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雪色エトランゼ  作者:
第1部
28/115

Act:28

 8/4少しだけ改訂しました。

 体中が痛い。

 打ち身に筋肉痛のせいだ。おかげで歩き方がおかしい。

 見慣れた侯爵邸の自分の部屋ではなく、行政府のゲストルームで目が覚めた俺は、話したいことがあるというお父さまのメッセージを受け取って、屋敷に戻るところだった。

 心の中で悲鳴を上げながら階段を下り、外に出ると、朝の爽やかな空気が心地よくそよいでいた。

 行政府の前には警備の兵がずらりと立ち並び、その先に避難民のテントが立ち並ぶ。人数の問題で屋内に入れず帰宅も出来ないという市民たちには、急場の凌ぎとして騎士団の野営用テントが配布されていた。

 テントの前で作業をしていたおじさんが俺に気が付く。駆け寄ってこようとするが、警備の騎士に止められた。

「カナデさま!おはようございます。お怪我はよろしいのですか?」

「おはようございます。大丈夫ですよ」

 俺は微笑みを返した。体中ガチガチだけど。

「何だ、朝から」

「カナデお嬢さまがいらっしゃるのか?」

「おお、サインもらえないかな!」

 俺の声を聞きつけた他の市民たちが集まって来た。場がざわざわとし始める。そこに、警備を指揮していた騎士が慌て駆け寄って来た。

「お嬢さま、困ります。騒ぎになりますので、お早く」

 ただ挨拶していただけなのに…。

 俺は集まったみんなにぺこりと頭を下げてから、屋敷の方に走った。

 うう…体中が痛い…。

 悲鳴を上げる体に鞭打ち、メイドさんや使用人のみんなに挨拶しながら食堂に入ると、既に見知った顔ぶれが集まっていた。

 アレクスを従えたガウン姿のお父さま。上席3人の執政官たち。騎士団からカリストとリューク。シリスは頬の傷にテープを張っただけで、大丈夫そうに見える。よっと俺に手を挙げる。それにギルド支部長のマレーアさんが丁寧に挨拶してくれる。そして、部屋の隅に固まっているのは、優人やシズナさんたち昨日救援に駆けつけてくれた冒険者パーティーだった。

 夜中に一度目を覚ました俺は、優人達が無事に戻ったという報告を受けていたが、やはり顔を見れるとほっとする。

 俺は優人達に軽く手を振って、お父さまの後ろに控えた。

「遅くなってすみません、お父さま」

「怪我は大丈夫なのか」

「はい。問題なしです」

 お父さまは少しだけ笑うと、正面に向き直った。

「さて、では報告を聞こうか」

 シズナさんが一歩進み出た。

「カナデさんからご依頼頂いた地下水廊の件ですが…」

 優人たちが地下に降りた時には、既に魔獣の姿はなかったようだ。蜘蛛型との散発的な戦闘があったが、古い人気のない場所に魔獣が巣くうことはよくあることなので、特に問題ではない。

「水廊の一番奥、完全に水没してしまう手前に、掘ったばかりのような横穴があったのが気になりました。出口は、丘陵地帯の向こうの森で地表に繋がっていました」

 魔獣の侵入経路はそこだろう。しかし新しい穴…。

「その横穴、今回の襲撃のために用意されたか」

 お父さまが主席執政官を見やる。

「地下水廊着工時の仕様書を確認いたします」

「それで黒騎士はどうですか?」

 俺の問いに、シズナさんは首を振った。

「中はできる限り探索したけど、見つからなかったわ」

 黒の騎士を初めて見たのはお父さまの枕元で見た夢とも現ともつかない夜。そして、ラブレ男爵が同道していた黒騎士。舞踏会でジェイクが暴れた時に見た黒騎士。そして、昨日の戦い、グロウラー型3体が出現する前にも現れた黒騎士。今回のインベルスト騒乱の真ん中には黒騎士がいる。

 逆に、黒騎士を抑えられれば、事態を収めることができるだろうか。少なくとも、何かが見えてくるはずだ。

 俺は考える。

「ラブレの黒騎士、か」

 お父さまが顔をしかめた。

「優人たちの方でも黒騎士に遭遇した、ということですか?」

 優人は他人行儀な俺の口調に少し驚いたようだったが、頷くと一歩進み出てインベルストを旅立った後のことを話し始めた。



 銀気の才を持つ者で編成された冒険者の一団総勢17名は、北部地域でそれぞれのパーティに別れ、魔獣被害の調査や討伐を行う手筈になっていた。俺が頼んだ依頼のために、優人と夏奈、シズナさんと禿頭さんは、北部山地の裾野の村に赴いた。そこで優人たちは、繰り返される魔獣の襲撃に苦しむ住民達を助けるため、魔獣討伐を開始する。幾度かの戦闘の後、そのねぐらになっている森を突き止めた優人たちは、

その森でトンガリ帽子の少女、リコットと出会った。


 優人に紹介されたリコットが胸を張る。トンガリ帽子から覗くのは赤毛で、大きな瞳は茶色。可愛らしい顔立ちに勝気そうな表情を浮かべる。年はまだ小学生くらいかな。

 俺と目が合うと、ぷいっと顔を背ける。

 …何故だ。

「最初はリコットに襲われたんだよね」

 夏奈が朗らかに言う。襲われたのに…。

「だってユウト達があたし達の観察対象の魔獣を全部狩っちゃいそうだったから…」

 リコットはしゅんと肩を落とした。

「でも、ホントに魔獣を簡単に倒しちゃうユウトを見て、あたし感動しちゃったんだ!こんな凄い銀気を使える人がいるのかって。だから、ユウトについていくことに決めたの!」

 ニッと優人に笑顔を向けるリコット。

 優人が照れたように笑う。

 モテモテだな、優人。


 リコットは、祖父母がブレイバーであり、その流で銀気や魔獣について研究している一家の出身だった。リコットと両親は、娘を連れてここ最近魔獣被害が頻発する侯爵領北部でその動きを観察に来ていたのだ。そこに優人達が現れたのである。


 そんな環境で生まれ育ったリコットは魔獣に詳しかった。

「凄いんだよ。魔獣って言うのは、基本的に他の生物を見境なく襲うの。でもあそこの魔獣は、家畜たちを襲わなかった。それに村の人たちにだって、一気に襲わずに、少しずつ少しずつ襲ってた。魔獣がそんな動きしたなんて聞いたことも見たこともなかったんだもん」

 真面目な顔をしたリコットが興奮気味にまくし立てる。

 シリスがふんっと鼻を鳴らした。

「一気に殺らないのは、いたぶって遊んでるか、別の目的があるんだ」

 俺はシリスを見る。

 シリスはにやっと人の悪そうな笑みを浮かべた。

「生き残りが必要だったのさ。魔獣の被害を喧伝するには、な」

「なるほどな。俺達はそこまでは思い至らなかったが、リコットの協力を得てから、魔獣の動きには、何らかの意思が働いているんじゃないかと思ったんだ」

「わぁ、さすが優人だよね」

 リコットが真剣な表情から一転、にかっと笑って優人の腕を掴んでぴょんぴょん跳ねる。


 何者かが近くにいるかもしれないと踏んだ優人たちは、魔獣の襲撃に合わせて周囲の探索を始めた。そして三日目の夜。優人たちは怪しい騎馬の集団を発見する。村が襲われるのを遠巻きながめていたその集団は、魔獣と同じ方向、深い森の中に消えた。魔獣のいる方向にあえて向かうなど、普通は有り得ない事だ。後を付けた優人たちが見たのは、森の最奥に横たわる怪しげな古い屋敷だった。


「あれは明らかに訓練を受けた兵だったわ」

 窓にもたれ、今まで腕を組んで目を瞑っていたシズナさんが、片目だけ開けと俺を見た。

「その上、狼型が屋敷の警備をしていたんだもの」

 シリスが驚いた表情を浮かべてシズナさんを見た。シリスが持っていた疑念は、これで肯定されたも同然だった。

「魔獣を使役できる者がいる」

 俺の呟きに全員が注目する。

 この事実を始めて耳にする執政官や騎士団は、愕然とした表情を浮かべていた。

「そうだ。だから俺達は、それを確かめようと、屋敷に潜入したんだ」

 優人が先を続ける。


 屋敷の中には、男達の身元を特定できるような物はなにもなかった。男たちは皆、ゴロツキや山賊の様な風体だった。しかし、無法者にしては綿密な書類、リムウェア領北部の地図とインベルストの地図、そして豊穣祭の資料が見つかる。もしやインベルストが襲撃されるのではと疑念を抱いた優人たちが黒騎士と遭遇してしまったのは、その時だった。


「屋敷に屯していた兵士達は、みんな黒騎士にやられちゃってたんだ」

 夏奈がその光景を思い出すように眉をひそめた。

「黒騎士は魔獣を使役する集団とは敵対している?」

 俺の疑問に、父上が厳しい表情を浮かべた。

「あるいは口封じ、だな」

 邪魔なものは容赦なく切り捨てる。命を命と思わない。

 俺は強く拳を握りしめる。

「あれは強かったな。技量がどうだという以前に、私やナツじゃ攻撃が利かない。有効打を与えられたのは、ユウトだけだった」

 シズナさんが肩をすくめる。

「さっすがユウトだよ!あたし、あんな怖い黒い騎士に挑むユウト見てスッゴイカッコいいって思ったんだ!」

 リコットがさらに顔を輝かせて、ユウトの腕に抱きついた。

 …モテている。優人の春が来たのか。リコットの年齢的に危険な香りがするが…。

 優人はリコットに揺すられるままに話を続ける。


 激戦の末、銀気を込めた優人の一撃が、黒騎士の片腕を斬り飛ばした。怒りの咆哮が響き渡る中、何とか森の中を脱出した一行は、豊穣祭が襲われる可能性を伝えるために急いでインベルストに戻ることにした。しかし陸路ではどうしても間に合わない。そこでリコット一家が作り上げた新型の動力船で駆け戻ってきた、という訳だった。

 因みにその船の動力はブレイブギアと同じように銀気で駆動するリコット家オリジナルのエンジンらしかったが、それでも豊穣祭までに戻れるかは微妙だった。それに間に合ったのも、燃料代わりに注ぎ込んだ優人の銀気が凄かったからだとリコットが自慢げに胸を張った。


「決まりだな」

 シリスがお父さまを見る。

 このリムウェア侯爵領で、魔獣を人為的に操り、暗躍している者がいると言うことだ。その一旦は間違いなくラブレ男爵であり、もう一つの鍵が黒騎士だ。

 俺がインベルストで目撃した黒騎士。優人たちが戦った黒騎士。少なくともあの漆黒の不気味な鎧は2人いることになる。

「レグルス候。俺はこの事を報告しに王都に戻る。魔獣を人為的に操る。これは、大きな騒乱の種になりかねない。ついては、カナデの同行を求める」

「はっ?」

 俺は思わず間抜けな声を漏らした。何でここで俺がでてくるんだ。

 お父さまの顔を見ると苦々しげに顔をしかめているが、否定も肯定の言葉もなかった。

「今回の事態、陛下や王統府に報告すべきだ。それには俺だけじゃ足りない。事件のただ中で事態を目撃した者の証言もいる。リムウェアのカナデであれば申し分ない。ああ、ついでにそこの…」

 シリスは横目で優人を見た。

「そこのブレイバーの少年。君も王都に来い。今の話を報告してもらう」

 上から目線なシリスの物言いに優人がむっとした。

 同時に俺もむっとする。

 優人が口を開くより早く、俺はシリスに噛みついた。

「勝手な事を言わないで下さい」

 シリスを睨む。

「昨日の今日でまだ街も人もメチャクチャです。みんなが大変なのに、それを放っておいて街を離れるわけには行きません。それに、お父さまの具合だって…」

 シリスは腕を広げてみせる。

「直ぐに、と言うわけにはいかないのはわかる。まだ何か起こるかもしれないからな。しかしこれは正式な、俺の、要請だ。この意味がわかるだろ、候よ」

 お父さまは鋭い目つきでシリスを一瞥した後、おもむろに立ち上がった。俺の肩に手を置いて頷く。

「返答には時間をもらう。今カナデがいなくなるのは侯爵家にとってこの上ない損失だ」

 俺の顔を見たお父さまは何だか悲しそうだった。それはつまりシリスの言葉を肯定すると言うことか。

 王都…。

 俺は不安に胸が締め付けられる。



 お父さまが退室すると、他のみんなもぞろぞろと戻り始めた。

 俺は優人と夏奈に歩み寄る。久し振りに話がしたかったし、伝えたいこともあった。

「優人、夏奈。私の部屋に来てもらえませんか」

 二人が仲間たちを窺うとシズナさんが笑顔で頷いてくれた。しかし、俺と優人の間にリコットが立ち塞がる。

「あんたが噂の自称ユウトの恋人さんね!」

 ガタンと後ろで音がした。顔だけで振り返ると、シリスがぶつかって倒してしまった椅子を慌てて起こしているところだった。

 …何やってんだ。

「貴族の地位でユウトに恋人になるように強要するなんて、あたし許さないんだから!優人は、あたしの、あたしのダーリンなんだから!」

「おい、リコット。止めろ」

 優人が慌てる。

 リコットの中じゃ、俺はどういう扱いを受けているんだ?

 その後ろでニシシと笑う夏奈。

 俺はリコットと優人に柔らかに微笑んだ。

「可愛い彼女が出来て良かったですね、優人」

「お、おい、カナデ!勘違いするな。おい、怒るなよ!」

 何を怒る必要がある?友人に彼女が出来たのを素直に喜んでるんだ。

 慌てる優人に、すれ違い様にそっと囁く。

「お幸せに」

 優人があんぐりと口開いて茫然とする。

 俺はふふっと笑う。アイツにはからかわれてばかりだ。たまには意趣返しもいいだろう。

 俺は夏奈だけを伴って自室に向かった。

 背後で「あ、あたし勝ったの?」と呟くリコットと、「おい、少し話がある」と詰め寄るシリスに囲まれた優人がおろおろ慌てていた。

 今回は回想回でお話はもどかしくあまり進みません。

 すみません…。


 それでも読んでいただいた方々に感謝を。

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― 新着の感想 ―
寝る前に読んでたら止まらなくなっちゃいました…… とてもとても好みの作品です!カナデちゃん罪な女の子ですね
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