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雪色エトランゼ  作者:
第1部
26/115

Act:26

 低く唸り声が響く。

 俺は奥歯を噛み締める。

 気を抜けば、崩れ落ちてしまいそうだった。

 グロウラー型が掴んだ兵士を締め上げる。鎧がひしゃげる嫌な音、さらに苦悶の呻きが上がった。

 くっ!

 俺は震える体を叱咤する。荒い呼吸の中、気合を振り絞って剣を振り上げると、人の体ほどの太さもあるグロウラー型の腕に斬りかかった。

 瞬間、重い衝撃に手が痺れる。

 俺の銀器の剣は、その腕に僅かな傷を作っただけで容易く弾き返された。

「えっ…?」

 易々と狼型を切り捨てることができた銀器の刃が通じない…?

 力を込めた斬撃の反動で俺は後ろに跳ね返され、尻餅をついた。

「カナデ!」

 シリスが叫ぶのが聞こえた。

 グロウラー型の6つの目が赤く脈打ち、俺を睨む。

 へたり込んだ俺の眼前に、グロウラー型の巨大な体躯が後肢で立ち上がると、もう一本の腕を振りかぶった。

 やられるのか…?

 動けない体を、どこかにいる冷静な自分が見下ろしているようだ。

 瞬間、衝撃が走る。そして石畳が叩き割られる轟音。瓦礫が周囲に飛び散った。

「馬鹿が!」

 シリスが吐き捨てた。

 青い顔で髪を振り乱したシリスが、俺の腕を引いて助け出してくれた。俺の腕を握るシリスの腕が、少しだけ銀に光っていた。

 銀気…?

「隊列を組め。槍隊、グロウラー型の動きを封じろ!弓隊、構え!顔面を狙え!」

 持ち直したリュークの指示が飛ぶ。

 グロウラー型の周りを騎士たちが取り囲み、長槍でその体を激しく突き立てる。同時に後方より飛来した数十の矢がその6つ目の顔面に殺到した。

 魔獣にとって流血を意味する黒い霧が沸き起こる。しかしあまりに少ない。

 槍は、穂先の僅か先端だけしか突き刺さらない。矢に至っては突き刺さりもせず、虚しく地面に落ちた。

「怯むな!再攻撃だ!」

 グロウラー型は飽きた玩具を放り捨てるように、握った兵を離した。地面に落ちた兵士たちはもう動かない。グロウラー型が巨腕を振りかざして騎士たちの槍襖の中に踊り込んで行く。また数人が掴まれてしまう。グロウラー型はそのまま駆けると、立ち並ぶ倉庫の壁面にその兵達を叩き付けた。

「な、何なんだ、あれ…」

 俺は恐怖と衝撃の光景に腰が砕けて立ち上がれない。あまりに信じられないその光景に、自分の姿が情けないと思うことさえできなかった。

 叩きつけられた兵がボロ雑巾のように捨てられる。そしてぴくりとも動かない。

 死んだ…?

 死んだのか?

「しっかりしろ、カナデ!」

 シリスに肩を揺すられ、俺ははっと我に返った。

 眉間にしわを寄せたシリスが真っ直ぐに俺の目を見てくる。

「下がれ、カナデ。グロウラー型に通常兵力やただの銀器程度では歯が立たない。被害が広がるぞ」

 被害…。

 動かない兵たち。

 黒い巨躯がまた騎士たちの中に踊り込む。

「ここは俺が押さえてやる。おい、そこのデカいの!」

 グロウラー型出現の際に吹き飛ばされていたシュバルツが、頭を振りながら起き上がっているところだった。

「お前も使えるだろう、銀気が」

「くそっ…。ああ?使えるが、何だお前?」

「手を貸せ。あの魔獣を抑える。1人ではちょっと厳しいしな」

 シリスが不敵に笑った。シュバルツは不快そうに顔をしかめると、しかし素直に大剣を構えた。その剣が、微かに銀に光り出す。優人のそれと比べると明らかに淡い輝きだが、間違いなく銀気だった。

「あんなもん、俺1人で!」

 シュバルツが暴れるグロウラー型の背後に襲いかかった。

 シリスが俺の腕を引いてぐっと顔を近付けてくる。

「安心しろ。俺が守ってやる」

 そう言って笑うと、銀に光る長剣を構えて、黒の怪物に斬りかかった。



 騎士たちと入れ替わるように、シリスとシュバルツがグロウラー型の前に飛び出していく。

 そこからは、俺の常識など通じない、ただ圧倒的な光景が繰り広げられる。

 振り回される黒い丸太のような一撃を驚異的な加速でくぐり抜けたシリスがグロウラー型の巨大な頭の下に潜り込むと、顎の下から剣を突き上げた。鮮血のように、黒い霧が爆ぜる。シュバルツは、銀の大剣をバットのようにフルスイングする。大量の霧が吹き出し、返す刃で細い尾を両断しにかかる。しかし、グロウラー型も反撃の後ろ脚を跳ね上げた。シュバルツはそれを剣の腹で受けた。鈍い金属音が響き、たたらを踏んで後退するシュバルツだが、すぐさま突撃し、再び大剣を振りかぶった。

 魔獣そのものの体を蹴ってシリスが跳躍した。人の身長をゆうに飛び越える有り得ない跳躍力。そのまま刃を下に向けて、今度はグロウラー型の脳天から串刺しにした。盛大に黒の霧が吹き上がる。

 あれが銀気の才を持つ者の戦い方…。

 銀気によって身体能力をブーストされているが故の人間離れした動きだった。

 その二人の勇戦に、俺も心を奮い立たせる。

 歯を食いしばって立ち上がる。

 このままじゃダメだ!

「リューク、部隊を下げて。銀気を持つ者で再編成します。弓隊、構え!2人を援護して」

 効果の薄い弓でも、敵の気を逸らすくらいは出来るはず。奮戦する二人を少しでも援護したい。

 シリスとシュバルツが間断なく斬りかかり、矢が容赦なく6つ目を狙う。

「シュバルツ!」

 シュバルツが真横から剛腕に殴りつけられた。激しくバウンドし、石畳を転がる。

 俺は走り、倒れるシュバルツを守るようにその前に立って剣を構えた。もちろん俺など何の役にも立たないことは承知している。それでも…。

 呻きながら、立ち上がろとするシュバルツ。

 どうやら無事のようだ。

 1人になり、苛烈な攻撃に曝され始めたシリスが、徐々に押され始めた。両腕から繰り出される打撃を躱していくので精一杯の様子だった。

 そこに、新たに3人の騎士が走り込んだ。皆銀に輝く剣を手にしていた。

 起き上がったシュバルツが頭を振ると、へこんだ兜を脱ぎ捨てる。

「へっ、やっとらしくなってきたなっ」

 そして、俺の肩を掴むと、ぐいっと後に押し返した。

「お嬢さまは後ろで見ててくれ」

 そして、にっと笑うと鎧を響かせて再びグロウラー型に突撃していく。

 見送る。

 それしか出来ない自分が歯がゆかった。

 乱戦の中、騎士の1人がまともにグロウラー型の拳を受けた。色々なものが軋み、砕ける音がして、騎士は倉庫の屋根よりも高く吹き飛ばされる。

 しかし、その犠牲を他の者は見逃さなかった。

 大振りでがら空きになったグロウラー型の首もとにシリス、シュバルツ、そして銀気の騎士が殺到し、輝く剣を突き出した。4本の剣が、その首を貫き通した。

 グロウラー型は大量の黒霧を吹き出し、牙をむき出しにして、憎々しげなうめき声を漏らす。そして、崩れるように大気に溶け始めた。

 …やった?

 …倒したのか?

 俺は思わずシリス達に駆け寄る。

 いつも余裕を崩さないシリスは、肩で息をしながら剣を寄る辺に立っていた。シュバルツは手をついて座り込んでいる。他の騎士も糸が切れたように、地面に崩れ落ちた。

「みんなっ…」

 俺は笑顔で彼らの労を労おうとし、そこで、視界の角が捉えたそれに、顔を凍り付かせた。

 そのまま、その場で固まる。

 鼓動が激しすぎて、心臓が破裂しそうだった。

 剣を持つ手に力を込める。その柄の感触だけが、これが現実と囁いてくれた。

 恐る恐る顔を向ける。

 ぽっかりと開いた地下への入り口。その闇に半ば紛れるようにして、黒い甲冑が立っていた。

 面防の間から覗く赤い目がすっと細まる。

 まるで、笑っている様だ。

 愕然とする俺に、黒騎士は指を一本立てると、すっと口元に当てた。親が子供に静かにしなさいという時のように。

 そして、だんだんと聞こえて来る地響き。

 まさか…。

 黒騎士は闇に消えるように遠ざかる。

 ありえない!

 消える黒騎士、そのかわりに…。

「シュバルツ、みんな、シリス、立て!逃げろ!」

 俺は焦燥に顔を引きつらせながら、叫ぶしかなかった。

 しかし誰もが呆然としたまま、微動だに出来なかった。

 地下迷宮から太い腕が伸びる。6つ目が光る。

 再度出現したグロウラー型。

 地獄の底から響くような唸りが俺たちを震わせる。

 現れたその数は、3体…。



 ゆっくり迫る3体のグロウラー型から逃れるように、俺たちはじりじりと後退していくしかなかった。俺にできるのは、歯を食いしばり、精一杯の力を込めてその黒い死の塊を睨みつけることだけだった。

「リューク、伝令を出して、全兵力を集めて」

「やめろ、カナデ。言っただろう。ただの騎士では歯が立たない!」

 シリスもグロウラー型を睨みつけたまま叫ぶ。

「わかっています。でも、あれを、市街に入れる訳にはいかない!」

 そうだ。

 街には守るべき人達がいる。

 ここで食い止めなければならないのだ、必ず。

 俺は、腹を括る。

 剣を構えた。

 構えた剣の切っ先が震えている。

 俺には力はない。

 あれに挑めば死ぬ。

 でも、引いてはいけない。

「引いてはいけない!引けない!家族のために。大切な人のために。逃げるなんて、出来ない!みんな、どうかっ」

 俺は叫んでいた。

 グロウラー型を睨みつける視界がぼやけてしまう。

 怖い。

 今すぐ逃げたい。

 今後ろを向いて走れば、きっと助かる。

「前に進め!剣を握れぇ!」

 俺は踏み出した。

 一歩だけ。

「ったく、お嬢さまはドレス着て茶でも飲んでろよな」

 俺の隣にシュバルツが並んだ。鎧はあちこちがへこみ、全身汚れと血だらけだった。

「違いないな。俺も色んなご令嬢に会ってきたが、剣持って魔獣に挑む子は初めてだ。だから、面白い」

 ぶらりと剣を下げたシリスが溜め息混じりに隣に並ぶ。騎士の礼装はあちこちが裂け、血が滲んでいた、

 俺の後ろ。騎士と兵達が隊列を組み直し槍を、剣を並べた。

「カナデさま」

 リュークが静かに語りかける。

「この場にいる我ら白燐騎士団43名。誇り高きあなたの下で戦えた事を誇りに思います。退くものは一兵もおりません」

 俺は深く深呼吸して、目尻を拭った。

「私も。あなた達と一緒に戦えた事を誇りに思います。城への伝令は?」

「出しました」

「部隊の集結状況は?」

「各路地に分散しております。いささか時間がかかります」

「わかりました。では時間を稼がなくては」

 俺は剣の切っ先が震えないよう、強く強く握り締める。

「銀気の者を援護しつつ敵を牽制します。足止めし、援軍を待ちます。ただし、一匹たりとも大路に出してはいけません」

「「了解!」」

 騎士たちの声が重なった。

 シュバルツがにたりと笑う。

 シリスが剣を構える。

 騎士団が一斉に刃を構えた。

「では、みんな。行きます!」

 俺は気合いを込めて叫んだ。



 気がついた時、グロウラー型の顔面が目の前に迫っていた。俺はとっさに身を退く。その前を巨腕が通過する。僅かに掠ったのか、ブレスプレートが千切れ飛んだ。その衝撃に体を持っていかれそうになりながらも、全力で地面を蹴って加速すると、振り抜いた腕の内側に飛び込む。そして、その6つ目の一つに、渾身の切っ先を突き立てた。

 赤い目が潰れ、黒い霧が溢れる。

 しかしそれだけだった。

 グロウラー型は残った5つの目で俺を見据え、怒りの唸りとともに巨大な頭で俺を吹き飛ばした。

全身を揺さぶられるような重い衝撃に体が震え、一瞬意識が飛ぶ。次の瞬間には、俺の身は宙に浮いていた。

 そして、地面に叩きつけられる。

 衝撃と激痛で目の前が真っ白になった。

「けほっ!」

 衝撃で肺から空気が搾り取られる。

 息ができない。

 俺はせき込みながらどうにか剣を杖に立とうとするが、膝に力が入らない。

「カナデさま!」

「お嬢さま!」

 付近の騎士が俺を守るように立ちはだかり、そしてグロウラー型に殴り飛ばされた。

 うっ…。

 うっっ…。

 遠雷のような唸りが響く。それは、段々と近付いてくる。

 夏奈。唯。陸。優人。

 みんな…。

 悔しさで焦げ付きそうだ。胸が痛い。胸が苦しい。

 その全てを込めて、魔獣を睨みつけた。

 その時、運河の岸壁に何かがぶつかる激しい音が響き渡った。

 唸り声が一層近くで高まる。しかしその音は、迫り来るグロウラー型ではなく、運河の岸壁から聞こえていた。

 俺は思わずそちらを見る。

 倉庫街の荷揚げ用に幅広く作られた運河に、鋼鉄製と思われる鋭角的な船が荒々しく接舷してくる所だった。水が激しく跳ね上げられる。

 その船の一段高いキャビンで舵輪を握るのは、俺よりも背が低い、奇妙なトンガリ帽を被った少女だった。

「ダーリン、お待ちかね、インベルスト港到着だよ!どんぴしゃ!」

 少女が歓びの叫びを上げた。

「よし、行くぞ!」

 聞き知ったその声を上げ、船の側舷から複数の人影が飛び出して来る。

 銀の鎧に黒い大剣を構えたあの姿は…。

「待たせたな、カナデ」

 俺を見ながら微笑み、脇を走り抜ける優人。

「後はまかせて」

 ウインクしながら駆け抜けるのは、長弓を携えた夏奈。

「カナデさん、しっかり」

 シズナさんが俺に頷きかけ、その後に続いた。そして最後に戦槌を担いだ禿頭の大男が続いていく。

 優人…!

 夏奈…!

 俺はその2人の背を呆然と見送る。

「冒険者ギルドの優人、助太刀する!」

 宣言と同時に、優人のブレイブギア、竜殺しの大剣から銀の光が伸びる。そして、身の丈の何倍もある銀の剣を作り上げた。

「おっらぁ!」

 優人がその銀の剣を振り下ろした。

 グロウラー型の巨大な頭部が、一撃で切り落とされる。

「はっ!」

 優人が振り返るのと同時に、グロウラー型は黒い霧に崩れていく。

「やっるぅ!次はあたし!」

 夏奈が弓を引き絞る。つがえられた矢が銀の光と化し、放たれたその矢はまるで光線のようにグロウラー型二匹をまとめて貫いた。

 弱りきったその一匹にシズナさんが斬りかかる。銀の剣で一閃。そこに禿頭の戦槌が振り下ろされた。

 最後の一匹も、夏奈に腹を貫かれ弱った所をシリスとシュバルツ、そして騎士たちは見逃さなかった。全員が殺到し、一斉に串刺しにする。

 俺は剣を突いて立ち上がった。

 体中のあちこちが痛んだ。

 それを無視して、俺は歩み寄る。

 優人に。夏奈に。

「…優人」

 俺はただ呆然としたまま呟いた。

 大剣を担いだ優人がにっと笑った。

「無事でよかった、カナデ」

 今回は少し長めでしょうか。

 シリアス気味なインベルスト攻防戦。

 もう少しお付き合いいただければと思います。

 

 ご一読いただき、ありがとうございました。

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