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雪色エトランゼ  作者:
第1部
36/115

Act:36

 馬に鞭を入れ走り出す。シュバルツ以下5人が俺に付き従う。

「じゃじゃ馬にもほどがあるな」

 何故か嬉しそうにそう呟いたシリスが、レティシアに待機を命じて馬首を巡らすと、俺たちの後について来た。

 土煙を巻き上げて坂を駆け上がると、まもなく争う人影が見えてきた。幌馬車が横倒しになり、荷物が散乱していた。悲鳴と怒号、剣戟の音が聞こえる。辺りには旅装の男女が数人倒れていた。生きているかはわからない…。

 まだ無事な2人を守るように剣を持つ男を、身なりの良くない装備のまちまちな集団が10人ほどで取り囲んでいた。

「やはり盗賊か」

 シリスが冷たい声で呟いく。

 恐怖からか、その場から逃げ出そうとした女性を、盗賊の1人が後ろから斬りつけた。女性は血を流しながら土手を転がっていく。

 こいつら…!

 俺は怒りを込めて盗賊たちを睨んだ。

「シュバルツ、まずはあの武装集団を制圧する。殺すな。捕らえるぞ」

「了〜解!」

 シュバルツが不適に笑いながら部下に散開を命じ、盗賊団を包囲するように広がる。

 俺は手綱を引いて馬を止めると、盗賊団と思われる輩を見下ろした。その半数が俺たちに向き直り、武器を向ける。

「我々はリムウェア侯爵家白燐騎士団!乱暴狼藉は止めて大人しくしろ!」

 俺は腹に力を込めて叫ぶが、女声の警告に盗賊団から嘲笑が起きる。そして一斉にこちらにも襲いかかってきた。

「そうこなくっちゃあなぁ」

 シュバルツが馬を下りると、大剣を抜いて嬉々として盗賊団の中に踊り込んだ。瞬く間にシュバルツの剣の腹で弾き飛ばされた2人が木に激突し、だらりと動かなくなった。

「無駄な抵抗は止めなさい!」

 馬上で叫ぶ俺に、槍が突き出される。それを上半身を捻ってかわすと、騎士から借り受けた剣を抜きざまに槍の柄を叩き折った。

 相手の刃は真剣。しかし不思議と魔獣や黒騎士と戦った時のような絶望的なまでの恐怖は感じなかった。その間に、器用に馬を操るシリスがまた一人を打ち倒した。シュバルツの奮戦、騎士たちの連携で、盗賊団は瞬く間に制圧されていく。

 しかし、動ける敵が4人まで減った時、奇妙な事が起こった。残った盗賊たちは、騎士の攻撃をかいくぐると、行動不能の仲間に刃を突き立てた。

 悲鳴が上がる。

 あまりに突然の光景に、俺やシュバルツさえも一瞬呆気に取られてしまう。

「やらせるな!」

 シリスが叫んだ。

 しかしその隙に次々と仲間たちの息の根を止めた盗賊たちは、そのまま身を翻して森の中に走り去ってしまった。辺りには血を流した盗賊と犠牲者達の亡骸だけが残される。

 俺はやるせなさに顔をしかめる。

 くそっ。何だっていうんだ。

 剣を納め、俺は馬を下りた。

 襲撃を生き延びたのは2人。緊張の糸が途切れたのか、その場にへたり込んでいた。

 俺は騎士たちに周囲の警戒を命じながら、生き残った2人に歩み寄った。後ろからシリスもついて来る。

「大丈夫ですか?」

「…ああ、すみません、助かりました。ありがとうございます」

 先ほどは剣を構えて抵抗していた男が立ち上がって頭を下げた。

「我々はタニープロック商会の商隊です」

「タニープロック…」

 後ろでシリスが呟きながらなにやら思案している。

 俺は彼らを安心させるように微笑みかける。

「あなた達だけでも無事で良かった。この後はどうされるのですか」

「は、はい、我ら、これから王都の商会本部に向かうところでした」

「ならば、私達と一緒に行きましょうか。シリス?」

 俺がシリスを見上げると、やれやれという風にシリスが首を振った。

「助けたものを捨て置くことはできない、か。やむを得ないな」

「ありがとう。では商会の方々、出発の準備を。早めにこの場所を去りましょう」

 俺が散らかった荷物の片付けをシュバルツたちにお願いする中、シリスだけが絶命した盗賊の1人にしゃがみ込み、何かを探っていた。

「シリス、どうしたんです?」

 俺が呼びかけると、シリスは苦々しい顔のままこちらにやって来た。しかし俺の前に来るといつもの不敵な笑みを浮かべると、ぽんと俺の背中を押した。

「いや、しかしお前は子猫みたいな奴だな」

「猫?」

 俺はきょとんとシリスを見上げた。

「気が付いたら毛糸玉を追い掛けて走って行ってしまう。鈴でも付けるか」

 くくくっと笑うシリスを、俺はむっと睨み上げた。

「何ですか、それ」



 亡くなった隊商の方々の遺体は幌馬車に積み込んだ。盗賊たちの遺体は、街道脇の森に埋葬した。ヴィンベルは不満を漏らしたが、盗賊と言えども人の亡骸をそのままにして置くことは出来ない。

 この出来事のお陰で、俺たちは数時間遅れで今日の逗留場所である小さな町にたどり着いた。もう日も沈んだ後だった。

 食事を終えた後、ぼんやりした明かりが照らす宿の一階ホールで俺はシュバルツと話し込んでいた。

 シュバルツは酒の杯を空けながら、やはり干し肉をくちゃくちゃ食べている。

 初めはシュバルツに馬上での戦い方の指南を受けようと思っていた。それがだんだんと騎士たちの話、特にカリストの噂話になり、俺は口元を抑えて笑いに耐えていた。

 あの真面目そうなカリストにそんな事が…。

 そこに、鎧を外して髪を解いたレティシアが現れる。俺を見つけ、顔を輝かせてこちらにやって来た。

「おっ、酒がねぇ」

 シュバルツは気を利かせてか、本当にただ酒を求めてか、ふらふら立ち去る。

「カナデさま、少しよろしいでしょうか」

「ええ、どうぞ」

 レティシアが俺の対面に腰掛けた。そして神妙な面もちで俺を見る。

「カナデさま。今日の盗賊騒ぎですけど、私感動しました!」

 レティシアが息荒く俺に顔を近づける。

「は、はぁ…」

「実は私、騎士団に入ってからまだ実戦を経験した事が無いんです。お話したと思いますが、王都防衛大隊、特に第1大隊は直参有力貴族の子弟で構成されています。だから、王直騎士団なんて名ばかりで、実際の任務なんて式典の儀仗役くらいで…」

 レティシアの声がだんだんと小さくなった。かと思ったら、がばっと顔を上げる。

「だから、咄嗟に迅速に判断を下せて、ご自分も戦いに飛び込んで行かれる、そんなカナデさまが本当に凄いと思うんです!」

 は、はあ…。

 レティシアの顔が近くて、俺はやや身を離す。

 そんなにご立派なものでもない。素早く動いたと言っても、助けられたのは2人だけだ。

「レティシアさん。実戦なんて、経験しないに越したことはありません」

 俺は少し目線を伏せた。あの魔獣襲撃の後のインベルストの惨状を思い出す。あんな惨たらしい光景はもう見たくない。昼間の死体も思い出す。誰かが傷つき誰かが死ぬ。それが世界の当たり前、だとしても、そんなものはなくなればいいと思うのは、おかしいだろうか?

 レティシアが困ったように笑う。

「ところで、レティシアさんのお家も貴族でらっしゃるんですよね?」

 俺は話題を変えた。

「はい、私はログノリア公爵家の六女です。王都の直参貴族じゃないんですが、公爵さまの意向でこうして…」

 あははと恥ずかしそうに笑うレティシア。

 …ログノリア。王国に4家しかない公爵家の北の大貴族だ。腰の低い彼女からは連想出来ないが相当な有力貴族だ。しかし父を公爵さまと呼ぶところに、少し複雑さが垣間見えてしまう。

 そういえば…。

「レティシアさん、そういえばシリスはどういう身分なんですか?」

 レティシアはきょとんとして俺を見た。

「ご存知ないのですか?王都防衛大隊の隊長、副隊長職は…」

「お嬢さま!肉食おうぜ、肉!」

 そこへドカドカと酒瓶と肉の塊を携えたシュバルツが大声で戻って来た。

 あいつは…。

 俺は立ち上がった。

「シュバルツ、恥ずかしいから大声を出すのはやめなさい。あーあ、口に食べ残しが、拭きなさい。みっともないです」

 そんな俺の姿を見てレティシアがくくくっと楽しそうに笑った。吊られてシュバルツも大声で笑い出す。

「だから静かにしなさい」

 俺の注意が虚しく響く。



 隊列の最後に隊商の幌馬車を加えた一行が街道を進む。王都が近づくに連れて、街道の人数は段々と増えていた。複数の騎士が並ぶ物々しい隊列に、行き交う人々の視線が集まり、少し恥ずかしかった。

 昨日の夜の会話から、レティシアがますます話かけてくれるようになった。彼女は俺の経験した戦闘の話を。俺は、それとなく貴族令嬢として経験談を尋ねた。侯爵家よりずっと家格の高い公爵家令嬢なら、駆け出し侯爵令嬢の俺なんかより社交場での経験値は遥かに高いはず。

 2人で時に冗談も交えながら話し込んでいると、時間はあっという間に過ぎていく。

 昼頃になると、目の前に大きな門と城壁が現れた。警備の騎士たちが立ち並び、吸い込まれていく人々の列と吐き出されて来る列が長く伸びていた。

「関所か何かですか?」

「いいえ、ここが王都の南東門ですよ」

 レティシアが教えてくれるが、門の向こうには警備隊の簡単な宿舎があるだけで、街の姿は見えなかった。

 俺が疑問に思っていると、シリスが馬首を並べてくる。

「ようこそ、王都へ、だな」

「でも、街が見えませんけど…」

 シリスは面白そうにくくくと笑う。

 俺達の一行はシリスとレティシアの手続きで簡単に門を通り抜けた。商会の馬車も、手慣れた手続きで通行許可をもらう。

 その先には、案の定広大な畑が広がり、その真ん中を整備された街道が伸びる。今までと違うのは、背後に今抜けてきた城壁が見えなくなるまで続いていると言うことと、畑の中にちらほらと民家らしきものが見えることくらいだった。

 シリスが俺の隣に戻ってくる。

「カナデ、そこの露天商で菓子を買った」

「おお、ありがと」

 わくわくして包みを開こうとした俺は、シリスがじっと見ていることに気が付いて、それをポケットにしまう。

「そ、それで、王都の話ですけど…」

 馬を進めながらシリスが説明してくれた。

 王都エクス・クレアデスは王城クレアデスを中心に半径約30キロの京域を持つ広大な街だった。街というかそれ自体が一つの領国と言ってもいい。

 今俺達が通過したのは、その最外周門だ。しかし外周門から内がびっしり市街地と言うわけではなく、外縁付近のこの辺りはまだ農地が広っているだけだった。それでも2時間ほど進むと、今度は外周門と同じ作りの中門が見えてくる。

 そこを通過すると、一気に建物の密度が増してくる。

 広い道筋には安宿や貸し馬屋、道具屋や武器屋などの旅支度に必要な店が立ち並ぶ。まだ畑はあちこちに見えるもの、敷地の広い大きな家なども目立つ。人通りも大分多くなり、旅人の他にも地元住民や辻馬車の姿も目立ち始めた。そして何よりも驚いたのが、広い街道の真ん中に線路と架線があった事だ。

 俺はどきりとする。この世界に来てから機械らしい機械を見たのはリコットの船くらいだったから。

「シリス、あれはなんですか?」

 俺は驚きに頬を上気させながら、隣を歩くシリスの腕を引いた。

「ん、あれは都内巡回軌道だな。王都中心部からこの中門辺りまでの市民の足になっている」

「…電気で動いてるんですか?」

「デンキ?いや、王城クレアデスからの銀気を流して動いている」

 王城からの銀気?

 王城に優人みたいな電池役がいるのだろうか。

 王都中心部までの道中、その巡回軌道と二度ほどすれ違った。形は紛うことなき路面電車だが、スピードはびっくりするほど遅い。常歩の馬の方と大して変わらないのだから。

 中門から内側には、まだ旅人が持ち込む外の世界の熱気があった。しかし最後の城門、内壁門を通り抜けると、熱気と喧騒はその街に住む人達が作り上げる街中のものにがらりと変わる。城門に守られた世界の、平和な昼下がりの街の空気だ。

 少し高台に作られた内壁門からは、王都の中心部が一望出来た。

 様々な色の屋根がどこまでも連なっていた。石造りの背の高い建物がびっしと立ち並び、その間を幅の広い通りが縦横に走っている。人と馬と巡回軌道が入り乱れて歩く通りは驚くほど賑わっていて、インベルストの祭りの時と変わらないような人出があった。

 インベルストに初めて付いた時もその賑わいに圧倒されたが、ここは規模が違う。様々な物音が雑多に響く音はまさに大都会の喧噪だ。

 そして何よりも目を引いたのが、その建物の向こう。そびえる巨大な構造物だった。

「あれが王城クレアデスだ」

 シリスが教えてくれる。

 王城と言うからには、俺はインベルストの行政府のような典型的な西洋の城をイメージしていた。しかしあの巨大な建物は何だろう。

 例えるなら、巨大スコップの先、だろうか。何で出来ているのか分からないのっぺりした外観の巨大な扁平の塔が地面から突き出て天高くそびえていた。その周りを何重にも城壁や尖塔と取り巻いている。

「そんなに驚くな、カナデ」

 シリスが可笑しそうに笑う。

「まずは王都滞在中に貸す屋敷に案内しよう。一息ついたら、国王陛下にだけは挨拶してもらう。そしたら今日は休め」

 国王陛下、という単語にドキリとした。にわかに緊張感が湧き上がって来る。胸の奥がきゅんきゅんする。

「忙しいのは明日からだ。はは、盗賊団に向かって行った時の威勢はどうした?」

 シリスが人の悪い笑みを浮かべる。俺はその顔を睨み返す余裕もなく、目の前の壮大な光景に圧倒され、高まる緊張感を抑えるのに精一杯だった。胸がドキドキする。

 やっと目的到着です。

 ここで、今後の更新予定について、活動報告に上げさせていただきました。ご参考までに…。


 読んでいただいてありがとうございました。

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