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雪色エトランゼ  作者:
第1部
27/115

Act:27

 優人と夏奈。

 随分と久しぶりに思える、懐かしい2人の顔を見て、俺は今まで押し殺していた感情が溢れそうになる。目の前の脅威が消え去った安堵から、へたり込んでしまいそうだった。しかし、今座り込んでしまえば、もう立ち上がれないだろうな、という予感があった。

 俺にはまだ、やらなければならない事が沢山ある。

「優人、夏奈、ありがとう。助かった」

 俺は自然と浮かぶ微笑みで、2人に頭を下げる。

 優人は笑って頷き、夏奈は得意げにVサインを掲げてみせた。

 俺は2人に頷いて、騎士団の皆の方に向き直った。そして、力を振り絞って声を上げる。

「動ける者は負傷者の救助を!リューク、後続は?」

 膝をついていたリュークが立ち上がる。その顔には一筋の血が流れていた。

「はっ、まだ到着しておりません」

「わかりました。では、小隊を組んで地下水廊の入り口を含めて全方位警戒を。後続が到着するまで、みんなっ、もう少しだけ頑張って下さい!」

 精も根も尽き果てたかのように座り込んだ騎士団から、了解の声が上がった。

 全く無傷のものなどいない。

 みんな傷つき、血を流していた。

 しかし、あの地下水廊の中に黒騎士がいる以上、そして、魔獣が今の3体で打ち止めという確証がない以上、まだ警戒を解く訳にはいかなかった。

 ばらばらと散っていく騎士団の面々が、何故か恥ずかしそうにちらちらと俺を見ていく。

 ぎょっとした顔になったリュークが慌てて近寄って来るが、困ったように顔をしかめて視線を外した。

 何だ…?

「カナデさま、あの、ですな…」

 足を引きずるシュバルツに肩を借したシリスもやって来た。無表情を装っているが、どこ気恥ずかしそうだ。同じく満身創痍のシュバルツは、顔からも血を落としながら、ニヤニヤと笑っていた。厳つい顔は凄みを超えて凄惨だ。

「お嬢さま。服、破れてんぞ」

 シュバルツが面白そうに笑う。

 俺は下を見た。

 グロウラー型にブレスプレートを弾き飛ばされた時に一緒に引き千切られたのか、胸元が大きく裂けて、その下の肌と下着が少し覗いていた。

 傷ついてぼろぼろなのは、みんな一様に同じなのだ。

 服など気にしている場合ではない。

「そんな事より、シュバルツ、怪我は大丈夫ですか?」

 シュバルツが面白そうに笑った。

「左足をやられた。後はかすり傷だな」

「シリス?」

 シリスが顔をしかめてちらりと俺を一瞥した。

「全く、お前は恥じらいというものをだな…」

 俺はシリスを睨み上げた。

「ああ、俺も大丈夫だ。かすり傷だよ」

「わかりました。二人とも休んでいて。…今日は本当にありがとう。助かりました」

 俺は2人に深々と頭を下げた。

 そして振り返り、優人達のパーティーの元に向かう。

 あの奇妙な船を操っていた少女やシズナさんも集まっていた。

 初めての人もいるので、俺は一礼して名乗る。

「カナデ・リムウェアです。皆さんのご助力に感謝致します」

 シズナさんが静かに首を振る。優人と夏奈は黙ってシズナさんの後ろに立っていた。船頭の少女だけが、不満そうに俺を睨み付けていた。

 …なんか間違ったかな、俺。

 でもみんなが安心して眠るために、もう一手、手を打っておかなくてはいけない。

「助けて頂いた上に大変厚かましく思いますか、皆さんに依頼したいことがあります」

 どうぞとシズナさんが先を促した。彼女がリーダー、という事か。

「あの、地下水廊の偵察をお願いしたいのです。出来れば、封鎖したい。今回インベルストが魔獣の侵入を許したのは、ここからのようなのです」

 ここをクリアにしないままでは、部隊を退くことも市民の避難を解除することができない。しかし騎士団は疲弊しているし、狭い地下で再びグロウラー型に出会ってしまえば、対抗できないのは明白だ。

 しかし、優人の、彼らの戦力があれば…。

 シズナがメンバーを振り返った。

「いいんじゃないか」

 と、優人。

「異議なーし」

 と、夏奈。

 禿頭の男が無言で頷く。いたのか…。

「ではお受けしましょう。ご依頼は侯爵家からでしょうか」

「…はい」

 俺は頷く。

「それと、地下には魔獣の他に黒い騎士がいるかもしれません。注意して下さい」

 そのとたん、全員が顔をしかめた。余裕の雰囲気から一転して緊張感が走る。

「…黒騎士、ここにもいるんだ」

 夏奈が呟いた。

 …ここにも?

「その辺りは、いずれご報告に上がるわ、カナデさん」

 シズナさんが微笑む。確かに今は現状の収拾が一番の目的だ。

 地下水廊へ挑む準備のために、シズナさんたちはあの船に戻って行く。船に戻りながら、とんがり帽子をかぶったあの少女が俺を振り返って舌を出した。やっぱり嫌われているのか、俺…?

 優人と夏奈が苦笑しながら俺に近付いてきた。

「頑張ってるみたいだな、優人」

「お前もな、カナデ」

「無事でよかったよ」

「その台詞、そっくりお前に返す」

 俺たちは笑い合う。

「カナデちゃん、ボロボロだねー」

 夏奈が俺の姿を眺め回す。

「お前らみたいに強くないんだよ、俺は」

「えー、でも可愛いじゃん!」

「黙れ夏奈」

「えー」

 夏奈は不満だという風に口を尖らかせた。

 ブーブー言いながらも、自分のケープを外し俺に巻いてくれる。

「服、破れてるよ。女の子は身だしなみにも気を付けなくちゃ」

「…ありがと」

 ふふんっと満足そうに笑う夏奈。そして、おもむろに振り返ると優人のすねを思いっきり蹴り飛ばした。

「優人、ガン見してたでしょ」

 無言でのた打ち回る優人。

 銀気で防御を高めた優人と銀気で身体能力を高めた夏奈。夏奈の方が強いのかな、と思った。

「カナデさま。後続部隊が到着しました」

 リュークが叫ぶ。

「今いきます」

 俺はリュークに返すと、起き上がった優人と夏奈に頷きかけた。

「気を付けて。よろしく頼む、な」

 優人が頷き、夏奈が笑った。



 隊列を組み、銀の鎧をまとった重装甲兵と騎士たちの大軍が西大路を進んでくる。

 その先頭の、鎧に金の装飾彫刻を施し兜に羽根飾りを付けた派手な騎士が進み出ると、俺の前に跪いた。完全防備の兜のせいで顔がわからない。

 …誰だろう。

「…申し訳ありません。カナデさまをそのようなお姿に。私は、なんとお詫びして良いか…」

 隊長鎧が嘆きながらひれ伏す。

 …あ、カリストだ。

 確かに俺の身なりは酷かった。髪はほつれているし、服はあちこち破れていた。ズボンは血が乾いて固まったせいでパリパリになっているし、あちこち大小の擦り傷だらけだった。

「カリスト」

「はっ!」

「路地、地下水廊の警戒を。今優人達が地下に偵察に出ます。援護してあげて。それと、近くの宿を徴発して重傷者を収容して下さい」

「御意に御座います」

「あと、部隊を分けて、残敵の掃討をお願いします」

 カリストは深く頷くと、鎧を響かせて走り去る。

「リューク、運べる負傷者を連れて帰還しましょう。この場はカリストに引き継ぎます」

 まだ成すべきことは沢山ある。行政府に戻り、状況を確認しておきたかった。

 リュークは頷くと、部隊を集め始めた。

 負傷者はカリストが連れてきた荷馬車に。俺は初めて、スピラではない栗毛の馬に跨った。リュークとシリスも騎乗する。足を負傷したシュバルツは、荷馬車に乗せられる。俺を荷物扱いするなとか聞こえるが、無視だ。

 俺は馬首を回して、みんなの方に向き直った。

「各員、良く戦ってくれました。ありがとう。これより全隊帰投します。胸を張って帰りましょう」

 皆疲れきった表情だが、俺の声に頷いてくれる。

 カリスト隊に比べれば見劣りすること著しい、ズタボロ集団の行進だ。

 今日。

 この1日で多くの人が多くのものを失った。

 全ては元通りにはならない。しかし、少しでもその生活を取り戻すのがこれからの侯爵家の、お父さまの娘たる俺の仕事だ。

 無残に破壊された街並みを見つめながら思う。

 それは、グロウラー型と戦うよりも困難な事に思えた。

 大通りには、気の早い人々が戻り始めていた。惨状に膝をついて嘆く者。もくもくと片付けを始める者。見失った身内を探す者。

 みんな強い。もう、歩き出している。

 中には、ボロボロな俺たちを見て、深々と頭を下げてくれる者もいた。それだけで、体の奥から溢れてくる疲労を少しだけ忘れられるような気がした。

 惨たんたる旧市街を抜けて教会区に近付くと、避難してきた人々で沿道が溢れていた。あまりに汚れていたからか、誰かが俺の姿を見て息を飲むのが聞こえた。

 俺達帰還兵は、だんだんと周囲の注目を集めてしまう。

「侯爵家のお嬢さまじゃないのか?」

「…カナデさま」

「あんなになられて…」

「戦われたのか」

「血を流されてるぞ」

「魔獣を倒しのか!

 ざわめきが広がりだした。

 城が近づいて来ると、避難民の数は更に増えていく。そこに、城から駆けだしてきた兵が広がって、市民を押し下げて俺たちの道を確保してくれた。

「総員、剣を捧げよ」

 隊長の号令のもと、街頭に並んだ兵達が一斉に剣を抜いて、眼前に掲げる。城までの剣の道が出来上がった。

 その壮麗な光景に、俺は少し気後れしてしまう。

 すっとシリスが馬を並べて来る。そして囁いた。

「凱旋だ。胸を張れ」

 市民の間から、パラパラと拍手が起こった。誰かが始めた拍手は、段々と人々の間に広がっていく。

 決して全ての人が拍手してくれている訳じゃない。街に魔獣の侵入を許した俺達を憎々しげに見つめる者もいる。失い、傷ついた痛みへの怒り。そのやり場に困って俺達を睨む者もいる。

 でも、たとえ1人でも俺達の帰還を喜んでくれるなら、俺達の戦いを認めてくれるなら、そんなに嬉しい事はない。

 それが今、こんなにも沢山の拍手に包まれている。

 それがありがたくて、俺は込み上げて来るものが溢れないように、空を見上げた。

 夕暮れが迫る。

 群青の空に茜色が刺し始めていた。

 ああ、頑張って良かった。

 そう思えた。



 城に戻った俺は、喜ばれたり称えられたり、そして怒られたりでてんやわんやだった。

 アレクスと行政府に出ていたお父さまは、無言でしばらく俺を睨みつけ続けた。段々と気まずくなってそっと上目に窺うと、口元を震わせ始めたお父さまが、がっと俺を抱きしめた。汚れます、と訴える俺の言葉などお構いなしに、ぎゅっと力を入れて抱きしめる。そしてだんだんと苦しくなって来る。

 もがきだした俺に気がついたアレクスが止めに入ってくれなければ、危うく落ちてしまうところだった。

 俺を屋敷に連れて帰ろうとするお父さまをなだめすかして、先に帰らせる。お父さまには無理をさせられないし、それに俺にはまだやることはがあった。

 対策会議が行われている会議室に入ると、執政官や市民長達、事務官達がぎょとして固まった。口々に俺に労いの言葉をかけ、休むように勧めてくれるが、そうもいかない。

 早急に整えなければならない事が山ほどあった。

 例えば、魔獣の残存警戒と立ち入り禁止域の策定。

 間もなく夜を迎える。

 帰宅困難者の今晩の床をどうするのか。食事はどうするのか。

 被害者の把握。

 けが人の手当て。

 そして原因究明と再発防止だ。

「今宵は教会の大聖堂を解放して頂くことで、あちらとは合意致しました」

 主席執政官が報告してくれる。さすが手配が早い。彼は俺の姿を見ても少し眉を動かしただけだった。

「食料の方はどうしますか」

「間もなく騎士団の炊き出しが始まります」

「しかし、市民全員分はないですよね、もちろん」

 俺は顎に手をやり、考え込む。

「避難域を早急に確定し、安全宣言を出し、帰れる者は帰宅させましょう」

「そうですね。では、地図を見せて下さい。はい、ありがと。えっと、魔獣の侵入経路はここで間違いありません。だから…」

 執政官と頭を並べて地図を覗き込んでいると、突然バタンと扉が開いた。

 どかどかと部屋に入ってきたのは、リリアンナさん率いるメイド軍団。

 俺の姿を見たメイドさんたちから悲鳴が上がった。

「カナデさま!」

「なんてことなの…」

「ああ、お可愛そうに!」

 口々に嘆くメイドさんをよそに、リリアンナさんは無表情に頭を下げた。

「失礼致します」

「え?」

「失礼を致します、と申し上げました」

 あれ、なんか、リリアンナさん、怒ってる?

 リリアンナさんがひゅっと手を振ると、メイド軍団さんが素早く俺の腕を取る。

「えっ?」

 リリアンナさんが並み居る侯爵家高官達に一礼した。優雅に。

「皆様方、それではしばしカナデさまをお借り致します。あしからず」

 呆然とする執政官たちをよそに、俺はずるずると拉致されて行く。

 そして惨劇が始まった。

 別の部屋に連れ込まれた俺は、数の暴力によりあっという間に服をはぎ取られた。

「やっ、やめて…」

 必死の抵抗も届かない。

 メイドさんたち複数の女性の前で脱がされて、俺は顔が真っ赤になってしまった。

「あの、まだ仕事…わぷっ!」

 今度は濡れたタオルで体中を拭かれる。あまりに突然の事に呆然としていると、今度はあの沁みる薬を持ったリリアンナさんが襲いかかってきた。

 擦り傷、切り傷、打ち身。傷口に薬が塗られるたびに俺は声にならない悲鳴を上げるしかない。

 新しいブラウスとスカートが用意され、丁寧に梳かしてもらった髪を結い直し、さっぱりした姿に戻った時には、幾分疲労が濃くなった気がした。

 俺はリリアンナさんたちにお礼を言うと、そそくさと会議室に戻る。部屋を出る瞬間、リリアンナさんと目があった。

 メガネの向こうの瞳は、俺の身を案じてくれる優しい目だった。

 俺はもう一度リリアンナさんとみんなに頭を下げる。

 会議はいつ終わるともなく続いた。

 気がつけば、窓の外は真っ暗になっていた。

 俺は、だんだんと立っているのが辛くなって来て、ギリアムが気を利かして用意してくれた椅子に腰掛ける。

 ふうっ…。

 大きく息をつく。

 本当に長い1日だ。

「たから、市民の財産保証はだな…」

「それでは不満がたまる一方だ。侯爵家の統治に…」

「問題は住居だろう。幸い全損はないが、西大路はかなりひどいと聞く」

「グロウラーが出たとか。今の騎士団の軍備では…」

 少し集中力が散漫になって来た俺は、執政官たちの議論から目を外して、暗い外を見る。未だに避難民は行政府の庭にも溢れており、彼らを照らす篝火が煌々と灯されていた。夜の闇は不安を大きくする。彼らが少しでも心安らかに眠れればいいのだが。

 優人や夏奈が戻ったという報告もまだこない。でも、あいつらならきっと大丈夫だ。

 あと、今度シリスとシュバルツの見舞いにも行ってやろう。特にシリスには世話になりっぱなしだ。本当に一度礼をしないといけない。何がいいだろうか。

 それと、あのにゃんこ。大丈夫かな。

 そういえば、リリアンナさんは猫好きだよな。

 だんだんと瞼が重くなってくる。

 抗うことは、難しい…。

「カナデさま?」

「やめよ。疲れてらっしゃるのだ。休ませて差し上げろ」

 どこからか主席執政官の声が聞こえて来た。

 なんだ。やっぱり悪い人じゃない。

 そのまま深く息をして、俺は底の見えない眠りに落ちていった。

 長い長い1日が終わる。

 少し長くなりました。

 お話の区切りが付いたら、にゃんこが出てくるお話を描きたいと思います。

 

 読んでいただいてありがとうございました。

 よろしければ、またお願いいたします。

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