大剣を取り上げた。その声はセリフとは裏腹に微かに上擦っていた。

「俺がゴーレム倒す。カ、カナデはリコットとラウルを匿ってやってくれ」

「ユウト!」

 リコットが叫んだ。

 俺は優人を真っ直ぐに見つめる。

「大丈夫、なんだよな」

 しかし優人は俺を見てくれない。後ろめたそうに視線を外して頷いた。

「後は頼む!」

 そして忙しなくトップスピードで走る馬車の扉を開くと、片手を屋根に掛け、ふわりと馬車の屋根の上に飛び上がった。

 何て身のこなしだ。

 俺は驚愕に目を見開く。

「うぉおおおお!」

 優人の気合いの声が低く響いた。そしてタンッと天井を蹴る音が聞こえた。

 俺は思わず馬車の車窓から顔を出して後方を見る。

 激しい風に髪が弄られる。

 俺は乱れる髪を押さえながら、優人を探した。

 有り得ないほど高く跳躍した優人は、銀に輝く大剣を振り被っていた。そして、ゴーレムの直上から急降下して一直線に斬りかかった。

 鈍い金属が響き渡り、ゴーレムの片腕が切り落とされた。

 バランスを崩し路面にもんどりうつゴーレム。盛大に街路が破壊される。

 その脇に着地した優人。その優人に、バランスを崩しスピンしているゴーレムが突っ込んで行く。

 着地したばかりの優人に回避動作を取る余裕はない。

「優人!」

 俺は全力で叫んでいた。

「行け、カナデ!」

 優人がそう叫んだのが微かに聞こえた。

 優人のおかげで停止したゴーレムから、馬車は急激に遠ざかって行く。

 そして、あっと言う間に優人とゴーレムは見えなくなってしまった。



 王都での俺の住処である屋敷の応接室の中を、リコットが行ったり来たり落ち着きなく歩き回っていた。部屋の隅でラウル少年は椅子に座り、じっと自分の手帳に何かを書き付けていた。

 俺は冷め始めたティーカップを両手で持ち、じっと優人が戻るのを待っている。

 部屋の中に時計の針の音だけが大きく響いていた。

 時刻はもう夕暮れ時。間もなく夜が始まる。

 優人のおかげであの場を離脱できた俺達は、何とか屋敷にたどり着く事が出来た。今は屋敷の周りを俺の護衛の白燐騎士団が固めている。

 リコットの話だと、ローテンボーグからの道中、ラウル少年が狙われた事は数度あったが、どれも山賊に扮した武装集団程度の襲撃だったという。

 あんなゴーレムを持ち出すなんて、といつもの元気を無くしたリコットが青い顔で呟いた。

 シュバルツとメイドさんたちは先ほど無事に帰還していた。

 シュバルツは全身生傷だらけになっていたが、もちろん無事だった。

「1人ぐらい捕まえてやろうかと思ったけどよ、奴ら、戦闘不能の仲間まできっちり殺って行きやがった。ったくよ」

 あのシュバルツも不快そうにそう報告していた。

 優人を迎えるために騎士は送ってある。同時に宿にいるというシズナさんや夏奈たち優人のパーティーメンバーも呼び寄せるべく使いを出した。

 今はただ、待つしかない。

 リコットがうろうろ歩く。

 俺はティーカップの中をじっと見つめる。

 長いようで一瞬だったかもしれない静寂の後。

 ノックが響いた。

 俺は思わず立ち上がる。

 リコットが駆け寄って来る。

「入るぞ」

 ドアが開き現れたのは、見たこともないような絢爛豪華な装飾が施された白銀の全身鎧を纏ったシリスだった。その脇に、鋭い角が生えたフルフェイスの兜まで抱えていた。そこに、剣だけは俺も良く見知ったシリス愛用の物が吊されていた。

 まるで黒騎士に対する聖騎士さまのようだ。

 不覚にも、かっこいいなと思ってしまう。鎧が。

 シリスは鎧を鳴らし、ツカツカと俺に歩み寄って来た。そして、手を伸ばし俺の頬に触れようとして、そこで無骨なガントレットをはめているのに気が付いたように、すっとその手を引っ込めた。

「無事だな、カナデ」

「はい、私は」

「良かったな…」

 シリスが安堵したように大きく息を吐く。

「シリス、状況は?」

 シリスは改めて厳しい表情を作ると、俺を見た。

「現在は王都防衛大隊が事態鎮圧に動いている。悪いが、カナデ。状況把握のために王城まで同道してくれ」

「優人は…」

シリスは頷く。

「大丈夫だ。行くぞ」

 俺はほっと安堵した。

 良かった…。

 そして、俺はシリスに頷き掛ける。

 俺たちの知らないところで、何かが大きく蠢いている。そんな気がした。

 やはり巨大な敵と戦う状況にロマンを感じます。

 戦闘シーンは割愛ですが…。


 ご一読、ありがとうございました!

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